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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#30 ドントストップ・キャリーオン

「——というわけで、俺たち異世界人は教会には気を付けなければならん。まして、ルーマニア出身だとか、日本出身だとか、そんなのは口外厳禁だ。わかった?」


 異世界人についてや、アマルテアの現在の国際情勢についての説明をキミヒコがして、それを聴き終えたエミリアは重々しく頷いた。


「じゃ、そういうことで、異世界人の世渡り講義は終了。これからは今後のことだな」


 そう言って、キミヒコは語り始めた。


「メドーザ市って所は教会の直轄都市みたいな場所でな。戦火はまず及ばない。そこにある喫茶店のオーナーを俺がやってるから、お前、そこで従業員として働くといい。教会とは距離を置いてな。で、戦乱が落ち着いたなら、どこへでも——」


「待ってください」


 先程までの、エミリアの主張を聞かなかったことにしての提案に、待ったがかかる。

 それに対してキミヒコは露骨に舌打ちをする。が、彼女がそれに臆することはなかった。


「私は、この島に残ります。そして——」


「ルセリィの派閥を継いで、戦いを継続する。か?」


 今度はエミリアの言葉をキミヒコが遮る。先に言いたいことを言われたエミリアは、キミヒコに黙って頷いてみせた。


「なんでだ? はっきり言うが、帝国軍にもカイラリィにも、そして解放軍にも、正義なんぞありはしない。ていうか、この世のどこにも正義なんてものはありはしないさ。どいつもこいつも、手前勝手な都合のためにこの戦乱を利用している。ルセリィだってそうだったし、俺だってそうだ。それが普通だ」


 キミヒコの言葉を、エミリアは静かに聞いている。その表情にも、キミヒコに向ける視線にも、特に反発している様子は見られない。


「エミリア……お前は、民衆だとか兵士たちに慕われてるからな。それで、そいつらの期待に応えたいとかそんな理由なら、やめろ」


「それが理由では、不足ですか?」


「……大衆というのはな、風見鶏だ。風向きが変われば、すぐにそっちを向く。今はお前を応援している連中だって、風向きが変わればすぐに手のひらを返して、罵って石を投げてくる。だが、それを悪いとは思わない。大衆ってのはそういうもんさ。誰だって我が身が可愛い。家族だとか、誰か他人の生活に気を配れるのなら、それでもう上等な部類だ」


 おとなしく聞く姿勢のエミリアに、キミヒコは自説を展開する。


 このエミリアという少女は、市井の人々や解放軍の末端の兵士たちからは人気がある。

 単純な強さや戦場での活躍ぶり、そしてそれらをうまく宣伝したルセリィの手腕。そういったことも一因ではあるが、ここ最近、キミヒコはそれだけが理由ではないというのを感じていた。


 こいつ、民草への優しさとか戦場での強靭さとは別に、脆くて儚い雰囲気があるというかなんというか……。放って置けない危うさみたいな空気が、逆に、人を惹きつけるのかもな……。


 存外、彼女がトップに立っても、本人がお飾りに徹して、かつ、ブレーンとなる部下さえ確保できれば、うまく組織の運営はできるかもしれない。そうも考えつくが、それをキミヒコが口にすることはない。エミリアが軍に残るのをやめさせようとしているのだから当然だ。


「……だからお前や俺みたいな、この島どころかこの世界にすら縁もゆかりもない人間が、連中のために苦労する理由なんてない。不毛だ。自分の能力や時間だとかは、自分のためだけに使え。まして、血の一滴すら流してやる必要はないぞ」


 そう言って、キミヒコは話をしめた。


 エミリアは黙っている。キミヒコの理屈全てに納得したわけではないだろうが、彼女はそれを否定することもなかった。


「……前にも、似たようなことを言ってましたね。この世の中に正義は存在しないし、善人もいないって」


「そうだな。前にも言ったな」


「あなたがそう言った理由。今は、なんとなくわかります。けど……だけど……」


 エミリアはいったん言葉を切って、金色の眼光に強い意志を込め、キミヒコを見つめてくる。


「仮に、本当の意味での正義にも善人にもなれなくても、そうであろうとする行為は、()くあろうとする意思は、きっと大切な事なんです。だから、私は……」


 この世に正義はなく、善なる人も存在しない。そう言うキミヒコを否定はしないが、彼女はそこに向かう意思と行為とが大切だと言う。

 それを、キミヒコは鼻で笑った。


「軍隊に残って敵を殺すのが、善くあろうとする行為か? 正義なのか?」


「……この戦争で、いっぱい人が死んでいきました。私が好ましく思う人、嫌いな人。逆に、私を好いてくれる人、嫌う人。……どんな思いを抱えていようが関係なく、死んでいった……」


