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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
167/187

#18 裏切り、密告、そして暗躍

 解放軍がブラキ川を突破して、戦線を押し上げたあの一戦から、しばらくの時が経った。

 このガルグイユ島では、相も変わらず戦乱の嵐が吹き荒れている。今日も今日とて、解放軍と総督府の軍が衝突していた。

 島で一番大きな都市、ドゴーラ市。この都市こそが島内のカイラリィ勢力の拠点である。そのドゴーラ市へと向かうための最後の関門、トリルトカトル城を解放軍は攻めていた。


 トリルトカトル城は白を基調にした美しい城だ。が、その優美な外観とは裏腹に難攻不落の要塞でもある。

 先の砦の攻略により、ブラキ川を突破して以降、破竹の進撃を続けていた解放軍は、このトリルトカトル城で足止めをくらっていた。


 この城の堅牢な要塞としての機能によるものもあるが、理由はそれだけではない。

 トリルトカトル城には、騎士アルキテウティスがいた。


「騎士アルキテウティス! 今日こそは……!」


 その騎士アルキテウティスを前にして、気炎をあげる兵士が一人。エミリアだ。

 彼女は今や、解放軍の中核戦力として当てにされており、騎士との戦いすら任されていた。


 相対する騎士はといえば、エミリアを見て露骨に嫌な顔をする。


「……子供に構っていられるものか」


 槍の穂先が剣状になっている得物。魔核晶の内蔵されたグレイブを巧みに操り、騎士はエミリアをいなす。


 少女の振るう剣戟はその見た目にそぐわぬ重さなのだが、内蔵された魔核晶による魔力増幅により強化されたグレイブは、エミリアの攻撃を難なく打ち払うことを可能にしていた。

 そして、構っていられるか、などとこの騎士は口にしながらも、エミリアへの対処に抜かりはない。彼女をフリーにすることはなく、付かず離れずの距離を維持し適度に相手をしている。


 今、戦いの場となっているのはトリルトカトル城の二重城壁。その外壁と内壁の間の内庭だ。解放軍がここまで入り込むのは簡単だった。あくまで、ここまでは、の話である。

 内側の城壁は外側のそれに比べ高く、そしてはるかに強固だった。内部に詰めている魔術師の数も相当のもので、魔術的な防御も万全だ。ちょっとやそっとの魔法攻撃では傷ひとつつかないし、エミリアの力任せの攻撃でも簡単には破壊できない。


 この城は、かつてエミリアがほぼ単騎で落としたブラキ砦のようにはいかない、まったく規模の違う要塞だった。


 それゆえ、エミリアは騎士に狙いを定めるよう指示を受けていた。

 高い個人戦闘能力に、高度な指揮能力。そして、守備隊の精神的支柱。騎士アルキテウティスさえどうにかできれば、解放軍にとって大きな一歩となる。

 そうした狙いだったのだが、敵も当然、その狙いは察知していた。


 エミリアという危険人物は、すでにカイラリィの人間には既知の存在であり、その対策もなされている。

 騎士アルキテウティスはあえてその身をエミリアの前に晒し、その意識を引きつけつつ、精鋭の部下を使って彼女の足止めを続けていた。


「……ええい、邪魔だッ! どきなさい!」


 エミリアはそう怒鳴りながら、騎士への攻撃を阻む兵士たちにその手の剣を一閃させる。


 魔力を使ったわけでもない、ただの力任せのように見える斬撃。鋼鉄の全身鎧を身に纏うカイラリィ正規兵に向けられたそれは、分厚い大盾と鎧とを容易く両断し、戦場を血潮で彩った。


 敗亡したとはいえカイラリィは列強の一角であり、その正規兵の練度はアマルテア屈指のもの。

 それをこうも容易く屠るエミリアは、もはや人外の域にあった。少なくとも、カイラリィの兵士たちはそう認識している。しかもどういうわけなのか、彼女の持つなんの変哲もないただの剣は、刃こぼれ一つしていない。

