#27 スタンドバイミー
従騎士と別れ、しばしの休息のあと、キミヒコとホワイトは国境を越えた先にある町を目指して、線路に沿ってトボトボと歩いていた。
キミヒコは相変わらずどんよりとした空気を身にまとい、ホワイトは枯れ果てたヒマワリをその手に持っている。
「貴方、殻が剥けましたよ。はい、どうぞ」
そう言って、ホワイトは殻の剥かれたヒマワリの種をキミヒコに手渡す。「ああ」とだけ返事をしてキミヒコはそれを受け取り、ポリポリと食べる。
「貴方、よく食べますね。こんなのを食べるのは、ハムスターくらいだとか言ってましたが」
「うるせー馬鹿! これしか食うもんねーんだよ! 誰のせいだと思ってる!?」
「やれやれ。貧すれば鈍するということですか」
ホワイトの言い草に、キミヒコは歯をギリギリ鳴らして悔しがる。
「それに誰のせいかといえば、あの頭のおかしい女のせいでしょう? なんなんですかね、あれは」
「ああ、あの色ボケ女王か……」
キミヒコとしては「お前のせいだ」と言ってやりたくもあったが、ホワイトの言うとおりあの女王のせいだという思いもあった。
「色ボケ?」
わかっていないような口ぶりで、ホワイトが問い返す。
ホワイトは女王がなぜあんな凶行に及んだのか、理解していないようだった。
「……あれは逆恨みだ。俺たちに愛人を殺されたから、それでな」
吐き捨てるようにキミヒコが言った。
だいたい、もう一人殺された騎士がいたはずである。なのにあの女王ときたら、殺された愛人の恨み節ばかりで、そちらにはひと言も言及しなかった。
ホワイトに殺させておきながら、キミヒコは騎士サエッタに同情した。
「なるほど。人は時により、合理性より感情を重視する。以前、貴方はそんなことを言ってましたね。そういうことですか」
「まあ、そうだ。だが、仮にも一国のトップがそれじゃ困るんだよ。王の器じゃねえよ、あんな女……」
「貴方、ずいぶんと言葉に念がこもってますね」
キミヒコはホワイトの言葉には返事をせずに、この話題を打ち切った。あの女王の話など、しているだけで気分が悪くなりそうだった。
そうして、線路に沿って、ホワイトとともに黙々と歩く。たまに、ホワイトが殻を剥いてくれたヒマワリの種を頬張りながら、ただ歩く。
考え事をしようとすると、どうにも思考がネガティブな方向に傾いてしまう。精神的に疲れてしまうので、努めてなにも考えないようにしながら、キミヒコは歩いた。
だが、後悔の念は頭からはなかなか切り離せなかった。
いったい、どうしてこうなったんだろうか。どこで間違えたのだろうか。
王弟派に与したことか。ホワイトの管理が甘かったことか。最後の最後で逃げの判断を下せなかったことか。そもそも、最初から傭兵業で一発当てようというのがよくなかったのか。
「ああぁ……もう、どうしてこうなった……。もう疲れた……」
心の内が、後ろ向きな思考で満たされて、キミヒコはついそんなことを口走った。
「疲れたって……情けないですね。まだ歩き始めて少ししかたってないですよ」
「そうじゃねーだろ。精神的に参ってんだよ……」
「はあ。よくわかりませんが、それならもっと楽しいことでも考えてみては? これからどうするか、とか」
これからどうするか。ホワイトに言われ、考えてみる。
町に着いたら、路銀が心許ないため金策を講じなければ。服も式典用に借りたままの儀礼服で無駄に目立つので、新しいものを調達しなくてはならない。
そして、あの女王が刺客を放ってくる可能性を思えば、隣国に抜けても油断はできない。目立つ真似は避けて、足取りを追われないようにしながら、さらに遠くへ高飛びする必要がある。
キミヒコがこれからの予定を考えてみても、厄介ごとの処理について考えさせられるだけで、憂鬱な気分からは逃れられそうにはなかった。
ふと、先程の鉄火場での自身の発言をキミヒコは思い出した。
自分を殺せばホワイトは制御不能だと、そう啖呵を切ったが実際はどうだろうか。
この人形は歳をとることはなさそうだ。キミヒコが寿命で死んでしまえば、その後はホワイト一人となってしまう。それとも実は寿命があったりするのだろうか。
「……そういえば、お前って寿命とかなさそうだよな?」
「さあ? 永遠不滅ということはないでしょうが……。まあ、人間のように百年やそこらで、身体が劣化することはないですね」
永遠の命というわけではないらしいが、それでも順当にいけば先に死ぬのはキミヒコのようだ。
「俺が死んだら、お前はどうするんだ?」
「貴方が死んだらですか? 特に変わりなく、今までどおりお世話を続けますが」
ホワイトの変な返しに、キミヒコは「そうか」とだけ言ってそのまま頷くだけだった。
……こいつたぶん、死ぬってことがどういうことなのか、わかってないんだろうな。普段から殺すとか始末するとか言ってるくせに、馬鹿なヤツ……。
死の概念を理解していないホワイトを、滑稽な人形だとキミヒコは内心で嘲る。
自分が死んだら、ホワイトはその亡骸の世話を続けるのだろうか。
キミヒコはその場面を想像して、なんとも虚しい気持ちになった。しかし、人間の感性からすればそれは痛々しい光景に見えるかもしれないが、ホワイトの感性は人間のそれとは違う。当の本人は悲しいとも寂しいとも感じないのかもしれない。
そこまで考えつくと、少し気が楽になった。それに、自分が死んだあとのことなど気にかけても仕方がないことだ。馬鹿な想像をしてしまったとキミヒコは自嘲する。
歩みを進め街道までたどり着くと、目的地の宿場町が遠目に見えた。
「ようやく見えたか……。ホワイト、宿についたら足を揉んでくれ。今日は走り回って足が疲れた。お前のマッサージはなかなかのもんだからな」
「やれやれ。私がいないと本当に駄目ですね、貴方は」
「そりゃあ、お互い様だろ」
「なにを言っているのやら……」
軽口を叩き合いながら、キミヒコたちは町へ向かって歩き続ける。
キミヒコの中にあった陰鬱な気分は、いつの間にか本人も気が付かぬうちに消え失せていた。
……俺にはホワイトがいる。こいつが傍にいてくれるなら、一からやり直すのも……まあ、いいさ。
そんなことを思って、キミヒコは口元を歪め、笑った。
雪の香りを滲ませた風が、二人の間を通り抜けた。ホワイトの手に持つ枯れたヒマワリの花弁が、カサリと音を立てて散っていった。




