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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#36 心得違い

 ドゴーラ市での戦闘が開始される、少し前。帝国軍海上作戦群、スーベレーン機動部隊はドゴーラ市北東の洋上にいた。


 六隻の装甲艦からなるこの艦隊の中央には、艦隊旗艦である航空母艦エンプレスゲルトルードがある。

 カタパルトにより、爆装した竜騎兵を次々と発艦させているその空母の艦橋に、パイプから煙をふかす男がいた。


「ふん……。猟兵隊に陸上戦力を預けずとも、キミヒコ大佐一人で、どうにかなりそうではないか」


 吐き捨てるように、ふてぶてしい顔のまま男が言う。

 男の名は、スーベレーン。この艦隊の提督であり、帝国軍で将軍の位にある人物である。


「確かに。単身でガルグイユ人どもの反乱勢力に入り込んで、その実権を手中に収めるとは……尋常ならざる手腕ですな」


「ウォーターマン将軍の人選眼は、確かだった。奴の都合で、人事を捻じ曲げられたときには憤慨したものだが……」


 副官の相槌に、スーべレーンは煙とともに、そんな言葉をこぼした。


 この艦隊司令部の中でキミヒコの評価は、高い。

 いつの間にやら、たった一人でガルグイユ人たちの動向を意のままに操っている。そう思われている。


「しかし……大佐は、上陸当初は、その……本当にバカンスに勤しんでいた様子でしたが……」


 スーベレーンとその副官の会話に、割って入る声があった。


 彼はブリッジクルーの一人で、キミヒコとは顔見知りだ。キミヒコが海上作戦群とのコネクションのために作っておいた知り合いの一人である。

 彼はこの島に到着した際のキミヒコの様子から、現在の状況に訝しんでいた。


「演技に決まってるだろうが、そんなもの。……名誉大佐という身分も怪しいものだ。諜報部の工作員という方が、しっくりくる」


 だが、彼の発言は提督によって一笑に付された。

 提督にそう言われても、先の発言をした軍人は、「本当に演技だったか……?」という顔をしている。実際のところは彼が正しいのだが、それ以上何か口にすることはなかった。


 現実問題、キミヒコからすれば、こんな状況は全く望んでいないし、現地人勢力の権力掌握など、できるとも思っていなかった。

 本人からすると頭を抱えている状態なのだが、艦隊司令部にはそんなことはわからない。キミヒコの行動は、帝国軍将校としての任務を完璧に遂行しているように見えていた。


「あの翁め……孫娘の方が囮で、人形遣いが本命とはな……。我々にすら言わないとは……」


「……参謀本部との関係がゆえでしょうな。ウォーターマン将軍は、参謀総長とは微妙な間柄ですので……息子に家督も譲ったらしいですし」


「しかし……出汁に使われた孫娘の方は、現状が気に入らないと見える」


 スーベレーンの嘲笑混じりのその言葉に、ブリッジに緊張が走る。

 現在、この提督とあの暗黒騎士との間に確執が存在することは、周知の事実だった。艦隊と陸上部隊のトップ同士のいざこざに、部下たちは神経をすり減らしている。


「……ウォーターマン中佐は、アーティファクト奪還に執心のようですね。大佐が確保すれば、関係はないはずですが……」


「あれを奪われたのは、猟兵隊の失態だからな。どうにか、自分たちで取り返したいのだろうよ」


 スーベレーンのその言葉は、まるで他人事のようだった。


 実際、アーティファクト『カイラリィの王笏』を奪われたのは猟兵隊の失態ではある。だが、そこには解放軍に騙されて、勝手に竜騎兵を出撃させて空母を動かせなかった艦隊の責任もいくらか含まれている。

 その事実を、艦隊司令部の面々は承知はしている。トップであるスーべレーンもそうだ。


「あの時、キミヒコ大佐の警告は猟兵隊に伝わっていた……。にもかかわらず、あれだ」


「しかし……どうも、大佐の警告に具体性はなかったようですが……」


「大佐とて、あの島の土人どもに猟兵隊が後れをとるなど、思わなかっただろうよ。まったく……」


 心底呆れましたとばかりのスーべレーンの言葉に、副官はなんとも言えない顔をする。


 グラモストラ城が解放軍からの奇襲を受けた日。航空隊を連絡もなしに勝手に動かし、航空支援をできなかったとして、カレンは艦隊司令部を痛烈に非難した。

 艦隊の任務は、カレンら陸上部隊の支援が主である。空母の運用テストはその上で行なうべき事項だった。


 艦隊司令部もそれは重々承知であったし、反省もしている。

 しかし、カレンの追及は苛烈に過ぎた。


 親子以上に歳は離れているし、階級も将官であるスーべレーンがかなり上。陸上部隊と海上部隊とが対等にうまく付き合うのは、元から難しいことだ。それでも、二人とも帝国軍将校としてそれなりに協調できていたのだが、それも本件の責任の押し付け合いで完全に拗れてしまった。


