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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.3 アビスの病床
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#17 意趣返し

「キミヒコさん。あなたが、ギルドに、その……良くない感情を持っていることは知っている。だが、ここはどうか、ご理解していただきたく……」


 ギルドの一室。かつて契約を結んだ場所で、キミヒコは再びギルド長と対面していた。


 あのときと違うのは、キミヒコの傍にはホワイトが控えており、ギルド長の隣には禿げ上がった頭の恰幅のいい男、このメドーザ市の市長がいた。

 とはいえ、市長は落ち着かない様子でチラチラとホワイトを見るばかりで、話し合いには参加しようとしない。


「ほほぉ……ご理解ね。ご理解ときましたか。……いったい私に、なにを理解しろと?」


 以前、ここでギルド長との交渉に臨んだ際も、キミヒコは不遜な態度だった。だが、今回はそれ以上である。露骨な嫌悪感を隠そうともしない。

 市長がいてもお構いなし、というよりは市長がなにも言わないのでそうしていた。


 市長はその態度から、嫌々ここに来たらしいのが、キミヒコにもすぐにわかった。ギルド長に無理やり引っ張り出されたかなにかだろうと、あたりをつける。


「……魔核晶を、どうかこちらに売ってはもらえまいか? 騎士の確保は、この都市の悲願なのだ」


 ギルド長が頭を下げながら、重々しく言う。


 魔核晶とは、騎士武装の原料となる戦略物資である。非常に高純度の魔石であり、強大な魔獣の体内からごく稀に手に入れることができる。

 今回、メドーザ市を襲撃した特十七号の体内からは、この魔核晶が出た。


 ただの魔石であれば、契約上ギルドが接収することになるのだが、魔核晶についてはその魔獣を倒したものが受け取るのが慣例だ。

 つまり、現在のこの魔核晶の所有者はキミヒコとなる。


「都市の悲願? 寝言は寝て言ったらどうです? 市議会に怒られて頭下げてるだけでしょうが。今回のギルドの失点、高くつきましたなあ……」


 キミヒコがギルド長の嘆願を鼻で笑い、嫌味を言い放つ。


 ギルドはどうにか魔核晶を手に入れようと必死だが、肝心のキミヒコはこの調子である。


 ハンターたちを使って脅そうにも、ホワイトを連れているキミヒコ相手に、そんなことができる命知らずはいなかった。加えて言うなら、今回の件でハンターたちのギルドへの信用は地に落ちている。誰も進んでギルドに協力しようとはしない。


「……私の権限でできる範囲で、君の要望を聞こう。これでも、このギルドの長だ。君がハンターとしての活動を続けるうえで、便宜を図れることがあれば……」


「ふぅん、そう。でもギルド長、あなたクビになるって聞いてますけど? あなたとそんな約束して、なんの意味が?」


 ギルド長がまずい立場であるというのは、もう有名な話だった。


 特十七号の討伐がなされたにもかかわらず、市議会への報連相を怠ったとして、現在ギルドは苦境に立たされている。特十七号のサイズについては、矢面に立たされるハンターにすら情報がいっていなかったとして、全方位からの非難の的だった。


