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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#27 デッド・ライト

「このような謁見になったこと、深くお詫び申し上げます。我が君」


 トリルトカトル城、玉座の間。

 行政施設というよりは要塞としての側面が強いこの城だが、城主に謁見するための空間もきちんと存在した。


 その玉座の間で、恭しく、こうべを垂れているのは騎士アルキテウティスとその手勢である。そして彼らが礼を向ける先、解放軍兵士たちが惨殺され、無惨に転がるさらにその先に、彼らの皇帝になりうる人物がいた。


「ふん……アルキテウティスか。まさか、卿が自ら押しかけてくるとはな」


 少しの動揺も恐れもなく、解放軍幹部の一人、ルセリィが言う。


「どういうつもりか? シュバーデンに勘づかれれば、私の命などすぐに消されるのだが。……もう私は用済みか? それとも、島からの脱出の目処でもたったのか?」


「我ら一同。臣として、我が君の真意を伺いに参りました」


「知れたこと。我らの偉大なる祖国、カイラリィ帝国を蘇らせる。それ以外、何がある?」


 騎士の言い分をルセリィは鼻で笑い、嗜虐的な顔のまま、思ってもないようなことを口にする。


「いかにも。国家に忠を捧げし、臣の望みはそれ一つでございます」


「では——」


「しかし、我が君。あなた様はそのようなこと、望まれますまい」


 騎士の言葉に、ルセリィは嘲りの表情を浮かべた。

 強がりでもなんでもない、心底からの侮蔑が、その顔に表れている。


「だったらどうした、痴れ者が。この私を、腕ずくで貴様ら逆臣どもの意のままにしようとでも言うのか?」


「逆臣とは心外ですな。祖国に背いているのは、あなた様に他なりません」


「ギリ家は死に絶えた。愚かな皇帝、それにその親類縁者のあのグズどもも、揃って無様にくたばった。もう、残っているのは私だけ。ならばもう、私こそがカイラリィ帝国そのものだ。そんな有様で、言うに事欠いて、祖国に背いているのは私だと? 馬鹿な言い回しだな」


 解放軍ではルセリィと名乗り、幹部の椅子に座っていたレガリクス。カイラリィ皇室最後の血族である彼女の言い草に、アルキテウティスは沈痛な面持ちをする。


 わかってはいたが、こうなるか。無理もあるまいな……。皇室の……ギリ家の暗部は、この娘には過酷すぎた……。


 レガリクスが先住民族に扮して解放軍に潜り込んだことも、彼女が祖国を憎んでいることも、アルキテウティスは承知していた。騎士として、皇室の内情を耳にすることもあったため、彼女の事情は知っているし、同情がないわけではない。


 だが、もはや、レガリクスの意思など配慮できるような段階ではない。

 正当なる皇位継承者と『カイラリィの王笏』。この二つが揃うなど、奇跡に等しい状況だ。これを見逃す選択肢など、祖国の復興を志すアルキテウティスにはない。


 このチャンスをものするべく、危険を冒して、この場に乗り込んだのだ。

 弟である騎士デュクスが、この玉座の間の外で時間稼ぎをしてくれている間に、事を済まさなければならない。


「……確かに、あなた様は帝位を継ぐ、正当なるお方だ。しかも、王笏もこの場にある」


 そう言ってから、騎士は部下に目配せをする。

 部下がその手のアーティファクト『カイラリィの王笏』を、アルキテウティスに差し出す。杖の先端の鈴がシャリンと鳴って、玉座の間に響いた。


「……それは、私が苦労して手にしたものだが?」


「回収しておきました。我が君のために」


「手の早いことだな。……それがこの城にあること、どこで知った?」


「これでも、かつてはアマルテアの大部分を支配下に置いていた大帝国の騎士ですから」


 本職ではないものの、アルキテウティスにも情報戦の心得は多少ある。シュバーデン帝国軍相手は無理にしても、解放軍に間諜を忍ばせるくらいのことはできていた。


 グラモストラ城陥落が帝国軍によりリークされ、のっぴきならない状況を理解したアルキテウティスは即座にトリルトカトル城からの撤退を決断。それと同時に、解放軍に忍ばせていた間諜を使うことにした。安易に連絡を取らず、大事に大事に温存していた間諜の使い所だと判断したのだ。


