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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
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#18 騎士の憂鬱

 騎士ヴァレンタインは焦っていた。まさか、衛兵隊がこうも強硬な措置を取るとは思いもよらなかった。


 キミヒコとの約束はあくまで騎士ヴァレンタインとの間のものであって、衛兵隊は関係がない。だが、王国騎士の面子をこうも軽んじられることになるとは。おかげで生きた心地がしない。


「私は衛兵隊の諸君の身を案じて言っている。どうしてそれがわからない」


「脅しているつもりか? 警備局の騎士といえど、これ以上の干渉は市を通じて抗議することになるぞ」


 わからず屋め。ヴァレンタインは心の中でそう毒づく。


 死地から脱したと思えばこの有様である。キミヒコの泊まる宿に、アルフレートと共に乗り込んだ際は生きた心地がしなかった。おぞましい魔力の糸が張り巡らされ、もはやクモの巣といった風情の宿から生還したかと思えば、この始末。

 今度はこの衛兵庁舎がクモの巣になりつつあるというのに、アルフレートはそれを無視している。


「あの人形は結界部屋にいる。人形遣いとは完全に切り離されていると、何度説明すればわかるんだ」


 結界部屋とは魔術的な結界が張り巡らされた牢獄のことだ。この中では通常、魔力の操作が行えず魔術の行使はできない。通常であれば、だが。


 魔力感知を行いつつ庁舎内を歩けば、あのおぞましい糸が、部屋の外を蠢いているのをヴァレンタインは確認できた。

 当然、ヴァレンタインはそのことを伝えたが、アルフレートはそれを一笑に付した。


「それで不十分だからだ。……いや、そもそもあれは我々の手で押さえておけるような性質のものではない。騎士数人がかりでようやくという怪物だ」


「王国騎士ともあろう方が、弱気なことを仰る」 


 お互いになにを言っても埒が明かない。


 ヴァレンタインはキミヒコを釈放して、あの人形を制御させた方が安心できると考えていたが、その考えがアルフレートに理解されることはなかった。


 今回の殺人事件でキミヒコが怪しいというのは、ヴァレンタインも理解するところだ。大方あの人形が暴走して、娼婦を殺めたというところではないかと考えていた。


 だが、証拠はない。


 衛兵隊のゴリ押しで有罪まで持ち込めないことはないだろうが、そこまでする理由がわからない。

 あの人形の危険性はアルフレートとて認めているはず。完全には理解していないにしてもだ。


「お互い、そう暇ではない立場だ。これ以上無為に時間を浪費するのはいかがかと思われるが、どうか」


「……残念だが、そのようだな。失礼させていただく」


 心底残念そうに言い残し、騎士は部屋をあとにした。

 衛兵庁舎受付まで来たヴァレンタインの姿を見て、一人の男が駆け寄る。警備局の職員にして騎士ヴァレンタインの従騎士である。


「お疲れ様です、閣下」


「ん、待たせたな。……早くここを出よう。ここはもはや安全とは言い難い」


 同感です、と短く返事をして従騎士の男はヴァレンタインに付き従い庁舎を出た。

 庁舎を出てしばらくして、歩きながら若き従騎士は憤りの言葉を口にした。


「まったく、衛兵隊はなにを考えているのでしょうか。人形遣いの確保に閣下の助力を得ておきながら、その顔に泥を塗るなど……。許されることではありません」


「連中からすれば、うるさい奴らが勝手に出てきて、勝手なことを言っているくらいの認識だろうな」


 衛兵隊が地方行政である市の組織であるのに対し、警備局は中央の国家組織である。その職務は日本で言うなら公安に近いもので、行政への内部調査も行なっている。このため、他の役所からは煙たがられる存在ではある。


「そんな馬鹿な。今回の件は市からの正式な要請だったはずです。……直接姿は見ていませんが、相手はあれほどの広範囲に糸の結界を張る怪物です。穏便に事が済んだからよかったものの……。市は件の人形の脅威を認識しているからこそ、行政間の縄張り争いに目を瞑って閣下に助力を求めたのではありませんか」