 何もかもが異常で、異様だった。


「化け物がぁ……!」


「散開して囲め! 正面から攻撃を受けるな! 消耗させるのだ!」


 本国から共に落ち延びてきた戦友があっさり殺されても、古兵(ふるつわもの)たちの動きにはほんの乱れもない。

 エミリアに対して恐れることなく向かってくる。


「死にたくなくば、退くがいい! 私の狙いは騎士だけだ!」


「であるなら尚のこと! 貴様のごとき魔女を、卿に近づけさせるものかよ!」


「ならば……斬る!」


 たった一人で大立ち回りを演じる少女を視界に捉えつつ、騎士アルキテウティス城内の戦闘指揮を続けていた。


 この中庭の乱戦の中、他の解放軍兵士から離れ、単騎で突出してこちらに向かってくるエミリアに、アルキテウティスは疲れた顔をする。


「相変わらずだな。本当にアレは人間なのか……?」


「人の皮を被った、化生(けしょう)でありましょう。剣に魔力を纏わせているわけでもないのに、あんな芸当は不可能です。人間ならば」


 騎士の隣に控える従騎士が、主人の独り言にそう返した。


「……これ以上、放置はできぬか? 私が目当てであるのならば、いっそ——」


「御身に何かあれば、全てが終わりますよ? 閣下」


「……そうだな。馬鹿なことを言った。忘れてくれ」


 従騎士の諫言を素直に受け入れ、自らの勇み足を騎士は反省した。


 アルキテウティスはあの少女と戦っても、分があると思っていた。不気味極まる存在ではあるが、一対一でなら七、八割は勝てると踏んでいる。加えて、敵は単騎で周囲に味方もいない。

 しかし、それでも戦いに踏み切らないのは、その存在の異質さゆえだ。あの力の源泉がわからない。万が一、騎士が討ち取られるような事態になれば、守備隊の士気が崩壊する可能性がある。

 加えて、現状、このトリルトカトル城は落城しそうにはない。無理をする必要性が薄いのだ。


 そんな次第で、今日の戦闘でも騎士がエミリアと本気の戦いをすることはなかった。適度に姿を見せて引きつけつつ、手勢をぶつけて、エミリアの足止めに終始した。

 そうこうしているうちに、今日の解放軍の攻勢の終わりを知らせる照明弾が、空へと打ち上がった。


「撤退命令……!? 今日も何もできなかった……くっ……」


 空に打ち上げられた光弾に、忌々しげにそう吐き捨てながらも、エミリアは素直に撤退指示に従う。単騎で突出していたエミリアに対し、守備隊は追撃を仕掛けることもなく彼女を見送った。

 今日もどうにか乗り切れたことに、騎士アルキテウティスは安堵の息を漏らした。



「こりゃ無理だろ」


 読み終えた戦闘詳報を目の前のテーブルへと放り投げ、キミヒコが言い捨てる。


 もう何度目かになる、トリルトカトル城攻略戦。今回も失敗したその戦闘の記録は、前回から驚くほど変わり映えがない。

 他の方法がないとはいえ、今回も前回もその前も、正面からの力押し。そして攻めきれずに撤退。本当に毎回同じ内容の報告書だった。


 唯一、前回と異なる点としては、エミリアのことだ。彼女は戦いを経験するごとに、敢闘精神旺盛になっていった。それは毎度の戦闘詳報にも、変化として如実に表れている。

 解放軍がこれまで進軍する先々の全ての戦場にエミリアは投入され、今回の城攻めにも全部参加していた。何度も何度も戦いを重ねてきた今のエミリアに、かつての初陣で見せたナイーブさは、まるで感じられなくなっている。


