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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.3 アビスの病床
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#21 厚生局

 メドーザ市厚生局。行政機関の中で都市の医療、保健、公衆衛生などを管轄する部署である。

 ハンターとして活動するキミヒコにとっては、魔獣の市内立入許可を得るために訪れて以来、縁がなかった場所だ。


 そんな厚生局に、キミヒコはシモンに連れられて足を運んでいた。


 そして現在、ここのトップ、厚生局局長ヘンリックと面会している。ホワイトとシモンも同席しているが、二人は無言のまま、事の成り行きを見守っていた。

 ヘンリックがキミヒコたちに好意的というのは嘘ではなかったらしく、本題に入る前の雑談は和やかなものだった。


「それにしてもすまないね、キミヒコ君。うちの手の者が、無様を晒したようで」


 ヘンリックの言葉に、同席していたシモンがバツの悪い顔をする。


「いえ、そう言ってやらないでくださいよ。ちょっと迂闊な所もありますが、まあ仕事は真面目にやってましたよ」


 キミヒコが適当なフォローを入れてやる。


 実際、シモンのスパイ活動が露見したのはほとんど偶然のようなものである。

 それを知らないヘンリックはますます感心したらしい。「さすがは市の英雄だ」などとキミヒコを褒めちぎる。


「君には今回の件を抜きにしても、一度会って礼を言いたいと思っていたんだ」


「特十七号の件ですか? そんなに気にされずとも、市からは表彰していただきましたし……」


「いや、普段の魔獣狩り業務についてだよ。君がここに来てから、市内に潜んでいた魔獣はほぼ一掃されたからね。私としても、特別手当をつけた甲斐があったというものさ」


「……ああ、明細にあった特別手当。あれは厚生局からでしたか」


 ここにきて、キミヒコは厚生局で好意的に見られている理由を理解した。


 都市型魔獣は報酬に色がついていたからホワイトに狩らせまくったが、そういうことか。まあ、市内の魔獣はほとんど狩り尽くしたからな……。


 ヘンリックに気に入られているとはシモンから聞いていたが、局長から話すの一点張りで、詳細は教えてもらっていなかった。会ったこともない相手に気に入られる理由に、キミヒコはようやく合点がいった。


「そのとおり。困ったことだが、ギルドが頼りにならなくてね……。厚生局で手当を出していたんだ。ほとんど君に持っていかれてしまったがね」


 冗談めかして、ヘンリックが言う。


「公衆衛生を担当する責任者として、頭の痛い問題だったんだ。都市型の魔獣は、例の行方不明事件に関与していると思われていたからね……。君のおかげで、ひとつ問題が片付いたというわけさ」


「ははは。私の仕事が市民の皆様のためになったようで、なによりですよ。やった甲斐があるというものです」


 調子のいいことをキミヒコが言う。厚生局の手当がなければ、こんな仕事は真面目にやっていない。


「そう。君のおかげで、市内の魔獣はいなくなった。……だが、行方不明者はまた出た」


 ヘンリックが声のトーンを変える。どうやら、ここから本題に入っていくらしい。


「魔獣のせいではなかったということだ。もともと、都市型の魔獣は静かに潜んでいるものが多いから、懐疑的ではあったがね……」


 ヘンリックの言葉を、キミヒコはただ黙って聞いている。


「魔獣のせいでないなら、疑わしきは人間だ。人をひとり、痕跡もなく消し去るには、それなりの手間がかかる。当初は組織的犯行だと思われていたのだが……」


「違ったので?」


「ああ。そちらは厚生局の管轄外だが、まるで進展はなかった。魔獣のせいでないとわかってから、市内のあらゆる組織を徹底的に洗ったらしいがね」


 ここでヘンリックは話を区切った。じっとキミヒコを見つめる。


 ここから先が、話の核心か。おそらく教会が絡んでくるんだろうが……ま、面倒な話だったら俺はバックレるだけだ。とりあえず、聞いとくとするか。


 キミヒコは無言で頷き、ヘンリックに続きを促した。


「……偶然、厚生局に気になる情報が入った。市内に、未申告の炎術師( パイロマンサー)がいるという情報だ」


 未申告の炎術師( パイロマンサー)。それを聞いて、キミヒコの背に嫌な汗が伝う。キミヒコには一人だけ、心当たりがあった。アデラインだ。


炎術師( パイロマンサー)? つまり、そいつが犯人だと?」


 内心の動揺を表には出さずに、キミヒコが言う。


「その可能性がある、ということだ。……その被疑者が浮かび上がってからの再調査でわかったことだが、失踪者が最後に居たであろう場所に、ほんの僅かな炭のようなものが落ちていたという情報もある」


