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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
20/199

#19 報復

 衛兵隊に捕縛されてから数日後、キミヒコは件の弁護士の事務所にいた。


「いやあ、おめでとうございます。これで晴れて自由の身ですよ。キミヒコさん」


「ああ、おかげさんでな」


 結局、キミヒコはレオニードに依頼して裁判に臨むこととなった。


 裁判は驚くほどあっさり終わった。こちらの証人は宿の従業員とカタリナの勤めていた店の従業員だ。キミヒコとホワイトが宿から出ていなければ、あの時間に店にも行っていないことがすんなり認められて、無罪放免となった。


 そして、ホワイトは今この場にいない。


「それで、報酬の件についてですが……」


「まだなにかあるのか。所有権の移行とやらは、そちらの指示どおりやったぞ。面倒な書類も書いたしな」


「それが、あの人形がこちらの指示に従わないのです。暴れたりはしていないのですが……。現在も押収品ということで衛兵庁舎に置いてありますが、これでは安全が確かめられないということで持ち出せません」


 レオニードが弱ったとばかりに言った。

 それに対して、キミヒコはだからどうしたという態度でいると、若干苛立ちを滲ませた様子でレオニードが口を開く。


「……こうなった原因について、なにかご存知のことがあればお伺いしたい」


 先程までの、ビジネスライクな和やかな雰囲気はもうない。

 扉が開き強面の男たちが部屋に入ってきた。ここは事務所の二階で、扉は一つだけ。キミヒコに逃げ場はない。


「おいおい、穏やかじゃないな」


 脅すつもりであったようだが、キミヒコに動じた様子はない。


「……あなたを詐欺で訴えてもいいんですよ? そうすれば、あの牢屋に逆戻りだ」


「はははっ、詐欺師はあんたらだろ? 衛兵隊とグルになってまでホワイトが欲しかったのか? わざわざコソ泥の爺さんを使って小芝居までしてよ」


 レオニードの目が見開かれる。


 話は簡単なマッチポンプだ。

 衛兵隊がキミヒコを捕まえる。捕まったキミヒコの弁護を彼らがする。そして、報酬としてホワイトを受け取る。一連の流れは最初から決まっていたことだった。


 キミヒコを殺して、ホワイトを奪うことはできない。ホワイトは完全に自立稼働する人形だからだ。キミヒコが死んだところで、その制御権を奪えるかは未知数だ。

 それゆえに、キミヒコが自分の意思でホワイトを手放すように仕向けるため、泥棒の老人を使った芝居をして弁護士の必要性を説明したうえで、弁護士事務所の営業に来た。


 鬱陶しいことを考えるものだと、キミヒコはある意味で感心していた。


「だいたい、おかしいんだよな。騎士様の面会は拒否したのに、弁護士を俺の下へ素直に通すなんてさ」


「弁護士を雇うのは被告人の権利だ。面会拒否などできるわけない。それにヴァレンタイン卿が、わざわざあなたに面会などするわけないだろう」


 レオニードが言うが、キミヒコにはそれが嘘だとわかっていた。


 ヴァレンタインがキミヒコに面会を求めていたことだけではない。ホワイトの魔力糸の盗聴により、この弁護士事務所の人間たちが衛兵隊長であるアルフレートと密談していたことまですべて筒抜けだった。


「……あの人形は魔獣ではなく、アーティファクトであるというのはこちらでも把握している」


 このままでは埒が明かないと判断したのか、レオニードが語り出した。


 アーティファクト。古の時代の遺物。この時代の技術では製造不可能で、その多くが強力な魔道具として利用されている貴重な品だ。古代文明が作ったオーパーツだとか神が創造した神器などと言われている。


 実際、ホワイトは願いの神により創造され、キミヒコに贈られたのだからアーティファクトと言って間違いはない。だが、馬鹿正直にホワイトの出自をキミヒコは語りはしない。適当にとぼけてみせる。