 エミリア……戦士としての立ち居振る舞いは板についたようだが……これ、相当無理してるんだろうな。向いてないって俺が言ってんのに、あいつはさ……。


 心中でため息を漏らしながらも、キミヒコはエミリアのことはいったんわきに置いて、解放軍の戦況、戦略についてに頭を切り替えた。


「完全に攻め手に欠けてるな。エミリアは騎士の相手で手一杯だし、これじゃあ、何度やってもあの城は落とせんだろうよ」


 キミヒコの言葉を向ける先、この事務室の窓を背に、執務机にいる女。ルセリィは、難しい顔をしながら何かを思案していた。

 そんな彼女だが、キミヒコに水を向けられると表情を柔らかく崩し、フニャッとした笑みを浮かべた。


「攻め手ねー。その人形で、城内の騎士アルキテウティスを暗殺すればいけるんじゃない?」


「はぁ? なんで俺たちがそんなことやるんだよ。俺は口出しはするが、手は出さない。こんなアホみたいな戦争はお前らだけでやってろ」


「あはは。まーそう言うよね。キミヒコさんならさ」


 この事務室にいるのは、キミヒコとホワイト、ルセリィ以外には、事務仕事に忙殺されているスミシーと、彼の相棒のドードー鳥のプルクラだけ。

 ルセリィ派と呼ばれる派閥の中心人物しか部屋にいないが故に、二人して気の置けない会話をしている。


 ネイティブ・オーダーという組織は、その意義も人員も変質し、現在は解放軍のルセリィ派と呼ばれる軍閥となっていた。元からいた先住民族たちの構成員は数を減らしたものの、エミリアを慕うガルグイユ人の兵士たちを取り込んで、この派閥はなかなかの規模になっている。


 エミリアは騎士とも渡り合える戦士としてアイコニックな存在であり、ルセリィの宣伝工作も加わって、解放軍内部で人望を集めていた。


「まー時間が経てば、総督府は崩壊しそうだけどね。解放軍が内部抗争を始めるのと、どっちが早いかなぁ……」


「解放軍が内部抗争を開始したなら、逆にチャンスじゃねーの? カイラリィは解放軍を攻撃する余裕なんてもうねーし。勝ち馬に乗るなり、お前がトップの座を簒奪するなり、のしあがる機会にすれば? テッペンを狙ってんだろ?」


 山盛りになった事務書類と格闘しているスミシーの横で、キミヒコとルセリィのキナ臭い会話が続く。もっとも、死んだ目をして山盛りの書類と戦う彼には、上司二人の会話を気にする余裕はない。


「んー……なるだけ、いまの解放軍の体制で勝ち切りたいんだよねぇ」


「そうか? 戦争指導の中枢まで食い込んだけど、お前まだ軍内じゃトップファイブに入るくらいじゃん。明確な序列はないとはいえさ。ローズの野郎にも睨まれてるし」


「チッチッチ。現ナンバーワンのローズ議長は、三日後には失脚予定だよーん」


 三日後と聞いて、キミヒコは解放軍指導層の定例会議の予定を思い出した。どうやら、この会議は陰謀の舞台になるらしい。

 こと陰謀劇に関して、この小さな女はいつもいつも卓越した手腕を発揮していた。他人の足を引っ張ったり、失脚させたり、粛清したり。そうした後ろ暗いことが大得意なのだ。


「あー……連日の攻略失敗の責任を押し付けたか。手の早いこったな。だが、目の上のたんこぶを排除したところで、戦況は変わらんぞ」


「でも、あと少しだと思うんだよね。もうちょっと攻撃を続けて……どうにかならないかなぁ」


「君さぁ……ドロドロした政治ごっこは得意なのに、肝心の戦争指導は大いに不安があるな……」


 キミヒコがそう言えば、ルセリィは肩をすくめる。


「ま……人には得手不得手があるからねー」


「仮にも軍のトップを目指す人間が、何言ってんだよ」


「じゃあさ、キミヒコさん。いいアイデアとか話とかない? 戦争のプロでしょ?」


「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は戦争屋じゃないからな。平和をこよなく愛する一般人だからな」


「ははっ、ナイスジョーク」


 カラカラと笑うルセリィに、キミヒコはため息を漏らしてから葉巻を取り出した。側に控えていた人形に火をつけさせ、一服する。

 キミヒコが煙をふかしている様子を、ルセリィはただ、黙って見つめていた。


「……俺が傭兵仕事をしたヴィアゴル戦役。あれが勃発した理由、知ってるか?」


 葉巻を一本、吸い終えてから、キミヒコが口を開く。


「カイラリィ本国の防衛線を迂回して、あのクソの老帝国を始末するため。でしょ?」


「そうだな。カイラリィの防衛線の突破が困難で、迂回のための通り道としてヴィアゴル王国は踏み潰された。アマルテア最強の帝国軍でも、防御に徹したカイラリィの攻略は骨だったんだ」