「……凄腕なら、対象を一瞬にして灰にできると、聞いたことはあります。とはいえ、人ひとりを全部灰にすれば、かなりの量です。火炎魔術で、痕跡を残さずに死体をその場で焼却処分するというのは、あまり現実的でないのでは?」


 キミヒコが疑問を呈する。


 どこか拠点に連れ去ってから灰にしてしまえば足はつかないかもしれないが、その場合はどうやって拉致したのかという問題になる。それを実行できそうな組織的犯行は、ヘンリックによって否定されたばかりである。


「灰が出るなら、ね。……私も聞いたことしかないが、本当に高レベルの炎術師( パイロマンサー)は灰も残さずに焼却できるものもいるらしい」


 キミヒコの疑問にヘンリックがそう答える。


 いや、灰も残らないって、そんなことあるか? この世から消されるってこと? 質量保存の法則とかどうなってんだよ……。


 そんなことをキミヒコは思ったが、そもそも魔法などという超常現象にそんな現実的な考証は無意味かとも考えついた。


「情報の炎術師( パイロマンサー)は、そのレベルということですか」


「そこまでの確証はないよ。ただ、得た情報では大層な腕前らしいことはわかっている」


 今のところ冷静に会話をしているが、キミヒコは気が気ではなかった。


 おいおいおいおい……ちょっとこれ、やばくね? あ、あの女……まさか、まさか……。


 アデラインへの疑心がキミヒコの中で浮かび上がる。

 炎術師( パイロマンサー)であると告白された際には、こんなことに繋がるとは夢にも思わなかった。いったい彼女はなぜ、こんな致命的な情報を自分に暴露したのか。


「……そして、その人物は、教会に縁がある。そういうことですか?」


「おお! さすが、ご明察だよ。……おかげで強引に逮捕することができない。逮捕してから吐かせられれば楽なんだがねぇ」


 平然と自白の強要を口にするヘンリックだが、キミヒコはそれどころではない。


「……その炎術師( パイロマンサー)の情報、確かなのですか?」


「カリストから来た人物からの情報だ。被疑者は、十年近く前にカリストで術を会得したらしい。幼いながらもたいそうな腕前で、印象に残っていたらしいな。かなり前の話だし、あの山向こうのカリストでのことだ。我々が話を聞けたのは本当に幸運だった。しかも教会に感知されないうちにだ」


 カリストで会得した。つまり、被疑者はカリストへ行ったことがある。


 強引に逮捕できないような地位。教会に縁がある。カリストへ渡った経験あり。そして、未申告の炎術師( パイロマンサー)。もうここまでくれば、誰のことなのかは自明である。


「……大司教ですか」


「……! 本当に察しがいいね、キミヒコ君。いや、そうでなくてはな」


 ヘンリックは上機嫌だ。


 炎術師( パイロマンサー)であることを知らなくとも、ここまでの情報が揃えば推察は可能だろう。シモンが探っていたということもある。


「……ブラムド司教の件は?」


 キミヒコの言葉に、ヘンリックの顔が歪む。


「司教には悪いことをした……。実は、この件で彼に協力を頼んでいたのだ。外部からいろいろと探ったところで、決定的な証拠はなかなか得られんからね」


 ヘンリックが苦渋を滲ませながら言った。


 ブラムドに協力を頼むのはキミヒコにはわかる話だ。というより、消去法でそれしかない。他の司教は聖職者の身分でありながら俗物にすぎる。こんな教会のスキャンダルは当然、もみ消しにかかるだろう。


「司教は、前教区長を尊敬していた。その娘の凶行を、信じたくなかったのだろう。我々の依頼を受けるか、いったん保留にして……ああなった。おそらく、大司教……いや、アデラインに問いただしに行って、殺されたのだろう」


 最後にブラムドに会ったときのことが、キミヒコの脳裏で思い起こされる。

 あのあと、彼は教会の聖堂で腕一本を残していなくなった。深夜から明け方にかけての時間に、アデラインをそこに呼び出して、問いただしたのだろうか。


「もともと市長のこともあって、教会の市議会への影響力はかなりのものだった。このうえ、今回の魔核晶の件で教会の発言力はさらに増強された。下手を打ては、これほどの犠牲者が出ている事件をもみ消されかねん。お陰で他の部署を頼ることもできず、厚生局単独で管轄外の仕事をしているわけだが……」