 なにかしらの事情や考えがあったであろうことはキミヒコも察してはいたが、庇う理由もない。ギルドの政治判断の甘さが招いたことで、自業自得であると思っていた。


「市長からも、どうか、キミヒコさんにご説明を……」


 旗色の悪さは如何ともし難く、ギルド長は市長に応援を求める。


「えっ!? いや、きみぃ……これは私の口からどうこう言う問題ではないよ。ハンターとギルドの間の話なのだから……まあ、うまく交渉してくれたまえ」


 じゃあなんでここにいるんだよ。市長の発言に唖然としているギルド長のみならず、キミヒコすらそう思った。


 市長はホワイトを心底恐れているらしく、ひたすらにハンカチで汗を拭うだけの存在と化している。


 いや、このハゲはいったいどうしてこんな所に来てんだよ。ギルド長が呼んだにしては、非協力的だし。どう見ても嫌々来たって雰囲気だし。わけがわからんぞ……。


 キミヒコとしては、ギルド側を助けない市長の態度は望ましいものではある。だが市長の存在のあまりの意味不明さに、混乱もしていた。

 だがとりあえずは、キミヒコは市長の存在を無視して話を継続することにする。


「……ま、ともかく。魔核晶はギルドに売るつもりはないですから。もう先方には話を付けてありますんでね」


「な!? そ、それはどこです!?」


 魔核晶の処遇をキミヒコがもう決めていると聞いて、ギルド長が声を荒らげる。


「教会です」


「教会……? 言語教会が、魔核晶を買い取ると……?」


「いやいや、寄付しようと思いましてね」


 寄付するというキミヒコの言葉に、ギルド長が絶句する。

 金にガメついキミヒコが、千金に値する魔核晶を寄付するなど思いもしなかったのだろう。


「……なにしろ、どこかの誰かのおかげで、市内の宿を出禁になってましてねぇ。教会にはお世話になってるんで、その恩返しというわけでしてね」


 恨みを込めて、キミヒコが言う。


 教会への恩返しなどと言うが、ギルドへの意趣返しの意味合いが大きいことは火を見るより明らかだ。


 もっとも、恨みを優先させはしたが、大陸中に根を張る教会に恩を売っておくという打算的な意味もあった。特十七号討伐の報酬金により、すでに金銭的な余裕は十分にある。ならば、ギルド以外の組織との伝手を構築しておこうという目論見だった。


「いや、素晴らしい!!」


 唐突に、市長が声を上げた。


 それを受けて、キミヒコとギルド長の口から、二人揃って「は?」という言葉が漏れる。


「いやはや! 剛毅なお方だ。魔核晶を寄付してしまうとはね。それであれば、私から言うことはなにもありませんな。いやあ、市民の鑑のような方ですなあ」


 今まで市長はなにも言う雰囲気ではなかったし、キミヒコはそもそも市民権を持っていない。トンチンカンなことを言う市長に、キミヒコもギルド長も言葉を失う。


「キミヒコさん。あなたは立派なお方だ。メドーザ市を救っていただいただけでなく、魔核晶すら世のために寄付しようとは、感服しましたぞ! 市の英雄として、市庁舎にあなたの銅像を立てようかと――」


「いえ、結構です……」


「む、そうですか。謙虚な方ですなあ……。それにしても――」


 引いているキミヒコをよそに、市長は美辞麗句を並べ立てる。


 いや、本当に、このハゲはいったいなんなんだ……?


 訝しむキミヒコをよそに、市長は言いたいことを言い切ったようだ。


「む、もうこんな時間ですか。いや、キミヒコ殿とはもっとお話をしたいのですが、なにしろ仕事が押してましてな」


「え、ええ。忙しい中、どうもご足労いただき、ありがとうございました……」


 なぜかキミヒコが礼を言う。

 市長はそれを聞いて満足げに頷き、退室した。


「……市長も帰ったし、私も帰らせてもらいますかね」


 キミヒコも言いたいことは言い終えたため、席を立とうとする。


「キ、キミヒコさん……教会に寄付するという話だが、考え直しては……」


 そんなキミヒコにギルド長が食い下がる。


「だから、もう教会に話がいってますって。だいたい、教会の手に渡ろうがギルドの手に渡ろうが、この都市に騎士が誕生するんだから別にいいんじゃありませんか」


 キミヒコの言い分にギルド長は言葉に詰まった。


 実際、教会が魔核晶を手に入れれば、それにより誕生する騎士はこの都市に駐在することになるだろう。そういうふうにキミヒコも話を聞いている。

 ギルドにとって困るのは、その騎士が教会の紐付きとなることだ。


 今回の件で、ギルドの立場は非常に悪いものとなった。それを挽回すべく、新しい騎士にギルドの影響力を持たせたいと、そういうことだ。


 キミヒコはそれを知りつつ、邪険に扱っている。


「頼みます、キミヒコさん。どうか、ギルドを助けると思って……」


「ふーむ。まあ私も、ギルドで仕事をとってますからねー。どうしようかなー」


「す、すでに買取金の見積もりは出してあります。これだけでも見てください!」


 慌てふためきながら、ギルド長が書類を出してキミヒコに押し付ける。


「お、こりゃすごい……。よくも奮発したものですなぁ」


 キミヒコがその書類を一読し、この部屋に来て初めて前向きな言葉を発した。それを見て、ギルド長の顔が若干明るくなる。


「それはあくまで見積もりです。そこからさらに、三割ほど上乗せしますよ」


「ほ、本当に……? そんなにくれるのか……?」


「もちろんですとも」


 キミヒコが笑顔のまま、手を前に出す。

 喜び勇んで交渉成立の握手しようとして、ギルド長も手を出した。が、その手は空を切る。キミヒコの手はギルド長の眼前へと移動していた。

 そしてそのまま、手の甲を相手側に向け中指を立てることで、キミヒコは返事とした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金に困っていないんだからそれで武器でも作らせればいいのにとも思いますが、そんなのあっても不要であり目立つだけもしくは資格等が必要なのですかね?
[気になる点]  実は額面が圧倒的に不足?  それ以外の条件に不備が? [一言]  気にはなりますが、大人しく次回を待ちます。
[一言] 二度の失敗を得て、立ち回りが洗練されてきましたね。 都市の悲願を叶える(ギルドの願いを叶えるとは言っていない)。
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