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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.3 アビスの病床
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#3 言語教会

 メドーザ市中央東公園。その名のとおり、メドーザ市の中央からやや東に位置するこの公園で、キミヒコは佇んでいた。時刻は夕刻に差し掛かり、空は赤みがかかっている。


 ギルドでの話し合いを終えて、ひと仕事を終えたとばかりにキミヒコは一服していた。

 葉巻をふかしながら、噴水前のベンチに腰掛けてのんびりしていると、子供たちの楽しげな笑い声が聞こえる。


 声のする方を見れば、教会の聖職者の女性が子供たちに昔話を聞かせているらしかった。

 子供向けにわかりやすく脚色されているようで、子供たちはキャイキャイと楽しげな声をあげて話を聴いている。ずいぶんと語りがうまいらしい。


 話の内容はキミヒコの方までは聞こえないが、語っている題材は見当がついた。おそらくドラゴン狩りの英雄の話だろう。

 なぜ見当がついたかと言えば、聖職者の女性が説明の合間合間に指し示すものが見えたからだ。メドーザ市が誇る英雄クワンリー。その巨大な石像がこの公園には鎮座していた。


 いつ見ても、でかい石像だな……。


 メドーザ市の英雄像は全長十数メートルはあろうかという巨大なものだ。ドラゴン狩りのシーンをモチーフとしているらしく、これまた大きな槍を投擲態勢で構えている。


 キミヒコがぼんやりと石像を眺めていると、いつの間にか先程まで子供たちに昔話を聞かせていた聖職者の女性がこちらに歩いてきていた。子供たちはもう解散したらしく、親御さんに手を引かれて帰っていく姿がそこかしこで見える。


「こんにちは」


 不意に声をかけられる。こちらに歩いてきていた聖職者の女性だ。

 どうやら単に帰り道だったわけではなく、キミヒコに用があったようだ。


「……どうも、こんにちは」


「お隣、よろしいですか?」


「ええ、構いませんよ」


 了承しつつも、キミヒコは訝しんだ。


 言語教会との接点は今のところ、キミヒコにはない。

 この女性の目的はなんだろうかとキミヒコが考えていると、彼女は少し間を空けてキミヒコの隣に腰掛ける。


「私はアデラインと申します。このメドーザ市の教会で聖職を務めています」


「……どうもご丁寧に。私はキミヒコ。ハンターをやっているものです」


 自己紹介をしつつ、相手を観察する。


 腰まで伸ばしたプラチナブロンドの髪が特徴的な美人だった。十字形の髪飾りがよく似合っている。歳頃は二十にならないくらいといったところだろう。

 そしてその顔は、どこか既視感があるようにキミヒコには思えた。つい顔をまじまじと見つめてしまう。


「……? 私の顔に、なにか?」


「……いえ。ちょっと知り合いに似ていたものでね」


 不躾に顔を見過ぎてしまったかと、キミヒコは適当な言い訳をする。

 だが、その言い訳が口から出たあとに、キミヒコは思い至った。


 そうか。この女、ホワイトに似ているんだ……。


 アデラインはどことなく柔和な雰囲気の女性だった。鋭利で冷たさを感じさせるホワイトとは、身にまとう空気がまるで違う。

 だが、その顔立ちはホワイトを連想させた。ホワイトが人間として歳を重ねたなら、こんな女性になるのだろうか。そんなことをキミヒコは思った。


「それで、言語教会の方がどうされましたか? 私になにか、ご用向きでも?」


「あ、いえ……。特段に用事のようなものがあったわけでは……」


「は、はあ……」


 用件を尋ねてみるも、その返答は要領を得ない。

 キミヒコが胡乱な目を向けていると、アデラインは口を開いた。


「先程の子供たちへの講演中に、こちらを見ているのが気になったもので……」


 アデラインにそう言われて、キミヒコはギクリとする。


 しまった。不審者だと思われたか……?