「まあ……中佐も、お若いですから……」


 副官の男は、そう言うだけに留める。


 彼としては、猟兵隊のカレンには上司のスーベレーンとうまく付き合ってほしいところだった。

 艦隊の失態をあげつらって、今回の軍事作戦の主導権を握ろうというのは理解できる。だが、もう少し如才ない対応をカレンがしていてくれればとも思っていた。この気難しい提督の顔を最低限でも立てるような振る舞いをカレンがしていてくれれば、もう少し副官の彼の胃は楽になっていたことだろう。


 トップ同士が拗れてくれたおかげで、艦隊と陸上部隊の調整は、心労が溜まる仕事となっていた。


 そしてこの陸海の政治闘争により、帝国軍の動きは鈍った。

 これが、グラモストラ城を騙し討ちの奇襲で奪った解放軍への報復が今日までなかった理由の一つであるし、内通の疑われたゲニキュラータ司教が首の皮一枚繋がって生き延びることができた訳もこれである。


 スーベレーンとカレンとの板挟みによる苦労を思い返し、頭痛がする思いで副官の男がこめかみに手をやっていると、ブリッジの扉が開けられた。

 入ってきたのは、この艦の整備兵だ。


「提督、ご報告が」


 入室するなりすぐさま、スーベレーンの下まできて、彼は報告を始めた。

 報告を聞き終わると、スーベレーンはやれやれとため息をついた。


「カタパルトが……またか、仕方ない。全艦に通達。竜騎兵の発艦を一時中止。エンプレスゲルトルードの艦首を、風上へ向けて前進させろ」


 スーベレーンの指示を受け、ブリッジクルーはすぐさま動き始めた。

 慣れたものだ。カタパルトの不調は、この艦が就役してから何度もあることだった。


 カタパルトで竜騎兵を射出できないとなれば、風を利用して揚力を稼ぎ、竜騎兵を飛び立たせるしかない。格闘装備であれば垂直離陸も可能な竜騎兵であるが、爆装をしているとなればその装備の重さがゆえに、空母からの発艦には気を使う必要があった。


「カタパルトは有用ですが、こう潮風に弱くては困りますな」


「参謀本部の戦技研の連中は、海を知らないからこうなる。コーティングは完璧だとか抜かしておいて、これだ。……連中に送るレポートには、改善点として強く要望しておけよ」


 言いながら、スーベレーンの視線は空へと向いた。

 空には、すでに発艦を完了した竜騎兵たちが、編隊を組むために旋回飛行を続けている。


「……爆撃編隊はどうか?」


「空中集合は順調です。現在の進捗に遅延は認められません。カタパルトが不調でも、スケジュールに問題はないかと」


「では、ドゴーラ市空爆は問題なく実行できるな」


「しかし提督……よろしいのですか? 大佐からの航空支援要請はありませんが……」


 副官の男から、今更ながらの確認のための言葉が出た。


 現在、解放軍を掌握し、カイラリィ勢力の拠点であるドゴーラ市を攻撃しようとしているキミヒコからは航空支援の要請がない。

 同市の攻略作戦はすでに進行中であり、この空爆はそれを妨害する可能性もあった。


「構うものか。この空爆は待ちに待った、猟兵隊からの正式要請だ。大佐とて、この軍事作戦の肝要は心得ていよう。彼ならばうまくやるさ」


 勝手な信頼を寄せられ、キミヒコが聞いたら発狂しそうなセリフをスーベレーンが言い放つ。


 帝国軍から海軍を独立させるのがこの男の悲願であり、空母の破壊力実証はその一助となる。そのため、キミヒコのことを評価しつつも、スーベレーンはドゴーラ市空爆に拘った。今の今まで、カレンから慎めと言われていてできなかった、都市無差別爆撃をようやく実行できるのだ。

 これで無辜の民がどれだけ犠牲になろうが、彼にとってはまったく知ったことではない。


「ふっ……見ろ。いよいよ、暗黒騎士の出撃だ」


 ふと、艦橋の窓から外をみつつ、スーベレーンがそうこぼした。


 スーベレーンの視線の先には、格闘戦装備の竜騎兵が四騎いた。それらの飛竜の後部座席には、竜騎兵の他に、漆黒の鎧を身に纏う者がいる。

 猟兵隊である。


「……猟兵隊のラペリング降下による強襲作戦ですか。無茶をするものですな」


「なぁに、中佐も若いからな。血気盛んな行ないは、若者の特権さ」


 スーベレーンはそう言って、笑うだけだった。



「チッ……反乱軍め。動きが早いな……!」


 戦闘が開始されたドゴーラ市。その城壁で、騎士が忌々しげに呟く。


 騎士デュクスの視線の先には、ここドゴーラ市の城壁を突破するべく強攻を仕掛ける軍勢がいた。自らを解放軍と称するその軍勢は、城壁の上から飛んでくる魔法や矢を恐れることなく向かってくる。