 そしてその判断は正解だった。シュバーデン帝国に奪われていた『カイラリィの王笏』が、トリルトカトル城にあるという情報を得られたのだ。そして、ルセリィという先住民族出身の解放軍幹部もこの城にいることも。


「それで、王笏と共に私を拉致して、ドゴーラ市で継承の儀か? それをやれば、シュバーデン帝国軍に私の存在が露呈して、都市の住民ごと皆殺しにされておしまい。カイラリィ帝国の完全なる終焉だな。まあ、それも悪くはないやもしれんが」


「いいえ。継承の儀式は、この場で行ないます。今日、この日、帝位は継承される」


 アルキテウティスの言葉に、レガリクスの瞳に懐疑的な感情が混ざる。


 騎士の言葉の意味がわからないのだろう。継承の儀は、帝国の重鎮、各地の有力者、国外の賓客、それらを呼べば呼ぶほど箔がつく。

 今のカイラリィなど、大陸の領土はシュバーデン帝国とゾリディア帝国で分割され、ほぼ亡国になっているようなもの。だがそれゆえに、まだ滅亡していないことを誇示するためにも、新たな皇帝の就任は内外に示す必要がある。


 少なくとも、こんな場での皇帝就任などは論外のはず。カイラリィなど滅べばいいと思っているレガリクスも、そう理解している。


「帝国復活に、皇室は必要です。ですが、それは本質的に血筋を必要とするわけではない」


「……何を言っている?」


「皇室という象徴。民草に必要なのは、帝国ここにありという(しるべ)としての存在です。その真贋など、二の次のことなのです」


 騎士の諭すような言葉を、レガリクスは黙って聞いている。

 そんな彼女の周囲を、アルキテウティスの連れてきた兵たちが取り囲む。


「このアーティファクトが証明できるのは、当代皇帝の血筋の、三親等まで。皇室の品位を保つため秘匿されていることですが、その血筋は父方でも母方でも良い」


「なんだと……お前、まさか……」


「レガリクス様の母君は、庶民の出身。ギリ家には異端の外部の血です。すでに、あなた様の母方の親類縁者は大陸で確保してあります。ギリ家の血など、一滴も流れていなくとも、あなたさえ帝位を継いでくれれば、『カイラリィの王笏』は次の帝位継承者を選定してくれる」


 アルキテウティスのやりたいことを理解したのだろう。レガリクスの顔に、焦りの色が浮かぶ。


「ギリ家は、血族以外に所領が継承されるのを嫌って、ひたすらに近親婚を繰り返してきた。その妄執を、お前は否定するのか?」


「私は祖国への忠誠を誓っています。ですが、ギリ家の『血』に対してではない。そういうことです」


「……なるほど。それも、考えようだな」


 諦観の含まれたレガリクスの言葉に、アルキテウティスは恭しく頷き、兵に目配せをする。

 レガリクスの両脇に立つ兵が、「失礼致します」と言って、彼女の手首と肩に手をやり、拘束する。抵抗はない。


 そして、継承の儀式が始まった。


 玉璽も帝冠もない。かつては列強の一角に名を連ねた、カイラリィ帝国の新皇帝の就任式にあるまじき、略式にもほどがある継承の儀である。

 しかし、儀式の肝心要であるアーティファクトはここにあった。


 アーティファクト『カイラリィの王笏』に、現皇帝として血の登録がなされれば、皇位の継承は完了できる。

 帝国騎士アルキテウティスが祭司を代行し、彼の連れてきたわずかな手勢が参列者となり、新たな皇帝は玉座の前で王笏を無理やり受け取らされる。王笏はそれでも儀式の完遂を認識するのだ。


「継承させてから私を殺し、この王笏をどうにか島の外へと持ち出し、私の親類から新たな皇帝を戴く。そして、トムリア・ゾロア連合王国かゴトランタ共和国あたりで亡命政府でも作る。貴様の予定はそんなところか」


 腕を掴まれ、手のひらを無理やり開かせられ、その手に王笏を握らされながら、レガリクスが言う。

 然るべき場で、継承の資格ある女の手に渡されたことで、アーティファクト『カイラリィの王笏』は、その先端の鈴を嬉しそうに鳴らした。


「ご明察です」


「そうそう、うまくいくものかよ……」


「確かに、シュバーデンの暗黒騎士どもを出し抜くのは容易ならざることでしょうな。しかし、皇帝になる気もないあなた様を、奴らから隠し通したうえにこの島から脱出するなど、ほぼ不可能です。まだこちらの方が可能性があります」


