#5 ビジネススタイル
「な、なんでこんなことに……。俺は悪くねえ! 俺は悪くねえんだぞ!?」
市内の大通りをホワイトを連れ立って歩きながら、キミヒコがそんなことを喚く。
先の事件は、事を大袈裟にしたくない宿側の事情もあって、キミヒコは官憲に囚われることもなく無罪放免となった。
しかし、公的には無罪となっても、宿側とのわだかまりが解けたわけではない。支配人の腕をホワイトが折ってしまったことで、キミヒコたちは宿から出入り禁止を言い渡されてしまっていた。
支配人の若者はあの宿のオーナーである商会、その会長の息子だった。どうやらキミヒコの出禁はその商会からの指示らしく、宿側にどれだけ文句を言おうとその決定が覆ることはなかった。
今までの料金を全額返金するという、宿側の提案を頑なに断り続けて居座ってはいるが、そろそろ限界である。こんなことなら一ヶ月分は先払いにすべきだったとキミヒコは後悔した。
「やれやれ、これからはホームレスですか。甲斐性ありませんね、貴方」
「うっさいわ! 俺は悪くねぇ! 悪いのは、あの馬鹿たれ支配人とその親父と、あとは……そうだ、行政が悪い!」
「はい? なんで行政が出てくるんですか?」
思いついたように行政の悪口を言うキミヒコに、ホワイトが疑問の声をあげる。
「当たり前だろうが。なんでこの都市の宿は全部同じ系列なんだよ。独占禁止法とか公正取引委員会とかねえのかよ。これだから未開な異世界は困るんだよクソッタレが!」
こんな状況になるまでキミヒコも知らなかったことだが、メドーザ市の宿泊業界はなんとひとつの商会による独占状態となっていた。
営業努力で他の業者を叩き潰したらしいが、こんな状態が健全であるはずはない。小さな民宿ですらその商会の資本が入っている始末である。
経営ノウハウの共有を行なっているのと、同じ系列であっても互いに競わせる方針のため、この都市の宿泊施設の質は平均的に高い。そのため、市場独占は宿を利用する顧客にとっては結果的に望ましいことになっていたが、出入り禁止となったキミヒコにとっては最悪の事態だった。メドーザ市内でキミヒコを泊めてくれる宿はなくなってしまったのである。
常であれば、こんな状態になれば都市から出ていくだけの話なのだが、あいにくとキミヒコはギルドとの契約でそれはできない状態だった。
そんなわけで、キミヒコは事態を打開するため、ギャアギャアと喚きながらも今回の件の元凶となる商会の会長の下へ向かっていた。
愚痴をこぼしながらも歩き続け、目的の建物がキミヒコの目に映る。
「……さて、と」
呟きながら、キミヒコは身に纏う雰囲気を一変させた。
顔を引き締め、身だしなみを軽くチェックする。
これからはビジネスの時間だ。切り替えは必要なことだった。
「身だしなみは問題ないな?」
「ええ。格好いいですよ、貴方」
「おう。お前も可愛いよ、いつでもな」
人間的な美的感覚など備わっていない人形の世辞に、キミヒコは満更でもないようにそう返した。
目的の建物に近づくと、警備の人間がキミヒコたちに声をかける。
「失礼、アポイントメントはお持ちでしょうか?」
「この時間に、マダラス氏との面会を予約していたキミヒコです。話は通っていませんか?」
「いえ、失礼しました。お話は伺っております、キミヒコ様」
出禁にした割にはまともな対応で、キミヒコは拍子抜けする。
息子の腕をへし折った相手にも拘わらず、アポイントの取得も簡単だった。宿を経由して、会って話がしたいと伝えると、すぐさまに面会の予約が取れたのだ。
案外、会長は暇なのか。それとも、実はそんなに怒っていないのか。そんなふうなことを考えながら、キミヒコが館内に入ろうとすると警備員にまた呼び止められる。
「お待ちください」
「……まだ、なにか?」
「自動人形は屋外での待機をお願いします」
ホワイトがやったことを思えば、当然といえば当然の要求なのだが、キミヒコはすぐには返事をしなかった。
無言で相手を見つめることで、その理由を問う。
「警備上の都合です。ご了承いただけなければ、ここをお通しできません」
「……なるほど。致し方ありませんね。その他はなにかありませんか? ボディチェックなどは?」
「自動人形について以外は、特に指示はありません」
ホワイトを中に入れないのはわかる話だが、存外ザルな警備だとキミヒコは思った。
キミヒコの現在の装いは、仕立てたばかりのフォーマルな服装に、ビジネス用の手さげカバンだ。凶器を隠すようなスペースはいくつもある。
どうやら、キミヒコが逆恨みで凶行に及ぶとは考えていないらしい。
まあ、魔獣のいない魔獣使いなんぞは、とるに足らないってところか……。
舐められているのなら好都合。キミヒコは内心でほくそ笑んだ。
「ホワイト。ここの会長と話をしてくるから、お前はここでおとなしくしているんだぞ。指示どおりに、な」
「畏まりました。指示どおりにします」
相手は真っ当な商会ではあるものの、自身に対していい感情を持ってはいないはず。そんな相手の懐に飛び込むということで、キミヒコは事前に対策を講じていた。相手が暴力に訴えた場合の保険だ。そのための指示は、すでにホワイトに出してある。
「ご理解いただき感謝します。ではキミヒコ様、館内へどうぞ。すぐに案内の者を連れて参りますので」
「ええ。よろしくお願いします」
警備員に連れられ、キミヒコは落ち着き払った様子で、建物内へと足を踏み入れた。