 キミヒコがかつて参加した戦争、ヴィアゴル戦役。この傭兵仕事で大金を得たが、散々な目にもあった。

 嫌な記憶を極力思い返さないようにしながら、キミヒコは話を続ける。


「騎士アルキテウティスも騎士デュクスも、総督府に流入したカイラリィ正規軍残党は、防衛戦のノウハウは抜群だ。帝国軍にぶっ叩かれまくって、経験豊富だからな」


「このしょっぱい解放軍じゃあ、厳しい……か」


「負けを重ねて勢力圏を失い続けても、この島のカイラリィの軍勢の撤退は鮮やかだった。敵戦力の殲滅をできなかったのが、今になって効いてるな」


 要するに、防御に徹したカイラリィの軍勢の突破は困難。現状の力押しは不毛である。キミヒコが言ったのはそれだけだ。


「ま。そういうことなら簡単だね。我々も、先達のやり方に倣えばいい」


「トリルトカトル城を迂回するか? だが……」


 ルセリィの言葉に理解を示しつつも、キミヒコは言葉を濁した。

 攻略困難な敵拠点を迂回するというのは、理にかなった戦略ではある。しかし、その迂回経路に問題があった。


「迂回するとして、どこから進軍するんだよ? 使えそうな経路……グラモストラ方面には、帝国軍が居座ってる。海上もあいつらが封鎖してるぞ」


 キミヒコが問題視しているのは、帝国軍だった。


 総督府の拠点、ドゴーラ市の防衛線を構築する二つの要塞がある。このうち一つが解放軍が攻略中のトリルトカトル城。もう一つがさらに北に位置する、グラモストラ城である。

 そしてそのグラモストラ城は現在、帝国軍の支配下にあった。


 解放軍がブラキ川を突破して、進撃を続けている最中、それまで全く動かなかった北部勢力が東進。カレンたち、帝国軍猟兵隊を中核とした軍勢は、電撃的にグラモストラ城を奪取した。


「帝国軍……いや、カレンにはドゴーラ市を攻撃する意志がない。まして、解放軍をすんなり通すわけがない」


「だろうね。今までも、援軍とか共同作戦どころか、通行の許可すら無理だったもんね」


「……知ってるだろうから言うけど、カレンはカイラリィ残党を潰そうとはしてないぜ。いずれはそうする予定だろうが、今はまだその時じゃない」


「なら……我々で、その予定を繰り上げさせるしかない」


 ルセリィの発言に、キミヒコは懐疑的な目を向ける。

 解放軍という組織自体が帝国軍をどうこうできる存在でないうえに、ルセリィの手勢はその中の一派閥に過ぎない。軍事的にも政治的にも、これではどうにもできない。キミヒコはそう考えている。


「ふっ……わかっているとも。でも今、天啓が降りた。素晴らしいアイデアを閃いた。……帝国軍、騙し討ちしよう」


「……ガチで言ってる?」


「正確には、グラモストラ城に居座る、暗黒騎士たちを叩く」


「同じことだろ。……正気か?」


 帝国軍を騙し討ち。これをやれば、このガルグイユ島で最も戦力を保持する集団、帝国軍を敵に回すことになる。

 今までも、とても友軍とはいえない動きをしていた帝国軍だったが、一応は味方のような立ち位置にはいた。その関係を、ルセリィは破壊しようとしているらしい。


 キミヒコには正気の沙汰とは思えない判断だ。


「実はさぁ……北部勢力でも、帝国軍とか暗黒騎士は評判が大変よろしくってさぁ。一緒に一泡吹かせようぜ、みたいな密書が届いてるんだよねぇ」


「ほぉ……内通か。まあ、連中やってることが無茶苦茶だからな。でもそれ、ゲニキュラータ司教からじゃねーだろうな?」


「まっさかー。あの変態ジジイにそんな度胸ないよ」


 帝国軍の今までの立ち居振る舞いを考えれば、北部勢力で彼らを貶めようとする人間が出始めることに、全く不思議はない。

 だが、一応のトップであるゲニキュラータ司教は、絶対にそんなことはやらない。彼はひたすら、帝国軍に尻尾を振るだけだろう。どうやら、北部勢力は司教の統制が利かなくなりつつあるようだ。