「……アーティファクトだって? ずいぶんと大袈裟な言いようだな」


「とぼけるな。あれは、神が創りし神器なのだろう? お前はあれを、偶然あの大森林で見つけたに過ぎない。本来の主人に、あれを返すべきだ」


「はあ? 本来の主人だって? それがあんただとでも?」


「……あの大森林は正統なる血統を継ぐお方のものだ。そこで得たものは当然、そのお方に帰属する」


 正統なる血統を継ぐお方。その言い回しにキミヒコは心あたりがあった。


「はんっ、笑わせるぜ。どう考えても正統なのは今の王家だろうが。お前ら分断派が担いでるのなんて、どこの馬の骨だかわかりゃあしないよ」


 かつて、この地に二つの王国があった。トムリア王国とゾロア王国。

 二つの王国は婚姻外交の果てに合一を果たすのだが、主家がそれに納得していてもそれに反対する家臣がいた。特にゾロア王国側にそれが多かったらしく、こうして今もしつこく活動を続けているというわけだった。


 連合王国の不穏分子、分断派と呼ばれる彼らが神輿として担ぎ上げているのが、自称正統なる血統を継ぐお方、ということだ。大方、ゾロア家の遠縁をどうにか連れてきたかでっち上げたかというところだろう。


「……旧ゾロア王国はあの大森林の開墾に熱心だったらしいじゃないか。あの森由来のアーティファクトを欲しがるのは、その辺りが理由か?」


 ホワイトを手に入れようとする理由についてキミヒコは探りを入れた。単に戦力として欲しいだけではないだろう。


「……答える義理はないな」


「ケチくさい奴らだな。まあそんなものか。連合王国が成立して百年近くも経ってるのに、いつまでも負けを認められないような連中だもんな」


 キミヒコが分断派を小馬鹿にしたように言う。


「どうやらそれなりに物を知っているらしいが、誤った認識だな。国家警備局の連中にでも吹き込まれたのか? あのトムリアの犬、騎士ヴァレンタインがいるからといって、大きな態度をしていると後悔するぞ。我々にも騎士はいるのだ」


 キミヒコの背後に警備局がいると思っているらしい。

 自分たちにも騎士がいると言ってレオニードは脅しをかけるが、キミヒコはそれを鼻で笑う。


「……もしや、自分が殺されないとでも思っているのか? あのアーティファクトの制御方法を渡さないうちは殺されないと思っているなら、甘い考えと言わざるを得んな。世の中、死よりも辛いこともある。それをお前に教えてやってもいいんだぞ」


 レオニードはこれが最後通牒だと言わんばかりに睨みつける。


「ふうん、制御方法ねえ……。そうは言うが、お前らが言うところのアーティファクトの所有権は俺から移されたはずだ。法的な面でも魔術的な面でもな。このうえ俺にどうしろと?」


「あくまでシラを切るつもりか」


 実際問題、キミヒコにはホワイトの譲渡などやりようはないのだが、レオニードはそれを信じようとはしない。


「別にシラを切るとかそんなつもりはないさ。俺はあいつを制御する方法なんて知らないしな」


「……どういうことだ?」


「元から俺はあいつの所有権なんて持っていないってことだ。法的なものは別としてな。あいつが自分の意思で俺に従っている。ただそれだけのことだよ。いや、あいつの意思というより存在意義かな」


 キミヒコが淡々と説明する。

 それを聞いて、レオニードはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「そうか、しょうがないな。ではその話の真偽は、貴様の体に聞くこととしようか」


「別に俺を拷問にかけなくったって本人に聞けばいいじゃないか。……なあ、ホワイト。出てきてやれ」


 キミヒコが指示を出すと、窓が開かれ部屋に風が吹き込んだ。


 窓枠には今話題となっていた人形、ホワイトがいた。レオニードたちが唖然としている中、ホワイトは悠然と部屋に降り立ち、手に持つ皮袋を無造作に放り投げた。


「俺が、お前とのくだらないお喋りに、どうして付き合っていたと思う?」


 袋の中から首が二つ転がり出る。一つは衛兵隊長アルフレートのもの。もう一つはキミヒコの向かいの牢にいた老人の首だ。


「……こんなことをして、タダで済むと思っているのか?」


 レオニードが言う。努めて平静を装っているようだが、その顔は若干青ざめている。


「俺はなんともないんだよなあ。法的にはホワイトの今の持ち主はあんたらだ。コソ泥殺しは罪になるのか知らないが、衛兵隊長殺しの罪はお前らにあるんだよ。……窓の外が見えるか? お前らを捕らえるために国家警備局の皆様が来てくれたようだぞ」


