#21 魔人
ナッテリーとの会談を終え、街を歩く。
道を行くのは、キミヒコとホワイト。そしてネオだった。ネオはどことなく落ち着きのない様子で、一行の先頭を足早に歩いている。
彼はつい先ほど、口裂け天使を斬り捨てている。その返り血が頬についているが、それすら気が付いていない。
「おい、ネオ。ちょっとは落ち着けよな。もう少し余裕を持てよ。あと頬、血がついたままだぞ」
「……すみません」
たしなめるキミヒコに、ネオは申し訳なさそうにそう言って、頬を拭った。
キミヒコたちが向かう先は、拠点であるいつもの喫茶店ではない。
副市長から聞き出した、天使学派の避難場所の一つだ。
もちろん、教団の上層の人間がいるような場所ではなく、末端の信者がいるような避難所である。
現在、天使学派の人間は一般市民からは疎まれているため、こうした場所に信者たちは隠れて息を潜めているらしい。
そうした避難所の一つ。現在も信者の避難民の受け入れをやっている場所で、ここは今のところ人の出入りは一番多い。
アミアがいる可能性が最も高い場所だ。
寄り道してもなぁ……。アミアがいるとは限らないし、連れ帰ろうにも本人に拒否されるかもだし、いろいろ望みは薄そうだが……。ま、こいつが納得するなら、それでいいか。
落ち着きなく前を歩くネオの背中を見ながら、そんなことをキミヒコは思う。
正直、アミアの捜索にキミヒコは乗り気ではない。だが、これからネオには働いてもらう予定なのだ。余計な心残りはない方がいい。
そうしてしばらく歩き続け、目的地に到着。リシテア市にある、言語教会の礼拝堂の一つだ。
天使学派の信徒たちの避難所として機能していると聞いていたその場所を見て、キミヒコもネオも絶句していた。
礼拝堂は焼け落ちていた。まだ火が燻っており、所々で煙が上がっている。
「あー……。こりゃ駄目だな。撤収するぞー」
しばらく呆然としていたキミヒコだったが、ネオに向けて撤収を宣言する。
なにしろこの有様である。生存者がいたとして、とっくにこの場を離れているだろう。
「おいネオ。聞いてる? もう帰るぞ」
「すみません。一応、確認してきます……」
「あ、そう。勝手にしろ」
投げやりにそう言うキミヒコに頭を下げて、ネオは建物に入っていく。
多少、煙は昇っているものの、火はほとんど消えている。彼の心配はいらないだろう。
「やれやれ。……ホワイト、この火事、どう見る?」
「おそらく放火です」
「根拠は?」
「火元は、三箇所ある出入り口のようです。酒やら油やらを染み込ませた布が燃えた形跡があります」
ホワイトの説明に、なるほどとキミヒコは納得した。
明らかに人為的な火災のようだ。そして、こういうことをやりそうな連中に心当たりもある。
自警団を名乗る面々の顔が、キミヒコの脳裏に浮かんでいた。天使学派に対して敵意を持っている彼らが、私刑をやった。今のところ確証はないが、この線が有力だろうとキミヒコは考えていた。
「それに、放火犯らしき人間が内部で死んでいます」
放火犯について考えているキミヒコに、ホワイトが補足をいれた。
予想外の情報に、キミヒコは目を丸くする。
「放火して、火がおさまってから乗り込んで、殺されたみたいですね」
「……誰に?」
「この火事の生き残りです。例の寄生虫が体内に入っています」
ホワイトが淡々と、警戒を要する情報を伝えてくれる。
伝えてくれるのはいいのだが、もうすでに、屋内にネオが入ってしまっている。
「おいっ! そういうことは早く言えよ! 糸電話をネオに繋げ、大至急!」
慌ててキミヒコが指示を飛ばす。
口裂け天使の一匹や二匹、ネオなら問題なく対処できるだろう。
だが絶対はない。まして、今のネオは姉を捜索中のうえ、焼け落ちた屋内は視界が制限される。奇襲を受ける可能性はあるだろう
『ちょっとキミヒコさん。この糸すっごい気持ち悪いんで、急に繋がないでくだ――』
「おいネオ、気を付けろ。内部に口裂け天使がいるらしい」
急に糸に纏わりつかれてネオは不満を漏らすが、構わずにキミヒコは急報を伝える。
『みたいですね。焼死でない死体も転がってます』
キミヒコの心配は杞憂だったらしい。