「軍事演習を一緒にやろうぜとか適当な理由をつけて、グラモストラ城の近くに軍を展開。内通者に城門を開けさせて、ついでに虚報とかで混乱させて、一気に城を奪う! ……どうよ?」


 本当に今思いついたばかり計画なのだろう。あまりにざっくりとしたルセリィの案ではあるが、奇襲そのものはうまくいく可能性はある。しかし、問題も多い。


「……事が全てうまく運んでも、それだと、少し弱いな」


「え……。裏切りを完全に決めて、虚を突いても厳しい?」


「帝国軍の統制をなめない方がいい。あそこはガッチガチの指揮系統を持ってるゴリゴリの軍組織だ。たぶん、混乱はすぐに収束させられる。帝国軍は北部の人間を当てにしていない。俺たちも、内通者をそこまで当てにはできないだろう」


 差し当たり、奇襲でグラモストラ城を奪えるかどうかに絞って、キミヒコは懸念を話すことにした。仮に城を奪取できても、その後の問題があるのだが、それについては棚上げだ。


「少なくとも、空母の艦載竜騎兵が万全の状態だとちょっとな……」


「航空母艦か。少し前に出港して、所在が不明だけど……」


「今は島北西の沖合にいるよ。……で、おそらくだが、グラモストラ城はすぐには制圧できない。あの艦には、通信科の精神魔術師が常駐してるから、航空支援要請はすぐに伝達される。城外でもたついている間に空爆を喰らえば、ひとたまりもないぞ」


 そう言うキミヒコの目を、ルセリィはじっと見つめる。

 腹のうちを見透すかのような視線に、キミヒコは気が付かない振りをした。黙って葉巻の煙をふかす。


「……何か、良い案がありそうだね?」


「ねーよ」


「いやあるでしょ。教えて?」


「ない」


「あるって顔してる」


 しつこいルセリィに、キミヒコは深々と息を吐き出す。それと共に口から出た葉巻の煙が、宙を舞った。


「……トリルトカトル城への空爆を依頼するのはどうだ? 空爆に合わせてあそこを攻め込むと見せかけて——」


「グラモストラ城を叩く、と」


「そのとおり」


 キミヒコの案に、ルセリィは即座に理解を示した。


「ん……いいね。竜騎兵の連続出撃は難しいだろうから、航空隊による空爆のリスクを減らせる。それに、空爆依頼が帝国軍に対する欺瞞になるから、軍を動かしても違和感がなくなるか……」


 顎に手を当て、独り言のようにルセリィが呟く。

 その瞳には、悪辣な何かが滲んでいる。


「でもさ。空爆の依頼なんて、受けてくれないんじゃないの? てかそもそもの話、帝国軍の航空支援があれば、トリルトカトル城も落とせそうだし」


「そうだな。だから、本腰をいれての支援はあいつら絶対やらん。カレンなら要請自体を握り潰す」


「ウォーターマン中佐なら……てことは、そこを通さなければ?」


「察しがいいな。……艦隊司令部の連中、空母の威力を試したくてウズウズしてるらしいぜ」


 キミヒコからの情報に、ルセリィの口から「ヘぇ……」という声が漏れ出る。幼いその顔の口角は吊り上がり、不敵な笑みが浮かんでいる。


「……艦隊司令部と暗黒騎士たちは、仲が悪いの?」


「悪くないよ。良くもないけどな。……だから、城を落とせはしないが、ほどほどの空襲くらいならやってくれる……かも」


「ほどほどの空襲程度だと、竜騎兵の余力が残りそうだけど……?」


「帝国軍の空母は、試作されたあの一隻だけ。そして、発艦と着艦は同時にはできない。竜騎兵の爆装も手間のかかる作業だぜ」


「なら、一度出撃さえさせれば、時間的余裕は作れるか。……艦隊司令部との伝手は?」


 若干、前のめりになりながら聞いてくるルセリィに、キミヒコは知り合いを教えてやることにした。

 コネクション形成に余念がないキミヒコは、帝国軍海上作戦群にも知り合いを何人か作っていた。そのうちで、解放軍の人間でも接触できそうな何人かをリストアップして、ルセリィに伝える。


