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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.3 アビスの病床
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#20 酒の席にて

「司教が殺されたってのは、まあ推測だな。実際、死体が見つかったわけじゃない」


 夜、市内の酒場でキミヒコはシモンと飲んでいた。

 ゴシップ好きのこの男は、今回の事件についても酒の肴にいろいろと語ってくれていた。


「そーなの? 殺人事件だなんだって、さんざん取り調べ受けたんだけど」


「……正確には、見つかったのは左腕だけだ。肘から先がな。……なにか、魔力を込めた攻撃で切断されたらしい」


 よくもそんなことまで知っているものだと、キミヒコは感心する。

 キミヒコも事情聴取をしてくれた聖職者にいろいろと尋ねてはみたが、なにも教えてはくれなかった。


 なお、キミヒコは事件当日の夜に、偶然ブラムドに会ったことは黙っている。痛くもない腹を探られるのを嫌ったためだ。


「犯人の目星とか、ついてんのかねぇ……」


「……ブラムド司教は、結構な武闘派だ。ガタイもいいし、魔力の扱いも長けている。そう易々と殺されるようなタマじゃない」


 シモンのブラムドに対する評価は、キミヒコも理解するところだ。ブラムドはいかにも強そうな雰囲気を纏っていた。


「殺されるような理由もわからんな……。司教は教会内の派閥では傍流だった。前の教区長の派閥にいたんだけど、前教区長が失踪して派閥は瓦解したらしいぜ」


 腕組みをしながら、シモンがそんなことまで語る。


 ……こいつ、詳しすぎだろ。教会内部の派閥についてなんて、外部の人間が知ってるものなのか……?


 キミヒコが訝しんでいると、シモンが胡乱な目でこちらを見ているのに気が付く。


「なあ、実際……どうなんだ?」


「どうって、なにがだよ?」


「ブラムド司教が殺された時間に、あの人形がどうしてたかって話」


「……どういう意味だ?」


 シモンのホワイトへの疑念に、キミヒコがドスの利いた声を出す。


「ちょ、こえー顔すんなよ……。悪かったって」


 シモンが慌てて言う。


 現在、この都市のハンターでキミヒコに喧嘩を売ろうなどという度胸のあるものは、一人もいない。当然、シモンもそうだった。

 元から、あの人形はヤバイというのがハンターたちの共通認識だったが、件のドラゴン討伐でさらにそれに拍車がかかった。底の知れない悪魔だなんだと、そう言われていることはキミヒコの耳にも入っていた。