 現代日本では、いい歳した大人の男が子供をジロジロ見ていては、それだけで通報されかねない。

 ここは異世界ではあるが、それと同様の状況であったことにキミヒコは焦った。


「あ、いや、失礼。ちょっと待ち合わせ中でしてね。暇を持て余していたもので、ついついそちらを見てしまいました」


「いえ、全然構いませんよ。もしや、キミヒコさんもあの英雄クワンリーについてご興味があるかと思いまして……」


 どうやら不審者云々は杞憂だったらしい。

 なにかと思えば、宗教勧誘だったかとキミヒコは胸を撫で下ろした。


 あの石像のモチーフ、英雄クワンリーは言語教会由来の人間だ。彼を話のフックにして、教会の宣伝をして、寄付でもいただこうというところだろう。キミヒコはそうあたりをつけた。


「ははは。まあ、私も男ですからね。ドラゴン狩りという響きは、確かに憧れますね」


 とはいえ、キミヒコはアデラインを邪険にはしなかった。会話をしようという姿勢はしてみせる。

 彼女が美人ということもあったし、言語教会は怪しい新興宗教ではなく、アマルテアの地に古くから根付く、由緒正しい組織だったからでもある。


 神聖言語教会。それは、世間では単に教会とか言語教会と呼ばれている、アマルテアにおける最大の宗教組織である。アマルテアどころか、西方のカリストや東方のアドラステアにおいても最大手らしい。つまり、この大陸全土において最も権威のある宗教ということだ。

 ここから西に見えるあの大山脈を越えた先、カリストの地にあるゲドラフ市が言語教会の総本山となる。


 この宗教が山を越え砂漠を越え、東へ東へと広がっていった理由はその利便性だ。教会が広める神聖言語は、聞いたり文字を見るだけでどのような言語体系の人間だろうとその意味を理解することができる。そしてその発声・筆記能力の習得は、教会所属の聖職者による奇跡で一瞬のうちに完了する。


 キミヒコの場合は聖職者からではなく、願いの神の恩寵による習得だったが、どこへ行っても意思疎通が可能な便利な言語である。


 アデラインはそんな言語教会の聖職者であるから、身分的に粗雑に扱える相手ではない。メドーザ市はアマルテアからカリストへ向かう玄関口となるので、命懸けで山脈を越えようとする熱心な巡礼者たちが大勢いるのだ。この都市で教会に喧嘩を売るのはご法度といえた。


 そんな考えで、キミヒコもアデラインに失礼のないように雑談を続けた。


「キミヒコさん。あなた、只者ではありませんね。その流麗な発音、並ではありません」


 妙な言質を取られぬようにしながら、キミヒコが会話に興じていると不意にそんなことを言われる。


 キミヒコが願いの神から直接授かった言語能力はかなりのものらしく、こうして褒められることはよくあった。


「まあ、少しばかり徳を積んでいるものでしてね」


 キミヒコはそう嘯く。


 徳とは、要するに寄付金のことだ。発音、筆記について褒められた際には、いつもこう言っていた。無論、キミヒコは寄付などしたことはないのだが。

 神聖言語の習得レベルは、教会への寄付金の額で決まると言って過言はない。真面目に勉強して身につける者もいないわけではないが、それはレアケースだ。


「そうでしたか……。ハンターをしていらっしゃるとのことでしたが、さぞご活躍なのでしょうね……」


 発声の流暢さや、筆記の美しさは上流階級のステータスとして扱われる。


 これだけの習得度であるなら、さぞや優秀なハンターなのだろう。アデラインはそう思ったらしく、尊敬の眼差しをキミヒコに向けていた。


 キミヒコとしても、美人に褒められて悪い気はしない。


「まあ、それなりにはやってますよ。ギルドでは人形遣いなどと呼ばれてます」


「人形?」


「ええ。私はいわゆる魔獣使いというやつでして。自動人形が相棒なんです。今はこうして、その相棒の仕事帰りをここで待っていると、そういうわけでしてね」


 得意げにキミヒコが話していると、アデラインの視線が別方向を向いた。


「もしや、その自動人形とは……あれですか?」


 アデラインが指し示す方向を見やれば、ホワイトがいた。仕事をきちんとこなしてきたらしく、こちらに向けて歩いてきている。


「え、ええと……。どちらの人形さんがキミヒコさんの相棒ですか?」


「……白い方です」


 ホワイトの今日の獲物は、同族である自動人形だったらしい。ホワイトは狩った自動人形を引きずりながら、悠然と歩いていた。常なら魔石だけ回収してくるのに、今日は生け捕りのようだ。


