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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.6 タクティカル・アトランティカ
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#12 スーパーエゴ

 北部で、カレンやゲニキュラータとの会談を終えてから、数日後。

 キミヒコは、島の南西に位置する街にいた。ここからすぐ東は、カイラリィの勢力圏だ。それゆえ、この街はカイラリィに抵抗する勢力が集結していた。


「俺って、働き者だよな……」


 公園のベンチに腰掛け、街の大通りを眺めながら、キミヒコがぼやく。その呟きに、同じベンチで寄り添うように座る人形は反応した。


「貴方が働き者……? そうですか?」


「いやそうだろ。あっちに行って交渉、こっちに行って会談、それで今度は南部の解放軍の連中と作戦会議とか……」


 ホワイトに愚痴をこぼしながら、懐から葉巻を取り出して、咥える。

 指示を待つこともなく、人形はそれに、マッチで火をつけた。


「カイラリィの砦を落とすとか落とさないとか、マジでどうでもいいよ。帝国軍の連中が本気出せば、一瞬で片付くのにさぁ……」


「はぁ。貴方にとって煩わしいようなら、私が行って、全て破壊してきましょうか?」


「やめろ。お前がこんなくだらん争いに介入する必要ない。俺の隣で、護衛だけやっててくれれば、それでいい」


 煙をふかしながら、キミヒコは言う。


 直近に迫る戦い。ここから東にある、カイラリィの砦の攻略戦。キミヒコにとっては、勝っても負けてもどうでもいいイベントだった。

 そんな冷めた様子のキミヒコとは裏腹に、その視線の先の大通りでは、この街の住民の怒声が飛び交っている。どうやら、商店の主人と客が揉めているらしい。


 詳しく聞かなくても、揉めている原因は察せられる。品物の値が高すぎる。そういう内容だろう。


「師に近き者は貴売す、というやつだな」


「師? 貴売?」


「師は軍隊、貴売は高く売るという意味だ。要するに、軍隊みたいな生産性のない穀潰しが近くにいると、物価が上がる。そういうこと」


 キミヒコの講釈に、ホワイトは「なるほど」と感心したように頷いた。


 ……わかったかのように頷いてるけど、わかってねーだろうな、たぶん。人間社会の仕組みとか経済とか、こいつ苦手だからなぁ……。


 そう思いながらも、キミヒコは楽しげだ。笑みを浮かべながら、人形の頭を撫でている。人形も特に抵抗することなく、その目を閉じて主人の手にされるがまま、身を任せていた。

 しばらくそうしていて、不意に、人形の糸が不穏な動きを見せた。


「……誰か来たか?」


 キミヒコの問いに、人形は公園の入り口に指を向けた。

 その白い指が向けられていたのは、エミリアだった。どこか不安げな様子で、トボトボとこちらに向かって歩いてきている。


「エミリアか。ルセリィはどうした?」


「ルセリィさんは、他の出席者の方に先んじて話があるとかで……」


「お前、あいつの護衛だろ? それを放り出して一人で出歩くなんて、迂闊じゃないか」


 キミヒコの言葉に、彼女は力なく項垂れた。ルセリィの下を離れたのは、エミリアの本意ではないのだろう。


 ルセリィに遠ざけられたか。キナ臭い話をやってるらしいな、あの小さい女は……。


 おおよその状況を察したキミヒコは、それ以上の追及をやめた。


「ま……ルセリィなら平気か。それはそれとしても、元気ないね、君。ルセリィの件以外でなんかあるの?」


「……それは……なんか、私たち、この街の住民たちから、歓迎されてないというか……」


「あー……そういうあれね。繊細なことで……」


 エミリアの言うとおり、この街に駐留している解放軍のことを住民たちは良く思っていない。カイラリィの軍や役人を追い出した当初は歓迎されていたらしいのだが、戦争が長期化するにつれ、住民たちの態度は変化していった。


「南部の解放軍の人たち、カイラリィの支配からガルグイユ人を解放するために戦ってるんですよね?」


「大義名分は、そうだな」


「その割に、この街の人たちから、嫌われてるような気が……。食料を奪われたとか、そんな話も聞きますし……」


 食料を奪われた。よく聞く話だ。


 カイラリィの支配からの解放。ガルグイユ人の民族自決。そういった大義のため、解放軍は民衆の協力を要請していた。要請とはいうが、ほぼ強制である。

 そうして集めた物資に対して、ある程度の金銭の支払いはあるのだが、当然その額は足りてない。このうえ、解放軍が膨れあがり、食糧の供給が追いつかないので、物価はどんどん上昇している。民衆の生活は苦しくなる一方だ。


