#24 レプリカ・セラフィム
「……じゃ、作戦概要を確認するぞ」
シモンにネオ、それにアミアを前にして、キミヒコが言う。
「お前ら二人とコロちゃんで、美術館の地下通路を通って、連中の拠点に侵入。俺とホワイトは後詰めな」
それぞれが、神妙な面持ちで、喫茶店のテーブルについてキミヒコの説明を聞いている。
「内部には連中の避難シェルターと秘密ラボがあるらしいが、詳細な構造は不明。まあうまくやれ。臨機応変にな。……俺たちは後方で待機してるから」
ナッテリーから提供された、地図を片手にキミヒコが言う。
この地図は、過去の都市建造計画の設計情報を基に作成されたものだ。
表向きの地下下水道の構造と実際の工事の記録を照合して、その矛盾から推測された地下建造物の地図となる。
とはいえ、お世辞にも正確であるとは言えない代物だ。少ない情報をまとめて、急いで用意されたものなので仕方ないことではある。
だが、実際にそれを基に突入する者からすれば、不安でしかないことだ。
「この作戦……いやこれ作戦って呼べます? いい加減すぎません? ていうか、僕とシモンさんだけで飛び込めと?」
「毎度のことだろ……」
ネオの不安げな声に、シモンが諦めたようにそう言った。
「うるせーぞ。文句言うな。……突入直前にホワイトの糸で内部を洗う。ヤバそうならホワイトを先行させるから、心配するな。それに、ナッテリーの手下たちが別ルートから少し遅れて強襲をかける」
「少し遅れて? 同時じゃないんですか?」
「……アーティファクトの回収は、他の連中に先んじて完遂したい」
ネオの疑問に対するキミヒコの回答に、シモンが眉を顰める。
「まーた勝手なことをやる。こういうのって、足並み揃えた方がいいんじゃねーの?」
「うるせー。言語教会の老人どもはな、他人の仕事に難癖つけるのが大得意なんだよ。きっちり報酬をいただきたいなら、ガタガタ言うな。とにかく、アーティファクト『ディアボロス』は俺たちの手に収めたい。確実にな」
リシテア市の現状を勘案して、キミヒコはナッテリーに教会の秘匿するアーティファクトの情報を供与した。だがこのうえ、アーティファクトの現物を彼女に押さえられ、それが世間に露呈した日には、教会から文句を言われかねない。
無論、彼女がキミヒコの事情を汲んで動いてくれる可能性も大きいが、保証はない。
このリシテア市からの脱出からの協力という点については、ナッテリーを信用しているキミヒコだったが、それ以上ではなかった。
とはいえ、教会の連中だって、事態がここまで大ごとになるとは思っていなかったはず……。アーティファクトの件が世間に漏れても、俺への追及はそこまでじゃないだろう。だが……。
今後のこと、リシテア市から脱出した後のことをすでに考えているキミヒコには懸念があった。
「ネオ、お前は特に奮起しろよ。教会の覚えはよくする必要がある」
ネオに向けた言葉だが、キミヒコの視線は別の人間に向いている。
視線を向けられているのはアミアだ。彼女はなんのことかわからないらしく、首を傾げた。
「……わかりました、頑張ります。ですから、今後のことは……」
「可能な限り努力はする。けど、前にも言ったが、教会に泣き落としは通用しない。手土産が必要だ。……わかるよな?」
キミヒコの言葉に、ネオは無言で頷いた。
なんだかんだで、彼は理解が早い。魔人となった姉の安全保障を考えたとき、言語教会からの庇護があれば安心だ。
カルト宗教の犠牲になった悲劇のヒロインというだけでは、教会は絶対助けてくれないだろう。むしろ天使学派の後始末とばかりに殺しにかかるはず。
だが、今回の件は言語教会にとっても大事件だ。ここでうまく立ち回り、貸しを作れればまだ可能性はある。
「……今回の件、大事件になっちまった。事が済んだら俺は報告のために、聖職者どもの会議に呼ばれるだろう。たぶんそこで、偉い人に会うことになる」
「偉い人……?」