 同族相手でもホワイトに情けや容赦といったものはないらしく、狩られた自動人形はズタボロだった。かろうじて生きてはいるようで、時折手足をバタつかせている。


 なんとも気味の悪い光景だった。


「おいホワイト。もう少し、上品に登場できないのか」


「はい? 意味不明なんですが」


 近くまで寄ってきたホワイトにキミヒコが苦言を呈するが、ホワイトは相変わらずだった。


「ともかく、仕事は終えてきましたよ。獲物はこのとおりです。生け捕りの方が報酬がいいということで、こうして捕らえてあります。ギルドに持っていきましょう」


 ホワイトがそう言う間も、捕らわれた自動人形はどうにか逃れようとその体を震わせていた。


 ホワイトよりひと回りは大きい、マネキンのような見た目の自動人形だ。ホラー映画にでも出てきそうな容貌である。


 市街で堂々とそんなものを引きずって歩いて問題にならないのかと、キミヒコは頭が痛くなる思いがした。実際に苦情が入ることもあるのだが、関係各所に金を掴ませたり、ギルドに圧力をかけさせることで今まではなんとかしていた。

 キミヒコとしてはこういった面倒は避けたいのだが、ホワイトはいつまでもこの調子だった。世間というものに配慮できる感性は持ち合わせていない。


 市内の仕事であればキミヒコが行動を共にするという選択肢もないではないが、それはそれで周囲の危険が増すことになる。ホワイトの近くでキミヒコになにかあった場合、それがどんな些細なことでも、この人形には危険なスイッチが入る。


 ホワイトの単独行動を容認するかどうかは一長一短で、キミヒコは深く考えずに自分が楽な方を選択するようにしていた。


「……この人が怖がるだろうが。ちょっとそれ、黙らせろ」


 キミヒコの言葉に、ホワイトは「はいはい」と返事をして手に持つ獲物を地面に叩きつける。そしてそのまま、その頭部にあたる部分を踏み潰した。丹念にグリグリと踏み躙っている。

 自動人形の頭は砕けて、その手足がガクガクと震えた。頭が潰されても生きてはいるらしい。


 相変わらず、こいつはまったく……。


 その乱暴なやり口に、キミヒコは嘆息した。


「すみませんね。こいつは優秀なんですが、ちょっと乱暴者で……」


 アデラインに言い訳するようにそう言うが、彼女の様子がおかしいことにキミヒコは気が付いた。

 ホワイトに対して引いているのではとキミヒコは思っていたのだが、彼女はホワイトを食い入るように見つめている。


「……どうかされましたか?」


「あ、いえ……ホワイトちゃん、でしたか。綺麗な瞳ですね……」


 アデラインが妙なことを言う。その手で髪飾りをいじりながら、どことなくソワソワしたような雰囲気だ。


 ホワイトの金色の瞳は、美しいといえば美しい。だが、目の前の惨状で真っ先に目につくのは、普通はそこではないだろう。

 それに、彼女は教会所属の聖職者だ。奇跡を行使するため、魔力の扱いには長じているはずである。キミヒコの経験からいって、こうした人物はホワイトのことを気味悪がるものだ。


 どうやらこちらに遠慮して、自身の態度を誤魔化すためにそう言ったらしいとキミヒコは解釈した。


「いやはや、すみませんね。どうも驚かせてしまったようで……。では、こいつが言っていたように、これからギルドまで顔を出さなくてはならないのでね」


 珍しくもホワイトが獲物を生け捕りにしてきたため、またギルドに行って引き渡しを行わなければならない。

 魔石だけだったなら後日でもよかったのだが、生きた魔獣を連れて帰りたいとはキミヒコも思わなかった。


「倒すだけでなく、わざわざ生かして捕えるとは……。大変なお仕事ですね……」


「ええ。なにしろ、ここでは都市内での行方不明者が多いとか……。その原因調査の一環で、魔獣の生け捕りを推奨してるらしいですよ。こうして市内での魔獣狩りがお役に立てばいいのですが……」


 建前としてそうは言ってみせるが、キミヒコとしては自身が無事であるのなら、他の人間が行方不明になろうが、なんなら死んでしまおうが関係のないことだった。

 市街の魔獣狩りにホワイトを従事させるのも、百パーセント報酬目当てのことである。


「……そうですね。立派な心がけだと思います」


 キミヒコの本音など知るよしもなく、アデラインはそう言った。


「では失礼します。アデラインさんもお気をつけてお帰りください」


「ええ、ありがとうございます」


 それだけ言葉を交わして、キミヒコはベンチから立ち上がり、ホワイトとともに歩き出した。


 そういえば、寄付のお願いだとか、ツボを買ってくれとか、そんな話は結局なかったな。あの娘、本当になんの用だったんだ……?


 キミヒコは疑問に思ったが、結果的になんのマイナスにもなっていないので深く考えるのをやめた。むしろ美人と会話ができてラッキーくらいの認識だった。

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