「ていうか、市はいったいなにやってんの? 今までの失踪事件は、死体があがらなかったから本腰入れないってのは、まあわかる。けど、今回は明らかに事件性があんだろ」


 話の流れを変えたくて、キミヒコが疑問を口に出す。


 今回の事件は、どういうわけか官憲の動きが鈍い。キミヒコへの事情聴取も、教会が独自に行なっただけだった。

 ホワイトの存在もあるし、当日深夜に出歩いていたこともある。それゆえ、この聴取は仕方ないものだとキミヒコは思っていたが、行政側からは一切の話がない。


「教会のことだからな……市長が乗り気じゃないらしいぜ」


「……市長? どうしてあのハゲが出てくるんだ?」


「なんでドラゴン襲撃を切り抜けられたのに、こんな事件で躓かなきゃならんのかってことさ。そろそろ任期を終えるからな。再選を狙ってんだよ、あの人は」


 シモンはそう言うが、キミヒコにはいまいち理解が及ばない。


「事件で躓くって……ほっぽらかしにして、迷宮入りになる方が失点になるんじゃねえの? 普通に考えてさ」


「そりゃあ、お前。あの人を市長に推したのは誰かって話さ。わかるだろう?」


 したり顔で言ったシモンの言葉の意味を、キミヒコはすぐに察した。


「あー、なるほどねぇ。教会は政治に関与しないなんて言っても、しょせんは建前か」


「そーゆーこと。実はあの人、元聖職者なんだぜ」


 市長の後ろ盾は教会。シモンの言う「躓く」とは、その教会に睨まれるということらしい。下手に官憲を動かしての藪蛇は避けたいというところだろう。

 教会は教会で独自に調査を行なっているから、余計な口出しをする気はないということだ。


 市長がギルドとの話し合いのときにいたのは、俺の気が変わって、ギルドに魔核晶を売らないか監視にきたってわけか。無能っぽい振る舞いだったが、あれは演技かもな……。


 いまさらながら、ギルドに魔核晶のことで呼び出された際のことに、キミヒコは合点がいった。


「……で、話は戻すけどさ。実際のところ、今回の事件について、キミヒコは知ってることとかないのか? 教会宿舎に住んでるし、ブラムド司教とは親しかったんだろう?」


 シモンが再び話題を事件に戻す。よほど、この事件に入れ込んでいるらしい。


「いや、ねーよ。見当もつかん。ブラムド司教とは、まあ、仲良くさせてもらってたがよ……」


 キミヒコとしては、今回の事件に思うところがないわけではない。ブラムドのことは嫌いではなかった。


 そのブラムドが、キミヒコに最後に言い残した言葉が脳裏に横切る。

 アデラインのことを頼む。彼はそう言っていたが、いったいどういう意味なのか。


「ま、そりゃそうか。……じゃあさ、大司教のことはどうだ? 大司教はこの事件について、どう思ってるか知ってるか?」


 アデラインについてキミヒコが考えていると、シモンからその彼女についての質問が飛んできた。


「大司教か……。さあな、事件があってからは会ってないから、どうしてるかねぇ。ブラムド司教とは仲も悪くなかったみたいだし、ショックでも受けてるかもな」


 キミヒコは自分で言っていて、これはないなと思った。

 アデラインの本性は冷酷だ。表面上は悲しんでみせるだろうが、ブラムドが死んだことなど意に介さないだろう。


「なんか……割と、他人事みたいに言うんだな。……お前、大司教といい感じだとか聞いてるけど」


「んー。いい感じ、かぁ……」


 肯定も否定もしないキミヒコに、シモンがさらに質問を続ける。


「キミヒコって、大司教とデキてんの? 風俗狂いのお前さんが、最近娼館に来ないのは、そういうわけ?」


「お前が想像してるようなことはない。いたって、プラトニックな付き合いだよ」


「ほーう、付き合いはあるんだな」


「まあ、教会で世話になってるからな。接点はあるさ。……お前、さっきから、なにを気にしてるんだ? 今度は大司教のことを嗅ぎ回ってよ」


 プライベートなことを聞いてくるシモンに、若干の苛立ちを滲ませてキミヒコが言う。


「……まあ、あの娘は人気あるからな。美人で気が優しくて、おまけに身分は大司教。ファンが多いんだよ」


「で、ゴシップ好きのお前は、そんな大司教についてなにかネタがないか探していると」


 シモンが教えてくれるゴシップネタは、酒の肴に悪くはない。だが、今度はそのネタを仕入れるために、あれこれ聞かれるのでキミヒコは辟易としてきた。


 ここはひとつ、脅して懲らしめてやろうと、酔いの回った頭で思いついた。


「シモン。お前、そんなに噂話が好きなら、とっておきのネタを提供してやろうか?」


「え、知りたい知りたい……ちょっと待って、なにその顔。やっぱなし――」


「ホワイト。どうせ聞いてんだろ? ちょっとここまで来い」


