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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.1 恩寵のフロストドール
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#16 死出の思い出

 ゾロアート市衛兵庁舎。その一室でキミヒコは取り調べを受けていた。


「貴様、いつまで黙っている! なんとか言ったらどうなんだ!」


 尋問担当の職員が怒鳴り散らす。


 ……おかしい。こんな予定じゃなかった。


 今、この場に騎士ヴァレンタインはいない。それどころかホワイトもいない。

 衛兵たちの誘導は巧みなもので、庁舎に到着するなりあれよこれよと言われるうちに分断されてしまった。


「……」


 この状況になってから、キミヒコはなにを言われても黙秘を続けていた。


 キミヒコは保険をかけていた。ホワイトは別室で待機しているが、実は連絡手段は絶っていない。

 それに、ヴァレンタインともいったんは分断されたが、騎士の約定がある。本当にまずいことになるような事態は防いでくれるだろうという目算もあった。


 だから、状況が変わるまで言質を取られぬようにひたすらに黙秘を続けた。尋問官がどんなに声を張り上げようが素知らぬ顔だ。


 ……こんなこと、前にもあったな。


 こんな状況の中、キミヒコは昔のことを思い出す。昔といってもそれほど前ではない。半年ほど前のことだ。


 大学受験を諦め、高卒で就職した会社。両親は援助などしてくれるはずもなく、安月給でこき使われていた、あの会社。


 あの段階においては、キミヒコはそれなりにまともで大人しいたぐいの人間だった。顔も悪くはないし、スパルタ教育の影響かどことなくエリートっぽい雰囲気もあったので、モテたりもした。両親からは見放されたが、勉学のストレスからは解放されたことで自由を謳歌していた。


 キミヒコのそんな生活に変化があったのが、半年ほど前のことだ。横領事件である。


 経理関係の人間が慌ただしくしているなと思うくらいで、最初は他人事だと思っていたキミヒコだったが、あるとき直属の上長に呼び出された。呼び出し先では、社長やら専務やら常務やら、そんな肩書きの人間がずらりと並んでいた。


 お前がやったんだろう。開口一番、そう言われた。


 無論、キミヒコは横領などしていない。どれほどの金額がなくなったのかも知らなかったし、そんな事件になるほどの大金を動かせる立場の人間でもなかった。


 キミヒコは身の潔白を主張したが、それに対し会社側はこう言った。

 お前が会社の印鑑と白紙伝票を持ち出して、不正な払い戻し請求を銀行で行い、会社の金を着服したんだ。実家が弁護士だから、こういった手口に詳しいのだろう。証言もある。


 濡れ衣だと、信じてくれと、そう必死に訴えたが聞き入れられることはなかった。いったい誰がキミヒコが犯人だと証言したのかもわからない。


 結局、事件は表沙汰になることはなかったが、キミヒコは懲戒解雇され路頭に迷うこととなった。懲戒解雇では失業保険もなかなかつかないし、再就職も容易ではなかった。


 ……嫌なことを思い出してしまった。俺はもう、誰の言いなりにもならない。あんなことはもうこりごりだ……。


 苦い記憶に顔を歪ませつつ、キミヒコは決意をあらたにする。今度こそ切り抜ける。今度は一人じゃない。唯一絶対の味方が、キミヒコにはいる。


「ちっ、だんまりか……」


 いつまでも黙ったままのキミヒコに舌打ちして、懐に手を入れる尋問官。取り出された手には、葉巻が握られていた。手慣れた仕草でマッチを擦り、葉巻に火を付け、煙をふかす。


