#7 リゾートアイランドを、血で染めて
現在、このガルグイユ島は荒れに荒れている。
元々、この島を実効支配していたカイラリィの総督府はその勢力圏を大きく失い、島の西半分はガルグイユ人たちの反乱勢力に奪われていた。だが、そのままこの内戦が終了するかと思いきや、そうはなっていない。
理由は三つ。
まず、反乱勢力のガルグイユ人たちの問題。
島のあちこちで決起した彼らだったが、その足並みはまったく揃っていない。
誰がトップで、戦後はどういう統治機構にするのか。そういったことがまとまっていない。ただ単に反カイラリィということで、同時期にあちらこちらで蜂起したに過ぎないのだ。主義主張が乱立し、イデオロギーの坩堝と化している。
今でこそ、各勢力は打倒カイラリィで協調しているが、それもいつまで続くかわからない状況だ。
次に、総督府の状況変化だ。
一時期、完全に追い詰められていたカイラリィの総督府だったが、大陸の本国が崩壊したことにより、正規軍の残党がこの島に流入。敗残の兵たちとはいえ、この残党の中にはカイラリィ騎士二名も含まれていた。これにより、総督府の戦力は増大。ガルグイユ人たちの勢力に逆襲を開始した。
局地戦における騎士の力は圧倒的で、内戦初期は本拠地以外のほとんどの領土を奪われていたが、今は半分近くまで取り返している。
では、今現在の戦況は総督府が優勢かというとそうでもない。
それが最後、三つ目の理由。シュバーデン帝国軍の存在である。
キミヒコと一緒にやってきた、帝国軍の派遣部隊。彼らは暗黒騎士四名からなる騎士級戦力を中核とした上陸部隊と、洋上に浮かぶ空母の航空隊を主力としている。
そして帝国軍は島の北部の、とある反乱勢力に接触し協力関係を結んだ。だが、帝国軍の部隊は積極的に総督府と戦ったりはしなかった。暗黒騎士たちは北部反乱軍の本拠地から、一歩も動かない。
しかし、暗黒騎士たちが動かないとはいえ、その戦力は総督府にとって脅威である。ただでさえ、騎士の頭数では負けているのだ。総督府は抱える騎士二名を、北部の暗黒騎士たちの牽制に回すしかなくなった。
騎士を引き抜かれた南部戦線はこれにより膠着。南部反乱軍と総督府南部方面軍が衝突を繰り返しているが、ここのところ、勢力図に変動はない。
ネイティブ・オーダーという組織が誕生したのは、こうした状況下であった。
「——と、現在の島の状況はこんなところかな」
ルセリィがそう言って、簡単な現状説明を締めた。キミヒコもおおよその状況は把握していたので、特に目新しい発見はない。
今キミヒコがいる場所は、彼女の組織、ネイティブ・オーダーの会議室だ。人数が集まって会議する部屋とはいえ、先住民族たちの会議室なので色々と小さい。
一つだけ、普通の人間サイズの椅子があるので、キミヒコはそれに腰掛けている。おそらく、エミリアの椅子だろう。彼女は今この場にいない。いるのは対面の席に座るルセリィと、背後に控えるホワイトだけだ。
「それで? 今後の方針はどうする予定なんだ?」
「すんごい大雑把に言うと、ガルグイユ人どもの反乱勢力に加わって、カイラリィと戦う。その中で発言力を獲得して、戦後、私たち先住民族の一定の地位を築く。組織としての方針はこうかな」
「なるほど。組織の方針はそれでいいけど、お前さんの予定は?」
キミヒコが今度はそう問いかければ、ルセリィは獰猛な笑みを浮かべた。
「カイラリィの連中を駆逐するのは当然として、それまでの間……いや、それを成した後もガルグイユ人たちには相争ってもらいたいな。……私が天下を取るには、この島にはもっともっと血を流してもらう必要がある」
道徳的な問題は脇に置いて考えると、彼女の言うことはキミヒコにはよくわかる。