 キミヒコが言うと、酒場の扉が開かれた。入ってきたのはもちろんホワイトだ。


 それを見て、客の何人かは即座に席を立つ。焦ったように会計を済ませて、店から出て行ってしまった。


「あ、俺、ちょっと酔いが回りすぎたかもしれん。帰るわ。会計はここに――」


「俺が奢ってやるから遠慮するな」


 出ていった客にシモンも続こうとするが、キミヒコがそれを封じる。そうしている間に、ホワイトがキミヒコたちのテーブルまで来ていた。

 キミヒコが自身の隣の椅子を引くと、ホワイトはそこに腰を下ろす。


「貴方。呼ばれて来ましたけど、どうしましたか?」


「いやー、そこにいるシモンがな、お前に聞きたいことがあるんだと」


 シモンの肩がビクリと震えた。先程までのアルコールの入った赤ら顔は、今は青く染まっている。

 魔獣使いとはいえ、シモンもハンターとして魔力の扱いには長じている。ホワイトの恐ろしさを肌で感じていることだろう。


「い、いやさ……聞きたいことなんて、特には……」


「んー? さっき、ホワイトが事件当日にどうしてたかとか、知りたがってたじゃねえかよ。この場で本人に聞けばいい」


 怯えて萎縮しているシモンにキミヒコが言う。


 ちょっとかわいそうとも思ったが、もうホワイトも来てしまったし、このままお灸をすえることにした。


「どこの間諜か知らないが、あんまりコソコソと嗅ぎ回るのは感心しないな……。なあ、そうだろホワイト」


「そうですね。この男、よく教会施設に侵入し工作活動に従事していましたが、私たちの邪魔になるなら死んでもらうしかないですね」


 キミヒコの脅し文句に、ホワイトも同調するようにそう言った。だが、そのホワイトの発言にキミヒコにも聞き捨てならない言葉が入っている。


 ……教会施設に侵入? 工作活動? なにそれ初耳なんだけど。まさか、本当に間諜なのか……?


 キミヒコが呆然としていると、シモンが突然にテーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げる。


「ま、待てッ! 悪かった! で、でも、お前をどうこうしようってことで、教会を探ってたんじゃないんだ。信じてくれ!」


 声を震わせて、シモンが必死の弁明をする。あまりに切実なその様子に、キミヒコは腰が引けた。


「お、おう……。まあ水でも飲んで落ち着けよ。……あ、お姉さん、水を二人分お願いね」


 キミヒコが店員を捕まえて、シモンのための水を注文した。


「で、どうするんです? 殺すために呼んだんですよね? もう殺っていいですか?」


 水を待っている間に、ホワイトが物騒なことを言う。

 シモンはもう恐怖のあまり呼吸もままならないようで、ヒューヒューという音が俯いた顔の下から聞こえてくる。


「いや、物騒なことを言うな。そんなつもりはないから、ちょっと静かにしていてくれ」 


 キミヒコがホワイトを黙らせてしばらく。ようやく注文の水がきた。ついでになぜかジュースらしきものが、ホワイトの前に置かれる。店員は「小さな英雄様に、サービスです」と言って、にっこりとホワイトに笑いかけ、仕事に戻っていった。


 片やこの人形を都市の救世主として持て囃す者もいるが、片や恐怖のあまり過呼吸に陥っている者もいる。なんとも不思議なコントラストが、この酒場内で形成されていた。


「ほ、ほらシモン。水だ。これを飲んで、息を落ち着けるんだ」


 キミヒコが勧めた水を、シモンは時折むせながらもゆっくりと飲み込んでいく。


 シモンが呼吸を落ち着けている間、キミヒコはホワイトとグラスを打ちつけあって乾杯し、自分用に頼んだ水を口に含む。

 ひんやりとした感触が喉を抜けていき、アルコールで熱くなった頭が冷えていくのを感じた。


「す、すまん……。ちょっと、取り乱した……」


 シモン息を落ち着けて言う。その顔色はまだ青いままだ。


「で、お前……ゴシップ好きが高じて、こんなことしたわけじゃないんだろ?」


「あ、ああ……。雇われてな……」


 シモンの白状にキミヒコは瞠目する。


 やべー、こいつマジで間諜だったのかよ。藪蛇だった……。


 知らなくてもいいことを知ってしまったと、キミヒコは後悔した。教会相手になにを探っていたか知らないが、どうせキミヒコには関係のないことだ。どうやらシモンは噂話という形でいろいろ語ってみせて、キミヒコの反応を見ていたらしい。

 役所かギルドか、はたまたどこかの非合法組織か。いずれにせよ、関わり合いにはなりたくないとキミヒコは思った。


「……まあ、あれだ。どこに雇われたか知らないが、教会がどうなろうと俺は関係ないし、勝手にやってくれ。……だが、いらないことをやって、俺たちに迷惑かけたら……わかってるな?」


