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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.2 野心と欲望のウォーゲーマー
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#21 朝の報せ

 授与式の翌日の朝。王都の飛行訓練場で竜騎兵たちが飛行訓練を行なっていた。


 夜間飛行は危険が大きいため、竜騎兵の活動は基本的には日中に限られる。そのため、朝日が昇ればすぐに飛行できるよう、朝の訓練はブルッケン王国の竜騎兵の日課となっていた。

 訓練している竜騎兵の中には、騎士ハインケルの姿もある。


「前後左右だけじゃない! 上と下にも目をつけろと言ってるだろう!」


 従騎士が他の竜騎兵を怒鳴り散らす声が、ハインケルの耳に入る。


 嘆かわしいことに彼女の麾下の竜騎兵隊は毎年予算を削られ続け、装備の質と兵の練度の低下は目を覆わんばかりだった。実際、ハインケルから見ても本当に竜騎兵かと疑うような飛び方をするものがちらほら見受けられる。


 従騎士が指摘するように、航空戦においては三次元的な視点が求められるが、それさえできないようなものがいるのが現状だった。


「……フラットランダーどもめ。あれで本当に竜騎兵なのか。あいつらを頭数に入れて、編隊を組んで、決戦か」


 誰にも聞こえない呟きが、騎士の口から漏れる。だが、嘆いていても始まらない。

 ハインケルは近いうちにある決戦で、なんとかして竜騎兵の力を見せたかった。


 ハインケルは自分が騎士である前に竜騎兵であると思っている。自分が竜騎兵であることに誇りを持っている。だが彼女の誇りとは裏腹に、竜騎兵の評判は芳しくない。予算は削られ、ろくな人員も来ない。


 竜騎兵の力を認めたのは、飛竜の名産地でアマルテアでも有数の竜騎兵を抱える祖国ではなく、あろうことか外国である帝国だった。


 この内戦が始まる前からブルッケン王国では、帝国に飛竜の輸出と竜騎兵の人員派遣を行なっていた。

 なんでも帝国は航空戦力を中心とした兵団の設立を目指しているということで、この国にその協力を打診したらしい。祖国はそれを喜んで受けて、竜騎兵を売り渡し始めた。


 ハインケルはそれが悔しくてたまらない。


 彼女にも引き抜きの打診があったが、断った。正直なところ魅力的な提案ではあった。だが、見る目のない連中に竜騎兵の力を見せつけてやるという反骨心が、彼女を祖国に踏みとどまらせた。


 決戦への意気込みに思いを巡らす彼女に、また別の思いが雑念となり思考に入り込む。王女ヘンリエッタではなく、王弟アルフォンソに与した理由についてだ。


 ハインケルが王弟派に与したのはウーデットのためだった。


 ハインケルにとっては、王位を継ぐのがアルフォンソでもヘンリエッタでもどうでもいいことだった。ただ単純にウーデットが王弟派に与したから、彼女はそちらについた。


 他の三人の騎士は竜騎兵出身で年若いハインケルを一段下に見ている雰囲気があったが、ウーデットはそのようなことはなかった。小娘と侮ることもなく、竜騎兵としての自分を称賛してくれた。

