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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.3 アビスの病床
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#2 契約交渉

「キミヒコさん。あなたがギルドに不信感を抱いていることは知っているが、そろそろご理解いただけないだろうか? この都市は今、危機に瀕しているのだ。あなただって、今はこの都市で生活しているのだから、有事の際は契約を抜きにしても戦わなければならないのでは?」


 メドーザ市ギルドの一室で、同ギルドの長が説得交渉を行なっていた。交渉を受けている相手はもちろんキミヒコだ。


 ギルドがキミヒコに持ちかけている契約とは、ドラゴンの襲撃があった際に、ギルドの都市防衛計画にハンターを従事させるための契約だ。契約期間内はギルドの呼び出しに即応できるように、都市内に待機していなければならない。

 ちなみに契約期間内にドラゴンの襲撃がなくとも、契約期間が過ぎれば報酬金は満額支払われることになる。


「それは承知しています。ですがその場合は、こちらはこちらで身の安全を守るだけの話です。撃退なり討伐なりは、そちらで好きにやればいいでしょう。私が関知することじゃない」


 都市で生活しているのだから、襲撃があればどうせ戦う羽目になる。だから契約を結んでもいいではないか。そう言うギルド長に対して、キミヒコは拒絶の意志を示した。


 理由は身の安全と金である。


 キミヒコからすると、危険な状況下でギルドの指揮に身を委ねるのは、なんとも嫌な感じがしていた。キミヒコ本人には自衛能力がない。ギルドの指示でホワイトと引き離される危険性は排除しなければならない。


 そして金だ。今現在、キミヒコは金には困っていない。だが、あればあるだけいいのが金である。

 キミヒコはこれまで、ホワイトの引き起こしたトラブルの多くを金で解決してきた。さすがに殺人事件までいってしまうと無理ではあるが、傷害事件くらいなら示談金でなんとかなった。キミヒコの安寧には金は絶対に必要なのだ。妥協はできない。

 さらにいうのであれば、キミヒコはギルドに対して微塵も好感を抱いていない。金を強請ゆすれる状況で、それを躊躇する理由は見当たらなかった。


「……皆が力を合わせなければならないときに、個人的な利益の追求などは二の次ではないでしょうか?」


「あいにく、そうは思わないですね。都市の危機だと言うのなら、必要なのは誠意ある仕事でしょう? 他人の善意をあてにした仕事など、碌なものじゃない。誠実とは呼べませんね」


 情に訴えるギルド長の言葉を、キミヒコは切って捨てる。


「あらゆるビジネスに介在すべきは、第一に金です。心の持ちようなんてのは二の次、三の次以下でしょう」


 自分も信じていないような理屈を、さも説得力があるかのように堂々と言い放つ。大事なのは理屈の正しさではなく、情や圧力には屈しないという意志を見せることだ。


「……どうやら、話は平行線ですな」


「そうらしいですね。今日もお互い、時間を無駄にしましたかね?」


 飄々としているキミヒコの様子に、ギルド長は深いため息をつく。

 しばしの沈黙のあと、ギルド長は仕方がないといった様子で口を開いた。


「では、こういうのはどうでしょう? 総額はキミヒコさんの要求どおりにしますが、契約金と報酬金の比率を変えていただきたい。具体的には――」


 ギルド長が提示した比率は契約金が少なめで報酬金が多め、というよりほとんどを占めていた。この契約内容ではほとんどが後払いとなる。


「……どういうことです? 私が契約を無視して、逃げ出すとでも?」


「そう聞こえたのなら謝罪します。ですが、これはギルドの予算の問題でして。今現在、当ギルドの懐事情は大変逼迫しておりましてね。契約満了までには予算の都合をつけて、報酬金をお支払いしたいと、これはそういうお話です」


「……なるほど」


 要は今は金がないので用意できるまで支払いは待ってほしいと、そういう話のようだ。


「話はわかりました」


 キミヒコが納得する姿勢を見せたことで、ギルド長はホッと息をついた。


「ですが、そうであるなら、報酬金は見直しが必要ですね」


 ここにきて、キミヒコは要求額の吊り上げを行なう。キミヒコが告げた新たな要求額に、ギルド長は顔を曇らせた。


「……また、上乗せですか」


「当然だと思いますけど? 今現在の財政事情はそちらの都合。こっちはそれに合わせようと、そういう話ですからね」


 キミヒコの言葉に、ギルド長はムスッとした様子で押し黙った。


「それと、ですが」


「まだあるんですか……」


「実際に襲撃があった際には、ホワイトは常に私の裁量で動かさせてもらいます。あとついでに、私はまったく戦えませんのでね。邪魔にならないように避難してますので、自由行動を許可してください」


 今度は身の安全のための要求をキミヒコは行なった。どのような状況であれ、ホワイトは自身の支配下に置かれていなければならない。


「それでは有事の際に戦力として数えられません。実際にどの程度の戦闘を行なうか、あなたの胸三寸ではありませんか」


「避難といっても、そちらの指定した範囲内にいるようにしますよ。ギルドが私に指示を出して、それから私がホワイトに指示を出す。この流れに問題がありますか?」


 再び黙り込んだギルド長に、キミヒコが畳みかける。


「当然、私の身の安全に反する命令は拒否させてもらいます。ですが、所定の防衛箇所に私を配置するなら、ホワイトは当然そこを守りますし、攻撃をかけてくる奴は殺しにいきます。我々に無理な仕事をさせるのでなければ、これで十分なはず。違いますか?」


 キミヒコの説明のあとも、ギルド長はしばらく黙って考え込む。

 キミヒコは出された茶を飲みながら、ギルド長が答えを出すのを待った。


「いいでしょう。では、契約の文面にはそのように記します。ただし、有事の際にはあなたはギルドの指示する所定の場所で、都市防衛の任に就いてもらう。そして、契約期間中は、ギルドの許可なくこの都市からは離れられない。あなたの自動人形もね。……これでよろしいか?」


「大筋、それで構いません。正式な返事は、文面を見せてもらってからになりますが」


「それは当然でしょうな。急いで準備させます」


 言って、傍に控えていた事務員にギルド長は指示を出した。指示を受けた事務員は足早に部屋をあとにする。キミヒコの気が変わらぬうちに、急いで書類を準備するためだろう。


「いやはや。今日もただの無駄話で終わるかと思ってましたが、そうならなくてよかったですよ。ねえギルド長?」


「……そうですな」


 キミヒコの気安い言葉に、ギルド長は疲れたとばかりにそう返すだけだった。

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― 新着の感想 ―
どうせ支払らうつもりはない気がする態度だな、終わったね
[一言]  ギルド長に胡散臭さを感じてしまうのは気のせい でしょうか……
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