「その認識もどこまでかわからん。穏便に事を済ませろと、ハンターギルドからの突き上げがあったとも聞く。それでしぶしぶ要請したのかもな」


 ヴァレンタインは考える。わざわざ管轄外の仕事を要請しておきながらのこの扱いは、腹は立つが理解できなくはない。


 だが、衛兵隊がこの事件に執着する理由はなにか。


 治安のいいこの都市では珍しいが、娼婦が一人殺されるくらいはありふれていることだ。現在証拠もない被疑者を、ギルドの反対を無視し、騎士の助力まで要請して確保するなど、本来ならありえない。


 あの人形遣いの男の素性も謎である。

 あの怪物を従えるうえに、神聖言語の発音は典雅とも言えるものだった。あの発音は言語教会の聖職者に引けをとらないだろう。相当額の寄付と相応の権益がなければ、あれは身につけられるものではない。


 もう一度接触してその正体に近づきたいところではあるのだが……。


「このうえ、面会まで拒否されるとはな……」


「我々の介入に意固地になっているのでしょうか」


「アルフレートはそこまで愚かな男ではない。なにかがあるな」


「……あの男は要監視対象でしたね。この件、分断派が絡んでいるのでしょうか」


 従騎士が声を潜めて言う。


 分断派。トムリア家とゾロア家、この二つの旧家が婚姻外交の果てに完全に合一を果たし、連合王国が成立する折に生まれた体制の歪み。

 ゾロアート市におけるそれが、この二人の仕事の対象であった。


「さあ、な」


 騎士は短く返し、それきり黙った。



「弁護士? あんたがか?」


「はい。是非、私どもの事務所であなたの弁護を担当させていただきたく、こうしてここを訪れました」


 夜の帳が落ちた頃、キミヒコの下へ自称弁護士の男が訪れていた。男はレオニードと名乗り、キミヒコの弁護の営業に来たと言った。


 弁護士に金を積めば無罪を取れるかもしれないが、あまりに胡散臭い。キミヒコが牢屋に入れられたのは夕方くらい。それから数時間で営業に来るなど、作為的なものを感じる。


「俺がここに入ったのはつい数時間前だ。どうしてこんなに早く売り込みに来れる?」


「私どもは常々、こういった事件があれば動向を注視しております。まして、キミヒコ様ほどのハンターの弁護であれば、これほどよい仕事はありません」


 殺人事件が起きた段階で誰が捕まるか注目していて、捕まった奴から金が取れそうだから急いで来たと。そういうことらしい。


「……これは冤罪だ。俺の無実をあんたに証明できるのか?」


 自身の相棒が犯人と知っているのに、キミヒコは平然と言ってのけた。


「そのためにここに参りました。事件の概要はある程度こちらでも把握しております。現状、告訴側に確たる証拠がないことも」


「ほお……」


 弁護依頼をするか否かは置いておいて、まずは情報交換がしたいということで、事件についてキミヒコが知っていることを話すこととなった。

 無論、ホワイトが犯人だということは伏せて話している。


「なるほど……。こちらで掴んだ情報と概ね合致しております。キミヒコ様、この裁判は我々に任せていただければ勝てますよ」


 それはそうだろうとキミヒコは思った。なにしろ告訴側に証拠がないのだ。

 だが、だからといって安直に会ったばかりのレオニードに自らの命運を託す気にはならなかった。レオニードにというより、弁護士にである。


 このごに及んで、弁護士嫌いのキミヒコは弁護の依頼に嫌なものがあった。


 それに今は証拠がないにせよ、衛兵隊がそれをでっち上げる可能性もある。もちろんその辺りは、この弁護士だって織り込み済みではあろうが。

 念の為、キミヒコはその辺りを確認することにする。


「衛兵隊はそこまで無能か? 今は証拠がなくても、裁判までにでっち上げる可能性はないのか?」


「問題ありませんよ。どんな嘘の証拠を用意していたとしても、キミヒコ様のアリバイは完璧に証明できます。すでに裁判での証人を用意してあります。犯行当時にあなたとあなたの人形が、宿の部屋から出ていないことは証明できます」