「奪われたとか、大袈裟だなー。解放軍が戦うために、食料をちょっと恵んでもらってるだけだって」


「なんか泣き叫んでる住民もいましたけど……」


「それは、アレだよ。ガルグイユ人の自治独立に貢献できて、感極まってるんじゃね?」


「そんなわけありますか! あれはもう略奪じゃないんですか!?」


「略奪とか言うな。格調高く、現地調達と言え。ちゃんと金は払ってるだろ。……知らんけど」


 キミヒコのどうでも良さげな誤魔化しに、エミリアは怒った顔をする。だがすぐに、キミヒコにそんな感情を向けても仕方ないことを思い出したらしい。大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けている。


 解放軍を自称する南部の軍勢は、カイラリィと戦い、ガルグイユ人をその支配から解き放つためのものである。だが、この解放軍という組織は、明確なトップの定まっていない、烏合の衆とも呼べる集団でもあった。島のあちこちで決起したいくつものレジスタンスが、反カイラリィで結束して成立しているのだが、その主義主張はバラバラで、まるで統一感がない。

 こんな組織であるがゆえに、兵站管理も各々勝手にやっている部分があり、大変に非効率的なのだった。そしてその負担は、彼らが守るべき民衆にのしかかっているのが現状だ。


「物資はそんなに逼迫しているのでしょうか……。後方からの補給で賄えないんですか?」


「無理だろ。南部は紛争の長期化でどこもそんな余裕ないし、北部からも送られてはいるがそれも全然足りん」


 兵站事情についてのエミリアからの疑問に、キミヒコはそう答える。


「北部からの補給……やはり、少ないのですか? 解放軍の人たちは散々に文句をつけてましたが……」


「北部の連中がケチなんじゃなくて、人馬での輸送には限界があるんだよ。このチンケな島じゃ、鉄道もないし」


 解放軍の面々から何か言われたのか、エミリアは北部からの支援に懐疑的らしい。


 北部の勢力はカイラリィとは戦いもせず、帝国軍にへつらい、ろくな支援もしてくれない。そういう話はキミヒコもよく聞いている。

 だが実際のところは、北部もやることはやっているとキミヒコは思っていた。


「馬車限界ってやつだ。物資を輸送するための人も馬も、飯を食う。特に馬は人間の十倍は食う。補給線が伸びれば伸びるだけ、前線に届く物資は減る。しかもこの島、山が多くて道が悪いから余計に効率が悪い」


「では、船は? 船を使えばたくさんの物資を、一度に運べるんじゃ……」


「お。目の付け所がいいな。でもそれ、無理なんだよな」


 キミヒコの言葉に、エミリアは怪訝な顔をする。


 実際、海上輸送は有効な手段だ。海洋魔獣の脅威はあるものの、島の沿岸部を沿うように船を進めれば、北部の港から南部の港まで大量の物資を輸送できる。このルートが開通できれば、解放軍の兵站事情は大きく改善されるだろう。

 しかし、海路は使えない事情があった。


「帝国軍が海上封鎖してる。この間も、輸送船が問答無用で撃沈させられたらしいぜ」


「なんですかそれ!? もう敵みたいなものじゃないですか!」


「少なくとも、味方ではない。だが敵には回せない」


 キミヒコの言葉の意味は、さすがにエミリアも理解するところらしい。グッと言葉を詰まらせている。


 帝国軍は強大だ。空母を中核とした艦隊により、この島における制海権も制空権も完全に掌握している。カイラリィの勢力圏にある港も、空母の艦載竜騎兵による空襲でほとんどの船が破壊され、不定期に島の上空を帝国軍の竜騎兵が監視のため飛び回っているような状況だ。