ルセリィの天下を取るという発言は大言壮語そのものである。ネイティブ・オーダーはいまだに他の勢力にその存在を認められていないレベルの組織であるし、そもそもその支持母体である先住民族が弱小なのだ。
そんな彼女らが天下を取るには、世の中は荒れていれば荒れているほど良い。既存の権力構造が破壊された、下剋上が横行する乱世でもなければ、万に一つも可能性はない。
しかし、これは先住民族の総意ではなく、あくまでルセリィの個人的な野心である。
こうした個人的な思惑を、ルセリィは周囲に全く話していない。あくまでネイティブ・オーダーの設立は、先住民族の地位向上のため。そしてこの島の平和のため。そんな聞こえのいい言葉で誤魔化している。
「そういう邪悪な本性、もっと隠せよ。なんで俺にはフルオープンなの?」
「大佐の力が必要だから」
キミヒコの疑問に、ルセリィは即答した。
キミヒコのことを大佐と呼んだことから、ある程度の推察はできる。帝国軍絡みだ。
「私は帝国軍と協調したい。彼らが本気になってガルグイユ人に味方すれば、こんな戦乱はあっという間に片付くのに、そうしていない。彼ら、戦乱が長引くのを望んでるんでしょ? それって、私にはすんごいありがたいんだよねー」
案の定のルセリィの言葉に、キミヒコの口からため息が漏れた。
彼女の言うことは、帝国軍の現状を正確に表現している。帝国軍はこの島の内戦に、積極的に介入していないし、明確な敵であるカイラリィ残党とも一度も戦っていない。
ある目的があるからだ。
そのために、この島が荒れている方が彼らには都合がいいので、色々と工作活動を行なっている。そのうえ、カイラリィの残党、特にこの島に逃げ込んだ騎士二名を泳がせてもいる。
「俺はさっさと終わってほしい。平和を謳歌したい。……帝国軍の連中、本気を出せばこの島の敵を皆殺しくらいわけないのに、まごまごしやがって……」
「またまたー。あなたには平和なんて似合わないって。一緒にムカつく連中をぶっ殺そうぜー」
ケラケラと笑うルセリィに、キミヒコは嫌な顔をした。
別に、この女の野望を非難しているわけでもない。
先住民族は今まで虐げられてきた歴史があるし、彼らがこの島を取り戻したいというのは理解できる。が、そんなことはキミヒコとしてはどうでもいい。こんな民族紛争など、全く関係のない他人事だと考えていた。
そして、ルセリィもそうした民族の悲願については関心が薄いようだった。彼女を突き動かすのは、野心と欲望、そしてカイラリィへの恨み。それだけだ。
そういうふうにキミヒコは彼女のことを認識していた。
綺麗事を並べて紛争に首を突っ込むような輩に比べ、理解はしやすいし共感もできる。
しかし、彼女の容貌とその野心的な態度は、キミヒコにある人物を連想させるのだ。
「お前を見ていると、あの女を思い出してなんか嫌だな……」
「お。元恋人かな?」
「ちげーよ。あんたと同じで、童女みたいな姿なのに、権力欲旺盛で超邪悪な知り合いがいるんだよ」
キミヒコの言葉に、ルセリィは興味深そうな顔をする。
そいつは誰なのか。
そう視線で問われているが、キミヒコは無視した。
言いたくないのに、理由がある。危険な権力者なのであまり話題に上げたくないし、キミヒコと繋がりがあるとも思われたくなかった。
件の人物の名前は、エーハイム。言語教会の枢機卿である。
彼女もまた、ルセリィのような幼い子供の姿をしている。姿だけで、中身は違う。半世紀以上、姿に変化がないらしい。そしてそんな幼い姿でありながら残酷だ。邪魔者を一族郎党皆殺しくらいのことは平気でやる人間である。
