#51 フォーゲット・ミー・ノット
洋上を進む船団がある。帝国軍海上作戦群のスーベレーン機動部隊だ。
空母を中心に陣形を組んでいるこの艦隊は、任務地であったガルグイユ島を後にして、本国の港へと向かっている。
艦隊旗艦である空母の大きな甲板の上に、キミヒコはいた。海風を浴びながら、発艦したり着艦したりしている飛竜を横目に人と会話をしている。
「重ね重ね、ありがとうございます」
「気にするな。君らはよく働いてくれたからな」
キミヒコに礼を言っているのは、ゲニキュラータ司教に囲われていた美少年たちだ。
彼らはエミリアの死後、この島に見切りをつけた。それでこうして、この帝国軍の船団に乗せてもらっている。もちろん、キミヒコの口利きによるものだ。
少年たちは通信システムの運用人員としての実績があるため、システムに興味津々の通信科にキミヒコは紹介したのだった。
そんなふうに少年たちの要望に応えたキミヒコだったが、釘を刺すのも忘れない。
「ああ、そうそう。帝国軍は……というか参謀本部には、言語教会との繋がりがあるらしい。……俺って甘ちゃんだからさぁ、多少のやんちゃには目をつぶった。だが、帝国軍は俺ほど優しくないぞ」
キミヒコの言葉に、少年たちの顔が引き攣る。
通信ネットワークシステム閉鎖が決定されてすぐの事だが、ゲニキュラータ司教が死亡している。食事を喉に詰まらせて、ということらしい。
当然だが、キミヒコがその報告を真に受けることはない。廃人となっていた司教の介護をしていたのは、この少年たちだった。つまりはそういうことだ。
しかし、キミヒコはそれを咎めることもなく、黙殺していた。
「ま……行った先では、弁えた振る舞いをしてくれれば、それでいい。調子に乗りすぎるな、ということだ。じゃ、元気でな」
そう言って話を締めると、少年たちは深々とお辞儀をしてから去っていった。
脅し過ぎたかな。などとキミヒコが考えていると、新たな来客だ。
かつてガルグイユ島を支配していたカイラリィ勢力のトップだった男が、キミヒコの下へとやってきた。彼はキミヒコと少年たちとの話が終わるのを待っていたのだろう。
「総督、お久しぶりですね」
「元総督……だよ、キミヒコ殿。本来、すぐに礼をしなければならなかったが、なかなか貴公を捕まえられなくてな。遅れて申し訳ない」
「いえいえ。お気になさらず。……なにしろ、面会客が多いものでね」
言いながら、キミヒコは今度の客の方を見る。総督の隣には歳若い娘がいた。
「娘のラティメリアです」
キミヒコの視線を受けて、総督が言う。
どうやら彼の娘のようだ。総督には一人娘がいるというのはキミヒコも知っていた。
父から促され、ラティメリアという娘はキミヒコに頭を下げる。その目にはありありと不満の色がみえたが、キミヒコはそれに気が付かないふりをした。
そのまま、総督と二人で話をする。社交辞令から始まり、キミヒコが用意したリシテア市復興委員会のポストについて、それについての謝礼についてなど、二人で話をする。
……普通に、乗船のお礼だけ言いに来たと思ったが。こんな所で……なぜか娘まで連れてきてるし。
ここは軍艦の甲板だ。周囲には人目もある。それにしては、総督の振ってくる話題が利権の生々しい臭いのするものだった。訝しげな顔をしながらも、キミヒコは会話に応じ続ける。
「リシテア市では、エーハイム枢機卿に——」
「お父様!!」
キミヒコの発言を遮り、総督の娘が唐突に叫んだ。
何事かとそちらを見れば、ラティメリアという娘は肩を震わせながら睨みつけている。キミヒコではなく、父親の方をだ。
「お父様! なぜこのような男を頼るのです!?」
「黙っていなさい。この方は我々の恩人だ」
「何を軟弱なことを……! こんな男の……シュバーデンの世話になるくらいなら、死んだ方がマシです! 誇りを取るべきです!!」
喚く娘を見ながら、キミヒコは肩をすくめる。
このガキ……確か乗船する時も兵とトラブル起こしたらしいな……。現実を直視できないお子様は、これだから困る……。
キミヒコが冷めた目で少女のヒステリーを眺めていると、パンッという甲高い音が甲板に響いた。
総督が娘の頬を叩いた音だ。
手加減などをした様子はない。ラティメリアという少女は、衝撃のあまり床に倒れていた。
彼女は何が起きたかわからないという顔で呆然としている。きっと今まで、父親に手を上げられたことなどなかったのだろう。
少女はしばらく、床に這いつくばったままでいた。何事かと、周囲に兵士たちが集まってくる頃になって、彼女は真っ赤に腫れ上がった頬に手をやり、泣き始めた。
敗戦国のお嬢様。祖国も家も失った少女の慟哭が、甲板に響く。
キミヒコは様子を見に来た兵士たちへと、顔を向ける。
「部屋までエスコートしてやってくれ。丁重にな」