「ふーむ……なるほど。よし。この奇襲作戦、やろう。決定」


 その後もあれこれと、キミヒコから話を聞いてからしばらくして。帝国軍への騙し討ちを、ルセリィは決断したようだ。


「決断はえーよ。失敗したときのリスクとか、城を奪った後の帝国軍の報復とか、考えないのか? 今回ばかりはヤバイ橋を渡ることになるぞ」


「報復はたぶん、ないんじゃない? 帝国軍にとって意味ないし。無駄なことはやらないでしょ。おそらくは」


「おそらくとか、たぶんとか、不安な言い回しが多いな……」


 懸念の言葉を口にするキミヒコだったが、この裏切り作戦が成功しても、帝国軍の報復があるかは微妙なところだとも思ってはいる。


 帝国軍の目的は、カイラリィ皇室の最後の一人、レガリクス・ギリの捜索である。この任務は、現地人の協力があった方が効率がいい。現に北部勢力とも手を結んでいる。

 今まで散々、戦乱を煽ったり、ガルグイユ人から搾取したりと、やりたい放題の帝国軍だったが、それでも最後の一線は越えてはいなかった。内通者が出るくらいには北部勢力とはうまくいっていないのだから、このうえ南部の解放軍との決定的な対立は避けたいはずなのだ。


 しかし、それも絶対のことではない。


「博打……だな。確かに、帝国軍はメンツよりも利益を重視するだろうが……騙し討ちをやられたうえに城まで奪われて、ただ黙っているわけはないぜ。被害を抑えるために、ある程度は相手の顔を立てる必要があるな」


「なーに。事が済んだら、責任者をでっち上げて首を差し出せばオッケーさ! 普段から帝国軍を追い出すとか息巻いてる極右派閥の誰か……カーリーとかを生贄にしようかなー」


 そう言って、嬉々として陰謀を巡らせる女を前に、キミヒコは呆れ顔をする。


 ……この奇襲を成功させたとしても、帝国軍が本格的な報復を考えた場合、全てが終わる。解放軍が壊滅したって、カレンにはまだやりようはあるからな……。これは、かなり危険な賭けだ。リターンも大きいが……。


 そんな思案をしていると、ルセリィが楽しげな視線を向けてきていることに、キミヒコは気が付いた。

 何か言いたいことでもあるのかと、視線を彼女に送って、発言を促す。


「別にさぁ……失敗したなら、その時はその時でいいんじゃない? 戦争も、人生も、全てはギャンブルみたいなもんだしさぁ」


「ま……それはそう。でももし賭けに負けたなら、潔く死んでくれ。俺は逃げるから、巻き込むなよ?」


「逃げるって、どこに?」


「カレンに土下座して、なんとかしてもらう」


「えぇ……」


 呆れた視線を送ってくるルセリィを無視して、キミヒコは葉巻の吸い殻を灰皿へと押しつける。火が消え、葉巻の燃え滓がフワリと舞った。


「さて、と。じゃあ私、行ってくる」


 もう一服しようかどうするか、そんなことを考えているキミヒコに、ルセリィが言った。

 席を立つ彼女に視線をやって、どこに行くのかと、キミヒコは目で尋ねた。


「エミリアのとこに行って計画を詰めて、その後はこの奇襲作戦を承認させるための根回しを始めなきゃ」


「行動早いよ。急ぎすぎじゃないか?」


「兵は神速を尊ぶというからね。……やることは山積みだし、さ」


 そう言って、背を向けたまま手をヒラヒラさせてから、ルセリィはこの事務室を出て行った。

 部屋には、書類と戦うスミシーの筆記音だけが響いている。


「おい、スミシー」


 先住民族用の背の高い椅子に座って、死んだ目をしながらペンをひたすらに動かすスミシーにキミヒコは声をかけた。

 それに反応してこちらを向いたスミシーの目の下には、全然睡眠時間を取れていませんと主張するかのようなクマができていた。


「お前、話は聞いていたな?」


「ええ、まあ……」


「よし。ではお前に出張を命じる。急ぎの案件は俺が引き継ぐから。で、行き先は——」


 唐突なキミヒコの業務命令に、スミシーは訝しげな顔をする。


 対外的な朗らかな態度とは裏腹に、キミヒコもルセリィも、人間不信の気があった。おまけに秘密主義的な部分も二人に共通している。

 トップ二人がこの調子のため、ルセリィ派と呼ばれるグループの内情を知る人間は、ごく少数だった。そしてスミシーは、その少数の人間の中に入っている。おかげで、派閥の重要書類はスミシーに集中する羽目になっていた。


