#20 老帝国の残滓
ギルド庁舎の一室。
対策本部の応接室として使われるそこに、キミヒコは再び来ていた。
「なるほど。副市長はそう言ったか」
「ええ。天使学派の幹部連中は、地下の隠し聖堂にいるだろう、と」
副市長から聞き出した情報を、キミヒコはナッテリーに話す。
ホワイトの脅しによって腑抜けた副市長は、聞かれたことはなんでも話してくれた。
彼はナッテリーの言っていたとおり、デルヘッジの居場所を知っていた。対策本部を追い出されてから、彼に助けを求め、何度も接触を図っていたらしい。
だがデルヘッジの動きは早かった。
副市長が対策本部を追い出されたと知るや否や、即座に行方をくらまし、面会は叶わなかった。
それでも天使学派に助けを求め続けた副市長だったが、彼らの対応は冷たいものだった。仕方なく、伝手を使って雇ったハンター崩れとその場で雇ったチンピラ二人とともに、あの民家に立てこもっていたという話だ。
話している最中に、副市長は天使学派に対する怒りが込み上げてきたらしい。「私は散々、市長と共に便宜を図ってきたのに」とか「対策本部でも奴らの要望を叶えてやっていたのに裏切られた」だとか、天使学派への恨み節を延々と繰り返すようになっていた。
それで結局、聞き出せたのは、地下の隠し聖堂の存在だ。
「……カイラリィ帝国の統治時代、何度か行われた都市整備計画。下水道などの地下工事も行なわれたらしいが、そんなものまで造っていたとはな」
「元々、リシテア市はカイラリィ皇族がよく利用する静養地でした。皇族のための秘密の地下シェルターを、都市独立のどさくさに紛れて天使学派が接収したということらしいです」
「このこと、言語教会は?」
「おそらく知りません。少なくとも私には伝えられていない。まあ、天使学派が無断でやったことと思いますが」
キミヒコの話に、ナッテリーはため息をついた。
「逃げ出した市長も、今回捕まえた副市長も、元々はカイラリィ貴族の系類だ。……さっさと拷問にでもかければ良かった」
ナッテリーはそう後悔の言葉を漏らすが、それは難しいだろうなとキミヒコは思う。
彼女は連盟機構からきた、しょせんは外部の人間だ。組織の掌握が完全でない状態では、副市長のような立場の人間を糾弾するのはリスクが伴う。実際、ギルド長と結託してようやく、対策本部から追い出せたのだ。
「まあ、仮定の話をしても仕方がないでしょう。組織の掌握が完全でない状態で、副市長の弾劾はできないでしょうし。それにあの時点では、天使学派がクロであることや副市長が連中と結託していた確証は、あなたにはなかった」
なだめるようにキミヒコはそう言うが、ナッテリーは力無く首を振る。
彼女は「それなんだがね」と前置きしてから話し出した。
「いまさらな話だが、行政の連中と天使学派がつながっている証拠なら出てきたよ」
ナッテリーはそう言って、秘書らしき人物に目配せをする。
それを受け、秘書の女性は資料をテーブルに並べ始めた。
「……これは?」
「市役所の帳簿だよ。天使学派の金の流れ、気にしていただろう?」
並べられた資料のタイトルは、特別基金出納帳となっている。
キミヒコが目をとおしていくと、どうにもキナ臭い帳簿であることが見えてきた。
定期的に三つくらいの団体から、公共施設の使用料やら追徴課税やら寄付やらで役所に金の振り込みがある。その後に、お決まりのように公共事業の委託を、また別の団体が受注してそこに金が支払われている。
支払われる額は毎回、振り込まれた額の九割程度。一割は役所に残ることになっている。
「これはもしや、資金洗浄……?」
「そのとおり。相変わらず、察しがいいね。そこの帳簿で、何度も資金を行ったり来たりさせている取引先。それらは全部、天使学派の幹部名義の、架空の商会だ」
「天使学派は役所と結託して資金洗浄をやっていた……。どうりで、金の流れが追えないわけです。一割は役所の手数料ですか」
「そういうこと。ちなみに、その手数料で貯めた裏金は、市長の退職金に充てられるらしい。代々そうしているんだと。……本当に拷問にかけてやりたかった」
残念だとばかりにナッテリーはそう言った。
あー……そういう話か。この都市の行政連中のやらかしに、ストレス溜まってんのね。祖国は戦争中だし、カイラリィのことも嫌いだろうしな。
そういうことならと、キミヒコはひとつ提案をすることにした。
「……副市長、どうします? まだ生かしてありますけど」
聞くことは聞いたので、もう用済みとなった副市長をどうするか、ナッテリーに聞いてみる。ナッテリーが望むのであれば、副市長は彼女の溜飲を下げるためのサンドバッグになってもらう。
「いや、そこまで気を使ってくれなくてもいいよ。殺したところで事態は好転しないしね。……逃げた市長には、報いを受けさせる必要がありそうだけど」
「……そういうことでしたら、この資料、私が貰っても?」
「もちろん構わないさ。……言語教会によろしく頼むよ」
副市長はリシテア市に残っていたが、市長は一族を引き連れ逃げ出している。
市長に報いを受けさせる必要があると考えるのは、キミヒコも同様である。もっとも、その考えは正義感からくるものではなく、この事態に巻き込まれた私怨からくるものではあるが。
今回の事件で、天使学派は言語教会からの粛清対象となったのは確実だ。言語教会は彼らを許さない。絶対に根絶やしにする。
そしてこの資料は、そんな天使学派に市長が協力していた証拠だ。それも、自身の退職金のためである。
この資料が言語教会の手に渡れば、市長はどうなるだろうか。リシテア市はすでに壊滅状態であり、彼の政治地盤はもはや失われた。教会はきっと、容赦しない。
「まあ、行政連中の癒着の話はこれくらいにして、今後の話を詰めよう」
「ですね。……地下聖堂とやらの出入り口についてですが――」
市長の話を切り上げ、今後のことについての相談を開始する。
地下への入り口のいくつかは副市長が把握していたものの、全てではない。
元がカイラリィ皇族のための避難設備なのだから、スムーズに脱出できる構造になっているはずだ。逃げ道はしっかり潰したうえで、襲撃をかける必要がある。
それに、今回の主犯であるデルヘッジに死んでもらうことは決定事項ではあるが、アーティファクトの捜索もしなければならない。天使学派を壊滅させても結界が解除されなければ、破滅である。
この辺についても勘定に入れたうえで、二人は計画を練り始めた。