「そいつらのためだとでも? 傲慢な物言いだな」


「いいえ。死んでいった人たちのためになんて……私がしてあげられることはないでしょう。きっと。だからこれは私のため……私自身の納得のためです。みんなが、無意味に死んでいったと、そうは思いたくないんです。あなたのさっき言ったとおり、自分自身のために、能力も時間も使うんですよ」


「……仮に、仮にの話だが。お前が解放軍に残ったとして、どうしたいんだよ?」


 エミリアが意外にも頑固なので、キミヒコは話題を転換した。


「この島に、安寧を」


「……別にお前が軍に残らずとも、カイラリィの総督府崩壊は時間の問題だ。帝国軍にやらせりゃあいいだろう」


「その場合、この島に安寧は訪れると思いますか?」


 エミリアの問いかけ。その答えは、否である。

 キミヒコはこのガルグイユ島は、今後も乱世が続くだろうと思っていた。無論、絶対の予測ではないが、この島に平和が訪れる可能性は低いと見積もっている。


「……この城。トリルトカトル城は、大陸からやってきた、カイラリィの植民人が建築したものだ。知ってるか?」


 正直に自分の考えを言うのが癪な気がして、キミヒコは例え話を始めた。


「多少は。グラモストラ城とは、趣が違いますよね。この城は優美な感じがします」


「そうだな。要塞としての機能ももちろんあるが、それ以上に、外見も重視して建てられている。威圧のためだ。この島の先住民族やガルグイユ人に、カイラリィ帝国の格の違いを見せつけるためだな」


 キミヒコの言葉どおり、このトリルトカトル城は白を基調とした、美しい城である。戦で傷ついた様子もない。実際、トリルトカトル城が戦場となったのは、今回の戦乱が初めてのことだという。


「対して、お前がカレンとも戦ったグラモストラ城。あそこは、カイラリィがここにやってくる前から存在した。ガルグイユ人どもが建造した城だ。違い、わかるか?」


「あの城はとにかく実戦的な要塞でした。ここみたいに、玉座の間とかはないですし、装飾とかも最小限です」


「そう。あそこは戦争用の要塞だ。それだけの存在だ。そしてそこは、ガルグイユ人が建てた。ちなみに、ガルグイユ人が建造した城はそんなんばっかだ」


 それで、キミヒコは言いたいことを終えた。


「列強……強い存在に支配され、統一されるまで、ガルグイユ人はこの島で戦乱を続けていた。そういうことですよね?」


「そうだな」


「そして、帝国軍は、この島の支配に興味はない。つまり……」


「ま……支配に興味があったとしても、カイラリィより良いわけではない。てか、むしろ悪い。超苛烈な圧政を敷くだろうなぁ……。でも、それでも、この島の連中に統治を委ねるよりマシそうなんだが」


 そう言って、キミヒコはそれまで吸っていた葉巻をテーブルの灰皿に押し付けて火を消した。


「らしからぬ迂遠な説明ですが、キミヒコさんも、この島の未来は明るくないと、そう思っているんですよね?」


「まあ、そうだ。ガルグイユ人どもは、あまりにまとまりがなさすぎる。自力での統一なんて夢のまた夢だ。ここがいい感じのリゾート地だったのは、結局、カイラリィという外圧によってなされたものだったんだ。そうと知ってりゃ、こんな終わってる島には来なかったんだが……」


 キミヒコのその言葉に、よくわかる話だといった具合に、エミリアは頷いてみせた。


「悪い圧政者を排除すれば、それで全てが良い方向に向かうわけではないですものね」


「……実体験か」


「はい。私の故郷の独裁者……チャウシェスク書記長は排除されました。あのクリスマスの日に。それ自体は、きっと、良い事だったと思います。でも、私は……私たちのような孤児は結局……」