 レオニードの仕事の早さに、キミヒコは瞠目する。


 もう証人を用意しただと? いくらなんでも仕事が早すぎやしないか……。


 仕事の早さにも疑念があるが、その証人が信用に足るのか訝しむキミヒコ。あの時間、キミヒコは部屋からでていないが、ホワイトは外出して凶行に及んでいる。だが、ホワイトは外で誰にも見られていないと言っていた。部屋から出ていないとの証言を得ることは不可能ではない。


「証人ってのは、誰だ?」


「それは、私どもの手の内を明かすことになります。正式に依頼をされませんとお教えできません」


 証人について問いただすが、レオニードも簡単に教えてくれるほど甘くはなかった。


「……それはそうだろうな。じゃあ正式に依頼するとして、だ。報酬はいくら必要だ? いつまでに用意すればいい?」


 いくらかかるかはわからないが、ホワイトがいれば払えないことはないだろう。キミヒコはそう楽観的に考えている。

 最初は弁護士に依頼するなど考慮にも入れていなかったが、金でこの窮地を脱することができるのなら、それも悪くないと思うようになっていた。

 ホワイトの暴力頼みで逃げ出せば、お尋ね者になってしまう。キミヒコとしてもそれは避けたいところだ。


「……あなたの保有する、あの自動人形をお譲りいただけたらと」


「断る」


 レオニードの要求は金銭ではなかった。


 よく考えもせずに即断で断ってしまったキミヒコだが、言ってしまったあとに考え直してもこの報酬はありえないという結論になる。

 ホワイトはキミヒコにとっての生命線であり、唯一絶対の味方である。それを手放すなど考えられない話だ。


「ですが、裁判は明日正午です。今この時点で他の弁護士事務所が営業に来ていないとなりますと、いささか厳しい状況になると思われますが」


「まて、明日だと!? いくらなんでも早すぎだろうが!」


「おそらく、そういう戦略なのでしょう。弁護士を雇う間もなく裁判を行い、有罪とするつもりなのでは……」


 あまりのやり口に、キミヒコは眩暈のする思いだった。


 人権もなにもあったもんじゃない無茶苦茶なやり方に、やはり今夜脱走するしかないと決めたキミヒコだったが、ふと思いつくことがあった。

 目の前の弁護士とこの状況に、キミヒコの猜疑心が鎌首をもたげる。


「なるほど。猶予はないわけか。だが、いくらなんでもその報酬はボリすぎだ。金銭でなんとかできないのか?」


「私どももこれは商売でして……。キミヒコ様の無実は確信しておりますが、こればかりはお譲りできません。それに、裁判で負ければまず死刑です。決して高い報酬ではございません」


 レオニードに譲る気はないようだった。

 キミヒコが無理やり脱獄できるとは考えていないのであれば当然ではある。死刑になるかもしれないのであれば、普通は要求を飲むしかない。


「……一晩考えさせろ。裁判は明日正午だったな。明朝、もう一度ここに来てくれ。そこで返事をする。それでもいいか?」


「……畏まりました。裁判の準備はとりあえず進めさせていただき、明日お返事を聞きに伺います」


「そうか、悪いな」


「いえ、重大な決断でしょうから。……よいお返事を期待しています」


 レオニードは帰っていった。再び牢獄に静寂が満ちる。


「ホワイト。今、俺に会いに来た奴に糸を括り付けろ。気付かれないようにな」


『はい。……取り付けましたよ。この都市内くらいの距離なら、これで追跡できます』


「よし。奴の動向を監視しておけ。今から奴がどこに行くか、誰とどんな会話をするかを逐一報告しろ」

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