#1 魔獣使いたちの語らい
メドーザ市ハンターギルドの待合室。そこに、二人の男がテーブルで顔を突き合わせて座っていた。
このギルドにおいて腕利きのハンターである魔獣使いのキミヒコと、同じく魔獣使いであるシモンという男だった。この二人は組んでいるわけではないが、同じ魔獣使いとしてよくつるんでいた。
「あーあ、面倒臭えな……。ギルドの連中、早く折れろよな。口だけ立派な拝金主義の役立たずどもが……」
「キミヒコ君さあ、そのギルドの建物の中でそういうこと言うの、もうやめない? 俺まで白い目で見られるんですけど」
「いまさらだろ。こちとらもう他の場所で、さんざん嫌われてるからな。ここでどう思われようが関係ないね」
シモンの苦言を、キミヒコはそう言って流す。
このメドーザ市ギルドでのキミヒコの評判は悪かった。他のハンターたちからではなく、ギルド職員たちからの評判だ。
ハンターギルドは、このアマルテア地方に存在する国では必ずといっていいほど設置されている。だが、ハンターギルドとひと口で言ってもその運営母体はさまざまだ。完全国営のギルドもあれば、民営のギルドもある。間をとって半官半民のようなギルドも存在する。
つまり、各地に点在するギルドは別組織ではあるのだが、横の繋がりはしっかりとしていた。これは人類共通の敵である、魔獣の情報を共有するためという事情による。そして、ハンターの情報もまた、それなりには共有されていた。
ギルド界隈においてキミヒコは有名人だった。人形遣いのキミヒコといえば、最強格のハンターであると認知されている。使役魔獣である自動人形ホワイトの強さとその残虐性は、羨望と恐怖の的だった。
そして当然ながら、悪い情報もしっかり共有されている。ギルドの弱みにつけこんで脅した、金を強請った、意図的なサボタージュを行なった等々の情報だ。
ギルドの管轄外なので確証のある情報ではないが、騎士を殺した、一国の王を殺したなどという話も伝わっていた。
そんなキミヒコとメドーザ市ギルドは、現在険悪な関係にあった。理由は大口契約の報酬額について。要は金で揉めている。
「いくらなんでも、揉めすぎじゃね? いったいどれくらい吹っかけたんだ?」
「ええとだな――」
シモンの疑問に、キミヒコがギルドに対して要求している金額を告げる。
「ボ、ボリすぎだろ……。俺を何十人雇えるんだ、その額で……」
キミヒコの口から出た数字に、シモンが慄く。このシモンという男も、それなりに名の知れたハンターだったが、そんな彼を何十人と雇える額。一般的にはとんでもない要求といえた。
「そうか? 安いもんだろ、あの馬鹿でかいドラゴンどもから、都市を守ってやろうってんだからさ。今年はヤバイって話じゃん? あー、こえーよなー。とんでもねーことになるかもなー」
キミヒコの芝居がかった言い回しに、シモンは肩をすくめる。
待合室にはギルド職員の受付嬢もいる。彼女のこめかみには青筋が立っていた。
「……実際、今年はマジでヤバイらしい。俺としても、あんたにはいてほしいんだが。ドラゴン狩りの経験があるんだろう?」
シモンが真剣な様子で言う。
ここメドーザ市は、大陸を南北に横断する巨大連峰の麓に存在する。アマルテア地方とカリスト地方を分断するこの山々は、巨大なドラゴンたちの住処だった。
山脈に住むドラゴンたちは、どういうわけか一定の周期でこの都市まで襲いかかってくる。
ギルドの調査により、今年はドラゴンによる都市襲撃が危惧されていた。
そういった理由により、このメドーザ市のギルドは腕利きのハンターを各地から集めている。キミヒコもホワイトの戦闘能力をあてにされ、しつこく勧誘を受けているというわけだった。
「俺が契約を結ぶかどうかはギルド次第だ。俺じゃなくて、金を渋るギルドに言えよ」
キミヒコの言葉に、シモンは処置なしといった具合に首を振った。
「それに、最初にぶっ殺したドラゴンも、ギルドの会員になるためにやむなくやったんだ。慈善事業もいいところだったぜ、ありゃあよ」
キミヒコは最初にギルド正会員になった際のことを思い返す。アマルテア地方における列強の一角、トムリア・ゾロア連合王国。そこでギルド正会員となった際にも、キミヒコはさんざんに揉めた。
公的権力には媚びることが多いキミヒコだったが、ギルドに対しては遠慮無用になったのもそのときからだ。
「いやもう、聞いたよ。その話は何度もさあ。急かされて渋々やったのに、いつまでも正会員にしてくれなかったって話だろう? でもさあ、結果オーライでいいじゃねーか。そのときの実績でこうして仕事に困らないんだし。いつまでも過去を引きずったって、しょうがないぜ」
シモンの言うとおりで、連合王国ギルドでの出来事でキミヒコにはそれなりの見返りはあった。
連合王国ほどの列強国であれば、そこに存在するギルドの格式もまた高いものとなる。そこで正会員と認められたという実績は、キミヒコの信用情報を強固なものとしていた。他国のギルドで、すぐさま仕事ができる程度には。