 デュクスから見て、敵の動きは侮り難いものだった。かつての解放軍とは比較にならないほどに練度の高い軍となっている。


「反乱軍全体に、あの糸が纏わりついています。確か、糸電話とかいう通信網が敷かれているはずです。それで、伝令いらずの素早い組織行動を可能にしているようです」


 デュクスの側に控える、武官が敵の素早い動きについてそう説明した。

 彼は騎士アルキテウティスの従騎士であった男だ。今は、かつての主君の弟に仕えていた。


「軍そのものが、人形遣いの操り人形ってか。トップのエミリアとかいう魔人からして、傀儡だからな。ガルグイユ人ども、シュバーデンの連中にいいように使われやがって……!」


 吐き捨てるようにデュクスは言う。


 不幸中の幸いは、悪魔の人形が戦場に投入されていないことだろう。アレがこの場に現れたのなら、それはもう、どうしようもない。

 戦況によっては来る可能性もあるのだが、この可能性はもうないものとして行動する他ない。来たら終わり。それだけだ。


「人形遣いめ……だがこうなれば、暗殺を試みた総督は正しかったのか……。人形を傍から離さないのは、暗殺の警戒もあるだろうしな……」


「しかし、プロファイリングによると、人形遣いは本気でこの島にバカンスに来た可能性の方が大きいと……」


「馬鹿! ブラフに決まってんだろ! プロファイルを作ったやつは、まんまと騙されてんだよ」


 デュクスはそう言うが、実際のところ、プロファイル作成をした人間は、良い仕事をしている。秘密主義者の人形遣いの情報をどうにか集めて、その人格と行動原理をうまく考察できていた。

 しかし、現状、人形遣いはガルグイユ人の軍勢を陰から操る黒幕のような存在になっている。カイラリィの人間からすれば、これは最初から予定された行動であるようにみえていた。とてもではないが、バカンスに来た男の行動には思えない。


「例の魔人はどこだ?」


「不明です。どこかに紛れているはずですが……」


「……奴が姿を見せるまで、俺は動けんな」


 敵の名目上のトップ、エミリアという名の少女は、戦端を開く合図をしてから姿を消していた。

 おそらくは、敵軍の中に紛れて機を窺っているのだろう。カイラリィ最後の騎士であるデュクスを狙っているのか、あるいは市内への突破口を開くためのチャンスを狙っているのか。


 いずれにせよ、デュクスはエミリアを討たねばならないと思っている。


「あの反乱軍のアイドルを始末して、この攻勢を一回でも凌げば、かなりの時間が稼げるはずだ。その時間で、王笏をどうにか島外に持ち出す手筈を整えなければ……」


 言いながら、デュクスは敵の攻撃を城壁から見下ろしている。その顔には苦渋の表情が滲んでいた。


 ……魔人め、来るなら早く来やがれ。待ってるだけってのは、性に合わねーんだよ。


 人形を戦場に投入しない以上は、あの魔人が騎士の首を取りにくるはず。

 そこを迎え撃つ。それがデュクスの予定である。


 シンプルながら、それしか取れる手立てはなかった。


「しかし……なんとも糸まみれの軍勢だ……。あれで全ての指揮系統をまかなうとは……」


 従騎士の戦慄の言葉が、戦況を見守る騎士の耳に入る。

 デュクスとしてもその意見には全く同意だった。


 敵軍にまとわりつく、あの魔力の糸。あれによって軍の組織力は格段の向上をしているらしい。あの糸によるネットワークを介することで、部隊間どころか個人間での情報の伝達・共有は一瞬で完結するという報告は受けていた。

 これは、軍事においてあまりに有用な通信技術である。それはデュクスも認めるところだ。


 敵の情報ネットワークの厄介さと不気味さについて考えるデュクスだったが、その思考は次の瞬間に霧散した。


「いかがされましたか?」


「今、見られた。あの魔人に……」


「……位置は?」


 従騎士の問いに、デュクスはかぶりを振った。


「あのエミリアとかいう魔人、一瞬、こちらに意識を向けて、すぐに外した。気取られたと察してすぐにだ。反応の鋭さからして、侮れんな」


 言って、騎士は静かに前を見据える。


 ……さて、この攻勢、どうにか凌いで、あの小娘を始末できるか……そもそも、俺は生き残れるのか。まあ、もうあとは、やることをやるしかないな。


 胸中でそんなふうに思いながら、デュクスは感覚を研ぎ澄まし、この後にやってくるであろう死闘に備えた。

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― 新着の感想 ―
キミヒコが褒められると自分のことのように嬉しく感じる、完全に作品にハマりました
こう、そういうジャンルで、どうしてもわざとらしく見えてしまうソレとは違った、実際問題「そりゃそう見えるだろ」的な勘違いがキミヒコを襲っていて楽しいですw しかもキミヒコから見れば、色々分かってなさそう…
名誉大佐昇進してしまう勢い
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