ネオはすでに状況を察していたようだ。その声は冷静そのもので、問題なく対処できるだろう。
「お、もう察知していたか。……じゃ、ホワイトに誘導させるから、先に口裂け天使を始末しろ」
『了解です』
キミヒコは通話を打ち切り、ホワイトに指示を出す。
この辺の連携は、キミヒコもネオももう慣れたものだ。ホワイトの糸で、うまく誘導できるだろう。
「……これで口裂け天使は始末できたとして、他に生き残りはいないな?」
「いません。でも、その生き残りは口裂け天使ではないみたいですけど」
「ん? 羽根蟲に寄生されてるんだろ。まだ変異してないってこと?」
「さあ? 普通の状態ではないですね」
「それはどういう――」
不可解なことを言うホワイトに、キミヒコは詳細を尋ねようとして、それは中断された。
糸電話を通じて、ネオから通信が入ったからだ。
『あ、あの、キミヒコさん。糸に誘導されて来ましたが、あれは……』
動揺も露わにネオが言う。糸電話越しでも、その心中が穏やかでないのが窺えた。
「あれは……なんだ?」
『……姉さん、に見えます』
恐る恐る、ネオはそう言った。
ホワイトが言う、羽根蟲に寄生された生き残り。普通の状態ではない、放火犯を殺したやつ。
それはどうやら、アミアのことらしい。
「お前は、今、どうしてる?」
『姉さんの雰囲気がおかしくて、まだ、遠巻きに見ているだけです』
「向こうの動きは?」
『いえ……微動だにしません。あの……口裂け天使がいるというのは――』
「余計なことは考えるな。すぐにそっちに行くから、監視してろ。勝手に動くなよ」
『……わかりました』
平静ではない様子のネオに、勝手なことをしないよう釘を刺し、通信を切る。
そうしてから、キミヒコはホワイトの方へと向き直った。
「ホワイトくん。君、羽根蟲に寄生されている奴がいるって言ってたね。そいつが放火犯を殺したって言ってたね」
キミヒコがホワイトに向けて言う。その声は若干、上擦っている。
「言いましたね」
「それってアミアなの?」
「はい」
「はい、じゃねーだろ最初に言えよ! 探しにきたの知ってんだろ!?」
「だって、聞かれませんでしたし」
「このポンコツがぁ……」
人形の相変わらずの調子に、キミヒコはため息を漏らす。
だがとりあえずの問題は、この人形の融通の利かない部分ではない。アミアのことだ。
面倒なことになった。
普通の状態でない、というのはまだよくわかっていないものの、羽根蟲に寄生されているのならアミアはもう駄目だ。
せめて苦しまずに死なせてやるのが慈悲というものだろう。
しかし、キミヒコがそういう判断を下したと知ったら、ネオはどういう反応をするだろうか。
割り切りの良いあの少年のことだから、特に問題は起こらないかもしれない。だが、あるいは……。
そこまで考えて、キミヒコは思考を打ち切った。とりあえず、状況をこの目で見て確認するのが先だ。
「屋内に入るぞ。……ホワイト、もし仮に、俺たちに危害を加える存在がいたなら、対処は任せた。殺害も許可する。それがどんな相手でもな」
「畏まりました」
それだけの短いやり取りをしてから、二人は屋内へと進んでいった。
◇
屋内に入り、キミヒコはすんなりとネオと合流できた。彼はとある一室の入り口の前に待機していた。ドアは焼け落ち、出入り口は開け放たれている。
キミヒコの姿を確認するなり、ネオは無言で頷き室内を指差した。
物音を立てないよう、慎重に近づき、キミヒコは中を確認する。
部屋の角に、黒髪の女性が体育座りで俯いていた。アミアだ。
彼女の様子はどう見ても普通ではない。
まず、服を着ていない。生まれたままの状態で、シミひとつない素肌を晒している。
この部屋も当然、火災に見舞われているため、部屋の中は煤だらけである。にもかかわらず、彼女の姿には全く汚れが見当たらない。
「バックアップは任せる。いざって時に躊躇するなよ」
キミヒコのその言葉に、ネオは青い顔をしながら、頷く。
それを尻目に、キミヒコはホワイトを連れて、部屋に入った。
コツンコツンと、わざと音を立てながら歩くが、アミアは全く反応しない。
