#19 サイコサスペンス
天体観測のあと、いつもどおりアデラインを送り届け、キミヒコとホワイトは夜道を歩いていた。
「貴方、よろしかったので?」
「……なにがだよ」
「最近、商売女はご無沙汰でしたから。あの女で劣情の解消でも図るのかと思っていました」
道すがら、ホワイトがそんな疑問を口にする。
確かにご無沙汰ではあるのだが、キミヒコはそんなつもりはなかった。
当初、キミヒコは出自を知られているため、アデラインを邪険に扱うこともできずに天体観測の誘いに応じていた。それがそのままこうして、何回もズルズルと続ける羽目になってしまっている。
とはいえ、この奇妙な関係も、それほど悪くはないともキミヒコは思っていた。アデラインは確かに怪しい人物なのだが、その家庭環境にシンパシーを感じたりもしたし、あの妖艶な雰囲気も嫌いではない。話していて楽しいとすら思った。
しかし、これ以上の踏み込んだ関係になりたいかと問われれば、その答えは否である。
「あいつはなぁ……。美人だし、話してて悪くない感じだけど、得体が知れなさすぎるんだよな……」
「そうなんですか? 立ちんぼや安っぽい商売女に比べれば安全かと思えますが……。生娘ですよ、あれ。病気の心配はなさそうです」
そういう心配はしてないと、キミヒコは嘆息する。
ホワイトのズレた感性は、相変わらずだった。
「いや、下手に手を出したらまずいだろ。大司教なんだぞ……」
「……? 用が済んだら、それまででいいのでは?」
「えぇ……」
平然とヤリ捨てを推奨するこの人形に、キミヒコは呆れて言葉もでない。
さすがにキミヒコも、そんな無体に扱うほどアデラインのことをどうでもいいとは思っていない。キミヒコの中では、それなりに好ましい人物のカテゴリに入っていた。
この人形になんと言ってやろうかとキミヒコが考えていると、不意にホワイトがキミヒコの前に出て、歩みを止める。
「前方より、近づいてくる人物がいます」
ホワイトが警告を発する。
時刻はすでに日付を跨いでいる。こんな時間に誰なのか。キミヒコがその場で息を潜めて立ち止まっていると、足音が近づいてくるのが聞こえる。
待ち構えていると、前方の曲がり角から大柄な男が現れた。
「……ブラムド司教?」
その正体はキミヒコも知っている男だった。毎朝ミサを執り行い、キミヒコにも度々参加のお誘いをかける熱心な司教、ブラムドである。
普段の白い法衣ではなく、紳士然としたシックな装いだったため、一瞬誰かわからなかった。
「キミヒコ殿でしたか。こんな夜更にどうされましたか?」
「いえ、大司教と天体観測をしていましてね。ご自宅まで送ったので、その帰りです」
こんな時間にどうしたとはこちらのセリフである。こんな時間に出歩くのも不審だが、それ以上にブラムド司教の様子が、キミヒコにはおかしく感じられた。
星明かりに照らされる顔に、どこか焦燥した雰囲気が見て取れる。
「キミヒコ殿、お願いがあります」
「は、はあ。私にできることでしたら」
またミサのお誘いかとキミヒコはゲンナリした。ブラムドは今日非番だったはずだが、熱心すぎるのも困りものである。
「……アデライン大司教のこと、よろしくお願いします」
ブラムドの頼みは、キミヒコの想定外のことだった。いったいどういう意味なのかと、キミヒコは目を瞬かせた。
「へ? は、はあ……。それはもちろん、世話になってますから」
「ふふっ。そうでしたな……」
意味がわからずに曖昧な返事をするキミヒコに、ブラムドは穏やかに笑ってみせた。
◇
翌日、朝から教会はとんでもない騒ぎになっていた。
ブラムドが死んだ。
行方不明ということではなく、殺人事件らしい。詳しい状況はキミヒコも知らされていないが、死体が発見されたようだ。それも、教会の施設内部で。
教会宿舎の全ての人間は自室待機を命じられ、キミヒコとホワイトも部屋で大人しくしている。
「私は殺ってませんよ」
「本当だな? 今度こそ、お前を無罪と信じていいんだな?」
キミヒコの周囲で殺人事件が起こった場合、第一容疑者となるのはこの人形である。
周りの人間も疑うし、キミヒコも疑う。現にこの部屋の前には、戦闘技能を修めているらしい聖職者が見張っていた。
「むしろ、なぜ私が疑われているのでしょうか」
「……お前な。今までの自分の行動を振り返って、考えてみろよ」
「ふむ……。今までの行動を思い返してみましたが、やっぱりわかりませんね」
おそらく本気で言っているのだろう。相変わらず頭のネジが飛んだ人形である。
だが、ホワイトはキミヒコに嘘をつくことはない。殺っていないと言うのなら、本当に殺ってないということだ。
「で、どうします? 部屋に閉じ込められてますが、強行突破しますか? あの見張りくらいなら即殺できますが」
「テメー、ちょっと前の自分のセリフ忘れたのか? そういうところだぞ」
キミヒコのツッコミに、ホワイトは首をかしげてみせる。
その様に、キミヒコは深々と息を吐いた。
「……余計なことはしなくていい。しばらく様子見だ。今回ばかりは俺たちのせいじゃないんだから、堂々としていようじゃないか」
「いつもいつも、まずは様子見ですが、大丈夫なんですか? 後手に回るだけなのでは?」
「お前が過激なだけだ。その分だけ俺が慎重になって、釣り合いを取ってるんだよ」
キミヒコはそう言って、腰掛けていたベッドにそのまま横になった。ごく自然に、ホワイトがそれに寄り添う。ふかふかの羽布団と、ホワイトのドレスのサラサラとした質感が心地よい。
魔核晶を献上したことにより、キミヒコは教会ではVIP待遇となっていた。広い部屋へと移れたうえ、あれほど渋られた寝具の交換もあっさり認められていた。
監視付きで部屋から出られないとはいえ、居心地は悪くない。
「はあ……暇だな……。昼飯の時間まで、寝ちまうか……」
言って、そのままキミヒコは瞼を落とした。
「そうですか。では昼前には起こすようにします」
「うん……おやすみ、ホワイト」
「ええ、おやすみなさい。貴方……」




