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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#25 フレンド・トゥ・フレンド

「カレン・ウォーターマン……。私は、彼女を斃せなかった」


 解放軍により占拠されたグラモストラ城の、とある一室。この部屋は解放軍幹部のために用意された病室である。

 その病室のベッドに横たわりながら、エミリアが呟いた。


「まあ、気にするなよ。あれであいつも、結構なやり手だからなぁ」


「彼女も私を殺せなかった……ううん、違う……殺さなかったんだ……」


 見舞いにきたキミヒコがなだめるように言っても、彼女は上の空だ。


「残忍で悪辣な、最低の敵だと思っていたのに……中身は、普通の女の人だった。……あの人、ただ、普通の……」


「……何を言っている?」


 キミヒコの言葉に、エミリアはかぶりを振って俯くだけだ。


 先程にルセリィと会った後に、負傷したと聞いているエミリアの見舞いにきたキミヒコだったが、どうも彼女の様子がおかしい。

 帝国軍やカレンに対して、あれだけ敵意があったのに、すっかりしおらしくなっていた。


「カレンが普通の女? なんだ、ここであいつと戦ったと聞いてたけど、お茶会でもしてたのか?」


 茶化すようにキミヒコが言うが、エミリアの反応は芳しくない。額に巻かれた包帯をいじりながら、彼女はぼんやりしている。


「はぁ……。実際、どうしちゃったんだよ? カレンのこと、ぶっ殺してやるみたいに意気込んでたくせにさ」


「……戦って、剣で、頭に攻撃を受けて——」


 キミヒコに聞かれると、エミリアはとつとつと語り出した。


 彼女が言うには、一対一での戦いの最中、カレンの過去を見たのだという。そして、カレンも、エミリアの過去を見た。

 そんな、突拍子もないことを説明され、キミヒコは閉口する。


 何言ってんのこいつ? 額の傷、もしや脳までいって、錯乱でもして……いや……。


 エミリアの錯乱による妄想を疑ったキミヒコだったが、一つ、思い至ることがあった。


「……カレンの記憶を見たと言ったな? それと、お前自身の記憶も」


 キミヒコの確認の言葉に、エミリアは小さく頷いた。その目には確かな理性がある。


「他は?」


「……他?」


「たとえば、見覚えのない光景とか……この先に起こりそうなこととか」


 キミヒコの言うことに、エミリアはよくわからないという顔をする。


 ホワイトは……騎士オルレアと戦った時に、あの騎士と精神世界に入った。そこで、オルレアの過去と、自身の未来を観測した……。あれは、騎士アンビエントの精神魔術の影響でなく、異世界人の特性によるものだとすれば……。


 キミヒコとホワイトは、異なる次元からの来訪者である。この世界の時空の法則からは外れた存在だ。それゆえに、過去や未来の事象を、夢のような形で稀に観測することがあるらしい。

 キミヒコ自身にあまりそういった実感はないが、ホワイトからはそう説明されている。


 そしてそのとおりならば、同じく異世界人であるエミリアにも、その特性は備わっているはず。

 だから、エミリアに未来を見たか、などとキミヒコは問いかけた。だが、彼女の反応を見るに、どうやらそういったものを彼女は見なかったようだ。今回の事象では、過去だけを観測したのだろう。