そのまま近づき、距離にして三メートルというところで、キミヒコは足を止める。臨戦態勢のホワイトが前に立っている。いざというとき、即座にアミアを八つ裂きにできる立ち位置だ。
このポジションを維持したまま、キミヒコは声をかけることにした。
「よっ、アミア。久しぶりだな」
その朗らか声に、それまで俯いていたアミアが顔を上げた。
「……あ。キミヒコさん……?」
「そうだけど? 他の誰に見えるんだよ」
笑ってそう言うキミヒコに、アミアは目を丸くしている。
その顔を見るに、血色は悪くない。むしろ、どこか上気しているようにも見えた。
「なかなか、刺激的な格好だな。服はどうした?」
「ぁ……う……そ、その、火事で焼けちゃって……」
キミヒコに問われて、今の自分の格好を思い出したらしい。アミアは自分の身体を両腕で抱きしめるようにして、恥ずかしがっている。
「火事か。ついてないな。……ネオ、ちょっと隣の民家から、服を調達してきてくれ」
「……わかりました」
心配そうにこちらを窺っていたネオに、そう指示を出す。
素直に指示に従い、ネオが外に行くのを見届けてから、キミヒコは上着を脱いだ。そうしてそのままその上着をホワイトに手渡す。
人形はその上着を手にアミアに近づき、糸を蠢かせた。
『脈拍、なし。血圧、計測不能。呼吸、正常。意識レベル、正常』
ホワイトはアミアに上着を渡しながら、糸によるバイタルチェックを行ない、結果を糸電話で報告してくれる。
息もしてるし、受け答えに問題はない。顔色もいい。だが、脈拍も血圧もないってことは、心臓は動いてない。どういう状態なんだ、こいつ……。
努めてなんでもないような雰囲気を装うキミヒコだったが、内心では動揺していた。
いそいそとキミヒコの上着を羽織るアミアは、一見して正常に見える。だがその心臓は停止状態のうえ、体内には羽根蟲がいるらしい。
「怪我はなさそうだが……体調はどう? 気分が悪かったりしないか?」
「……大丈夫。……その、あ、ありがとう」
形式上、とりあえずの心配をしてみせるキミヒコだったが、アミアはどうも必要以上に照れているらしい。
顔を赤くして、もじもじしている。格好のせいもあるだろうが、それだけでもなさそうだ。
「あの、あのね。本当にありがとう。心配かけて、ごめんね」
「気にするなよ。喫茶店、間借りさせてもらってるしな。お互い様だ」
「ううん。キミヒコさん、前から私を心配してくれて、気を使ってくれてたから……」
照れた表情をしながらそんなことを言うアミアだったが、キミヒコにはそれほど気を使ってやったつもりはない。
……前から心配して、気を使ってくれた……? ネオに姉貴とよく話せとか言ったけど、それのこと? ……まあいいや。とりあえず、合わせとくか。
特段、否定する必要もないので、キミヒコは適当な相槌を打ちながら会話を続ける。
アミアは気が付いていないが、会話中、ホワイトはいつでも彼女を始末できる位置についている。キミヒコの指示によってだ。
この部屋に来るまでに、キミヒコは惨殺死体を何体も見た。そのうちの何人かは見たことのある顔だ。以前に、自警団を称していた面々である。
彼らは、何か大きな力で、紙屑のように引きちぎられていた。常人にできることではない。
それをやったのが、目の前にいる、アミアである。
それゆえ、キミヒコは彼女を全く信用していない。話は適当に合わせるし、放火犯たちについて話題が及ばないように注意もする。彼女の両親がどうなったか、天使学派に何をされたのか、そういったセンシティブな話題にも踏み込まない。
当たり障りのない会話に終始し、アミアに敵意や殺意といった感情があるか。正常な人間の思考回路をしているのか。それらを見極めようとしていた。
「そういえば、なんだか気になることがあるんだけど……」
何気ない、たわいのない会話を続けているうちに、おずおずとアミアが切り出してきた。
「ん? どうした?」
「ホワイトちゃんの体から、何か、キラキラした糸みたいなものが出てるけど……」
アミアの言葉に、キミヒコの警戒感が跳ね上がる。
以前の彼女は、魔力を検知できなかった。そういう訓練を受けた人間ではない。魔力の視認は一朝一夕に身につけられる技術ではない。
