#18 口付け
ホワイトが帰還してから数日がたち、アルフォンソ王との謁見の日。謁見は恩賞の下賜という名目で行われることとなっている。
事前に段取りは組んであり、セリフも所作もキミヒコは完璧に覚えている。だが、どうにも不安を拭えずにいた。
アルフォンソという男の前評判と、ホワイトのコミュニケーションスキルのなさ。この二つの要素がなんとも不穏な気配を放っている。
それだけではない。ホワイトを騎士ハインケルに引き合わせた際の、彼女のなんとも言えない表情と「本当に謁見に連れていくのか?」という言葉もそれを煽った。
ハインケルは内戦が始まって以来、王都でアルフォンソ王をなだめすかす日々を送っていたという。ウーデットはやや楽観的な雰囲気だったが、王についてはハインケルの方が詳しいはずである。
……不安だ。本当に大丈夫なのか。なにかあっても、俺の責任にならなきゃいいが……。
そんな思いに耽りながら、ため息をつく。キミヒコはすでに貸し出された礼服を着込んでいるため、あとは開始時刻に謁見の間に向かうだけとなっている。
暇を持て余し、頭痛の種であるホワイトを見やる。
ホワイトは鏡台の前でメイドたちに囲まれ、メイクを施されていた。
「長々とやってるけどさ、そいつに化粧なんかいらないんだって……。せっかくやってくれても落ちちゃうんだってば」
「そうですか。ですが、そういう指示を受けていますので」
ホワイトに化粧を施したところで、自動洗浄の機能が働いて落ちてしまう。
キミヒコはそれをメイドたちに何度も説明したが、そっけない態度であしらわれていた。
おかしい……。城に来た当初は、もっとちやほやしてくれたのに。なぜだ……。
今はこの有様ではあるが、キミヒコがこの城に厄介になった当初は、もう少し態度が柔らかかった。
「ったく、態度悪いなー。どう思います? 兵士さん」
メイドたちは冷たいので、キミヒコは部屋で所在なさげにしていた兵士に声をかけた。
この兵士はメイドたちのお目付役だ。城内の人間がホワイトに接触する際には、必ず軍の人間が同伴していた。
ホワイトのことをよくわかっていない人間が、変に刺激するのを避けるためらしい。
「いえ……私に振られましても……」
メイドたちの様子をチラチラと窺いながら、兵士がそう答える。なにかを言いたいような、言いたくないような、そんな煮え切らない雰囲気だ。
「……なんか知ってる感じ?」
「その……このところ、メイドたちから苦情が多く寄せられていまして……。城に娼婦を呼ぶのをやめてほしいと……」
キミヒコに問われて、兵士は声を潜めてそう答えた。
キミヒコがこの城に来てそれなりの日にちはたっていたが、その間の放蕩生活を咎められているらしい。
キミヒコがここに来てしていることといえば、酒を飲む、娼婦を呼ぶ、あとはたまに竜騎兵隊の訓練の見学をするくらいだった。
「……やっぱ、お城にデリヘル呼ぶのはまずかったかな?」
「まあ、常識的に考えて、あまりよろしいことではないかと。そのうえ、メイドたちに呼ばせるのはちょっと……」
貴賓客扱いのキミヒコは、立場をいいことに城勤めの使用人たちをこき使っていた。その中でも特に、娼館の出張サービスのオーダーをメイドに任せていたのはかなりの顰蹙を買っていたらしい。
「でもさあ、こっちは勝手に外出できないんだぜ? ストレス溜まってんだよ。しょうがないじゃん。なあホワイト?」
バツが悪くて、キミヒコは言い訳しながらホワイトに助けを求める。
「はあ。私に聞かれましても」
メイドたちにされるがままメイクを受け入れ、ずっと黙っていたホワイトが口を開く。
「劣情を解消したいのであれば、その辺のメイドを口説けばいいのでは? 貴方は性格は最悪だけど、顔は悪くないとの評判ですよ。どうにかその性根を誤魔化して、相手は騙せば、どうにかなるやもしれません」
「あのなぁ……。いいか? 俺も男だ。人並みには女好きだ。だがな、俺は女の身体が好きなのであって、人格についてはその限りじゃないんだ。むしろ嫌いかな。デートも会話もめんどくせえんだよ、女ってのはさあ」
堂々とそんなことを言ってのけるキミヒコ。
メイドたちの目尻が上がり、視線が鋭くなる。それを見て兵士は肩を縮こまらせるが、キミヒコはどこ吹く風だ。
「なるほど……。百パーセント身体目当てであって、男女交際はごめんこうむる、と。クズ野郎とあだ名されるだけのことはありますね」
「なんだ、その、あだ名されるって……。さっきも性格がどうとか、根も葉もないようなことを言ってたが。もしかして俺、陰でそんなこと言われてんの?」
「はい。城中の使用人たちからはおおむねそうです」
「冗談だろ……? 戦争で大活躍の俺が、なんでだよ。多少遊んでても許されるくらいの働きはしてるぞ」
唖然としたようにキミヒコがそう呟く。
往生際が悪く、ホワイトの言っていることは本当なのかと、兵士に視線を送る。