「まあいい。……カレンの何を見たのかは知らんが、あいつのことは忘れろ。共感も憐れみも、あの女には必要ない」


「どうして……?」


「そういう人間だからだ。割り切りが良すぎるのさ。必要に応じて、人間からマシンに変貌できる。あいつの爺さんも、そうだった」


「お爺さん……」


 キミヒコの言うことに納得していなさそうなエミリアだが、妙な部分に食いついてくる。

 カレンの祖父、ウォーターマン将軍について、何か思うところがあるらしい。


「ああ。前に俺が傭兵仕事をやったヴィアゴル戦役で、シュバーデン帝国の侵攻軍司令だった将軍だよ。つまり、俺の元雇い主」


「どんな人なんです?」


「冷酷な戦争マシン。必要なら、どんな残酷な作戦でも実行できる。顔色ひとつ変えずにな」


「……本当に、それだけの方なんでしょうか?」


「ま……あくまで、軍人としてはそうだったって話だ。プライベートでは、結構普通な感じの爺さんだな。うん。孫娘には甘いし」


 キミヒコがウォーターマン将軍について教えてやると、エミリアは「やっぱりそうなんだ」と言って俯いてしまった。

 彼女の相変わらずの変な調子に、キミヒコは肩をすくめる。


「あ。そうだ。見舞いの品があるんだよ」


 言って、キミヒコは持ってきたバッグから紙袋を取り出した。

 キミヒコの見舞いの品と聞いて、エミリアがそれを胡乱げな目で見つめる。


「なんですか、それ……」


「薬。朝昼夕で食後に飲め。入っているスプーン一杯で一回分だ」


 簡潔に用法を説明してから、キミヒコは紙袋ごとエミリアに薬を投げ渡す。

 それを受け取り、エミリアが中身を取り出してみる。白い散剤の入ったビンと、金属製の匙が、紙袋の中から現れる。


「……なんの薬ですか? 私、額に怪我はしてますけど……」


「抗生物質だ。そのデコの切り傷、膿んだらヤバイぞ。場所が場所だからな。……一週間分ある。傷が治ったように見えても、全部飲みきれ」


「抗生物質……?」


「細菌を殺す薬だよ。……お前、身体は頑健だが、内側は常人と同じらしいからな」


 そう言って、細かい服用方法の説明をキミヒコは始める。服用して多少腹を下すこともあるが基本的には飲み続けた方が良いだとか、もし蕁麻疹が出たりしたら服用を中止しろといった内容だ。


 こいつ、身体は異常に丈夫だけど、内臓とか免疫系は普通っぽいからな。島に来た当初は、水に慣れなくて腹を下してたらしいし。


 相変わらず、自分以外の異世界人の特徴についてを頭の隅で考えながら、薬についての説明を終える。


 キミヒコの用意した薬に、エミリアは一瞬だけ嬉しそうな顔を見せた。が、その表情もすぐに悩ましげなものへと変わる。


「心配してくれるのは素直に嬉しいんですが……私のこれ、化膿とかしてないですよ」


「予防用だよ。苦いだろうが我慢しろ」


「……先の戦闘の負傷で、私よりもこの薬を必要とする人が——」


「ガタガタうるさいな。これはお前用に調達したんだよ」


 そこまで言って、エミリアはようやく受け取る気になったらしい。伏し目がちに「ありがとうございます」と礼を言う。


「でもこれ、高いんじゃないですか……?」


「その一週間分で、家が建つ。大事に飲めよ」


 別に恩を着せようとしたわけではない発言だったのだが、エミリアはギョッとしてその手の薬を凝視した。


「それと、包帯とシーツは毎日取り替えろ。ていうかその包帯、いつのやつ?」


「昨日、軍医の方に巻いてもらいましたが——」


「ホワイト。替えてやれ」


 キミヒコが言うと、そばで控えていたホワイトが「はいはい」と気のない返事をする。そうしてから、エミリアの頭に巻かれた包帯をほどき始めた。

 人形の小さな手が、エミリアの頭部に巻かれた包帯を、スルスルとほどいていく。


「包帯とか衛生用品も新しいやつを発注しておく。他の負傷兵に分けてやろうとか、考えるなよ」


「はい……」


「その辺の負傷兵と同じようなことはするな。包帯は使ったら捨てろ。使い回すな。渡した薬は軍医にも見せずに隠しておけ」


 キミヒコがそこまで言ったところで、エミリアの包帯が完全に取れた。

 出血の跡が残る白い布が取り払われたその下には、横に走る裂傷とそれを縫い合わせた跡がある。


「……その怪我、まだ痛むか?」


「問題ないです。みんな、大袈裟なんですよ……」


「……その傷跡は、一生残るぞ」


「……それが……どうしたっていうのよ……」


 露骨に落ち込んだ顔をするエミリアに、キミヒコは言うんじゃなかったと後悔した。エミリアとて、歳頃の少女である。顔に傷跡が残って、なんとも思っていないはずはない。

 このままいつものように、戦争から足を洗ったらどうか、とも言いそうになったが、それは抑える。


「あの……ルセリィさんはどうしてます?」


 エミリアがおずおずとそんなことを聞いてくる。


 ルセリィはもうすでにこのグラモストラ城にはいない。ここに来て、いの一番にエミリアの見舞いに来て、その後にアーティファクトを回収して、今度はトリルトカトル城へと向かっている。


