#19 ブレインジャック
「さーてさてさてさてさて。副市長、くつろいでいただけているようでなによりですが、そろそろ時間も押してまいりましてね。いい加減、なにか喋ってくれません?」
キミヒコが軽い調子で言う。
今いる場所は拠点にしている喫茶店だ。ここで、椅子に縛り付けられた副市長がキミヒコを睨む。
彼はここに連れてこられてから、何を聞かれても黙秘を貫いていた。
「まったく、困りますなぁ。副市長には、いろいろとご教授願いたいことがあるのに。いい歳してそんなに拗ねて、ダンマリを続けられてはね……」
笑みを浮かべ、キミヒコが言う。
実際、こうして必要な情報を握っている副市長を確保しても、それを聞き出せなければ意味はない。
副市長は対策本部を追い出されてからというもの、何度か天使学派らしき人間と接触したのがわかっている。ナッテリーが天使学派の動向を調べるため、あえて泳がせ、監視していたということだ。
彼女は頃合いを見て、副市長を捕縛する予定だったらしいが、そうしようかというタイミングでキミヒコが接触してきた。
副市長はこれで、現在のリシテア市における政治的トップである。もっとも、彼にもはや実権はなく、副市長という肩書きだけのお飾り的存在だ。
だが、そんな人物を対策本部内で拷問にかければ、組織内で軋轢を生む可能性がある。そんな次第でキミヒコにお鉢が回ってきたということらしい。
「よーし、お前ら! 拷問の心得のある者は挙手!」
口を閉ざしたままの副市長の業を煮やして、キミヒコがこの場にいる他の人間、シモンとネオに声をかける。
だが、基本的に魔獣を相手にするハンター二人に拷問の心得などあるわけもなく、「ねーよそんなの」「右に同じく」とひと言ずつコメントするだけだった。
「頼りにならない連中だな。ホワイト、お前はどうだ?」
「殺さないように、情報を抜き取ればいいんですよね。簡単です」
人形の頼もしい言葉にキミヒコは満足げに頷き、ゴーサインを出そうとする。
が、それに待ったをかける人間がいた。
「ちょ、ちょっと待て。大丈夫か? その人形、すぐ殺しちまいそうなんだが」
シモンが懸念の声を上げる。
彼の心配はもっともで、せっかく確保した情報源をあっさり殺してしまったら、元の木阿弥である。
「心配性なやつだな。よしホワイト。お前のやり方をレクチャーしてやれ」
「はあ、いいですけど。まずは道具をとってきますね」
そう言って、ホワイトはキッチンの方に向かっていく。
しばらくして帰ってきた人形は、持ってきた道具をテーブルの上に並べていく。
キッチンに置いてあるようなものなので、一見して拷問器具に使えるようには見えない。
「……道具ってそれだけ?」
「はい。木綿糸とフォークとナイフ、あとは塩水です。それから、そこの蜘蛛型魔獣の電気を使います」
唐突に自分の魔獣も使うと告げられ、「え、コロちゃんも?」とシモンが困惑の声を上げる。
だが人形はそれを無視して、段取りの説明に入った。
「まず、このナイフとフォークを全部頭に突き刺します」
「うん。……うん?」
最初からアクセル全開のホワイトのセリフに、キミヒコは困惑した。
ホワイトが持ってきたナイフは三本でフォークは二本。これを全部、副市長の頭に刺すつもりなのだろうか。
どう考えても命の危機だ。
「ちょっと待って。それ死なない?」
「大丈夫です。一連の作業で必要な脳の部位に差し込むだけです。主要な血管や、生命維持に必要な脳の部位は傷つけませんよ」
ホワイトは平然とそんなことを言う。
この人形は、精密かつ繊細な作業は得意ではある。その言葉どおり、殺さずにナイフとフォークを刺すことは可能なのかもしれない。
「それで、脳に突き刺したこの食器の端に、塩水を浸した木綿糸をくくり付けます。そして私が片手で木綿糸を持って、もう片手でそこの魔獣に触れて電気を流します」
続くホワイトの説明に、キミヒコは絶句している。
キミヒコだけではない。シモンもネオも、そして副市長も言葉を失い、この人形の残酷なやり方をただ黙って聞いている。
「あとは電圧を調節しつつ、この男の脳の必要な部位に必要な電気刺激を加えます。これにより、この男の情動を操作し、知っていることを喋らせます」
「……大丈夫なの? それ……」
「問題ありませんよ。私の身体は魔力の強化具合で、電気伝導率を操作できます。そこの魔獣が放電しすぎても、脳が焼けることはないでしょう」
鈴を転がすような可憐な声色で、恐ろしいことを淡々と説明するホワイト。
こんな拷問のやり方は聞いたことがないが、似たようなことをキミヒコは知っていた。
うつ病患者の脳に電極を埋め込み、電気刺激によって治療する。そういう話をキミヒコは聞いたことがある。
同じ要領で、ホワイトは人間の意識を操作しようとしているのだろう。
なんとなくやりたいことは理解できたキミヒコだったが、シモンとネオは完全に引いている。狂気の沙汰だと思われているらしい。
そしてそう思っているのは、副市長も同様らしかった。
「では、早速手術を始めましょう」
「ま、待ってくれ!! 頼む! やめてくれ! なんでも喋るからッ!!」
副市長が顔面を蒼白にして叫ぶ。
だが、人形はそれを無視。片手で副市長の頭を固定し、もう片方の手でナイフを逆手持ちにする。
「ストップ! 中止! 拷問は中止!!」
「えぇ……。なんでそうなるんです? やれと言ったり、やめろと言ったり。せわしないですね」
キミヒコがこの狂気の拷問の中止を叫んで、ようやく人形は止まった。
九死に一生を得た副市長は安堵のあまり、涙を流している。ついでに失禁もしているらしい。椅子と足元の床が濡れている。
「副市長、大丈夫ですか?」
「白湯です。どうか気を落ち着けてください」
すかさず、そんな副市長のフォローにシモンとネオが入る。腕に縛られた縄を解き、白湯を用意して気を落ち着かせてやる。
当然、気遣っているのはただのポーズなのだが、副市長は気が付いていないらしい。嗚咽を漏らしながら「ありがとう。ありがとう」と繰り返している。
このまま放っておけば、必要なことは彼らが聞き出してくれるだろう。
「君ねぇ、人の命をなんだと思ってるんだい?」
ホワイトを小突きながら、呆れたような口調でキミヒコが言う。
この人形にとっては他人の命など虫ケラ同然。踏み躙ることになんの躊躇もない。
そんなことは十分に承知しているキミヒコだったが、あえて聞いてみた。
「人の命? それがなんだと言われましても。仮にそれが失われたとして、世の中のどうでもいい動物の一匹が、永遠に動かなくなるだけでしょう?」
「やれやれ。相変わらず、可愛いことしか言えない人形だな」
案の定の返事に、キミヒコはそう言って笑うだけだった。




