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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#28 夜明け

「――と、まあ、そんな感じでして。あと数時間で夜は明けるということらしいですよ」


「……結界の解除は確認済みだが、デルヘッジ司教の言葉が正しければ羽根蟲も死に絶えるか。結構なことだね」


 対策本部の一室で、キミヒコはナッテリーに事の顛末を報告していた。

 彼女の顔色は相変わらずの悪さだが、その口調は若干、軽い。ひとまずは山を越え、彼女も安堵しているらしかった。


「はあ……疲れた……。あの忌々しい赤いお月様も、ようやく元に戻ったか……」


 本当に疲れたという具合に、窓の外へと視線を向けながら、ナッテリーがぼやく。

 その言葉どおり、結界の影響で赤く光っていた満月は、普段の黄色に戻っている。


「……とりあえずはお互い、生き残れたということですね。まあ、それはいいのですが……」


「後始末は教会に任せるよ。私は何も知らない。誰が悪いのかなんて、見当もつかない」


「……そうですか」


 ナッテリーは事件の後処理に、口を挟む気はないらしい。


 教会はこの後、リシテア市壊滅の真相を闇に葬るだろう。天使学派が、自分たちの身内だった連中がこれを引き起こしたなど、認めるはずがない。

 あの手この手で隠蔽工作を図るはずだ。


 そしてそれを、ナッテリーは黙認する。そういう意思表示を、キミヒコの前で念を押すように口にしてみせている。

 連盟機構の事務局長でも、言語教会は恐ろしいらしい。


「では、この資料は……?」


「煮るなり焼くなり、大佐の好きにしてくれ。中身は全部忘れたよ。私も、部下たちもね」


 机に置かれた紙の束。それから目を逸らすようにして、ナッテリーは言う。


 この資料は、先の天使学派の地下聖堂襲撃の際に、ナッテリーの子飼いの部下たちが回収したものだ。

 中身を全部忘れたなどとナッテリーが言うだけあって、天使学派の暗部があれやこれやと記されている。


 羽根蟲を造り出したこと。

 真の力を発揮させるため、専用の宿主である素体を造ったものの、そのほとんどが失敗作だったこと。

 素体が造り出せないまま羽根蟲の寿命が近づいてきたため、最後の手段に打って出たこと。 


 それらが、克明に記されている。


 最後の手段、か。メチャクチャやりやがって。まったくさぁ……。


 資料の中身を思い返して、キミヒコが心中で毒づく。


 天使学派が最後にやった最終手段。今回の騒動、都市に結界を張ったうえに羽根蟲を市内にばら撒いたことだ。

 結界を張ったのは寿命の問題を引き延ばすため。

 ばら撒いたのは、素体が完成しなかったので、素体なしでの天使の模造品(レプリカ)の作成を目指した結果らしい。

 元々、理論上は専用に調整した素体なしでも、あの天使の形の魔人が完成する予定だった。それがうまくいかなくて、素体を用意しようとしたのだがそれも失敗。

 そこで天使学派は仕方なく、寄生された人間を増やす、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法に切り替えた。リシテア市の住民を全て使っての人体実験ということだ。並行して、養子斡旋事業で放出していた不適格とされた素体の回収もしていた。


 長い長い、赤い月の夜は、こういった思惑により発生したらしい。


「ああ、そうそう。これを大佐に渡しておこう」


 ナッテリーがそう言って、なにか手紙のようなものを差し出してくる。


「これは……?」


「連盟機構の通行証……の仮発行証だよ。正式なものは後で私が手を回しておくから、どこか適当なギルドを指定して、受け取ってくれ」


「いいんですか? 結局、ギルドからの依頼は受けてないですけど」


「いいさ。大佐のおかげで助かったし、これくらいお安い御用だよ。……手続きが面倒だから、大佐は依頼を受けていたことにしておく。そこだけ口裏を合わせておいてくれ」


 そう言ってナッテリーは笑う。


 ギルドの通行証。連盟機構から発行されるそれは、今回の羽根蟲の案件でのギルドの依頼の報酬だった。

 依頼を受託することで、都市から逃げ出せなくなることを嫌って、キミヒコはこの通行証を諦めていた。依頼は結局受けなかったので、本来これは手に入らないものだったのだが、どうやらナッテリーが気を回してくれていたらしい。