 そう言ってキミヒコは窓の外を顎でしゃくる。

 警備局の制服に身を包んだ男たちが、この弁護士事務所の建物を物々しく囲っていた。


 キミヒコがお喋りで時間を稼いだ結果だ。


「……馬鹿な、ゾロアート市内だぞ。連中にそんな権限はないはずだ。衛兵隊はなにをしている……?」


「まあ衛兵隊が動けない理由でもあるんじゃないか? 隊長が死んじまったとか、さ」


「貴様……!」


 レオニードがキミヒコを射殺さんばかりに睨みつける。


「ま、外のことはどうでもいいさ。俺を嵌めようとしたやつは絶対に許さん。落とし前は付けさせてもらおうか」


「……見くびるなよ、若造が」


 レオニードもやる気になったらしい。数を頼みにホワイトとやりあう姿勢だ。


 ……やる気になったところでどうにもならないだろうがな。


 キミヒコは目の前の男たちの運命を嘲笑する。


「殺れ、ホワイト。レオニードは生かしておけよ」


「畏まりました」



 キミヒコがホワイトに命令を下して、数分後。


「ぅ……ぁ、あぁ……」


 レオニードが血塗れになって呻いていた。

 彼を赤く染めているのは彼自身の血ではない。周囲に転がる、取り巻きの連中だったものの血だ。


「さて、いろいろ話を聞かせてもらおうかな。あの爺さんは大したことを知らなかったようだし、アルフレートは話を聞く前に自刃してくれたからな」


「……」


 キミヒコを睨みつけ、口を固く閉ざすレオニード。喋る気はないらしい。


「おやおや、だんまりかい? さっき、言ってたよな。世の中には死よりも辛いことがあって、それを教えてくれるんだろう? 教えてみろよ。それとも、お前自身が身をもって実演してくれるのか?」


 言いながら、ホワイトに指を鳴らして合図を送る。

 それを受けて、ホワイトは懐から小瓶を取り出した。


「……っ! その瓶はっ!」


 それを見たレオニードの瞳が恐怖に歪む。


「おや、ご存知だったかな。アルフレートもこれがなにか知っていたみたいでさ、これを見た途端に自殺しちゃったよ」


 レオニードはやめてくれと繰り返し呟き、ガタガタと震える。


 この小瓶はカタリナの下からホワイトが回収していたものだ。


「あの女にこの薬を渡したのはお前か? まあ、身をもってこの薬の効果を体感してくれ。……ホワイト、飲ませろ」


 ホワイトが弁護士の男に近づくために一歩踏み出す。


 その瞬間、ホワイトが体あたりするようにしてキミヒコを突き飛ばした。


 何事かと目をしばたたかせていると、先程までキミヒコが立っていた床から棒が生えていた。その先端には刃が光っている。


「な、なんだっ!?」


「敵です」


 キミヒコの悲鳴にホワイトが短く返す。


 槍が床から引き抜かれ、もう一撃がくるかと身構えていると、離れた場所から、なにかが貫通するような衝撃音がした。そちらを見れば、床にへたり込んでいたレオニードが尻から頭までを槍で撃ち抜かれている。口封じのようだ。


「おい! なんで攻撃されるまで気付かなかったんだっ!」


「バレずにここまで来いと言うから、探知用の糸の展開は最小限だったんですよ。広範囲に展開したら、聡い方には気づかれます。……始末してくるので、そこに居てください」


 言いながら、ホワイトが床に手刀を叩きつけた。床が破壊され、ホワイトがそのまま一階の部屋へ落下していく。


 一人残されたキミヒコは、ゆっくりと息を吐き出した。

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