#19 エキサイトオーディエンス
ブルッケン城謁見の間。現在そこで、ブルッケン王国の反乱軍との戦いにおける恩賞の授与式が行われていた。
キミヒコとホワイトも玉座の前で跪き、呼ばれるのを待っている。
キミヒコがチラリと玉座に視線をやると、暗めのブロンドヘアの男が粛々と式典を進めているのが見えた。
……暗君って話だが、今のところは普通だな。
そんなことを考えているうちに、キミヒコの名前が呼ばれる。
キミヒコは事前の打ち合わせのとおり、所定の場所までホワイト共に歩き、そこでまた跪いた。
そうして、王の言葉を待つ。
「……」
黙して、待つ。
「……?」
だが、キミヒコが待てども待てども、王から言葉がかからない。本来であれば「面をあげい」というセリフと共に顔を上げる予定なのだが、これでは顔を上げることもできない。
な、なんだ? どうなってる? 全然状況がわからんぞ。
キミヒコは状況を確認をしたかったが、声がかからなければ姿勢を崩せない。周囲を見渡すこともできない。
ウーデットの咳払いが聞こえる。進行を急かしているようだが、それでも声がかからない。
いったいどれくらいたっただろうか。顔を上げることもできずに、跪き続けることしばらく。ようやく声がかかった。
「う、美しい……」
「……陛下?」
聞こえてきた声は予定のセリフとは違った。ウーデットの困惑の声も聞こえる。
「ホワイトと言ったか。もっと近う寄れ」
王の声で、キミヒコはなんとなく状況を察した。
やべーよ。狂王だろ、こいつ……。
恩賞の下賜はそれなりに大事な国家行事なのだが、どうやらこの王はそれすらまともにできないらしかった。
王女の方についていった騎士の方が多いこと、その理由をキミヒコはここで完全に理解した。
「陛下、面を上げる許可を出さなければ彼らは動けません」
ハインケルの幾らか上擦った声が聞こえる。
どうやら軌道修正を図ってくれているようだった。
「ああ、そうか。そうだったな。……面を上げい」
「ははっ」
ここにきてキミヒコはようやく顔を上げることができた。打ち合わせ通りまっすぐ王を見つめるが、王はホワイトを凝視しておりキミヒコには目もくれない。
「おお! 美しい、実に美しいな。さあ、もっと近う寄れ」
「……陛下、今は恩賞の授与式ですぞ」
ホワイトの美貌に目を奪われている王を、ウーデットが嗜める。
もはやキミヒコにはどうにもならない。二人の騎士に頑張ってもらう他なかった。
「余が自ら恩賞を言い渡すために、呼んでいるのだ。なんの問題がある」
「あれは人形です。恩賞は持ち主であるキミヒコ殿に授けなければ」
ウーデットが王に諭すように説明する。
「……本当に人形か? そうは見えぬが、余をたばかっているのではあるまいな?」
そう言って、初めてキミヒコと目を合わせる王。
えぇ……。たばかるって、なんだよ。なんで俺がそんなことするんだよ……。
王の意味不明な言いがかりに、キミヒコの額に冷や汗が伝う。
「おい、なんとか言ったらどうなのだ」
王が言い募るが、キミヒコとしてはなんと答えていいのか見当もつかない。そもそも発言していいのかどうかもわからなかった。こんなやりとりは当然台本にはない。
救いを求めて、二人の騎士に視線を送る。
ウーデットはほとほと困り果てた様子で固まっている。ハインケルはキミヒコの視線に気が付いて、重々しく頷いた。
いや、そこで頷かれても……。この狂王相手に話をしろと……?
まともな会話が成り立つのか、キミヒコは不安だったが、もうどうにもならないと腹を括る。
「……陛下、このホワイトめは間違いなく人形でございます。それを証明する機会を頂いてもよろしいでしょうか?」
「許す」
「ホワイト、左手の手袋を外して袖をまくれ」
ホワイトが無言でキミヒコの指示どおりにする。
腕を隠していた白い布地がなくなり、人形の腕があらわになる。指や肘の球体関節は人形のそれであり、断じて人間のものではない。
それを見たこの式典の参加者たちからどよめきが漏れる。一見しただけでは人間のように見えるからだろう。王のように人形かどうかわかっていなかったようだ。
だが、これで皆、ホワイトのことは人形だと理解しただろう。キミヒコは周囲の反応からそう判断して安堵した。
しかし、アルフォンソというこの王は他の人間とは一味違った。
「ほお、確かに人形の腕だな。……それで?」
「はい?」
「それだけでは義手かもしれんではないか」
疑心に満ちた声で、王はそう言った。
いや、義手ってなんだよ、もう……。この狂王はさっきからなにをさせたいんだ? ホワイトが人形だろうが、人間だろうがこいつには関係ないだろうが。
苛立ちが募り、キミヒコは内心でそう毒づく。だが、今この場においてはホワイトが人形であることを証明する他なかった。
「……ホワイト、首を外せ」
キミヒコはまた短く指示を出す。
無言でそれに従うホワイト。カチャリという音がして、その首が両手で掲げられた。
「おお! 首が、首が取れたぞ。フハハハッ」
その様を見て、王が笑う。
なにがそんなに面白いんだよ、この狂王が……! いい加減に式典を進めてくれ。
そういう意思を込めて、キミヒコはハインケルに視線を送る。こくりと頷いてハインケルが王へと声をかけた。
「陛下、もう結構でしょう。さあ、予定が押しております。授与式を再開しましょう」
「ん? ああ、そうであったな。……うむ、キミヒコといったな」
「ははっ」
ようやく式が進みそうなことに、キミヒコはホッとした。
ほんの短い時間だったのに、焦りと緊張でずいぶんと疲れてしまった。帰ったらホワイトにお酌をしてもらおう。
キミヒコはそんなことを考えていたのだが、そう簡単に話は終わらなかった。
「その人形、余に譲れ」
王の発言にキミヒコは耳を疑った。
この場は王が自身に恩賞を授けるためのものである。なのに、なぜか自分が逆にカツアゲを受けている。
もはや完全に理解不能で、キミヒコは固まってしまった。
「陛下!? 王国のために尽力した者に対して、それはいったいどういうことです!」
「その人形は騎士をも殺すと聞いている。余が王国のため、有効に活用してやろうというのだ。貴様も騎士なら聞き分けよ」
ウーデットがさすがに声を荒らげて言い募るが、狂王は支離滅裂な答弁をする。
ウーデットの援護とばかりにハインケルも発言する。
「……陛下、あの人形は余人に扱えるものではありません。扱うのがキミヒコ殿でなければ、王国に災厄をもたらすでしょう」
「余では不足と言うか! 貴様は! だいたい、貴様らが無能だからこのようなことになっているのだ! もう反乱軍はアインラード市まで来ているのだぞ!!」
騎士が二人がかりでなだめているが、収まりそうにはなかった。
結局、この授与式はグダグダのまま終わることとなった。
喚き散らす王を騎士二人がなだめている間に、解散する運びとなった。キミヒコも余計な目をつけられないうちに、そそくさと退散する。
これから決戦の予定なのに、この王国は大丈夫なのか。そんな不安を抱えながら、キミヒコは部屋へと戻っていった。




