#18 真夜中の領域
「――天文部は単に星々の観測をしているだけの部署ではありません。表向きは暦や星座の制定をするための観測機関ですが、真の目的は別です。彼らは星の導きから、大いなる意思の存在位置を割り出そうとしています」
星空の下、キミヒコはアデラインと何度目かになる天体観測を行なっていた。
天体観測とはいうものの、それはもう口実のようなもので、言語教会の裏話やお互いの身の上話をするのが主だった。
ちなみに、ホワイトもその場にいる。アデラインを即座に始末できる位置につけているが、彼女はそれを気にすることはなかった。
「天体観測で、どうやってそんな異次元の存在を探ろうというんだ?」
「大いなる意思への探究、そのアプローチとして、真世界の存在とこの幻影世界の存在の差異を検証するというものがあります。真の星々と幻影の星々は、ほんの僅かにその配置にズレがあるようです。そこから検証を行なっているというわけですね」
アデラインの語る、大いなる意思についてや真世界についての話は難解で、キミヒコとしては完全な理解は諦めていた。元々、世界の真実になど、それほど興味はなかったこともある。
今はもう、単にアデラインとの会話そのものが目的のようなものだった。いつの頃からか敬語もやめて、フランクな口調になっている。
「真の星々の配置はどうやって探る? ここから見える星空は、紛い物の幻影なんだろう?」
「天文部の所有しているアーティファクトにより、真世界の星図がわかるようです。どのようなアーティファクトなのかは、秘匿されていますので私にもわかりませんが……そのアーティファクトの存在で、天文部は教会学派としては最大派閥になっています。真世界の情報を継続的に入手できるというのは、かなりの強みのようですね」
アデラインの解説を、キミヒコは話半分で聞いている。現状、彼女の語る内容はなんの裏付けも取れていない。
キミヒコの中では、不確かなうえにあまり興味を惹かれない内容だった。
「真世界の情報は本当に貴重なんですよ。社会文化や自然科学……なんでも重要な資料として扱われます。……ゲドラフ市には、真世界から落ちてきた動物の、隅々まで腑分けられた標本なんかもありますからね」
キミヒコの様子から、あまり真面目に聞いていないことを察したのか、アデラインが脅すようなことを言う。
「おー怖い怖い。人間なんかが落ちてきた日には、大変なことになるな、それは」
「ふふ……うふふ……。本当に、そのとおりなんですよ。キミヒコさん……」
おどけて言ってみせるキミヒコに、アデラインは妖しく笑いかける。
最初の天体観測の際にもそうだったが、アデラインはキミヒコの前では態度を豹変させ、得体の知れない雰囲気を醸し出す。
「だいたい、教会上層部は大いなる意思とやらに近づいたとして、どうするんだ? なにか願い事でもあるのか?」
「さあ……? 世界平和のためとか、聞いたことはありますけど……。私の父などはいたく感激してましたが……正直言って、どうでもいいですよね。そんなこと」
アデラインは世界平和など、どうでもいいことなどと言う。
今の発言に限らず、どことなく冷たさを感じる言い回しを彼女はすることがあった。先のドラゴン襲撃について話題にしたことがあるが、その際も犠牲者については「ああそう」くらいのコメントをするだけだった。
普段の彼女は、お飾りの教区長として黙々と職務をこなし、たまに市内の子供たち相手に講演を開くなどの慈善活動を行なう。立場を笠に着ることもなく、心優しく愛想も良い。そんな彼女の評判は、教会内外で上々だった。
だが、今の彼女はどうか。
どこか冷酷で、他者への共感に欠けている。それは、ホワイトの性質に近いものだ。そして常日頃は隠しているその一面を、キミヒコの前では曝け出す矛盾。
なんとも複雑で、分裂した、おかしな女。キミヒコの中で、アデラインはそんな人物像だった。
「……父親、か」
そんな彼女が自身の父親について言及したことに、キミヒコは反応した。
「気になりますか?」
アデラインはそう言うが、詳しい話を聞くのをキミヒコは躊躇した。
彼女の父親は、例の行方不明事件の被害者だ。
「私の父は……厳しい人でした。教会の教えには本当に厳格で……。手を上げたりということはありませんでしたが、毎日怒られてばかりでしたね」