 今まで黙秘を貫いていたキミヒコが、それに反応した。


「おい、葉巻を吸うなら、外で吸ってくれ」


「あん? やっと喋ったかと思えば、なんだその態度は」


 尋問官はキミヒコの抗議に耳を傾けることなく煙をふかし続ける。

 煙が、キミヒコの目の前で、ゆらゆらと揺れる。


「やめろ、やめろ……やめてくれ……」


「ん? どうした……?」


 キミヒコの様子がおかしいことに気がついた尋問官が、心配するような声をかける。

 どうしたと聞かれても、どういうことだかキミヒコにもわかりはしなかった。とにかく煙が嫌だった。


「おい、本当にどうした? 腹でも痛いのか?」


 尋問官は心配しているらしいが、やめろと言われた葉巻は火がついたままだ。煙がその先端から立ち上り続ける。


 キミヒコが煙を見たとき、最初にあったのはちょっとした違和感だけだった。後頭部あたりに、なにか力が込められてような、そんな感じがしていた。それだけだった。

 煙がなくならない状態でしばらくして、今度は自身の口からカチカチという音が聞こえることに気が付いた。寒いとは思わないのに歯の根が鳴っている。

 どうしたことだろうと、口元へ手を持っていこうとして、またおかしなことに気がつく。手が震えて思うように動かせない。手だけではない。足も震えている。


 まずいと思って立ち上がろうとしたが、立てない。椅子を倒してキミヒコは倒れ込んだ。


 ……なんだ、これは。病気かなにかの発作なのか。


 キミヒコ自身は相変わらず寒いとは思わないが、手足が凍えたような、血が巡っていないかのような感覚がして意識が遠のいていく。


 そうして視界に靄がかかり、真っ暗になった。


 どれほどの時間がたったか定かではないが、しばらくして靄が少しだけ晴れて、辺りを見渡せるようになる。


 視界に映るのは、安アパートのボロ部屋。自分の部屋だ。視界いっぱいに煙が満ちている。

 畳の上に七輪が置かれ、そこから煙が立ち上っている。窓枠にはガムテープが貼られ、完全に締め切られていることで、煙が充満しているらしかった。

 ひどく眠い。眠ってしまいたいが、このままではまずい気もする。だが、もう、動けない……。


――何を望む?


 ……ああ……そうか、思い出した。俺、死んでたのか……。自分で自分を……。それで、俺は、願いを、望みを……。俺はいったい、何を願った……?


 轟音が鳴り響き、キミヒコはハッとする。目に映るのはボロアパートの一室の光景ではなく、衛兵庁舎の尋問室だ。

 どうやら意識を失っていたらしい。先程の夢が、まだ脳裏にこびりついて離れない。


「貴方ッ!」


 声の方を見れば、ホワイトがいた。ぶち抜かれた壁を背後に立っている。壁を破壊してこの尋問室に踏み込んだようだ。


「貴方、貴方……どうしたのですか……? 寒いのですか……?」


 キミヒコを抱え起こしながら、心底不安な様子で声をかけるホワイト。


「……大事ない。心配かけたな、ホワイト」


「そうですか。無事なら、よかった……」


 ホワイトはキミヒコが無事であることを確認すると、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。


 部屋には先程の尋問官が驚愕の表情のまま尻餅をついて固まっている。ホワイトが彼をどうするつもりなのか、キミヒコは簡単に察しがついた。


「やめろ、ホワイト」


「……なぜです? 明確な敵対者は――」


「いいんだ。やめてくれ」


 ホワイトを制止しながら、その頭に手を置いて優しく撫でる。


「……どうしたんですか? なんだか、いつもと様子が違いますが……」


 ホワイトの言うとおりで、キミヒコは自身の変化を自覚していた。


 今までずっと、記憶に靄がかかって思い出せなかったこと。この世界に来る直前のことをようやく思い出せた。そのなんともいえない爽快感が、キミヒコを今までにないほど穏やかな心持ちにさせていた。

 もっとも、それは一時的な気分といえるものであって、あの暗い記憶がキミヒコにもたらしたものは、優しさではない。


「ああ、気にするな。思い出したんだよ。いろいろとな」


 ホワイトにはそう言いながら、今度は尋問官の下へ向かうキミヒコ。

 尋問官の男はどうやら怯えきっているらしく、手足をバタバタさせてあとずさる。腰が抜けているらしく、立ち上がろうとして何度も失敗した。


 そんな彼に、キミヒコは声をかける。


「すみませんね、衛兵さん。うちの人形は主人想いでね。ちょっと融通が利かないところもあるんですが、まあ許してやってください」


「え……? は、はい……」


 唖然として頷く、尋問官の男。


 尋問官の男に肩を貸して立ち上がらせてやると、尋問室の入り口とホワイトが破壊した壁の向こう側で衛兵たちがいることにキミヒコは気が付いた。

 彼らに対して、キミヒコは落ち着き払った声でこう言った。


「ああ、どなたか、責任者の方いますか? 壁の修理代、弁償しますよ」

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