 キミヒコの脅しに、シモンは無言で首を縦に振る。


「じゃ、この話は終わりということで」


「え? これで終わり……?」


「なんだよ、別にいいだろ。……拷問にでもかけられたいのか? ホワイトはそういうのも得意なんだぞ」


 シモンは首をブンブンと横に振る。そして、ゆっくりと息を吐き出した。


 もうこれで話はおしまい。キミヒコはそう思っていたのだが、シモンという男は根性があるのか仕事熱心なのか、まだ食い下がってきた。


「いや、もうこの際聞くけどさ、いったいいつから気が付いてたんだ?」


 シモンが問いかけてくるが、いつ気が付くもなにも、そんなのはついさっきのことである。とはいえ、キミヒコはそれを素直に言うような人間ではない。


「鏡見ろよ、鏡を。毎回毎回、ミサに出席するような面構えじゃないだろ、お前さんは。ミサに参加してた時点でもう怪しいっての」


「酷すぎない? ミサに参加してたのは、この仕事を受ける前からだよ!」


 キミヒコの冗談に、シモンは憤然とそう返した。そして、キミヒコが本音を語ることはないと悟ったのか、残念そうな顔をする。


「……なあ、キミヒコ。俺のクライアントに会う気はないか?」


「はあ? なんでだよ。全然興味ないし、面倒ごとはごめんだぜ」


 しつこくも今度はそんなことを言ってくるシモンに、キミヒコは拒絶の意志を示す。


「……俺が調べてる件、どうもお前さんの身の安全にも関わることらしいぞ」


「え、なに? 脅してるつもりなの? ……やっぱりテメー、死にたいらしいな」


「ち、違うって! いや脅してるんじゃなくて、マジの話なんだって!」


 シモンの弁明に、キミヒコは答えない。無言で話の続きを促す。


「……俺は役所に雇われて、例の連続失踪事件について調べてる」


「役所の、どこの部署だ?」


「厚生局だ。局長のヘンリック議員が、お前のことを気に入ってるんだ。前々から、それとなく連れてこられないかって打診されててな。……まあ、こんな形での誘いになっちまったが、悪いようにはしないと思うぜ」


 厚生局と聞いて、キミヒコには思い当たることがあった。


「ふん。魔獣の定期監査がどうとか言ってたが、そういうわけか」


 厚生局にはキミヒコも顔を出したことがある。ホワイトの市内立入の許可申請の際だ。使役魔獣の認可は厚生局の管轄だった。

 そして、自身の魔獣の定期監査で、シモンは厚生局にたびたび出向いていた。どうやら定期監査というのは建前だったらしい。


「察しがいいな。……ただ、定期監査は本当にやってたぞ。監査費用がなぜか俺持ちだったのも本当だ」


「ケチ臭い組織だな、厚生局って……」


 それだけ言って、キミヒコは黙って考え込んだ。


 件の連続失踪事件が、自分の身の安全に関係がある。シモンの言葉に半信半疑ではあるが、もし事実だった場合を考えるのなら、この話は聞いておいた方がいいだろう。

 それに、相手が役所であるのなら、それなりの信用はおけるはずである。ギルドや他の組織であったなら、キミヒコは絶対に拒否していた。


「……わかった。会うだけ会ってみよう。ただし、ホワイトも同伴でだ」


 どうせ、ギルドとの契約はもう果たしたのだ。いざとなれば、都市の外へと逃亡もできる。

 キミヒコは誘いに乗ることを決めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  殺人事件を推理していたら、何故か盗聴犯が炙り 出されてしまった件。 [一言]  殺されていない可能性も出て来ましたね。  こりゃもう犯人どころか、事件の概要すら分からなく なってまいり…
[一言] シモンがミサ通いなのは怪しいと思ってたんよw キミヒコは気にして無いけどおそらく24時間ホワイトに行動筒抜けで一瞬ホワイトがヤンデレストーカーに思えたが間違っていない気がする
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