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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
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#20 殺人人形による殺陣舞踏

 キミヒコ達のいる部屋の下は、弁護士事務所の出入り口のあるエントランスになっている。そこで一人の男が、天井ごとレオニードに突き刺した槍を引き抜いていた。


 一撃目はしくじったが、レオニードは仕留めた。可能であればキミヒコも始末するように言われているが、今回はこれまでか。


 撤収を決断した男の耳に、天井が破壊される音が響く。

 即座に槍を構えそちらを見れば、例の自動人形が二階から下りてきて着地した。


 糸状の魔力を纏う白い体に、焦点の合わない金色の瞳。天井を破壊したであろう右手には、魔力が集中して込められている。


 そして、左肩から先が……ない。


 即座に男は左へ跳んだ。戦士としての勘である。そして、その勘は正しかった。男が構えていた場所に左手の手刀が振り下ろされ、床を抉った。


 相手は体のパーツを分離させながら攻撃可能。どこまで分解できるのか。どのパーツが本体なのか。頭か胸か。


 考えを巡らせながら男は再び構えをとる。室内で長物は扱いにくいため、なるべく部屋中央を陣取るように動く。


 戦闘の基本は観察である。男が目に魔力を込めて状況を確認すると、すでに室内は糸が張り巡らされていた。不気味な糸がそこらじゅうで明滅している。

 先程は糸の合間を縫うようにして隠し通路経由で建物内まで移動できたが、もはやそれは叶いそうにない。それどころか、自身の首、右腕、右足、そして得物の槍にはか細い糸が括り付けてあるのが見える。これで自分の位置や行動は相手に筒抜けだ。

 魔力を込めた攻撃で切断できそうだが、その余裕はない。相手はこちらの無駄な挙動を許さないだろう。


 本体から分離した左腕がふわりと浮き上がり、カチャリと音を立て人形の左肩に収まる。

 攻撃の邪魔になるためか、ドレスの左袖は外されて剥き出しの状態だ。その様子を男は油断なく観察する。


 人形は自身のパーツごとに糸が張ってあり、それを筋肉のように収縮させて動いている。また、室内に張り巡らされた糸で、自身の体を操り人形のように操ってもいる。これによって三次元的な戦闘機動も可能なのだろう。あの森で、ドラゴンをなぶり殺しにしたときのように。


 男が勝機を得るため必死に考えを巡らせるのをよそに、人形が動いた。


 男の観察眼のとおりに、室内と自分自身に張った糸を収縮させて跳躍。男の放った槍による迎撃を潜り抜けて迫るが、石突きによるなぎ払いで吹っ飛ばされる。

 迎撃した人形を見やりながら、男は気付いた。


 ――今度は右手がない。


 すぐさま上半身を横へ逸らすと、首筋をなにかが掠めた。じわり、と首から血が滲むのを感じたが、それを確認している余裕はない。

 先の石突きによる一撃は、常人であれば骨が粉々になる威力だったが、人形はダメージを受けているふうもなく、受け身を取って着地。右腕を振るって糸を巻き取るようにして血に染まった右手を回収した。


 やはり、まともにやって勝ち目はない。


 男はそう結論づけた。だが、一連の攻防で気が付いたこともある。

 人形の体を動かすのに使える糸は限られている。目に魔力を凝らさなければ見えないような、細い糸では無理なのだ。

 人形の動きは、目に魔力を集中させずとも常に認識できるような太い糸を通じて行われていたし、先程の右手の一撃も男の首に括られた細い糸が使えるならば、首に攻撃を誘導されて避けることは不可能だった。おそらく、細い糸は索敵専用で戦闘には応用できない。


 最低限、奴の戦闘用の糸だけ認識できればいい。


 男はそう判断して、目に集中させていた魔力を体と槍に回す。室内を蠢いていた糸の大半が視界から消え、体に力が漲るのを感じる。

 糸に注視すれば動きは読める。まだやりようはあるはずだ。


 再び人形が動いた。今度は斜め後ろへ跳び、側にある応接用のテーブルを持ち上げる。そしてそれを男に向かって無造作に投げつけた。


 ……人形風情がなめるなよっ!


 攻撃の意図を察した男が、内心で気炎をあげる。


 投擲されたテーブルが男に迫るが、男はそれを避けようとせずに槍の柄で受け、左斜めに弾き返した。弾き返されたテーブルが人形に直撃し、その体勢を崩す。


 投擲攻撃に対処する隙をついて懐に潜り込むつもりだったか、馬鹿め。その下手な小細工が命取りだ。この隙に突きの連撃で頭と胸に風穴を開けてやる。


 そうして、必殺の攻撃を放とうとしたその刹那、男はなにかに足を引っ張られて転倒していた。


 驚愕とともにそちらを見れば、足首に白い布が巻きついている。人形のドレスの袖だ。


 ドレスの左袖がなかったのは、最初から、こうするためだった……?


 それを認識したときにはもう、人形が目の前にいた。

 その両手に糸を巻きつけるようにして魔力を集中させている。すでに、迎撃が叶う距離ではない。


 男の脳内に、走馬灯のようにさまざまな思いが駆け巡る。


 だからこんな計画は反対だったんだ。こんな悪魔を味方に引き入れようなんて馬鹿な話だ。おかげでこうして、死ぬことになった。やっぱり俺は故郷で木でも切っていた方が……。


 最後の思いが、男に生への執着を思い出させ、その口から言葉を引き出した。


「は、ははは……。なあ、見逃してくれないか? 顔見知りだろ? お前の主人とは友達じゃ――」


 男の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 人形の手刀により男の両腕が切断され、肘から先が槍を握ったままどこかへ飛んでいく。人形はそのまま即座に追撃を加え、男は左手の手刀により首をはねられ右手の貫手で心臓を貫かれた。


 はねられた首が、床を跳ねてゴロゴロと転がっていき、やがて止まる。

 首から上と両腕のなくなった体から、その心臓を潰した右手が引き抜かれ血飛沫が跳ねる。返り血が白い人形を赤く汚した。



 ホワイトが階下へ飛び降りてしばらくして、静かになったのを確認してからキミヒコは一階に向かう。

 事務所のエントランスに着けば、両腕と頭部を失った遺体の前で血塗れのホワイトが佇んでいた。


「……終わったかよ」


「ええ、恙無く」


「意外と手間が掛かったみたいだな」


 キミヒコの質問に答える代わりに、ホワイトは床に転がる槍を指差した。


 ……腕がくっついたままで気持ち悪いな。


 キミヒコが感じるのはそれくらいだ。ホワイトの意図するところは理解できない。


「その槍がどうした」


「魔核晶が練りこまれています」


 魔核晶は国家で管理されている戦略物資だ。非常に高純度の魔石で、通常は騎士の専用武装のために使用される。騎士ヴァレンタインのメイスにもそれが練りこまれていた。


「こいつ、騎士なのか?」


「おそらくは」


 騎士だった男の無惨な死体を眺めていると、部屋の隅に転がる首に目がついた。


「……ああ、そう。そういうことかよ。最初からこういう計画だったわけか、クリス……」


 転がる首は、キミヒコの知っている顔をしていた。


「馬鹿だろお前。そんなに木こり仕事がしたかったのか? 誰に言われなくても、勝手にやればいいものを……。馬鹿野郎が……」


 憎々しげに、だがどこか寂さを滲ませて呟くキミヒコを、ホワイトは不思議そうに見つめていた。

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