無言でいるキミヒコに、アデラインは勝手に語り出した。
どことなく落ち着きがない様子で、自身の髪飾りを弄びながら、とつとつと話す。
「私の趣味や好きなことにも、あまり理解が得られなくて……」
「君は、自分の父親が嫌いだったのか?」
「どうでしょう……。もっと優しくしてほしいと思ったことは、たくさんありました。けど、嫌いにはなれなかった。そんな感じですね……」
嫌いになれない。アデラインのその言葉に、キミヒコはなんともいえない顔になった。
彼女の父親は、自身の信仰を娘に押し付け、命の危険のある旅路へ幼少の娘を連れていくような男である。
一方通行の勝手な親心。エゴの押し付け。そういったものがキミヒコは大嫌いだった。
そんな思いを胸の内で反芻しているキミヒコを、アデラインがじっと見つめている。今度はキミヒコが語る番のようだ。
あまり乗り気ではないが、キミヒコは渋々ながらも口を開いた。
「俺の父親も……俺への当たりがきついだけで、本当にそれだけの父親だったよ。最後には見捨てられたしな……」
「見捨てられた……?」
「ま、ちょっとばかり、期待に応えられなくてね。縁を切られたのさ」
「そう……そうですか……。ふ、ふふふ……私と、同じですね……」
妖艶な微笑みを浮かべて、アデラインはそんなことを言う。
同じ……? どういうことだ? この女の父親は……。
キミヒコは訝しむが、これ以上突っ込んだ話はしたくなかった。多少、気安い関係になったとはいえ、自分のこと、それも触れてほしくない部分を、他人に知られるのには抵抗があった。
「……ずいぶんと冷え込んできましたね。今宵の語らいは、このくらいにしておきましょうか」
キミヒコの様子を察してか、アデラインがこの奇妙な集まりのお開きを提案する。
「……そうだな。お開きにしよう。いつもどおり、送ってくよ」
「キミヒコさん、いつもありがとうございます。……たまには、どうでしょう。私の家へ寄っていかれては? 寒いですし、温かい飲み物でもお出ししましょうか?」
アデラインがそんな誘いをする。
その言葉を額面どおりに受け取るほど、キミヒコも子供ではない。
「……遠慮しておこうか。変な噂がたてば、お互い困ることになる。大司教って立場は、そんなに軽いものじゃないだろう」
そう言って、キミヒコは誘いを躱す。
変な噂といっても、逢瀬とも言われかねない状況を重ねているので、いまさらな話ではある。要はただの方便だ。
「そう困ることもないと思いますが……。キミヒコさんは、もうこの都市の英雄ですもの。かの英雄、クワンリーと同じですね」
「縁起でもないことを言うのはやめてくれ。まあ、俺は三日も猶予があれば、さっさと逃げるがな」
先のドラゴン狩りの功績を、かの英雄クワンリーのそれと同等だと言うアデラインの言葉に、キミヒコは嫌な顔をした。
あの巨大石像のモチーフとなった英雄クワンリーには、悲劇的な逸話があったからだ。
飛来した巨大ドラゴンを撃退した彼は、人々を救ったにもかかわらず、その力を恐れられた。ドラゴン撃退の際に騎士武装を失った彼は、用済みとばかりに陰謀に嵌められて死ぬことになる。陳腐で、ありがちな昔話だ。
この話で特徴的なのは、死罪を言い渡された彼には三日の猶予が与えられたことだ。三日間、拘束されることもなく彼は自由だった。さすがに、ただ処刑するのは後味が悪いということだろう。
この三日間、彼がどのように過ごしたのか。物語ではいろいろなバリエーションがある。ひたすらに聖句を唱え祈ったとか、逃亡するかどうか葛藤したとか、恋人と逢瀬を重ねたとか、後世の創作であれこれ脚色されているが、真実は闇の中だ。
「三日もあれば、そうですよね。……誰も、あなたを止めることはできないでしょう。その、美しい瞳の人形がいる限りは……」
そう言って、アデラインはホワイトの髪をそっと掬い上げて、その瞳を見つめる。彼女はまったくホワイトを恐れてはいない。
ホワイトもまた、それに対してなんらアクションを起こさない。なにもしないというよりは、アデラインのことなど、存在しないものとして扱っている。いつもどおりの完全無視だ。
やっぱり変だ。なんなんだろう、この女は……。
この世界で出会ったどの人間とも異なる彼女の性質に、どう対応すればいいのかキミヒコにはわからなかった。