こいつ……雰囲気が、あの枢機卿に似てるよな……。顔とかじゃなくて、なんていうか……声とか背丈とか、その中身のアンバランスさとか……。他の先住民族はそうでもないのに、なんだろうな……。
そんなことを考えながら、キミヒコはルセリィを黙って見つめる。
彼女はそれに対して特に動じることもなく、ただ、興味深そうにキミヒコの様子を傍観するだけだ。
部屋に沈黙が降りる。キミヒコもルセリィも、何も口にしない。キミヒコの背後に立つ人形もまた、微動だにせず沈黙を貫いている。
そんな静かな部屋の扉が、唐突に開かれた。
ノックもせずに入ってきたのは、エミリアだ。
誰もいないと思っていたのだろう。部屋にいる二人と一体に、目を丸くしている。
「……あら? お早いですね、お二人とも。それに、ホワイトちゃんも」
「ん……エミリアか。君こそ、ずいぶんと早いじゃないか」
「はい。会議の準備にきました。……開始はまだ時間はありますが、ルセリィさんはどうしてここに?」
エミリアの言うとおり、この後はこの部屋でネイティブ・オーダーの幹部が集まり、会議の予定だ。準備に来たという言葉どおり、エミリアは会議用の椅子を抱えて持ってきている。先住民族用の小さいものではない、普通のサイズ。キミヒコ用の物だろう。
この後の会議にはルセリィとキミヒコも出席予定だが、開始時刻までまだまだ時間はある。なぜこんなに早くに来ているかといえば、会議の結末をあらかじめ決めておくための相談だ。
ネイティブ・オーダーという組織は、幹部が複数いる体制になっていはいるが、実態はルセリィの独裁である。わざわざ会議を開くのは、一応みんなの意見を聞いて決めてますよというポーズと、ガス抜きの意味合いが強い。
だが、そのあたりの事情にエミリアは疎い。ルセリィが遠ざけている。
「これから彼をみんなに紹介するから、そのリハーサルかな」
「ま……そんなとこ。俺ってよそ者だし、帝国軍と繋がりがあるからさ。あまり良く思われてないだろうから、入念にやってんの」
ルセリィが適当に誤魔化し、即座にキミヒコもそれに乗る。
それについて、エミリアは特に疑うこともなかった。「そうでしたか」と言って頷いている。
しかし、思うところがあるらしく、神妙な顔で口を開く。
「それはそれとして……キミヒコさん。なんだか、ずいぶんルセリィさんと仲がいいですよね」
「そうだな。俺も不思議だ。なんでだろうな?」
キミヒコの返答に「えー」と不満げな声が上がる。エミリアではなくルセリィの声だ。
すっとぼけてみせたキミヒコだったが、ルセリィの好意的な態度に当たりはついていた。
このちっこい女、どんだけカイラリィが嫌いなんだよ。俺らが直であの老帝国と戦ったわけでもないのにさぁ……。
顔には出さないが、キミヒコの胸中には呆れた思いがあった。
ルセリィはカイラリィ帝国が大嫌いだ。憎悪しているといってもいい。
そんな嫌いな国を叩き潰したのがシュバーデン帝国であり、カイラリィ崩壊の決定打に繋がったのがヴィアゴル戦役である。それゆえ彼女は帝国軍のファンだったし、あの戦役で活躍して名誉大佐の称号までもらったキミヒコのことも尊敬しているようだった。
「キミヒコさん。ルセリィさんはうちのトップなんですから。……打ち解けるのはいいですが……」
「安心しろ。公的な場では、ちゃんとわきまえた態度でいるからさ」
キミヒコがそう言えば、エミリアはどこか心配そうな様子だったが、「ならいいですけど……」と口にするに留めた。
「まーそんなにカリカリするなよ。お姉ちゃんを取られて嫉妬するのもわかるけどさ」
「そ、そんなんじゃないです! ただ、キミヒコさんが、大陸の戦争で活躍したっていっても、ここではルセリィさんが上なんですからね」
