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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#39 高速ナブラ

 カツンカツンと、乾いた足音が鳴っている。遠くから響く爆撃の音に混じって聞こえるその足音は、二人分。エミリアの左右から近づいてきていた。

 カレンとデュクスがゆっくりと歩み寄ってくる。その手の得物は、殺気立った魔力で震えていた。


 自らを殺さんとする騎士たちの足音を聴きながら、エミリアはアーティファクトを持っている方の手で羽織っているコートの留め具を外す。

 コートが重力に引かれ、落ちる。バサリという落下音がして、それが合図となった。


 カレンとデュクスが跳び、礼拝室中央のエミリアを中心に、弧を描くように駆ける。双方、互いに背を見せないような動きだ。


 先に仕掛けてきたのはデュクスだった。右後方より接近し、エミリアの長剣の射程外からグレイブの横凪の一閃が走る。が、エミリアはそれを視認する事もなく、屈んで避けた。

 見るまでもないという余裕からの動きではない。他の脅威への対処のためだ。エミリアの金色に光るその瞳は、正面を見据え、突きの構えをした暗黒騎士の姿を捉えていた。


 デュクスの攻撃から間髪容れず、カレンの剣による刺突がエミリアの顔面めがけて放たれる。

 神速とも呼べるほどの一撃だが、真正面からの見え透いた攻撃だ。エミリアは難なく避けることができる、はずだった。


 ……!? 二連……いや、三連撃か。(はや)い……!


 カレンの刺突は一発で終わらない、三段突きだった。

 二段目は頬を、三段目は右肩を掠めて、エミリアの身体を裂き血潮が舞う。


 どうにか致命的なダメージは避けることができたものの、反撃どころではない。たまらず後ろに跳んで、エミリアはカレンとの距離をとった。

 だが、カレンとの距離を取った先には、デュクスがいた。完全に動きを読まれている。


 グレイブを振りかぶる動作をするデュクスに対応すべく、エミリアは剣を構える。グレイブによる斬撃をいなすための構えだったが、デュクスの次の動作の前にそれは聞こえた。


 ——馬鹿が、引っかかりやがったな。踏んできた場数が違うんだよ、魔人の小娘……!


 騎士の得物を振りかぶるような動作はフェイント。本命は、グレイブの刃の反対に位置する石突。それによる突きの一撃。

 それを感知できたものの、剣による防御は間に合わない。咄嗟にエミリアは腕を交差させるようにして、石突を受けた。


 騎士武装に殺意の魔力を乗せたその攻撃は、エミリアの身に纏う神秘をも貫通した。エミリアの耳に、自身の細腕、その中にある骨がギシギシと嫌な音を立てるのが聞こえる。

 エミリアはそのまま後ろへと吹っ飛ばされ床に転がされるも、受け身をとって、すぐさま立ち上がる。しびれる腕でもアーティファクトを手放す事はなく、エミリアのその手でシャリシャリと鈴の音を鳴り響かせていた。


 ……場数が違う、か。確かに、二人とも互いの警戒を全く怠っていないのに、私への攻撃に緩みはない……。


 このままどうにか、カレンとデュクスの攻撃をやり過ごしつつ、この礼拝室から脱出するチャンスを待つ他ない。だが、戦闘経験の差は、立ち回りに如実に表れていた。


 カレンとデュクスは互いに距離をとりながら、必ず互いが視界から外れないようにしている。そんな状態を維持しつつ、さらには平然と攻撃を仕掛けてくる。

 致命傷こそまだ受けていないものの、このままでは時間の問題だ。


 どうにかせねばと考えを巡らすエミリアに、今度はカレンが迫ってきていた。刀剣を下段に構えたまま、突っ込んでくる。

 先のデュクスの一撃により、腕にはまだ痺れが感じられる。この状態では、カレンの鋭い剣技をいなすことなど、到底できはしない。


 剣による防御は不可能。回避しかない。


 その判断で、エミリアはカレンの剣技を躱そうと試みる。

 カレンが繰り出してきたのは、下から上への斬撃。自身の身体の正中線を抜こうという刃に対し、エミリアは大きく横に跳んで避けようとした。

 刃が風を斬る音がエミリアの耳に入る。その音で、攻撃をギリギリ躱せたとエミリアは思った。


 しかし、カレンの剣が走った先に視線をやると、己の得物である長剣が宙を舞っているのが目に入る。


 剣を落とした……!? なんで、どうして……あ……指……。


 その手から剣が離れてしまった理由を、エミリアはすぐに理解した。


 カレンの剣は相手の動きを追尾するように繰り出され、エミリアのその手を捉えていたのだ。剣を握っていた手の、薬指と小指とが切断され、なくなっている。指三本ではうまく柄を握れずに、剣はその手から抜け落ちてしまったようだ。