「ああ。偉くて、悪い奴だよ。……言語教会の中で、俺がよろしくやってる派閥の長だ。そいつに直接、陳情する。だから絶対、ディアボロスは俺たちの手中に収める」
「わかりました。頑張ります」
ネオの返事に、キミヒコは頷く。
偉くて悪い奴。正直、会いたくはない。今から気が滅入るのをキミヒコは感じた。
あーもう、らしくねえよなぁ……。なんで俺がこんな気を回さなきゃいけないんだよ……。
似合わないことをしているという自覚が、キミヒコにはあった。
この姉弟に、必要以上に肩入れをしてしまっている。なんなら、アミアについてはこの場で始末してもいいくらいのことだ。
「あーそれとだな、アーティファクトが見つかるまでは、デルヘッジはなるべく生かして捕えろ。他は全部殺してもオーケー。以上」
いろいろと思うことはあるものの、キミヒコはそう言って話を締めた。
「はいはいはい! 質問あります!」
挙手をして、元気な声でそんなことを言う人間が一人。アミアである。
「……アミア君。何かな?」
「私はどうすればいい?」
「邪魔だから留守番してろ」
にべもなくそう言うキミヒコに、アミアは不満そうな顔をする。
「私、ここに一人でいるの? 危なくない? 暴漢とか来ない?」
「いったい何が危ないんだよ。たとえ暴漢が来ても、そいつが死ぬだけだろ。気にするな」
キミヒコの言うとおりで、ここに暴漢が襲ってきたとして、命の危険があるのはアミアではなくその暴漢である。
「そうなんだ。もしかして私って、結構強い?」
「まあ、それなりかな」
「じゃあ、私にもカルト皆殺し作戦、やらせてよ」
「……なんで?」
「私もいっぱい殺したい。殺してみたい」
ニコニコとした顔で、いたって普通な声色で、アミアは言った。
面倒なことになったと、キミヒコは心中で舌打ちする。
シモンに視線を向ければ、全力で顔を逸らされた。
ネオを見れば、頭を抱えている。このところ唐突に訪れる姉の狂態に、どうすればいいか全くわからないらしい。
自分がこの魔人との対話をせざるを得ない。キミヒコはため息をついた。
「誤解があるみたいだけどさ。俺たち、人殺しが目的じゃないんだけど」
「え……そうなの? でもさっき、殺してオーケーとか言ってなかった?」
「俺らはこのクソみたいな都市から逃げ出したいんだよ。そのために、連中のアーティファクトを押さえる必要がある。邪魔する奴は仕方ないから死んでもらう。そういう話なの」
「じゃあ同じじゃない。全部殺してから、奪えばいい」
キミヒコとの会話の最中、アミアは自分の発言で高揚してきたのか、その身体が変容し始めていた。
背中から、白い翼が少しずつ伸びていっている。
「ちょいちょいちょいちょい、アミアさーん。どうしちゃったのかなー? そういう思考回路は危険だよ。前はこんなこと、言わなかったよね?」
赤子をあやすように、小さい子供に言い聞かせるように、キミヒコは諭す。
落ち着いた状態のアミアは年相応の対応をしてくれるのだが、こういう不安定な時は精神的にどこか幼い感じになってしまう。
こうした不安定さのため、アミアを戦力として勘定に入れるにはあまりに危険だった。
「前……? 前、前って私……そうだっけ……?」
「そうそう、そうだよ。もっとお淑やかだったでしょ、君はさ」
「お淑やか……。その方がいいのかな……?」
「もちろんさ。俺もシモンも弟くんも、みんなそう思っているとも」
キミヒコの言葉を、ただぼんやりとアミアは聴いている。
なんで俺がこんなことを……。ホワイトだけで、俺はもう手一杯なんだよ……。
心労が溜まっていくのを意識しながら、キミヒコはアミアの反応を待った。
「わかった。キミヒコさんがそう言うなら、そうする……」
「おお! わかってくれたか。じゃあおとなしくお留守番を――」
「ならデルヘッジは私が殺す」
ようやくこれで話は終わり。そう思っていたところに、よくわからない宣言をされて、キミヒコは閉口した。
ならってなんだよ。話の前後にどういうつながりがあるんだよ。なんにもわかってねーじゃねえか、こいつはよぉ……!