 キミヒコがブラムドについて考えを巡らしている間にも、ヘンリックの話は続く。

 どうやら、この件が教会にもみ消されやしないかと恐れているようだ。


 魔核晶を教会に寄付したのも、彼にとっては痛手だったらしい。もっとも、そうだとしてもキミヒコは知ったことかと思うだけだ。


「……別に君を責めているんじゃない。魔核晶の件はギルドが悪い。まったく連中には呆れさせられる……」


 取り繕うように、ヘンリックが言う。


「なぜ、私にこの話を持ってきたのですか? 今の私は、教会の紐付きみたいなものですが……」


「そこのシモン君から、話は聞いている。君はそれほど教会に頓着はしていないとね。……それに、ブラムド司教がアデラインを問いただしたとするなら、我々のことが彼女に察知されている可能性もある。あまり時間はないかもしれない」


 どうやら、なりふり構わずという段階に入っているようだ。ヘンリックの言葉には焦りが感じられた。


 彼の中での最悪のパターンは、事件を教会に握りつぶされたうえに、アデラインには逃げられる。そんなところだろう。大司教が殺人鬼だったなど、教会は簡単には認めはしないだろうし、まごまごしている間に取り逃がす可能性は十分にある。


「具体的に、私になにをしてほしいのですか?」


「アデラインが事件に関与した証拠がほしい。物的証拠は難しいかもしれんが……どうにか人的証拠だけでも得たい。君は、その……彼女と親しいと聞いている。どうにか探れないだろうか?」


「……死体を跡形もなく焼却する相手です。物的証拠など、隠滅は容易いのでは? 仮に私が彼女が犯人だと確証を得るような話を聞きだせたとして、物的証拠を押さえられない場合はどうされるのです?」


「その場合は政治決着を図るしかないな。今までの内偵調査で、他の司教たちの関与はないだろうことはわかっている。教会とて、こんな爆弾は処理したいはず。彼女が犯人であることを納得させるだけの材料があれば説得は可能だ。この場合、事件は表沙汰にはならんだろうが……アデラインの排除はしてくれるだろう」


 アデラインの凶行を教会に伝え、教会に自分で排除させるということらしい。この場合、教会の顔を立てる必要があるので、事件は表には出ない。ヘンリックはそこが気に入らないらしいが、背に腹は代えられないということだ。


「……今まで、彼女が犯人と仮定して話を進めましたが、動機はなんでしょうね? いったいどうしてこんなことを……」


「……わからん。わからんね、それは。……彼女の人柄は、私も知っている。ブラムド司教がああなるまでは、彼女が犯人かどうか半信半疑だったくらいだ。動機を知りたければ、本人に聞くほかないだろうな」


 あれこれとヘンリックに聞いてはみたものの、キミヒコにはどうすればいいか、わからなかった。


 今日ここに来たのは正解だった。キミヒコはアデラインが殺人鬼であるなど、まったく想像していなかった。知らないまま、殺されて焼却された可能性もあっただろう。

 だが、キミヒコがこの話を受けるメリットは薄い。せっかく教会に恩を売ったのに、下手をすると睨まれかねない話である。それに、アデラインにはキミヒコの出自の秘密を握られている。追い詰めて暴露でもされれば面倒なことになるだろう。


 断るのが賢い選択だ。だがキミヒコには迷いがあった。


 俺はなにを悩んでいるんだ? アデラインが得体の知れない女だってのは、わかってたはずだ。あの女がなにを考えているかなんて知る必要もない。さっさとメドーザ市から離れて、他人事として忘れてしまえばいいんだ。


 心中でそう断じながらも、キミヒコは煮え切らなかった。

 キミヒコが悩んでいるのは正義感からではない。自分に関わりのない他人が、どこで生き死にしようが関係ない。キミヒコはそう信じている。


「……この話、いったん持ち帰らせていただいても?」


 結局、キミヒコはこの話をいったん保留とした。殺されたブラムドと同じ返事というわけだ。

 彼もきっと、こんな葛藤をしていたのかもしれない。現実逃避気味に、そんなことをキミヒコは思った。

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[一言]  犯人、彼女かなー?  なんか違う気が。
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