 言いながらも、騎士は儀式を続けていく。

 レガリクスの会話に応じているのは、一時のこととはいえカイラリィ帝国を継ぐ者への敬意か。あるいは、彼女の境遇への負い目か同情か。


「ふ、ふふふ……過信は綻びの元になる、か。あの人の言ったとおりだ。調子に乗ってしまったのか、私は」


 その手に握らされている、鈴の音を鳴り響かせる王笏を見つめながら、レガリクスが言う。

 シャリシャリと響く鈴の音が止む時が、帝位継承完了の合図だ。今から王笏を手放しても、それは変わることはない。


「皇帝とギリ家の血族、どいつもこいつも死んで清々した。でも、どうせなら、この手でやりたかった……。だから、せめてこの島の残党どもを、私の目の前で、私のこの手で、血祭りにあげてやろうと……私は……」


「心中お察しします」


「それが終わってからどうしようなんて、考えてしまった。このアーティファクトさえなければ、シュバーデン帝国軍も、私を探せない。祖国の完全崩壊をこの目に入れて、それで心の区切りをつけて、その後の人生のことなんて、考えてしまったから……」


 悔恨の言葉を呟くレガリクスをよそに、鈴の音が止まった。アーティファクトの儀式は完了したのだ。


 この『カイラリィの王笏』の発動条件は、それほどの縛りはなかった。隕石を呼んだり、時を止めたり、そんな無茶苦茶な効果を持っているわけでもない。特定の血筋を判別し、自らの所有権を移す。ただそれだけのアーティファクトだからだ。


 発動の条件は、三つ。継承者に儀式の発動を認識させること。この儀式を認識する参列者が三人以上いること。所有権を持つ者、あるいは所有権の保持者が死亡している場合には、参列者が認める祭司が、継承者にこのアーティファクトを手渡すこと。これだけだ。

 アーティファクトの使用条件によくある、天文学的な要素や生贄などは必要ない。


 それゆえに、いとも簡単に儀式は完了し、アーティファクト『カイラリィの王笏』は新たな所有者を得て、ここに新たな皇帝が誕生した。

 領土も臣下もなく、祖国や帝位からなる矜持もないこの皇帝は、すぐさま殺されそうになっている。


 騎士アルキテウティスが、その手に騎士武装であるグレイブを、兵に拘束されたままの皇帝の胸元へと向けていた。


「過信による綻び……過信、か。卿も過信には気を付けることだな」


 突きつけられた刃など気にも留めずに、皇帝レガリクスは言う。先程までの独白のような言葉でなく、それは明確に、眼前の逆臣に向けられている。


「……ご忠告、痛み入ります」


「ふふ……本当に理解しているのか? 今、まさに。貴様にとって、この状況は都合が良すぎるのではないか? こういう時ほど、気を付けないと……な」


 皇帝の言葉に、騎士は応えることはなく、その手の武器をゆっくりと前へと突き出していく。

 騎士の魔力と、騎士武装に内蔵された魔核晶。この二つの相乗効果により強化された刃は、童女の姿をした皇帝の胸へとスルリと入っていく。


 そんな状態にあっても、皇帝レガリクスは不敵な笑みを携えていた。その小さな口から血を溢しながらなお、嘲笑を浮かべていた。

 アルキテウティスがそれを不審に思いながら得物を引き抜くと、彼女は咳き込みながら吐血し、その場に倒れ伏した。


 心臓に傷をつけてはいないため即死ではないが、致命傷だ。


 即死させないのは、カイラリィ帝国騎士としての慣例によるものである。皇室内での政争により、皇族の処刑を任されることも騎士にはあるが、首をはねたり心臓をひと突きにして死傷させるのはタブーとされていた。


 ……即死はしていないが、時間の問題だな。そろそろ、反乱軍も態勢を立て直す頃合いだ。デュクスと合流せねば……。


 一仕事を終え、あとはアーティファクトと共に、弟と脱出するのみ。騎士による強襲を受け、一時的な壊乱状態の解放軍とはいえ、そろそろ態勢を整える頃合いだ。急ぎ脱出をする必要がある。