 帝国軍のこれらの措置は、この島にいるとされる、レガリクスという人物を島外に逃さないためのものである。

 しかし、一応は味方であるはずのガルグイユ人勢力の補給すら阻害するこの強硬な海上封鎖には、別の意図も含まれているとキミヒコは感じていた。


 カレンは、意図的に南部と北部の連携を阻害しているな。ガルグイユ人同士の分断を煽って、戦局の泥沼化を狙っているのか……。


 帝国軍の知己の悪辣さを認識しながらも、キミヒコはそれに対して特に行動を起こすことはないし、口に出したりもしない。自分には関係ない。そう思っている。


「まー悪いことばっかじゃないさ。海上封鎖をくらってキツイのは、カイラリィもそうだしな」


「それは、そうかもしれませんが……でも……」


「ていうか、何? ガルグイユ人どもに同情でもしてるのか?」


 キミヒコがそう言えば、彼女は顔を伏せて黙ってしまう。


 エミリアはこの島の先住民たちのために、ここにいる。ガルグイユ人は、先住民たちからこの島を奪ったともいえる人間たちだ。だから彼女は、ガルグイユ人たちを嫌っていた。

 しかし、長引く戦乱により苦しむ人々を直接その目で見て、同情心がでてきたようだ。


 その優しさとも呼べる感性は、人としては健常かもしれない。だが、それは同時に危ういもののようにもキミヒコには思えた。


「……この街の連中がそんなに心配なら、前線を押し上げるしかないぞ」


 煮え切らないエミリアに、キミヒコは言ってやる。


「前線を……?」


「それはそうだろ。そうすれば、もうこの周辺で物資を調達しなくていいからな」


「でもそれは、今度は前進した先で、物資を集めることになるのでは……?」


「まーな。でも今度は安上がりだ。敵の民衆……カイラリィの人間には、金を払わなくてもいいし」


「……東部には、カイラリィの植民人以外に、ガルグイユ人も相当数残っています。それについては?」


「過激派連中の言い分だと、同じガルグイユ人でも、カイラリィに協力した裏切り者相手には何やってもいいんだってさ。略奪どころか、殺しても、な」


 キミヒコの返答に、エミリアは露骨に顔をしかめた。

 解放軍は、イデオロギーの坩堝だ。過激な思想に振り切れた人間も多い。それこそ、カイラリィの駆逐のためならば、どんなことをしても許される。そう信じきっているような人間もいる。


「一部の過激な方々が、そういうことを言っているのは知ってます。でも、全員が全員、そう思ってはいないはずです」


「そうだな。でも、物資の確保で、最も手っ取り早くてスマートなやり方が略奪さ。空きっ腹では兵も戦えんし、穏健派もそれを黙認しそうだな」


「な、なんでですか? それを黙認しては、自分たちの主義主張に矛盾するではありませんか。穏健な方々は、ガルグイユ人の自治独立はあくまで民衆のためだと……」


「そういうのの辻褄合わせは戦後にやるんだよ。僕たち私たちは反対だったのに、過激な一部の連中が勝手にやりましたー、自分たちはいつでも民衆の皆様の味方でーす、とか言ってさ」


 キミヒコの言い草に、エミリアはショックを受けている。

 そして、何か反論を口にしたいようだが、なかなか言葉が出てこないようだった。


「そんなこと……。みんながみんな、そんな考えじゃないはずです。他人や民草を思いやる心だって、きっとみんな持っているはずで……」


 しばらくして、彼女の口から絞り出されたのはそんな言葉だった。


 思いやり……ね。他人にそんなモノ、期待するのが間違ってる。だから、俺は……。


 そう思って、エミリアに向けていた視線を切って、ホワイトの方へとキミヒコは目を向ける。

 他人と、その人間性の否定。そういった意思を反映させたかのような、魔力の糸。剥き出しのエゴを身に纏う、白い人形の姿がキミヒコの目に映る。


「……貴方。時間です」


 じっと見つめる主人に向けて、ホワイトがそう言った。

 それを受け、キミヒコは「わかった」と短く返事をして、今度はエミリアへと向き直る。


「じゃ、俺は行くから。色々気がかりがあるのなら、エミリアは社会見学でもしてなよ」


「社会見学……?」


「そ。商店の食糧の価格を調べたりとか、街の連中の話を聞いたりとかさ。お前は兵隊っぽく見えないから、住民たちの本音を聞くこともあるだろうよ」


 それだけ言って、キミヒコはベンチを立った。そしてエミリアの方を振り返ることもなく、ホワイトを引き連れ、そのまま公園を出ていく。


 向かう先は、ドロドロとしたナニカが渦巻く、解放軍の中枢。ルセリィも出席する、次の攻勢のための作戦会議の場だ。

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― 新着の感想 ―
 実はお節介焼きで親切なキミヒコ。  エミリアに対して「知らん」「俺には関係ない」で済ます事もできた筈。  彼女に現実を教えてやる必要はないし、出かける前にしたアドバイスも、本来はキミヒコがしてやる義…
そういえば今章はいつもよりも登場する主要キャラの女性比率が高くて、少し華やかですね。……華やかか? 敵も味方も権力者も男ばかりのいつものキミヒコまわりが好きですが、今章みたいな感じも新鮮で楽しいですw…
こうして純粋で善良なエミリアを見てると、キミヒコって本当にクズなんだなって感じます 今までは否応なくトラブルに巻き込まれた上で、割と露悪的に自分本位な面を見せてる部分とかあったけど、今回の心優しい女の…
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