 そんな次第でマンパワーが追いつかず、事務仕事は溜まってしまっている。そしてその事務仕事よりも優先されるような、キミヒコの指令。

 それはいったいなんだろうという面もちで、スミシーはその指令を聞いていた。


 そしてその内容を聞いているうちに、彼の表情は驚愕のそれへと変わっていった。


「——と、こんな感じね。持っていってもらう手紙は今から書くから、お前は準備してこい」


「ちょちょちょ……キミヒコさん!? ルセリィさんと一緒になって、帝国軍を騙し討ちにする計画をしといて、その舌の根も乾かぬうちに何言ってんですか!?」


 驚きのあまり、大きな声を出すスミシーに、キミヒコは肩をすくめる。


 スミシーが驚くのも無理はない。キミヒコの指示は、ついさっきルセリィとしていた計画を、暗黒騎士カレンにリークせよという内容だったのだ。


「なんだよ。別にいいだろ? 解放軍によからぬ動きあり、そう伝えるだけだ。カレンには借りもあるし」


「えぇ……いやあんた、誰の味方なんすか?」


「誰の味方でもない。あえて言うなら、強い方の味方だ」


 あっさりとそう言ってのけるキミヒコに、スミシーは戦慄している。


 まー別に、解放軍がどうなろうが、俺には関係ないしなー。エミリアの能力も、ここのところの戦闘の観察で、おおよその底が見えたし……な。


 側に控えるホワイトを見やりながら、そう思う。


 キミヒコがルセリィに協力するのは、エミリアという異世界人の監視と品定めのためだ。そしてその目的も、すでに切り上げても良さそうだとキミヒコは考えている。


 彼女の力の源泉はわからない。魔力でも筋肉量でもなく、何か神秘的な力が働いて、あの膂力と頑健さを持ち合わせているらしい。大いなる意思という超常の存在、神のようなナニカがもたらした力なのだから、理解できなくとも仕方はない。