 そう思いながら、床に転がるアーティファクトに手を伸ばすと同時。パキッ、という音が、アルキテウティスの耳に入る。何かが割れたような、そんな音だ。

 音のした方向へ意識を向ければ、配下の兵の一人が、顔を上に向けている。つられて天井を見るが、特に異常はない。


「おいどうし——」


 兵の一人が、不審な状態の兵の肩に手を置き、何事か問いかけようとして、途中で言葉を失う。


 上を向いたままの彼の目と鼻の穴から、おびただしい血が流れ出したのだ。肩にやっていた手が慌てて引かれると、兵士はうつ伏せに倒れ込んだ。

 床に倒れ込んだことで、彼の後頭部が、周囲の目に晒される。兵の後頭部は、頭蓋骨が割れて、グチャグチャになった脳漿が露出していた。


「敵だ。全員抜剣せよ」


 平坦な声色で騎士が言うと、兵たちはすぐさま陣形を組んで戦闘態勢に移行した。


 いったい、この敵はどこからやってきて、いつの間に一人を屠ったのか。それらは不明ではあるものの、敵の正体についてアルキテウティスには見当がついていた。

 他の兵士たちも同様なのだろう。油断なく周囲を警戒する彼らの額には脂汗が滲んでいる。


 グチャリ……グズリ……、と耳障りな音がこの場の全員の耳に入ってくる。音の発生源は、倒れた兵の後頭部だ。

 音がするたび、割れた頭蓋から脳が溢れる。ベチャベチャとした音を鳴らして、頭の中身が落下し続け、しばらく。何かが頭蓋から出てきた。


 手だ。


 子供のように小さい手が、女のような細い指をムカデの脚のように蠢かせて、頭蓋から這い出てきた。おそらく、真っ白な色であったろうそれは、血と脳漿とで、不快な色に彩られている。


 今まで響いていた粘質な音とは対照的な、コトンという硬質な音を立てて、手が床に落ちた。

 それと同時。糸が、玉座の間を覆わんばかりに広がる。


 「ヒッ」と、恐怖の声が場の誰かから漏れ出る。それだけこの糸からは、不快で恐怖的な何かが感じられた。


 過信は綻びの元……か。レガリクス様の言うとおりだな。少々、事がうまく運びすぎたか。だが、ここを切り抜けねば……せめてアーティファクトだけでも持ち出さなくては……!


 敵の位置がわからないため下手には動けない状況で、騎士はどうにかこの場を切り抜けようと心に決める。


「兄貴ッ!!」


 玉座の間の扉を乱暴に開けて踏み込んできたのは、アルキテウティスの弟、騎士デュクスだ。

 敵は、騎士といえども容易ならざる難敵である。それを知っていても、迷うことなくこの場に突入してきた弟にアルキテウティスの心に活力がみなぎる。


 「デュクス、良く来てくれた」、そう言おうとした刹那だった。頼もしい弟が来てくれたことに安堵した、一瞬の隙だった。

 トン、と。自身の体の側面三箇所に、軽い衝撃があることをアルキテウティスは知覚した。


 即座に顔を横に向ける。

 金色の瞳二つと、目が合った。


 ゾッとするような美貌の、白い顔。サラサラと流れるような、白亜の髪。底知れぬ威圧感を放つ、金色の瞳。

 恐怖と絶望が具現化したかのような存在が、目と鼻の先にいた。右手と両足を、アルキテウティスの身体に当てて取り付いている。


 騎士は、己が死を悟った。が、それでも身体は反射的に動く。

 至近距離まで詰められており、長物であるグレイブは振るえない。だから、得物は即座に手放し、腕で振り払おうとする。それは、この状態において的確な判断ではあったが、無謀でもあった。


 白い自動人形は、身体をバラして四散。アルキテウティスの横なぎに振るわれた腕は空を切った。

 その一瞬の後に、アルキテウティスは右腕を半ばから切断される。四散した人形のパーツによる攻撃だ。


 腕の裁断面から血が噴き出るよりも前。その刹那の間に、さらなる攻撃の予兆が騎士の目の端に映る。即座に後ろに跳ぶと、騎士の脚を狙った人形の右手パーツが左大腿の半ばまでを抉っていった。