 悪の圧政者を打ち倒して、それでハッピーエンド。世の中、そういった事例もないではないが、そうでないことの方が多いものだ。

 エミリアは身をもって、それを体感していたのだろう。


 だから、どうにか良い方向に持っていくことができないか、それを考えている。その思考と、そしてこれから実行に移す行動が、彼女にとっての善や正義に近づく行為ということだ。


 エミリアの心算が理解できたところで、さてどうやって説得するか、諦めさせるか、それについてキミヒコは考える。テーブル上の灰皿から昇る、一筋の煙を眺めながら、思案にふける。


「いつか、私に教えてくれましたね。上に立つと言っても、自分でできないとわかってることは、できる人間にやらせばいい。あの時は、北部との交渉の全部をキミヒコさんがやってくれました」


 キミヒコが口を開く前、エミリアが言ってきた。

 どうやら逆に、説得を受けているらしい。


「私は、ルセリィさんの野心を継ぐことはできません。でも、あの人の残した派閥と、戦後の計画を受け継ぐことができれば……この島の未来も、多少は良いものにできるのではないでしょうか?」


「……ルセリィ派の組織運用を正しく行ない、解放軍の実権を手中に収め、ドゴーラ市攻略を理想的な形で片付け、島全土を支配するに足る求心力を手に入れてなおかつ、帝国軍との戦後交渉をうまくまとめる。これを全部できて、ようやく戦後復興と統治のスタートライン。ま、現実的ではないかな」


「そうは思いません。あなたが協力してくれたのなら、きっとできます」


 自信満々にそう言い切るエミリアを、キミヒコはまじまじと見つめる。

 どうも、本気らしい。爛々と金色に輝く瞳に、一切の曇りがない。


「……あのな。派閥の他の面々もそうだったけど、買い被りすぎなんだよ。俺はホワイトを——」


「ホワイトちゃんを動かさなくてもいいです。戦いは……いえ、カレンやデュクスとの殺し合いは全部、私が引き受けます」


 ホワイトを当てにするな。そう言おうとして、エミリアの覚悟を決めたようなセリフに遮られた。

 戦いではなく、殺し合い。それも、カレンとデュクスと名指しにしての宣言だ。


 初陣で錯乱していた少女も、仲間の無惨な亡骸を見つけて嘔吐していた少女も、もはやそこにはいない。戦士の顔をした女がそこにいた。


「正気じゃねぇよ……何もかも……」


「かもしれません」


「考え直せ」


「無理です」


 キミヒコは天を仰いだ。これは説得は無理そうだ、と。


 な、なんでこんなことに……。それもこれも、全部ルセリィが悪い。あいつが俺を引きこんだから、勝手に死ぬから、中途半端に天下が取れそうな席を残していくから、最期に変なことを俺に頼むから……だから、こんなことに……。


 もうここまできたのなら、キミヒコの選択肢は二つ。エミリアの頼みを聞いてやるか、彼女を見捨てて帝国軍と合流するか。


 キミヒコの理性は、どう考えても後者を選べと言っている。

 だから、キミヒコの口からは「じゃあ俺は帝国軍と合流するから。勝手にやってろバイバイ」というようなセリフが、何度も出そうになる。


 が、出ない。


 口を開いては閉じてを繰り返している。


 いや、なんで、こんな馬鹿ガキに俺が付き合わないといけないんだよ。言え、俺! 言ってやれ! 付き合いきれないって、そう言ってやれ……!


 そんな胸中の思いとは裏腹に、いつまで経っても拒絶の言葉はキミヒコの口からは出なかった。

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― 新着の感想 ―
今までこぼしてきた一つ一つがキミヒコサンの動きをとめているのかな。こういうところが魅力だし、欲しいものをしっかりとその手で掴んで欲しいと願ってしまう。
 同郷というか同世界出身だからですかね。キミヒコさん絆されちゃいそう。  それにしてもエミリアさんや。  自分の目的の為にキミヒコを不幸にするのは構わないんですかい?
大佐の地位が無くなっちゃいそうです
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