それが、できるようになっている。
「……ああ、それか。それはホワイトの魔力だよ。こいつは自動人形だから、それで駆動してるんだ」
「ふーん……そうなんだ」
なぜ魔力の検知が可能になったのか。羽根蟲のせいなのか。彼女はそれをどこまで認識しているのか。
「ネオのやつ、遅いな。隣の民家まですぐのはずだが……」
それらについて聞きたいのを堪えて、話題の転換を図る。
差し当たり、必要なのは彼女が危険な存在かどうかの確認であり、この場で始末するかどうかの判断が先である。
「ああ……そうだ、ネオにも謝らないと。全部ネオの言うとおりだった……全部……」
うわごとのように、アミアが言う。
様子がおかしい。弟のネオの話題に持っていこうとしたのだが、あまりよくなかったらしい。
「ネオ、さっきまですぐそこにいたんだよね。でも、話しかけてこなかった……。私、嫌われちゃったかな?」
「そんなことはないさ。あいつはあいつで、アミアのことを心配してたよ。喧嘩別れしたのを後悔してた」
「そっか。気が滅入ってたのもあったけど、あのとき私、生理三日目でね。頭痛はするし、血はいっぱい出るしで、気分が悪くて、八つ当たりしちゃった……」
「…………はい?」
唐突なカミングアウトに、キミヒコは瞠目した。
「……? どうかしたの?」
「いや、どうかしたって……」
明らかに、おかしい。
アミアはこんなセクシャルな事柄を、平然と、それも唐突に口にするような人間ではなかった。
「……いくつか、聞きたいことあるんだけど。いいか?」
「え、うん。いいけど、なに?」
「アミアってさ。今まで何人と付き合ったことある?」
「男の人とお付き合いしたこととか、ないよ」
「じゃあ処女なの?」
「うん。そうだよ」
キミヒコのデリカシーに欠ける質問に対して、彼女はあっさりと答える。
声色や表情は平静そのもので、恥じらいのようなものは見えない。
「ふーん、意外だな。周りの男から、粉をかけられたりとか、なかった?」
「あったけど、なんか怖くて……」
「スリーサイズは?」
「な、なんでそんなことを聞くの? セクハラだよ!?」
男性遍歴についてはセーフで、スリーサイズはアウト。いずれも、今この状況下において相応しい質問ではないが、それぞれの応対で温度差がだいぶある。
判断基準がわからないし、彼女の反応は異質さや不気味さといったものをキミヒコに抱かせた。
なんだ、こいつ……。意識が中の蟲に乗っ取られてるのか? 人間の振りをして、ボロを出したか?
気味の悪さを心中で抱えながらも、キミヒコは次の質問に移る。その内容を、セクシャルなものから切り替えることにした。これも、通常であれば聞きづらい内容だ。
「親父さんとお袋さん。……どうなった?」
「お父さんとお母さん? 死んだんじゃないの、たぶん。この火事できっと丸焦げだよ」
ネオとの喧嘩の原因。両親について、あっさりとアミアは答えてみせた。
あれほどの家庭環境でも、親への情を捨てきれなかったアミアの、どうでも良さげなこのセリフ。もはや一欠片の情も感じられない。
憎しみも愛情もない。ただただどうでもいい。そんな雰囲気だ。
「天使学派については――」
「皆殺しにしてやりたい」
今度は天使学派について尋ねてみれば、即座にこの返答である。
何の情感も感じられなかった先ほどと比べ、明確に憎悪が宿っている。
「皆殺しにしてやりたい」
「……二回も言わなくていいよ」
反応がないことでご丁寧に同じことを繰り返すアミアに、キミヒコは引いた。
皆殺し。おそらく本気で言っているのだろう。
彼女の凶悪な意思の力が影響を及ぼしたのか、その身体にも変容が見られた。
瞳が、金色に染まっている。
瞳だけではない。その髪もじわじわと金色に変化していっている。
元々、アミアはダークブラウンの瞳に、青みがかかった黒髪の持ち主だ。それが変化している。
「最後の質問なんだけど、ホワイトの糸、見えるようになったんだよな?」
「うん。そうらしいけど」
「……どう見える?」
「え? どうって……うーん、綺麗……かな」
ホワイトの糸は、人間には気持ち悪く見える。それが普通だ。人間性のようなものを刺激され、そう感じるらしい。