 脚の切断は免れたものの、アルキテウティスは受け身を取ることもできずに、床にその身を打ち付ける。右腕の切断面と、深く抉れた大腿から、血が噴き出た。


 ……この出血……腕は止血できそうだが、脚の方は致命的か。大きい血管がやられたらしいな……。


 危機的状況にあっても、アルキテウティスは冷静だった。だが、それだけで事態は好転しない。

 カチャカチャと軽い音を立てながら、人形が四散したパーツを合体させて人型を形成している。初手で、兵の後頭部を抉ったらしい左手もいつの間にか回収していた。


 もはやこれまで。悪魔の人形がこちらに向き直り、アルキテウティスはそう思った。


「うわああぁあぁ! カイラリィ帝国万歳!!」


 死を覚悟した騎士の耳に、そんな絶叫が響き渡る。


 アルキテウティスが連れてきていた、歴戦の兵士たち。本国が落とされてなお、祖国復興を諦めずに、この島にまで渡ってきてくれた忠臣たち。

 そんな彼らが、口々に「カイラリィ帝国万歳」と叫びながら人形に向かっていく。死を覚悟の特攻だ。


 彼らは死を前提に突撃し、順当にそのとおりになった。


 手刀で首をはねられ、貫手で胴を打ち抜かれ、人外の膂力でもって支柱に叩きつけられ、兵士たちは無惨にその命を散らす。

 だが、犬死にではない。


「こんの、バケモノがぁ!!」


 もう一人の騎士、デュクスが駆けつけるのが間に合った。


 デュクスは兄の下へと駆けつけるなり、彼の騎士武装であるメイスで、人形に向けて一撃を加える。

 人形はそれに直撃して、バラバラになって吹っ飛んだ。だが、それごときの攻撃で、あの悪魔を倒せるはずもない。自身に絡みつくように蠢く魔力糸に冷や汗を流すデュクスなどは、特にそう思っているだろう。


 デュクスは四散した人形のパーツ群を油断なく睨みつけながら、足元に転がるアーティファクトを、玉座の間の入り口の方へと蹴り飛ばした。


「王笏を持っていけ!! 時間は稼ぐ!」


 配下の兵に、デュクスはそう怒鳴りつける。

 入り口に立っていた兵は一瞬の逡巡の後に、足元へと滑るように転がってきたアーティファクトを手に取り、この場から走り去っていった。


 それを見届けてから一息をつく間もなく、人形が動いた。パーツを合体させて人型になってから、デュクスに向かって突っ込んでくる。


「兄貴! いつまで寝てんだよ! さっさと起きて、ズラかるんだよ!」


 人形の攻撃をどうにかいなしながら、デュクスが叫ぶ。


 デュクスは若いながらも、カイラリィ騎士の中では上澄みと呼べる実力者だ。その彼をもってしても、人形と戦えているとは言い難い。次々と繰り出される人形の攻撃を、メイスで弾くので精一杯で、いつ殺されてもおかしくない。


「デュ、デュクス……」


 兄と共に、騎士二人がかりで挑んでも勝負にすらならない。かつて自らそう評した敵を相手に、弟は一歩も引かない。兄を助けるためだ。

 弟の奮戦に、アルキテウティスはどうにか応えようと脚に力を込めるが、立てない。抉れた大腿から血がいっそう噴き出るだけだ。


「逃げろ……デュクス……」


「おう! 一緒に逃げるから、さっさと起きてくれよ! なあ!」


 デュクスの悲痛な叫びと同時、人形が動く。


 左肘の関節を外してから、本体がデュクスの方へと突っ込み、残る右腕で手刀を繰り出してくる。凶悪かつ悍ましい魔力を纏う人形の手刀は、生身で受ければ、魔力で防御した騎士でも致命傷だ。騎士武装に魔力を込めて、適切に受けなければ命はない。


 分離させた左腕を警戒しつつも、デュクスは人形の手刀をメイスで弾く。その直後に、人形の左腕のパーツが、デュクスの右後方より飛来。

 元よりこの手の攻撃は警戒していたため、デュクスは危なげなくその攻撃もメイスで弾ける。そのはずだった。


「な……!? この、離しやがれ!」


 飛来した人形の手は、デュクスのメイスに取り付いて離れない。先端の部分を手で掴まれてしまっている。

 それをデュクスが振り解こうとする前に、人形の本体の方は再攻撃の構えだ。


 舌打ちしてから、デュクスは左手に取り付かれたままの状態で、向かってくる人形にメイスを振るう。そのメイスを、人形は肘から先のない左腕で受けた。

 カチャリ、と音がして人形の肘から先とメイスに取り付いていた左腕が結合した。左腕で、騎士の武器は完全に受け止められてしまう。とんでもない力で掴まれて、もはや引くも押すもできない。