 想定外の報酬に、キミヒコの顔がほころんだ。


「ありがとうございます。……この都市に来て、さんざんでしたが……良いこともあるものです」


「大佐の活躍を考えれば、正当な報酬だよ。むしろ少ないくらいだ。……落ち着いたら、帝都にも是非顔を出してくれ。個人的な謝礼も用意しておこう」


 ナッテリーの顔色は相変わらず悪いが、その声は若干、弾んで聞こえる。

 その表情からは窺い知れないが、危機を脱したことで、彼女は本気で喜び、そしてキミヒコにも感謝しているらしい。


 連盟機構の通行証に、事務局長とのコネクション……。最悪な目にあったと思ったが、得られるものはあったか。


 今回の事件で、本当にひどい目に遭ったキミヒコだったが、最終的な結果は悪くはない。生き残れたし、得られるものもあった。

 とりあえずはこれで良かったのだと、キミヒコは今になってようやく胸を撫で下ろした。



 ナッテリーとの会談を終え、キミヒコはギルド庁舎を後にすべく、同施設内をのんびりと歩いていた。

 何人かの職員とすれ違うが、皆一様にして顔色は明るい。リシテア市の結界が解除されたことは、ここの職員にはすでに知れ渡っているらしかった。

 住居や財産、それから家族。そういったものを失った者が多数いるのだが、それでも、今この瞬間はただ喜びを噛み締めているようだ。


 だが、キミヒコがエントランスまで到着すれば、そんな明るい空気を消し飛ばすほどどんよりとした空気を纏った人間が一人。エントランスの隅で、三角座りで俯いている。

 アミアである。

 彼女の隣にはホワイトが佇んでいた。監視のためだ。


「おーい、話は終わった。帰るぞ」


 キミヒコがアミアに声をかけながら、服の下から何かを取り出し、ホワイトに投げ渡す。

 ホワイトが受け取ったのは、人形の右腕。護身用としてキミヒコが持ち歩いていたものだ。キャッチした右腕を、人形はそのまま肩に嵌め込んだ。


「……アミア、聞いてる? もう帰るぞ」


 反応しない彼女に、キミヒコは再び声をかける。

 二度目の声かけに、アミアはゆっくりと顔を上げた。その目は赤く腫れている。散々に泣いて、そうなったらしい。


「帰る? 帰るって、どこに……?」


「いつもの喫茶店に決まってんだろ。ネオもシモンも待ってるぞ」


 その言葉どおり、今はネオもシモンもこの場にはいない。

 キミヒコとしてはこんな都市からはさっさと出ていきたいため、そのための荷造りやら馬車の調達やらを彼らに任せていた。


「先に戻っててよ。今は、独りにさせて……」


「わがまま言うな。……みんな心配してんだからさ。そういうのは後にしてくれよ」


「心配……? キミヒコさんも? ホワイトちゃんも?」


「もちろんさ。だから、ホワイトはずっと一緒だったろ」


「嘘だ。私のこと、ホワイトちゃんに監視させてたんでしょ。……だから、ずっと張り付いてたんだ……」


 アミアはそう言って、じっとキミヒコを見つめる。その瞳は、金色に染まっていた。


 事態が収束しても、彼女の身体は魔人のままだ。ある程度コントロールできるようだが、こうして変身の兆候を見せることもある。

 それゆえ、キミヒコはホワイトに、彼女の監視をやらせていた。ここに連れてきたのも、ホワイトから離さないためだ。


 つまり、アミアには図星を突かれたわけだが、キミヒコはどこ吹く風である。


「おっ。そういうの、わかるようになったか。てことは、ずいぶん頭の中はクリアになってるな。よかったよかった」


 アミアの疑念を、キミヒコは否定しなかった。


 天使学派が壊滅してから、彼女は徐々に徐々に、落ち着きを取り戻しつつある。天使学派から刷り込まれた殺人衝動が消えてきたのだろう。それに伴い、小児レベルだった頭の回転も、元に戻ってきているらしい。