「さっきも言ったけど安心しなよ。俺はいつでも、上の人間には媚びへつらうからさ」
キミヒコが笑いながらエミリアをからかえば、「もう! この椅子、キミヒコさん用ですからね!」と言って彼女はプリプリと怒って出ていってしまった。
それを見届けてから、キミヒコがホワイトに目配せをした。人形はそれを受けて、エミリアが置いていった椅子をキミヒコの下へと持ってくる。
「ずいぶん、慕われてるらしいな。一緒に住んでるんだっけか」
エミリアの持ってきた椅子の座り心地を確かめながら、キミヒコが言った。
「うん。父上が拾ってきたんだよ」
「……どういうシチュエーションで?」
「裸で、私たちの集落付近の森で暴れてたのを保護したらしいよ。木とか岩とか素手で破壊してたってさ。もうだいぶ前の話だね」
「へー……裸ね。荷物は何もなし?」
キミヒコの言葉に、ルセリィは黙って頷いた。
何か、アーティファクトを授かったわけでもないのか……? そうするとやっぱり何か別のモノを授かった? 異常な戦闘能力はそれ関連? いや、この女が本当のことを話しているとも限らないな。アーティファクトだった場合、こいつらが隠し持ってる可能性もある。
そう考えて何か含むところがないか、キミヒコはルセリィを観察する。
だが、彼女に不審な様子はない。ニコニコと笑みを浮かべている。
「その父上とやら、まだ会ってないけどまだ現役の族長なんだろ? 組織の設立には関与してないわけ?」
「あー……最近、ちょっと調子が悪くてね。あと、そもそも父上はこの戦乱に介入するのに反対だったし」
続く会話にも、不審な態度はないようにキミヒコには見えた。
キミヒコの左目の魔眼により強化された視力で、魔力の動きや視線、発汗などを探るが、異常なし。ホワイトが糸電話で、ルセリィの脈などのバイタルサインを知らせてくれてもいるが、彼女は平静そのものだった。
もっとも、嘘を言っていたとして、態度で見破れるような人物ではない。ルセリィという女は腹芸がお手のものだ。
エミリア関連の探りを入れるのをキミヒコは早々に切り上げて、この後の会議についてに話を戻すことにした。
「まーいーや。話を戻すけどさ。帝国軍と繋がりたいのはわかるが、反対する奴はどれくらいいるんだ?」
「結構いるよー。てか半分以上はそうかな」
「よそ者に穏健なのは、少数派か」
「少ないねぇ。そういう穏やかな人間は、こんな組織に入ってくれないからね。消極的な協力に留めてる感じかな。まあ、組織の立ち上げには賑やかし要員も必要だから。声と態度だけでかい連中も必要でさ」
彼女の言うことはキミヒコにも理解できる。
理性的な人間は、こんな明らかに勝ち目の薄そうな組織に参加などしない。
今までの自分たちを不当に扱った者への怒り、あるいは義憤や正義感。そういったもので動く人間でなければ来てくれないだろう。
だがこの手の人間は厄介だ。精神論を振りかざしたり、勝てもしない戦いを始めたり、合理的な判断ができずに暴走するのもこの手合いだ。
「……ま、へーきへーき。この島、もっともっと荒れる予定だからね。小さい身体に大きな態度。そういう連中には早死にしてもらうから」
「一応、反体制組織なわけだから、まあ、それは簡単だな。合理的に戦死してもらう状況には事欠かないか……」
「そーそー。軌道にさえ乗せれば、あなたとエミリアさえいればこの組織はなんとかなるよ。他はどうでもいい」
「エミリアじゃないけど、その邪悪な本性は場をわきまえて出せよ。というか俺にだけ曝け出しすぎでしょ」
キミヒコの言葉に、ルセリィはケタケタと笑う。
その様を見て、キミヒコは大きく息を吐いた。