 エミリアが事態を理解できたのは、宙にある剣が床に落ちるよりも、指の切断面から血が噴き出るよりも、そしてその痛みを知覚するよりも早い、一瞬でのこと。だがその一瞬の間に、カレンもまた追撃の体勢に移行していた。


 斬り上げた刃を瞬時に返し、今度は上段から打ち下ろす構えだ。

 顔を隠す漆黒の兜のせいで、カレンのその表情はわからない。だが、その心情をエミリアは理解できていた。

 敵を殺すことによる喜悦。勝利への高揚。そして、ほんのわずかな寂しさ。


 カレンの心証について頭で考えるよりも早く、エミリアの身体は動いていた。


 瞬時にアーティファクトをもう片方の手に投げ渡し、指三本で器用に掴む。そうしてから、無傷な方の手で、腰の短剣を即座に抜いた。この小さい刀身で、カレンの剣を受けようというのだ。


 ——無駄なことを。その短剣ごと、頭から一刀両断にしてあげる。サヨナラ、エミリア……。


 指を落とされてから一秒とたっていない、その攻防の間に、エミリアはカレンの声を聞いた。その声の直後、カレンの斬撃がエミリアの頭へと振り下ろされる。


 エミリアの背後から、カシャンという金属音がした。取り落とした剣が、床に落ちた音だ。二本の指の切断面から、心臓の拍動に合わせてドクンドクンと血が溢れ、それが床に滴る音もする。

 だが、暗黒騎士からの死の一閃が振るわれてなお、エミリアのその身が倒れ伏す音はしなかった。


「まだ……まだ、サヨナラには早いよ。カレン……!」


 そう口にするエミリアの顔の前には、縦に構えられた短剣がある。祈りを捧げるような姿勢で掲げられたその短剣は、切先から鍔までカレンの刃が食い込んでいた。エミリアは短剣の刃や腹ではなく、上から下までの刀身全てを使ってカレンの一閃を食い止めたのだ。


 一撃必殺の心得で放った剣を凌がれ、暗黒騎士は一瞬だけ硬直する。その隙を突き、エミリアは反撃に移った。短剣を手放し、カレンの顔に向けて回し蹴りを放つ。

 カレンは即座に反応し、後ろに跳ぶ。だが、エミリアの蹴りは彼女の兜をほんの少し掠めた。


 命中とは呼べない、本当に掠めただけの蹴り。たったそれだけの攻撃で、カレンの漆黒の兜は弾き飛ばされ、彼女のダークピンクの髪がたなびいた。

 兜がなくなり露わとなったカレンの顔。その表情には、驚愕と苛立ちもあるが、それ以上の感情も乗っている。


 ——それでこそね。それでこそ、殺し甲斐がある。ここまで来た甲斐があるというものよ……!


 歓喜と愉悦の混じった笑み、その(かお)の内にあるカレンの心情が、エミリアに聞こえた。

 以前の戦闘でも、エミリアはカレンの必殺の一閃を剣で受け切ったことがあった。そして今回の仕儀は、前回のそれを上回る(わざ)だった。それは、カレンのお気に召したらしい。


 剣は……あそこね……!