 それは喜ばしいことではあるのだが、キミヒコのそうした態度に、アミアは項垂れた。


「いったい、なにがいいっていうのよ……。正気に戻っても、私は化け物のまま……」


 そう言って、アミアは視線を落とす。


「まあ、あれだ。個性ってことでよくない?」


「個性って……。翼が生えたり、目からビーム出したり、首を切りとばされても再生するのが、個性? 人間が持ってていい個性じゃないでしょ……」


「そう悩むなよ。どれもマイナスな事柄じゃない。目からビームとかかっこいいだろ。……嫌なら、使わなきゃいいだけだ。使わなきゃ、普通の人間だよ」


 使わなければいいとキミヒコは言うものの、実際には、使ったらまずいというのが正確である。これらの能力を迂闊に使って、魔人だと周囲にバレれば、彼女は終わりだ。

 そしてそんな、キミヒコの冗談めかした慰めに、アミアは力無く首を振る。


「今までやったこと、覚えてるの。何人も人間を殺して……もう、人間じゃなくて……。お、お父さんにお母さんも……わ、私……」


 声を震わせながら、そんな言葉を彼女は絞り出した。


 やれやれ。精神状態が元に戻ったはいいが、それでこの有様か。弟は弟でドライすぎるが、姉は姉で湿っぽいよな。まあこれが普通なのかもしれんが……。


 心中でそう思いながら、キミヒコは肩をすくめてアミアを見下ろす。

 そんなキミヒコに、彼女はすがるような目を向けてくる。


「……私、これからどうすればいい? もう死ぬしかないかな? ハンターとかが、私を、こ、殺しに……」


「命あっての物種だ。生きてさえいれば、なんとでもなる。さっきも言ったが、黙ってりゃ普通の人間だよ。リシテア市はもう駄目だが、どっか他の場所で、また喫茶店でもやればいいさ」


「もう人間じゃないんだよ、私。なのに、人間の振りをして、喫茶店……? ふ、ふふ……人殺しの化け物が、お店なんてできるわけ……ない……」


 いつまでもうじうじと湿っぽいアミアに、いい加減にキミヒコも頭にきた。


「うるさい黙れ。ガタガタ抜かすな。金も居場所も安全も、どうにかしてやる。だから余計なことは考えるな。いいな?」


「…………うん」


 冷酷に突き放してやろうと思っていたのに、意識せずに想定外の言葉が口から出たことで、キミヒコは自分で驚いた。


 ……やばい。余計なこと言っちまった。どうにかしてやるってなんだよ。俺ってこんな見栄っ張りだったか……? なんで俺がそんなことまでしてやらなきゃ……。


 キミヒコの心中で、そんな後悔の言葉が巡る。


 ネオとの約束もあり、言語教会への陳情はこのあとする予定ではある。そこで彼女の身の安全を陳情して、それで終わり。本来ならそれだけの予定だった。

 この魔人の安全保障を教会が了承するのか。了承したとしてその約束をきちんと履行するのか。

 そういった懸念事項はあったが、陳情をやったという事実があれば、それ以上は知らない。そういうつもりだった。


 教会のお偉方との会談。それだけでさえ神経を削るのに、アミアの仕事の世話までしてやるなど、気疲れするどころの話ではない。


 今からでも、先の発言をなかったことにできないか。そう思って、キミヒコはアミアの様子を窺う。

 彼女はぼんやりとこちらを見つめている。金色の瞳が揺れ、その髪はほのかに金色に輝いている。

 そしてその表情。それを見て、キミヒコは何も言えなくなってしまった。


 深くため息をしてから、キミヒコは今後の予定について考え始めた。

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― 新着の感想 ―
なろう史上もっとも死に近いハーレム構築とはたまげたなあ いやぁ~~ホワイトちゃんとアミアで両手に花かなあ~カーッうらやましい(棒 核の地雷原で華麗にタップダンスする主人公に敬礼(`・ω・´)ゞ
[一言] ちょっと絆されかけてるのおもろい
[気になる点] このまま一件落着! になればいいがなぁ、キミヒコだしなー
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