「はっ! 了解であります、大佐!」
「名誉大佐だ。本職じゃないぞ」
「はっ! 承知いたしました、名誉大佐殿!」
キミヒコの頼みに、兵士二名がビシッと敬礼をする。そうしてから二人がかりで、少女をゆっくりと立たせて、連れていった。
「……パフォーマンスにしても、過剰すぎるのでは?」
兵士たちと少女が甲板から姿を消すのを待ってから、キミヒコが言う。それを受けて、総督は深々と頭を下げた。
総督の娘はあの性格だと、放っておくと碌な目に遭わないだろう。彼女はプライドだとか矜持だとか、そういったものを重んじているらしい。乗船の際にも、シュバーデン帝国の兵士相手に手が当たっただの当たってないだの、そんなくだらない理由で言い合いになったと聞いている。
どうやらそれで、総督は一芝居を打ったらしい。周囲の目のある中で、あえて娘に失礼な態度をとらせて制裁する。
シュバーデン帝国に反抗する意思はない。それを明確にするためのお芝居だ。
「娘さん、演技じゃなさそうですね」
「昔から跳ねっ返りで……私の甘やかしが過ぎました。お恥ずかしい限りです」
「お歳を考えれば、あんなもんでしょう。船室に押し込んで、見張っておくといい。港まで……いや、リシテア市までの辛抱ですよ」
宥めるようなキミヒコの言葉に、総督はまた深々と頭を下げてから去っていった。
その足取りが若干ふらついているのが、キミヒコの目に映る。船の揺れによるものではないだろう。総督の心情が窺えた。
……父親、か。俺の家も大概だけど、エミリアの親父も最悪だったよな……。
甲板から船内への階段を降りていく総督の小さい背中を見ながら、キミヒコはそう思った。
キミヒコもエミリアも、元の世界での父親との関係は最悪だ。キミヒコは冷たく見捨てられたし、エミリアにいたっては犯されそうになっていた。
そんな父親たちに比べれば、あの総督はだいぶまともな父親だ。キミヒコには、そう思えた。
「……俺も……エミリアのやつを、殴ってでも止めるべきだったか……?」
総督の姿が完全に見えなくなってから、キミヒコは独りごちた。
そんなキミヒコの呟きに、隣にいたホワイトが反応する。
「貴方が殴ったら、腕を痛めますよ。というか骨折します。やめてください」
「じゃあ、お前に殴らせればよかったな」
「えぇ……」
人形の呆れた声に、キミヒコは笑う。
ひとしきり笑ってから、ホワイトと反対の方へと目を向ける。
「……なあ、どう思う? カレン」
そう言うキミヒコの視線の先には、カレンがいた。
悠然と歩きながら、「さあ? 私にはわかりかねます」と返しながら、彼女はキミヒコの隣に立つ。海の方を見つめるその顔に海風を浴びて、暗いピンク色の髪がたなびいている。
「お時間よろしいですか? 大佐」
「よろしいが……俺とのお話の希望者、今日は多いなー」
「それはそうでしょう。ご自身でいろいろと手を回したようですから。けど、たぶん私で最後ですよ。見計らってから来ましたし」
「カレンがトリか。確かに、他に来そうな奴、もういないな」
キミヒコのその言葉どおり、この後に面会に来そうな人間には、もう心当たりがない。
艦隊司令官のスーベレーン提督に、この艦の艦長や知り合いのクルーたち。それから、キミヒコの口利きにより乗船している、先程の総督のような人間たち。
思い当たる面々とはすでに、挨拶やら何やらが済んでいた。
「朝からスーベレーンの相手をさせられて、大佐も疲れたでしょうね」
「……なんか、俺、あの提督から異様に評価されてるんだけど。なんでだ……? カレンは知ってる?」
「あの忌々しい提督だけでなく、参謀本部からも上々の評価のようですよ。父も激賞していました」
キミヒコは今朝、艦隊司令官のスーベレーン提督に会っていた。あの提督からの謎の高評価には触れずに、カレンは参謀本部での評判を述べる。
ガルグイユ島での任務中も、本国との定期便はあった。それで、参謀本部やそこに勤めている父とのやりとりがあったのだろう。
「……将軍は?」
「お祖父様も称賛はしていましたが……困惑気味でしたね」
「そりゃあ……そうだろうな」
ウォーターマン将軍との取引でこの島にやってきたキミヒコだったが、当初の予定は完全に消失。島の戦乱に首を突っ込み、帝国軍の作戦遂行にも絡むことになった。
この結末では、将軍が困惑するのも当然といえるだろう。
「それで……本当のところはどうなのです?」
「本当のところって?」
「どういう目的でこの島に来たのか、という話です。お祖父様からの刺客として、私の監督と護衛をやりにきたと思ってましたが……なんだか、全然違いそうですよね」
カレンがそう言って、キミヒコを見つめてきた。
彼女の瞳が揺れている。その様を意識しながら、キミヒコは口を開く。