 だが、その謎の力は戦いを重ねても特に成長することもなさそうだった。このままなら、ホワイトの敵ではない。


 変わらず、キミヒコはエミリアを危険人物のカテゴリに入れてはいるが、その危険度判定はずいぶんと下がっていた。


「ま、そう深刻に考えるなよ。俺の警告を、カレンはたぶん、艦隊司令部に解放軍が接近することだと考えるだろうしな。タイミング的に」


 不安そうな顔をしたままのスミシーに、笑ってそう言ってやる。


「騙し討ちまでは察知しないと? じゃあなんでこんな警告を……?」


「後々の帝国軍との関係を考えると、な……。一応の言い訳が立つようにしておきたいわけだ。俺個人と解放軍の意向は、関係がないってな」


「は、はぁ……。でもそれなら、どうしてさっきの計画に反対しなかったんですか?」


「……あの小さい野心家、なーんか他に思惑がありそうなんだよな。それを知りたい」


 キミヒコのその発言に、スミシーではなく、そばで話を聞いていた人形の方が反応した。

 基本的にホワイトは主人と他人との会話に割って入ることはないが、スミシーが黙ってしまったので、代わりに口を開く。


「糸で監視しますか?」


「いや……露骨に盗聴とかはやめておけ。あいつ、お前の糸に勘付いている節がある」


「そうですね。戦闘で使えるほどの使い手ではないようですが、魔力の心得はあるようです」


「隠してるつもりらしいがな」


「しかし、盗聴に気が付かれたところで、問題はなさそうですが」


 変わらず、強引な手法を提言する人形に、キミヒコは苦笑する。


 盗聴やら何やらが相手にバレても、最終的に暴力を用いて黙らせればいい。だから問題はない。そういうことだ。

 この人形の思考回路は、いつでもバイオレンスだった。


「思惑を知りたいって言ったろ? 糸を警戒して行動を控えられると、それもわからんままだしな」


「フリーにして、泳がせておくと」


「まあ、そうだ。それに、俺やお前に対して敵対的な感じでもないから、放っておいても問題はない。たぶん」


「相変わらず悠長ですね。決断はもっと迅速かつ直裁的な方が良いのでは? あの小さい女は、兵は神速を尊ぶとか言ってましたが」


「へーきへーき。仮に後手に回っても、俺にはお前がいるし」


 笑って言って、キミヒコはホワイトの頭を撫でてやる。人形は目を閉じ、おとなしく主人の手にされるがままだ。

 キミヒコとホワイトのその様子に、スミシーはただ、恐れ慄くだけだった。



「エミリア。この作戦の真の目的は、グラモストラ城の制圧でも、帝国軍の排除でも、ましてや解放軍内での人気取りでもない」


 たまに目に映る、薄くぼんやりと光る糸。それが見えないことを確認してから、ルセリィが切り出した。彼女の目の前には、エミリアが所在なさげにしている。


「暗黒騎士カレン・ウォーターマンが持っているはずのアーティファクト、『カイラリィの王笏』。これをどうにかして奪いたい」


 続くルセリィの言葉に、エミリアの顔にはますます困惑の色が浮かぶ。


 二人が今いるのは、解放軍の司令部。同軍が接収した、元々は総督府の行政機能を持った建物の地下室だ。

 人気(ひとけ)のない、薄暗いそこに連れてこられるなり、よくわからない話をされ、エミリアはただただ困惑していた。


 帝国軍を奇襲する。その計画は聞かされたし、その意義もわかる。エミリア自身、悪辣な振る舞いをしている帝国軍に良い感情を持っていないため、この奇襲作戦には賛成の立場だ。

 しかし、ルセリィの思惑は、どうもエミリアのそれとの乖離があるらしかった。


「アーティファクト……? それは、いったい……何なんです? どうして、そんなものが……」


「私にとって必要……いや、違うな。不要なものだからだよ。邪魔なんだ」


 ルセリィの目が、据わっている。

 どことなく、恐ろしげな空気を身に纏う彼女に、エミリアはさらに違和感を強めた。


「わかりました。ルセリィさんがそう言うのなら……私、やってみせます」


 しかし、エミリアはすぐに了承した。彼女の中に、ルセリィの頼みを否と言う選択肢はない。

 ルセリィのためなら、どんなことでもやる。そう、決めていた。


 そんな彼女の様子に、ルセリィは「ありがとう」と一言礼を言った後、一瞬だけエミリアから顔を背けた。そうしてから、再び、エミリアの目を見る。その刹那の間に、ルセリィの雰囲気は、いつもエミリアに見せてくれる、柔和なものへと戻っていた。


「でも、その……『カイラリィの王笏』でしたっけ? グラモストラ城にまで、帝国軍がそれを持ってきている確証は……?」


 ルセリィの態度に、変な感覚を覚えながらも、それを気にしないよう努めて、エミリアが言う。


 ルセリィのご所望の、『カイラリィの王笏』とやらがどんな物なのかはわからない。だが、それが帝国軍にとっても重要な物であるらしいのは理解できる。そんな重要な物品を、この戦乱の最前線ともいえるグラモストラ城に持ってきているとは、エミリアにはいまいち想像ができなかった。


「帝国軍の目的を考えれば、持ってきているはずさ。それに、暗黒騎士の手元にあるのが一番安全とも思っているだろうから、ね」


 どこか遠い目をしながら、ルセリィが言う。


 色々と腑に落ちない点はあるものの、エミリアは深くは聞かない。ただ黙って頷くだけだった。

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― 新着の感想 ―
 狸と狐の化かし合い。大好物です。
うわ、話がどかっと動きますねえ。純粋に続きが気になります。 せっかく女の子に囲まれているのにいつも通りのキミヒコが好きですw ルセリィとエミリア、カレン、カイラリィ陣営。カイラリィの王笏を巡る話の動き…
ルセリィ、カイラリィへの執拗な憎悪と執着から察してましたが、やっぱりそういうことかぁ。
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