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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#13 野心家たち

「えー前回の攻略戦の時と同様、敵は要塞から打って出る様子はありません。前回に比べ、こちら側の兵力も増強はされていますが、敵も前回の戦闘での人的損失はすでに補填されており、また、城壁の修復も——」


 解放軍の軍議で、今回の司会を任されている中年の男が、たどたどしくも、現在の状況を説明している。


 彼は解放軍の中では、穏健な派閥に属する人間で、どちらかといえば慎重なタイプの人間だ。その気質は今やっている状況報告にも表れており、いかにも、このまま攻勢に出るのは避けたほうが良いと言わんばかりだった。

 その様子を、積極的な攻勢を支持する者たちはイライラしながら見ている。


「——ということでして、要塞の攻略は、現有の戦力では不安が大きく、このままこちらから仕掛けるのは危険ではないかと……」


「君の仕事は現在の戦況の説明であって、それについての私見は求めていないが?」


 このまま攻勢に出るべきでない。勝手にそういう意見を述べる男に、別の出席者から文句が出た。


 作戦会議の進行は、解放軍を構成する各組織のローテーションだが、それで主導権を得られることはまずない。大抵、ヤジが飛び交い、グダグダになるのがお決まりだった。


 ——いやしかし、敵は城壁から出てこないで、防備を固めてます。これを攻略するなら、現有の戦力では不安が……。


 ——総督府の雑兵がどうしたと言うのだ! 民族自決を志す、我々の裂帛の意志を以ってすれば、なんとでもなる!


 ——え、えぇ……。それはあまりに無謀なのでは……?


 慎重論に積極論、挙げ句の果てには気合いと根性で全てを押し通す精神論が飛び交い、会議は踊り狂っている。

 無理もない話だ。なにしろ、会議の音頭を取れる人間が誰もいないのだ。


「相変わらずだな。ここの会議は……」


「このグダグダっぷり、実にイイよね」


「良くねーよ。こんな会議で決定した方針で、戦争なんてやれんのかよ。特に、裂帛の意思とやらを当てにしてる奴とか、なんなの? それで戦場に送られるとか、末端の兵からすりゃ最悪だろ」


「お、なかなか優しい意見。キミヒコさんがそう言うとは、意外だねぇ」


 特に意見を述べることもなく、キミヒコとルセリィが、小声でそんなやりとりを交わす。


 二人はネイティブ・オーダーの代表として、この会議に出席している。北部での根回しにより、対カイラリィ組織として認められはしたものの、解放軍内では新参者のため、発言力はなきに等しい。それゆえ、二人は傍観者に徹していた。


 聞く限り、積極的に攻撃すべしという意見が優勢か。ま……いつまでもここで足踏みはできんし、妥当なところか。それほどの砦でもないし、いくらか犠牲を払って強攻すれば、落とせはするだろう……。


 会議の様子を眺めながら、キミヒコは心中でそうこぼした。


 今のところ、ここから東にあるカイラリィの砦は、現有の戦力でもってすぐさま攻撃すべしという意見の方が強い。

 この街の住民代表もこの会議に出席しているが、この人物も即攻撃を唱えている。

 無理もない。解放軍がこの街を前線拠点にして、もうだいぶ経っている。住民からすれば、さっさと東に進撃してもらって、解放軍にはいなくなってほしいところだろう。


「せめて、その、帝国軍の助勢を得られれば……」


 キミヒコに視線をやりながら、慎重論の人間が言った。キミヒコが帝国軍に縁のある人間というのは、知られた話だ。


 周囲の視線が、キミヒコに集まる。

 しかし、いきなり水を向けられたものの、キミヒコの態度は相変わらずだった。特に言葉を発することもなく、大袈裟に肩をすくめてみせるだけだ。


 帝国軍名誉大佐のその態度が意味するところは、一つ。帝国軍は動かない。


 その事実を、改めて目の当たりにした解放軍の面々の反応は、様々だった。


 ——て、帝国軍はいったい、なんでこの島に来たんだ!? 北部の連中、どういうつもりで、帝国軍に媚を売ってるんだ!


 ——それにだ。暗黒騎士ならば単騎で砦の城壁を破れるかもしれんが、連中がこちらに来れば、カイラリィ騎士もこちらに差し向けられるだろう。帝国軍のやる気のなさを考えれば、どちらが楽かわからんぞ。


 ——シュバーデン帝国はカイラリィと同じだ! カイラリィを叩き出したら、今度は奴らを追い出さなくてはならない!


 ——ふざけるな! 帝国軍なんて敵に回せるわけがない! 大陸最強の軍隊だぞ!? 揃って皆殺しにされるだけだ!


 眼前で繰り広げられる言葉のドッジボールを、キミヒコは冷めた目で見つめている。それと対照的に、隣に座るルセリィは楽しげだ。


 そして、その二人の背後にはホワイトが佇んでいる。帝国軍や北部に対して威勢の良いことを口にする人間たちも、キミヒコらに直接物申すことはない。背後に控えるこの殺人人形が、睨みをきかせていた。


「ホントもう、どこもかしこも終わってんな、この島」


「どこもかしこも終わってるから、私みたいなのが天下取りの夢を見れる。悪魔が微笑む時代、最高だぜー」


 心底楽しいとばかりに笑うルセリィに、キミヒコはため息で応えた。


「はぁ……天下取りの夢ね。それも、この解放軍が戦争に勝ってからだ。今のままじゃ、絵に描いた餅だ。カイラリィもしぶといだろうからな」


「……カイラリィは、もうおしまいでしょ。ここの連中がどんなに馬鹿でも関係ない。仮に解放軍が駄目になったところで……ねえ?」


 正確には、終わりなのはカイラリィではなく、そのガルグイユ島総督府だ。カイラリィ本国はすでに崩壊している。

 総督府は本国が落とされたうえ、現地人には反乱を起こされ島の半分を喪失。おまけに不倶戴天の敵、シュバーデン帝国の軍勢までが派遣されてきた。

 島の南部で戦っている解放軍を下したところで、もう先は見えている。


「……総督府は終わりだろうさ。だが、ここの解放軍が勝たないと、お前の野心は満たされないんじゃないか?」


「そうだね。それも、ただ勝つんじゃなくて、私の望む勝ち方をしてくれないと、だね」


「あいつを使う気か、エミリアを……」


「そうだよー。たぶん、単騎で城壁を粉砕してくれるんじゃないかな。そうなれば、私たちはこのガタガタの解放軍の中で発言力を……そしていずれは……うひひ……」


 喧騒に包まれた会議室で、小さい銀髪の女は、邪悪に笑っていた。

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