 解放軍は現在、二手に分かれているのだが、こちらのグラモストラ方面軍は順調だ。城をこうして奪取したうえに、懸念材料の帝国軍は静観の構え。ついでに、帝国軍への供物を用意するための陰謀も、ほぼ完了した。カーリー派の人間たちはすでに、適当な理由をでっち上げられて拘束されている。


 対して順調でないのは、トリルトカトル方面の軍である。

 助攻として位置付けられているこちらの方面軍だが、トリルトカトル城の守備に就いていたカイラリィ勢力の軍を取り逃がしてしまったのだ。


 おおかた、帝国軍からのリークでもあったのだろう。グラモストラ城の陥落をすぐさまに察知し、即座に彼らは城を放棄して撤退。追撃も間に合わず、すでにドゴーラ市に入ったものと見られている。

 おかげで、ドゴーラ市を速攻で落とすのは、かなり難しくなった。


「もうここを出て、トリルトカトル城に行ったよ。あっちはうまくいってないからな。主攻と助攻で軍を分割したが、結局は合流させないといけなくなったから、その調整のためだ。……戦争ってのは全てが順調とはいかないもんだし、しゃーないな」


「私も——」


「アホ言ってないで、しばらく寝ておけ。トリルトカトル城は解放軍が完全に制圧した。あいつだけでも問題ない。やることは各派閥の利害関係の調整とか、お前さんの嫌いな政治仕事だけだ」


「……ルセリィさん、この城に来て、最初に私の所に来ました。本当は……別にしたいことがあったはずなのに」


「アーティファクトの回収のことか?」


 キミヒコの言葉にエミリアは目を丸くした。キミヒコが、アーティファクト『カイラリィの王笏』の件について知っているとは思っていなかったらしい。


「俺が何も知らんと思ったか? ま、安心しろよ。ブツは回収して、俺の方から渡しておいた」


 続くキミヒコの言葉、ルセリィの望みがとりあえず叶ったらしいことに、エミリアは安堵のため息をつく。

 その様を見て、キミヒコはやれやれと首を振った。


「エミリア。お前、あれがいったい何のための道具で、どうしてルセリィが欲しがっていたか、知ってるか?」


「いえ……私は、頼まれただけだから……」


「……理由も知らずに、言うことを聞いて戦って、病院のベッド送りか」


「いけませんか?」


「別に。個人の自由だし、軍組織の歯車としては上等だよ。それに……ま、俺にとってはどーでもいいことだし、な」


 キミヒコがそこまで言うと同時、エミリアの包帯の交換が完了した。

 解放軍で一般的な普通の包帯よりも、より清潔な包帯だ。滅菌処理がきちんと施され、真っ白な汚れひとつない包帯が、人形の手によってエミリアの額に綺麗に巻かれている。


 エミリアが「ありがとう、ホワイトちゃん」と礼を言うが、人形は相変わらずだ。彼女の礼などなかったかのように無視して、キミヒコの横に寄り添う。

 その様子を見て、エミリアは苦笑する。人形のこうした態度には、もう慣れたものだった。


「えと、その、キミヒコさんもありがとうございます。包帯も、薬も」


 今度は自分に向けられた感謝の言葉に、キミヒコは「ん……」とだけ返す。

 あまり、感謝されることに慣れてなさそうなキミヒコの反応に、エミリアはくすくすとおかしそうに笑った。

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― 新着の感想 ―
エミリアが精神的に落ち着きを持てて一安心です。これが好転のきっかけになれば…往々にしてそうならないのがこの世界なんですけどねぇ。キミヒコもっとガンバるんだよ!
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