「やべー、トチった……。すまねぇ兄貴」


 そうぼやく騎士の得物に、さらに人形が右手を重ねる。

 その小さな手に似つかわしくない凶悪な握力で、騎士武装の魔核晶が握りつぶされた。武器の核となる部位を破壊されたことで、デュクスのメイスはボロボロと崩れていく。


 丸腰になったデュクスは、観念したように眼前の死神を見据える。敵にトドメを刺さんとあの悍ましい魔力糸を手に集中させる人形の姿が、デュクスの目に映った。


 このまま八つ裂きにされるのだろうと、デュクスが顔を引き攣らせていると、唐突に彼のすぐそばを閃光が走った。光は人形の頭部に直撃し、首から上を吹っ飛ばす。

 カランカランと、人形の頭部が転がる音が響いた。


「兄貴……!?」


 デュクスが光の来た方を見れば、青い顔をした兄の姿がある。騎士武装のグレイブの先端は人形に向けられ、刃には魔力の残光が煌めいている。


 殺される寸前であったデュクスは九死に一生を得た。だが、それは人形が無力化したからではない。首から上がなくなっても人形の行動に支障はなかった。彼の命がつながったのは、ターゲットが移ったのが理由だ。


 人形は、騎士武装を失ったデュクスでなく、半死人のアルキテウティスを先に殺すことにしたらしい。人形の体は、首から上がない状態のまま床を蹴って、アルキテウティスの下へと跳ぶ。


「デュクス! それを持って逃げろ!」


 そう叫んで、アルキテウティスは自身の得物、騎士武装のグレイブを弟の方へと放り投げた。


「私のことはいい! 早くこの場から——」


 脚と腕からの出血による血溜まりの中、弟に向けてのアルキテウティスの言葉は途中で途切れた。

 人形が、アルキテウティスの下までやってきて、彼の胸にその白い手を突き刺したからだ。


 グレイブを受け取ったデュクスは咄嗟に兄を助けに入ろうとして、止まった。兄の鋭い眼光に射抜かれたのだ。


 アルキテウティスは胸を貫かれ、血を吐きながらも、弟を見据えたままだ。何事か伝えようと口を動かすが血包を吐き出すばかりで、デュクスには伝わることはない。


 兄のそんな様子に、デュクスは何か言おうとして、グッと言葉を詰まらせる。

 ただ黙って、兄に向かって頷いてみせてから、彼はこの玉座の間から走り去っていく。人形がそれを追うことはなかった。


 死を迎えるばかりのアルキテウティスは、弟がこの場を脱することができそうなことに、若干、安らかな顔をする。

 祖国の未来を託せたからではない。歳の離れた弟が、この修羅場を脱したことが、顔に出たのだ。


 すまない……逃げてくれ、デュクス。祖国のことはもういい。もう……いいん——。


 そこまでで、騎士アルキテウティスの意識は途絶えた。頭のない人形が、彼の頭を踏み潰したからだ。


 頭蓋を潰され、騎士は明らかに死んだはずだが、人形は無意味な追い打ちを加える。

 うつ伏せ状態の騎士の身体を蹴り飛ばし、仰向けにひっくり返した後に胸部を踏み躙る。肋骨が砕け、心臓が踏み潰された。その後も執拗に、何度も何度も騎士の亡骸を踏み躙り続ける。骨の砕ける音、血が飛び散る音、空気を含んだ肺腑が破裂する音が、玉座の間に響き続けた。


 この凄惨な殺戮劇の主演、殺人人形の身体はそんな調子だったが、床に転がる首から上の様子は違った。その金色の瞳は、血溜まりの一角で倒れ伏す、カイラリィ帝国最後の皇帝に向けられたままだった。

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― 新着の感想 ―
おおう、ルセリィ退場は予想してたようなしてなかったような不思議な気分 ホワイトは美しいから死神として映えますね
一気に話が進んでルセリィも死にそうでもう何がなんだか… せめてエミリアだけでも助かって欲しいけどルセリィ死んだら諦めちゃいそうで怖い
V固めかと思ったら黒本まで出てきて笑いを我慢できなんだ
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