思考が暴力に支配されつつあるこの魔人を、どうやってなだめすかそうか考えるキミヒコの耳に、今度はもう一人の危険な人外からの声が入る。
『貴方、殺しますか?』
糸電話でホワイトがそんな提言をしてきた。
あっちもこっちも、殺そう殺そうと、バイオレンスなことばかり言ってくる。頭の痛い状況に、キミヒコはこめかみを押さえた。
『この魔人の魔石が今、魔核晶に変化しましたよ』
ホワイトの発言には続きがあった。
報告を受け、キミヒコは弾かれたようにアミアの方へと目を向ける。
今まで、彼女の背中に翼が生えても、それは一対だけだった。それが今は、三対六枚の純白の翼がその背から生えている。
魔力の方も変化した。質、量ともに、数段強力になっているのがわかる。そしてその魔力が、彼女の頭上で円を描くようにして渦巻いている。さながら、天使の光輪のようだ。
「えへ、えへへ……強い……私は強い……。あいつらをみんな殺せるくらいに、強い……」
精神的にハイになっているのか、アミアはブツブツと呟いている。
先程から、彼女はどうにも落ち着きがない言動が目立っていたが、この変化の前兆だったらしい。
「おいホワイト。こいつの戦闘力は今、どれくらい?」
「一般的な騎士くらいの強さはあるかと。まあそれでも、私の敵ではありませんが」
騎士と同等の戦力。人形はなんてことなさそうに言うが、騎士の戦闘力は並のハンターやその辺の魔獣とは一線を画する。
シモンやネオでは、もはや手のつけられない怪物へと彼女は変貌した。
現にシモンなどは、アミアが変貌した途端に距離を取り、いつでも逃げ出せる姿勢になっている。
しばらくアミアの様子を眺めていたキミヒコだったが、しばらくして、口を開く。
「……気が変わった。アミアくん、君、切り込み隊長に任命するね」
キミヒコの言葉に、瞬時に反応したのはシモンとネオだ。
驚愕の表情でキミヒコを見ている。「正気か?」という顔を二人でしていた。
「切り込み隊長?」
「真っ先に突撃する役目だよ。天使学派の連中、好きにすればいい」
聞き返してくるアミアに、キミヒコが説明をしてやる。
先程まで反対されていた天使学派への強襲作戦に、突然参加を認められ、アミアは目を白黒させている。
「え、いいの? 本当に?」
キミヒコが黙って頷くと、アミアは大喜びだ。
頭上の光の輪っかがピカピカ光り、背中の六枚の翼がバサバサとはためいている。
「……信用するのか?」
キミヒコのそばまで来て、シモンが声を潜めて言う。
「まさか。……もう何をするか予測不能だし、フリーにするには危険すぎる。だったら連中にぶつけるまでだ」
「しかし、なぁ……」
「懸念はわかる。天使学派も馬鹿じゃない。造った化け物に首輪を付けてる可能性は十分にある。あいつが、イレギュラーな存在だとしてもだ」
キミヒコがアミアを戦力として見做していなかった理由。彼女が不安定すぎて当てにできないというのもあったが、天使学派に制御されるのではないかという疑いがあったのも理由の一つだ。
これほどの戦闘力を持った魔人を製造したのだから、コントロール下に置くための方策くらい用意しているだろう。
もっとも、こんな場所でキミヒコたちと一緒にいるアミアは、天使学派にとって想定外の存在のはずだ。首輪がすでに付けられているかは、微妙なところではある。
「突っ込ませて、そのまま連中と戦闘状態になってくれれば、それで良し。連中に取り込まれたなら、ホワイトに始末させる。お前とネオの突入はなしだ。俺の護衛を頼む」
「事務局長の部隊はどうする? 巻き添えにすると、面倒だぞ」
「……突入時間をさらに繰り上げよう。バッティングしないようにする」
キミヒコがシモンと作戦の調整をしていると、今度はネオが口を開く。
「キミヒコさん。僕も、姉さんと一緒に行きます」
ネオの言葉に、キミヒコは眉を顰めた。
アミアが天使学派との戦闘で興奮状態になった時、ネオが巻き添えにならない保証はない。そのうえ、彼女が天使学派に取り込まれれば敵に回る可能性すらある。
「あの様子じゃ、姉さんにアーティファクトの捜索はできないでしょう? 僕がやります」
「……わかった、お前に任せる。……姉貴に殺されるようなヘマはやるなよ」
キミヒコの言葉に、ネオは小さく笑って頷いた。