「最初に言ったろ。ガチのマジで観光だよ。大陸の情勢が落ち着くまで、ダラダラする予定だったの」
「……それがどうして、ガルグイユ人どもの武装勢力を掌握するようなことに繋がるんですか?」
「俺が知りたいよ、そんなの……」
最初に、島へ向かう時の船の上でも、同じことをキミヒコは言った。
島への渡航の目的はバカンス。その言葉に偽りはない。
そして今回、どうしてこんなことになったという悔恨の言葉もまた本音である。
「エミリアのせいですか?」
「そーだな。それとルセリィ……レガリクスのせいだよ」
「……絆されて協力した、と?」
「どうだろ? わからんよ。結局、あいつら死んだし」
そう言ってキミヒコは顔を海へと向けた。視界には、雲ひとつない青空と波打つ海が広がる。
カレンからはこれ以上の問いかけはない。視線を彼女の方から外したので、どんな表情をしているのかもわからない。
二人の間に、沈黙が降りた。
「……カレン、平気か?」
波と風の音をしばらく堪能してから、今度はキミヒコが問いかける。
要領を得ない質問だったためか、カレンからすぐの返答はない。
「……どういう意味です?」
「あの時、結構メンタルやられてたからな」
キミヒコの言葉を受けて、「ああ、そういうことですか」とカレンは納得の声をあげる。
あの時とは、エミリアが死んだ際のことだ。キミヒコとの密談中に、彼女はエミリアの死を理解して、大いに取り乱した。大いなる意思による超常の力が作用したことで、精神に負荷がかかったのだろう。
もっとも、単純にそれだけではなさそうだというのは、キミヒコも朧げながら理解はしている。
「今はなんともありませんよ。今は、もう……」
「あ、そう」
そっけないキミヒコの返しに、カレンは「む……」と口を尖らせる。
「そういう大佐は、どうなんです?」
「あいにくと、そこまでセンチメンタリストじゃあないんでな」
「ふふ……まぁ、そういうことにしておきましょうか」
キミヒコの苦々しい返事に、カレンは満足したらしい。
口元に手をやりながら、クスクスと上品に笑っている。
「大佐に、父と祖父が会いたがっています。本国に着いたら、帝都までぜひお越しください」
「ああ、わかってる。将軍には世話になってるし……おそらく、通信科の協力もカレンのお父様が手を回したんだろう?」
「……どうでしょうね。父に直接、伺ってください」
その後は、他愛のない会話に興じた。
ビーチで泳ぐ計画がなくなって残念がったり、スーベレーン提督への悪口に相槌を打ったり、なごやかな時間を過ごす。
「では大佐、私は軍務に戻ります」
「ああ。じゃあ、また後でな」
「ええ。また後で」
軍務の愚痴を言い終えてスッキリしたのか、カレンは満足そうな顔をして去っていった。
その後ろ姿を見送っていると、トントンとキミヒコの背を叩く感触がする。カレンとの会話中、ただ黙って佇んでいたホワイトだ。
「そこまでセンチメンタリストではない? どうなんですか、実際」
ホワイトが、先程のカレンとの会話の中のフレーズに突っ込みを入れてきた。
やれやれと肩をすくめて、キミヒコは答えてやる。
「……死んだやつに、未練などない。俺たちはそうなんだ。そうあるべきだ」
「そういう可愛らしい物言い、好きですよ」
「お前の、その生意気な物言いもなかなか可愛いよ」
キミヒコはそう言って、ホワイトの頭をポンポンとあやすように叩いた。
そうしてから、自らの懐に手を入れる。
上着の内ポケットから取り出されたのは、あの勿忘草の花だった。
「……神頼みのこんな願掛け、意味がない。忘れてほしくなければ、そもそも死ぬなよあの馬鹿が……。ルセリィも、頼む相手を間違えてんだよ……俺なんかに頼むから……はぁ……」
そんな呟きとともに、キミヒコはその手の青い花を甲板から海へと放り投げた。
小さい青い花が、海風によってヒラヒラと舞いながら、波間へと消えていく。
「あの異世界人の願いを考えると、あのアーティファクトの花は、貴方が忘れたらまた手元に戻ってくるのでは……?」
「呪いのアイテムかよ。……もう知らんよ、そんなこと。……部屋に戻るぞ。嫌なことは寝て忘れるに限る」
強がりの言葉を吐き捨て、キミヒコは踵を返す。「はいはい」と返事をして人形がその後へと続いた。
結局その後、あの勿忘草の花がキミヒコの手に戻ることはなかった。どれほど月日を重ねても、キミヒコの下へは戻ってこなかった。
これにてep6は終幕です。
後半、書き溜めのストックがなかったのでだいぶ不定期の投稿にはなりましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次章は……いつになるかわかりませんが、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。