だが、例外はいくつかある。
一つ目。キミヒコのように、魔力の感知を魔道具に頼り、視覚情報としてしか認識できないパターン。これはそもそも、気持ち悪いとかそういった要素まで感知ができていない。
二つ目。人間性が破綻しているパターン。サイコパスのような人種は、ホワイトの糸を気味悪がったりしない。
三つ目。そもそも人間でないパターン。犬や猫、馬や牛などの家畜。その辺にいる昆虫や鳥などの野生動物。それから、魔獣。これらはホワイトの糸を恐れない。
アミアはこの中のどれか。キミヒコには何となくわかる。
キミヒコの左目、魔眼がとらえる彼女の魔力は、魔獣のそれだ。
さっきまでは、普通の人間のような魔力だったのに、瞳と髪の色が変わると同時に変容していた。
こいつ……いわゆる魔人ってやつか。改造されたのか知らんが、こりゃあもう駄目かな。ネオが戻ってくる前に、終わらせるか。可哀想だが仕方ない。天使学派が全部悪いんだ。
キミヒコは、冷酷な決断を下した。
魔獣とは、魔石や魔核晶のような魔力の結晶を内蔵する動植物を指す。そして、人間がその特徴を持っていれば魔人と呼ばれる。
魔人は人間として扱われない。むしろ魔獣よりも危険だとされ、真っ先に駆除の対象となる。
実際、危険度は高い。強力な魔人は騎士並みの戦闘力を持つとされ、その性質は残忍そのものといわれている。魔人の駆除はギルドの手には負えないことが多く、大抵、軍隊か騎士が出動する羽目になる。それくらいの脅威だ。
「あの……キミヒコさん……? なんかちょっと、目が怖いよ……?」
「……ん、すまん。少し、考えることがあってさ。ちょっとお願いがあるんだが、いいか?」
「うん。なあに?」
「立って、こっちに背を向けてくれる?」
キミヒコにそう頼まれると、アミアはそれに素直に従った。
羽織った上着で身体を隠しながら立ち上がり、その背をキミヒコに向けた。
「これでいい?」
「うん、それでいい。アミアのそういう素直なところ、好きだよ」
「も、もう……! なに言ってるのよ……」
少女のように恥じらうアミアだったが、彼女を見るキミヒコの目は冷酷そのものだ。
キミヒコはまず、ホワイトに目を合わせた。そうしてから、アミアの背を指差す。その次に、キミヒコの指は首を掻き切るジェスチャー、殺しの指示をする……予定だった。
「キミヒコさん!!」
首元に当てられたキミヒコの指が払われるその刹那、ネオの声が部屋に響いた。
「わっ、わっ。ネオ、どうしたのよ、そんな大声で……」
その声に驚いたのか、アミアが振り返ってそんなことを言う。いつの間にか、彼女の瞳や髪の色は元に戻っている。
アミアを殺害する気でいたキミヒコだったが、間を外されたことで、やれやれと息をついた。
「アミア、ネオが持ってきた服に着替えてくれ。俺たち部屋の外で待ってるからさ」
「へ? あ、うん……」
「ホワイト、着替えを手伝ってやれ。……おら、行くぞネオ」
言って、ネオを連れて部屋を出るキミヒコ。
部屋を出るなり、ネオが気まずそうに話しかけてくる。
「あの……」
「黙ってろ。……ホワイト、指示があるまで、そいつから離れるなよ。あと、こちらを攻撃するそぶりとか口裂け天使への変異の兆候があったら、遠慮するな。即座に殺せ」
『了解です』
ネオを無視して、糸電話でホワイトに指示を飛ばす。
そうしてから、懐から葉巻を取り出して一服する。フーッと煙を吐き出すと、気が落ち着いていくのをキミヒコは自覚した。
「……キ、キミヒコさん」
「まだ様子見だ。まだ、な」
言いながら、キミヒコは思った。我ながらなんと甘いことだろう、と。
本来なら、様子見などせず即座に殺すべきだ。
今のアミアは思考回路がかなり怪しいうえに、なかなかの暴力を持ち合わせている。彼女を連れ歩くのは、突然暴発する可能性がある爆弾を抱え込んでいるに等しい。
「一時的におかしくなってるだけなら、まあいいさ。仮に人間でなくてもな。だが、意識が中の蟲に乗っ取られていて、あれがアミアの振りをしているだけだった場合は……諦めろ」
キミヒコのその言葉に、ネオはしおらしく「はい」と言うだけだった。