「そこで私を見られましても……。少なくとも、軍では頼りになる方と評判ですから……」
兵士はそれだけ言って視線を逸らした。
憤慨やるかたない様子のキミヒコをよそに、メイドたちは淡々とホワイトにメイクを施している。今は口紅を塗っているようだった。
鏡に映るホワイトの唇が深紅に染まる。白い顔に、それはよく映えた。
◇
「――貴方、貴方……。そろそろ起きた方がいいんじゃありませんか?」
ゆさゆさと揺さぶられて、目を覚ます。
「んん? なんだよホワイト。騒々しいな」
「仮眠を取るから時間になったら起こせと、貴方が言ったんじゃないですか……」
言われて、キミヒコは思い出した。
メイドたちによるホワイトの化粧がいつまでたっても終わらないため、仮眠を取ることにしたのだった。ソファにもたれかかり、時間になったら起こすようにとホワイトに指示を出していた。
部屋を見渡せば、兵士もメイドもいなくなっている。
「結構寝てたのか。……謁見まで、あとどれくらいだ?」
「もうじきです。そろそろ部屋を出たほうがいいでしょう」
「わかった。……お前、やっぱり化粧しても意味なかったな」
ホワイトはいつもどおりだった。
最初は服もあれこれ着せ替えられていたが、いつもの白いドレスそのままだ。大量のドレスを城中から持ってきて着替えさせたのに、結局は自前のドレスのデザインが一番いいということになった。
顔もいつもどおりだった。さんざん時間をかけて、チークだかファンデーションだか、キミヒコにはよくわからないことをやっていたのだが、すべて元どおりとなっていた。
だから言ったのに……。そもそも、人形に人間用のメイクをしてどうすんだよ。口紅はちょっと似合ってたけどさ……。
自身の言うことを聞かずに無駄な仕事をしていたメイドたちに、キミヒコは内心でそう毒づく。
「さて、行くか」
そう言って部屋を出ようと立ち上がるキミヒコに、ホワイトが声をかけた。
「貴方、寝癖になってますよ」
「ん? そうか。ちょっと直してくれよ」
「はあ、もう、しょうがないですね。クシを持ってきますから、鏡台の前に座っていてください」
ホワイトに言われたとおりに、キミヒコは部屋の鏡台の前に座る。先程までホワイトが座ってメイクを受けていた場所だ。
寝癖はどんなものかと、鏡に映る自身の顔を眺めたキミヒコだったが、妙なことに気が付く。
……なんだ? 唇が、赤い……?
口が切れて、血でも出たのか。そう思って指で拭う。だが指に付着したものを確認してみると、どうも血ではないようだった。
この赤いものはなんだろうかと考えていると、ホワイトがクシをその手に戻ってきた。
「では、寝癖を直すのでじっとしていてください」
「ああ。頼む」
ホワイトが優しくキミヒコの髪をとかす。クシを巧みに操り、ハネた髪を直していく。
ふと鏡にホワイトの顔が映った。せっかくの化粧は自動洗浄でなくなり、いつものすっぴんだ。あのやけに目立った口紅もなくなっている。
……口紅?
そこでキミヒコははたと気付いた。そうだ、この口元の赤みは口紅のものだ。
赤みの正体がわかったところで、今度は新たな疑問が生じる。いったいなぜ、自分の唇に口紅がついているのか。
メイドたちのイタズラだろうか。嫌われているらしいので、謁見の場で恥をかかせるためにやったのか。
いや、それはありえない。
自身が思い付いたメイド犯行説を、キミヒコは即座にそう断じた。
キミヒコ相手にそんなことをやれば、ホワイトがなにをしでかすかわからない。付き添いの兵士が絶対に止めるはずである。
「はい。こんな感じでいいですか?」
「……ああ、髪はそれでいい」
ホワイトによる寝癖直しが終わった。だがキミヒコは鏡に映る自分の顔、その口元の赤みから、目が離せない。
メイドはやってない。当然、兵士もやるわけがない。なら、この口紅をつけたのは……。
「……? どうしたんです?」
キミヒコの様子に、ホワイトが疑問の声をあげる。
「ホワイト。俺が寝ている間に、お前……」
そこまで言って、続きの言葉が口から出ない。
ホワイトの行動は常に合理的に見えて、突拍子もないことをすることがままある。とはいえ、キミヒコを困らせるようなイタズラをするような人形ではない。
もし、イタズラのつもりではなく、ホワイトがこれをやったとするなら。まだ口紅がついている状態で、この人形は寝ている自身の唇に……。
キミヒコはそんなことを思い付いてしまった。
「……寝ている間に、どうしました?」
ホワイトが発言の続きを促す。キミヒコにはその声色が、どこか湿っているように感じられた。
「……いや、いい。……時間だ。行くぞ、ホワイト」
「はい」
キミヒコはことの真偽を確かめなかった。
濡れタオルで自身の口元を拭い、そのまま謁見の間へと足を運ぶ。ホワイトもまた、それ以上はなにも言わなかった。




