#24 呪われてあれ
普段は敬虔な信者たちで賑わっている、メドーザ市言語教会の大聖堂。
日中であるにもかかわらず、窓という窓は閉め切られ、さらには暗幕もかけられている。広々とした空間には暗闇が満ちていた。
現在ここでは、ある儀式が執り行われている最中だ。
暗い室内ではあるが、儀式用の燭台によって参列者たちの顔がわずかに照らされている。その中には、キミヒコとホワイトの顔もあった。
「――というわけでして、カリストのその魔道院で、その方が火炎魔術を修めたのは間違いありません」
小太りの中年男性が、オドオドしながらそんな証言をする。
厚生局によって、半ば軟禁に近い状態で保護されていた彼の声に、生気はない。
今の今まで、まるで自由がなかったことも理由であろうが、言語教会の大司教を告発するための証言をしているということも、彼の声に元気がない理由だろう。
言語教会はカリスト発祥の組織なので、現地での権威はアマルテアのそれを凌ぐ。教会の上位者たる大司教を告発することに、カリスト出身の彼は萎縮しているようだった。
「……結構、下がってよろしい。アデライン大司教、彼の証言に対して、なにか意見は?」
この儀式、宗教裁判の進行は、他の都市から出張してきた司教が務めている。
その司教の問いかけに、アデラインは答えない。
五人の審問官、すなわち、このメドーザ市の司教二人に加え、他の都市からこの儀式のため出張してきた司教二人、そして同じく他から来た大司教が一人。彼ら五人に囲まれるようにして、椅子に座るアデラインは、ただひたすらに黙秘を続けていた。
顔をわずかに伏せ、目を閉じ、ただそこに座って佇んでいる。
「黙秘は先の証言を全て肯定したとみなす。官長、よろしいですね?」
進行の司教が、審問官の長を務めている大司教に確認を入れる。
キミヒコから見て、ただのミイラのような外見をしているこの大司教は、掠れた声で「ああ」と呟くだけだった。
あんな干物みたいな爺さんを引っ張り出してこないと、儀式を行なえないとはな……。馬鹿な話だ、まったくさ。
そんなことをぼんやり考えながら、末席で成り行きを見守っていたキミヒコの肩に、隣の席からポンと手を置かれる。ヘンリックだ。
キミヒコを見ながら、彼は黙って頷いてみせる。どうやら出番らしい。
「では、次。同じく、メドーザ市厚生局からの要請により、証人として喚問いたしました。キミヒコ殿、どうぞこちらへ」
キミヒコは呼ばれるがまま席を立ち、用意された証言台まで歩いていく。
この場所は、今まで薄暗くて見えなかった、五人の審問官とアデラインの顔がよく見える。
それまで、ただ無表情に黙秘を続けていたアデラインの顔が驚愕に染まったのが、キミヒコにもわかった。
「では、キミヒコ殿。まずは宣誓書の朗読をしてください」
「はい。……宣誓、私はその良心と聖句の教えに従い、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」
宣誓朗読をするキミヒコを、アデラインは凝視していた。ただ静かに、大きく見開かれた目でキミヒコを見つめていた。
「結構。それでは――」
このあとはもう、覚えてきた台本どおりの言葉を述べるだけだった。事前の取り決めのとおり審問官から質問が飛び、キミヒコは事前に用意された回答を述べる。
その様を見て、アデラインの目からポロポロと涙がこぼれる。キミヒコを見つめながら、瞬きもせずに、ただ涙だけがとめどなく流れおちる。
泣くなよ……。なんで俺のときだけ、そんな顔になるんだよ……。自分がしたことのツケが回ってきただけだろうが……。
アデラインの涙を見て、キミヒコの胸中に苛立ちとも憐憫ともつかないような感情が広がる。
キミヒコの証言が終わる頃には、アデラインの嗚咽が聖堂の中で響いていた。
出番の終わったキミヒコは、アデラインを視界に収めるのを避けつつ、足早に席へと戻る。
隣の席のヘンリックがなにか、労いの言葉をこっそりとかけてくれたようだが、キミヒコの耳には入らない。聞こえるのはアデラインのしゃくりあげるような嗚咽だけで、ひどく耳障りだった。
そんな調子でキミヒコが心ここにあらずといった具合でいると、いつの間にかこの宗教裁判は佳境に入っていたようだ。
審問官一人ひとりが、各々の所感を述べ終わり、最後に官長である大司教の所感に入るらしい。
あのミイラのような人間に、まともな声が出せるのか。キミヒコが訝しんでいると、そのひからびたような口が開かれた。
「呪われてあれ」
地の底から響くような、恐ろしい声が、聖堂内を木霊する。
呪いの言葉は、まだ、続く。
――呪われてあれ、呪われてあれ……。
――昼に呪われてあれ、夜に呪われてあれ、床に就く時に呪われてあれ、寝醒める時に呪われてあれ……。
――他出の時に呪われてあれ、帰途につく時に呪われてあれ……。
参列者の誰もが、延々と続くこのおぞましい呪いの言葉に畏怖している。
アデラインのすすり泣きに気を取られている者は、キミヒコただひとりだけだ。彼女の嗚咽と涙は、キミヒコの心をささくれ立たせた。
なぜこんなにも苛立たしい気分になっているのか。キミヒコは自問するが、わからない。その答えが出ないうちに、この宗教裁判は閉廷となる。
この日、世間の目から隠されて行われたこの儀式により、アデラインは大司教の位を剥奪され、言語教会を破門されることになった。