 だから、ハインケルはウーデットのことを慕っている。それだけだった、最初のうちは。


 ……どうかしてる。ウーデットは結婚していて、自分と同じくらいの歳の子供だっている。そんな相手に、懸想するなんて……。


 内心でそう自嘲する。


 ウーデットはこんな理由で王弟に与した自分を軽蔑するだろうか。だがどう思われようとも、彼を勝たせてやりたい。彼女はそう開き直る。


 自身の誇りのため、そしてウーデットのため、この決戦は絶対に勝つ。そう気炎をあげるハインケル。


 来るべき決戦のため訓練に精を出す騎士のもとに、彼女の従騎士の飛竜が近づいてきた。


「閣下、ウーデット卿が来ています。……なにかがあったようです」


 ハインケルが従騎士の指し示す方向に視線をやると、ウーデットが訓練場の入り口に立っており視線が合った。

 青白い顔のウーデットを見て、ハインケルは嫌な予感を抱えながら、着陸のために飛竜を操った。



「貴方、貴方。いい加減に起きてください」


 そんな声がかかって、目が覚める。キミヒコが体を起こそうとすると体が軋んだ。


 どうやら椅子で寝ていたらしい。


 昨晩はとんでもない謁見のおかげで気分が悪く、ついつい深酒してしまった。そしてそのまま、ベッドに行かずに寝落ちしてしまったというわけだ。おかげで背中が痛い。


「おはようございます。ずいぶんと遅いお目覚めですね」


「ああ、おはよう。……背中が痛い」


 朝の挨拶を交わしながら、キミヒコは訝しんだ。ホワイトがキミヒコを起こすのは珍しい。特に指示がなければ、昼まで寝ていてもそのまま放置することがほとんどだった。


「早速ですが、お話があります」


「なんだよ、朝からさあ。その前に朝飯だ。食べながら聞くよ」


「朝食はありませんよ」


 ホワイトがおかしなことを言う。


 朝食がないとは、いったいどうしたことか。


 この城に来てから、朝になればメイドたちが朝食を届けてくれていた。キミヒコが寝ていても必ず用意して、昼まで寝ていて手をつけていなければ回収していく。

 それが毎朝のルーチンで、それがないなど妙なことだとキミヒコは思ったが、それ以上は考えなかった。中途半端に眠気もあるため、頭が働いていない。


「あー、それじゃあマッサージしてくれ。背中が痛いんだ。話はそのあとね」


「はあ。もう、しょうがない人ですね。じゃあ、上衣を脱いで、ベッドでうつ伏せになってください」


 ホワイトに言われたとおりに、キミヒコは上衣を脱いでベッドでうつ伏せになった。ホワイトがうつ伏せになったキミヒコの横へ正座し、背中をすりすりと擦り始めた。


 スッ……スッ……とキミヒコの肌とホワイトの手袋が擦れる音がする。


「まったく、朝からいいご身分ですね」


 毒のある口調とは裏腹に、背をさする動作はひどく優しい。

 擦られているだけだが、体がほぐれていくのをキミヒコは感じた。


 しばらくそうして心地よさを堪能していると、今度はホワイトの小さな両手が背中に押し当てられた。そしてそのまま、ぐっと力が入り、押し込まれる。背中の内側から外に向かって、ぎゅうぎゅうと手の付け根が押し込まれていく。


 その気持ちのよい感覚に思わずため息が漏れた。ホワイトの手は最初は腰のあたりにあったが、徐々に上の方へと向かっていった。

 ぐいぐいとホワイトの手が押し込まれる感覚が心地良く、起きたばかりなのにキミヒコはまた眠くなってきた。


 もうこのまま寝てしまってもいいかなどと考えていたが、先程ホワイトが話があると言って起こされたことを思い出した。


「あー、そう言えば話があるって言ってたな。なんか、また眠りそうだから、今のうちに言ってくれ」


「ああ、さっきの話ですか。王が死にました」


 ホワイトが短く、そう告げた。


 なにか、聞こえてはいけない言葉が耳に入った気がして、キミヒコは押し黙った。


 麗かな朝である。小鳥の囀り、窓から吹き込む風、背に触れるホワイトの手の感触。その全てが心地よい。

 しばらくなにも言わず、それらを堪能していたキミヒコだったが、意を決してもう一度ホワイトに聞き返すことにした。


「……すまん、よく聞こえなかった。王が、なんだって?」


「王が死にました」


 キミヒコの眠気は吹き飛んだ。朝の爽やかな気分も消し飛んだ。


 こいつ今なんて言った? 王が死んだだと。あの狂王が死んだ? 昨日までピンピンしてたのに、死んだだって?


 あまりの衝撃に放心している間も、ホワイトのマッサージは続く。今は肩甲骨のあたりをグリグリやっている。気持ちいいのだが、それを愉しんでいる場合ではなかった。


「お、おい……それは確かなのか? 間違いじゃないのか? 本当に死んだとして、その……なんで死んだんだ?」


 キミヒコは自分で質問しながら、その答えはある程度予想はついていた。

 だが、この予想は当たって欲しくない。いや、当たってはならないものだった。


 頼む頼む頼む! 俺の予想を裏切ってくれ、ホワイトッ……!


 神頼みをするような心持ちで、ホワイトの言葉を待つ。


「私が殺りました」


 キミヒコの予想は的中した。してしまった。


 ホワイトの告白に、キミヒコは時が止まったかのように固まった。


 いったい、どれほどそうしていただろうか。キミヒコが固まっている間も、ホワイトは変わらぬ様子で、その背を揉んで凝りをほぐしてくれている。開け放たれた窓からは、小鳥の囀りが聞こえてくる。


「……ふっ。そうかそうか。殺しちまったか」


 不意にキミヒコがそう呟いた。


 ホワイトのマッサージをその背に受けながら、キミヒコは目の前の枕を抱き寄せた。そして、大きく息を吸いながら、抱き寄せた枕に顔をうずめる。

 次の瞬間、キミヒコの絶叫が部屋を震わせた。


 部屋の窓は開け放たれていたため、爽やかな朝に不釣り合いな野太い悲鳴が、屋外にまで響き渡った。

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