「顔に似合わずサッパリとしてるな、シモン。だが俺という男は、受けた恩は忘れても、受けた恨みは一生忘れん。死ぬまでネチネチ言い続けてやるぜ……」
「うげぇ……。お前には恨まれたくないもんだな……」
キミヒコの恨み節のしつこさに、シモンは嘆息した。
「まあギルドが気に食わないのは仕方ないけどよお、俺たちはしょせん、雇われなんだぞ? そんなに喧嘩腰で大丈夫なのかよ」
「はあ? 契約交渉は当然の権利だろ。雇用者と労働者は対等な立場だぜ」
「対等って……なに言ってるんだ? なんか変なこと、キミヒコはたまに言うよなあ」
シモンに言われ、余計なことを口走ってしまったとキミヒコは苦い顔をする。
キミヒコの中では常識だったが、この世界では非常識。そういったことを、第三者に指摘されることがままあった。指摘されるだけならまだいいが、それが原因で嫌われたり、揉め事になったりすることもしばしばだった。
今回もそうだ。ギルド、商会、役所、軍隊。この世界のあらゆる組織で、労働者と雇用者が対等などという概念はない。労働者側だって、そんなことは思いもつかない。
公然と利益を主張して、ギルドに楯突くキミヒコは周囲から奇妙に見えるようだった。
「いやまあ、だって、ムカつくし……。お前だって、愚痴っぽいじゃねえか。魔獣使いの地位が低いとか、自分の魔獣の扱いが悪いとか」
誤魔化しつつ話題を変えるキミヒコ。
「いや、それはお前わかるだろ。同じ魔獣使いとして、この世の理不尽を感じてるだろ。俺たちはどうしてこんな不当な扱いを受けてるんだよ」
今度はシモンがヒートアップする番だった。
「おかしいよなあ? 俺たちちゃんと仕事してるぜ? 本人が強いことがそんなに大事かよ?」
この世界では、強さを尊ぶ価値観が強く存在する。強いから偉いというわけだ。その最たるものは騎士だろう。
軍隊において、騎士に司令官をやらせるなんて無駄が多すぎる。戦う必要のない立場に一番強い人間を置くなんて、ナンセンスといわざるを得ない。
キミヒコはそう考えていたが、現実はそうなっていない。一部例外の国もあるにはあるのだが。
さすがに政治中枢に携わる王ともなればそういった傾向は薄れるらしいが、それでも無駄に自分用の騎士武装を作って、王と騎士を兼任するような輩もいるらしい。まったく馬鹿な話だとキミヒコは思っていた。
そしてそうした風潮は、魔獣使いには向かい風だった。
使役魔獣は強くとも本人は強くない。だから大したことはない。面と向かって言われることはないが、そんな考えが透けて見えることが、キミヒコにもよくあった。
「おい、聞いてるか。俺たちは都市の中でろくすっぽ活動もできねえんだぞ。どうなってんだよ、なあ?」
「いや、俺は普通に活動してるけど? 今日もホワイトのやつには、都市型の魔獣狩りに行ってもらってるし」
シモンの愚痴に、キミヒコがすげなく答える。
都市型の魔獣とは、その名のとおり都市の中で活動する魔獣を指す。下水などで発生するスライムや昆虫型の魔獣が代表格で、自動人形もこのカテゴリに含まれる。
メドーザ市では都市内での行方不明者が妙に多く、原因と目される都市型の魔獣にはよい報酬額がつけられていた。
「……畜生、どう考えてもおかしいだろ。どうして俺の可愛いコロちゃんが市街に入れないのに、あの人形が平然と闊歩してるんだ? 断然あっちのがヤバイだろうが。制度の欠陥だろ、これ……」
「はっはっは。まあしょうがないだろ。お前のコロちゃん、面構えが凶悪すぎだもんな」
怫然としているシモンをキミヒコが笑い飛ばす。
コロちゃんとはシモンの相棒の使役魔獣のことだ。キミヒコも見せてもらったことがあるが、あれを可愛いと形容するのはシモンくらいのものだと思っていた。凶悪な体躯と顔つきで、あんなものを市街に入れればパニックになるだろう。
当然、市街へ入れる許可は下りずに、専用の畜舎で鎖に繋がれている。
ホワイトはその点、市街に入る許可は簡単に下りた。制度上、魔獣の大きさと知能が基準を満たしているなら問題はないとされている。正直、欠陥制度であるというのはキミヒコも同意見だった。
なお、ホワイトを都市に入れるのを拒否されたこともあるのだが、その場合は私物の人形と言い張ってカバンに詰め込んで、キミヒコは勝手に都市に入れていた。
「面構えって、なんだよ……。魔獣であっても、顔の良し悪しからは逃れられないのか……」
「大衆なんてそんなもんだろ。熊が市街に出たって、殺さないでくれとか嘆願が来るくらいだしな。殺される人間がいるかもしれんのに、かわいいからって馬鹿な話さ」
「クマ……? なんだいそれは?」
またやってしまったとキミヒコは後悔した。今日はミスが多い。ついつい、元の世界の話をしてしまった。
熊はこの世界には存在しない動物だ。
「……俺の故郷の動物さ。また変なことを言っちまったな。忘れてくれ」
そうこうしているうちに、キミヒコの名前が受付から呼ばれる。
「おっと、呼ばれた。んじゃ、行ってくる」
「おう。あんまりがめついと、逆に損するぜ。気を付けろよ」
シモンの忠告に「はいはい」と気のない返事をしながら、キミヒコは席を立った。