 暗黒騎士の兜とエミリアが放り捨てた短剣が床に転がる音が重なり、甲高い金属音が響くと同時。エミリアは自らの得物を回収すべく動いた。


 悪手である。


 死の淵から脱したこと、カレンから距離をとったこと、得物を回収しなければならないという事実。そして、同格以上の敵を相手にしての乱戦経験のなさ。

 それらが、喪失した武器を回収しようなどという考えは、敵とて承知していることを、エミリアに失念させた。特に、直前に相対していなかったデュクスがそうであることを。


 エミリアが己の失策に気が付いたのは、剣をその手に回収した瞬間だった。


 デュクスがその手のグレイブの穂先に魔力を溜めて、こちらに狙いをつけている。それをようやく察知した。

 エミリアが察知すると同時、デュクスの魔力弾がグレイブの穂先より放たれた。

 カレンとの攻防の隙を利用して練りに練られた騎士の魔力。それが、一筋の光線と化して礼拝室に煌めいた。


 咄嗟だった。咄嗟にエミリアは上半身だけを僅かに横にずらした。

 光線はエミリアの首を掠め、この礼拝室の壁を撃ち抜き、聖堂の外へと消えた。


 ——()った……!


 そう聞こえるのは、デュクスの声か。


 エミリアがそれを理解するより前に、心臓が一拍する。ドクン、という鼓動の音。普段は意識しないその音が脳裏に響いた瞬間、彼女の首筋から鮮血がほとばしった。


 首……頸動脈がやられた……!? 致命傷なの!? 


 自身の首、その傷口を見て確認することはできない。できることはただ、アーティファクトを握る方の腕で出血部位を押さえつけるだけだ。

 首筋に押さえつけた前腕から、生温かい感触がする。心臓の拍動に合わせて、身体から熱が抜けていく感覚もある。


 絶望的な状況ながら、さらに悪いことは続く。

 今度はカレンの攻撃だ。


 さっきから……交互に交互に……。あの二人……敵同士のはずなのに、連携しているわけでもないのに……よく立ち回るわ、ね……。


 飛びそうな意識の片隅で、エミリアはそんなふうに思いながらも、向かってくるカレンの方へと身体を向ける。


 もう、カレンとまともに闘りあえるような状態ではない。だが、そんなことを敵が考慮するはずもない。戦場とはそうしたものだ。今まで、自身だって戦場ではそう振る舞ってきたのだ。

 そんな、とりとめのない思考が、雑念が、エミリアの頭にはあった。眼前の敵に集中することさえ難しい精神状態。


 その有様では当然、カレンの攻撃を凌げるはずもない。

 カレンが剣を振るうような動作に、エミリアは過剰に反応した。剣で防御するような体勢をとってしまった。

 カレンの剣は見せかけの囮だった。

 先程の意趣返しとばかりの蹴り技が、エミリアのガラ空きの腹部へとめりこむ。


 ——あぁ……これで終わりか。残念ね。あの邪魔者、騎士デュクスがいなければ、もう少し……。


 暗黒騎士の蹴りが直撃して、吹っ飛ばされる間際、カレンの寂しげな声がエミリアの脳裏に響く。


 終わり……? 終わりなの? これで? まだ、そんなわけにはいかない。まだ……ま——。


 宙に浮かされ、浮遊感を味わいながらのエミリアの思考は、唐突に途切れた。

 礼拝室の壁にその身を打ちつけられ、ベチャリという音を立てる。そのまま、彼女の身体はズルズルと重力に従い床へとずり落ちていく。

 壁に真っ赤な血の線ができて、その下にエミリアは倒れ伏した。そのまま、彼女の身体はピクリとも動かない。


 ——魔人は死んだな。なら……。


 ——次に始末するのは……。


 騎士二人の視線が交錯する。

 次なる戦いを制し、『カイラリィの王笏』を手にする。対峙する二人の思惑は同じだった。


 だが……。


「んな馬鹿な……!? 死なないはずが……人間だろうが魔人だろうが、あれで死なないはずがあるか……!」


「……まさか、不死身なの? あの人形と、同じで……」


 デュクスの動揺の声と、カレンの疑念に満ちた声。それぞれを口にする両騎士の視線の先には、首から血を垂れ流しながらも立ち上がる、エミリアの姿があった。

 幽鬼のようなその姿に、騎士たちの顔には、未知への恐怖が浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
根源の力が同じなのだからそりゃぁエミリアも動けるか…
エミリア死亡というか変化した後どうなるか 最近優しい展開だから華麗に復活とかしそうだけど 伏線回収等でドライに酷く可哀想だけど仕方ない展開もありえる 人形とキミヒコだけで完結してるから他は有象無象で …
サガって良いゲームだよね
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