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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#19 ブレインジャック

「さーてさてさてさてさて。副市長、くつろいでいただけているようでなによりですが、そろそろ時間も押してまいりましてね。いい加減、なにか喋ってくれません?」


 キミヒコが軽い調子で言う。


 今いる場所は拠点にしている喫茶店だ。ここで、椅子に縛り付けられた副市長がキミヒコを睨む。

 彼はここに連れてこられてから、何を聞かれても黙秘を貫いていた。


「まったく、困りますなぁ。副市長には、いろいろとご教授願いたいことがあるのに。いい歳してそんなに拗ねて、ダンマリを続けられてはね……」


 笑みを浮かべ、キミヒコが言う。


 実際、こうして必要な情報を握っている副市長を確保しても、それを聞き出せなければ意味はない。


 副市長は対策本部を追い出されてからというもの、何度か天使学派らしき人間と接触したのがわかっている。ナッテリーが天使学派の動向を調べるため、あえて泳がせ、監視していたということだ。

 彼女は頃合いを見て、副市長を捕縛する予定だったらしいが、そうしようかというタイミングでキミヒコが接触してきた。


 副市長はこれで、現在のリシテア市における政治的トップである。もっとも、彼にもはや実権はなく、副市長という肩書きだけのお飾り的存在だ。

 だが、そんな人物を対策本部内で拷問にかければ、組織内で軋轢を生む可能性がある。そんな次第でキミヒコにお鉢が回ってきたということらしい。


「よーし、お前ら! 拷問の心得のある者は挙手!」


 口を閉ざしたままの副市長の業を煮やして、キミヒコがこの場にいる他の人間、シモンとネオに声をかける。

 だが、基本的に魔獣を相手にするハンター二人に拷問の心得などあるわけもなく、「ねーよそんなの」「右に同じく」とひと言ずつコメントするだけだった。


「頼りにならない連中だな。ホワイト、お前はどうだ?」


「殺さないように、情報を抜き取ればいいんですよね。簡単です」


 人形の頼もしい言葉にキミヒコは満足げに頷き、ゴーサインを出そうとする。

 が、それに待ったをかける人間がいた。


「ちょ、ちょっと待て。大丈夫か? その人形、すぐ殺しちまいそうなんだが」


 シモンが懸念の声を上げる。

 彼の心配はもっともで、せっかく確保した情報源をあっさり殺してしまったら、元の木阿弥である。


「心配性なやつだな。よしホワイト。お前のやり方をレクチャーしてやれ」


「はあ、いいですけど。まずは道具をとってきますね」


 そう言って、ホワイトはキッチンの方に向かっていく。


 しばらくして帰ってきた人形は、持ってきた道具をテーブルの上に並べていく。

 キッチンに置いてあるようなものなので、一見して拷問器具に使えるようには見えない。


「……道具ってそれだけ?」


「はい。木綿糸とフォークとナイフ、あとは塩水です。それから、そこの蜘蛛型魔獣の電気を使います」


 唐突に自分の魔獣も使うと告げられ、「え、コロちゃんも?」とシモンが困惑の声を上げる。

 だが人形はそれを無視して、段取りの説明に入った。


「まず、このナイフとフォークを全部頭に突き刺します」


「うん。……うん?」


 最初からアクセル全開のホワイトのセリフに、キミヒコは困惑した。


 ホワイトが持ってきたナイフは三本でフォークは二本。これを全部、副市長の頭に刺すつもりなのだろうか。

 どう考えても命の危機だ。


「ちょっと待って。それ死なない?」


「大丈夫です。一連の作業で必要な脳の部位に差し込むだけです。主要な血管や、生命維持に必要な脳の部位は傷つけませんよ」


 ホワイトは平然とそんなことを言う。

 この人形は、精密かつ繊細な作業は得意ではある。その言葉どおり、殺さずにナイフとフォークを刺すことは可能なのかもしれない。


「それで、脳に突き刺したこの食器の端に、塩水を浸した木綿糸をくくり付けます。そして私が片手で木綿糸を持って、もう片手でそこの魔獣に触れて電気を流します」


 続くホワイトの説明に、キミヒコは絶句している。

 キミヒコだけではない。シモンもネオも、そして副市長も言葉を失い、この人形の残酷なやり方をただ黙って聞いている。


「あとは電圧を調節しつつ、この男の脳の必要な部位に必要な電気刺激を加えます。これにより、この男の情動を操作し、知っていることを喋らせます」


「……大丈夫なの? それ……」


「問題ありませんよ。私の身体は魔力の強化具合で、電気伝導率を操作できます。そこの魔獣が放電しすぎても、脳が焼けることはないでしょう」


 鈴を転がすような可憐な声色で、恐ろしいことを淡々と説明するホワイト。


 こんな拷問のやり方は聞いたことがないが、似たようなことをキミヒコは知っていた。

 うつ病患者の脳に電極を埋め込み、電気刺激によって治療する。そういう話をキミヒコは聞いたことがある。

 同じ要領で、ホワイトは人間の意識を操作しようとしているのだろう。


 なんとなくやりたいことは理解できたキミヒコだったが、シモンとネオは完全に引いている。狂気の沙汰だと思われているらしい。

 そしてそう思っているのは、副市長も同様らしかった。


「では、早速手術(オペ)を始めましょう」


「ま、待ってくれ!! 頼む! やめてくれ! なんでも喋るからッ!!」


 副市長が顔面を蒼白にして叫ぶ。

 だが、人形はそれを無視。片手で副市長の頭を固定し、もう片方の手でナイフを逆手持ちにする。


「ストップ! 中止! 拷問は中止!!」


「えぇ……。なんでそうなるんです? やれと言ったり、やめろと言ったり。せわしないですね」


 キミヒコがこの狂気の拷問の中止を叫んで、ようやく人形は止まった。

 九死に一生を得た副市長は安堵のあまり、涙を流している。ついでに失禁もしているらしい。椅子と足元の床が濡れている。


「副市長、大丈夫ですか?」


「白湯です。どうか気を落ち着けてください」


 すかさず、そんな副市長のフォローにシモンとネオが入る。腕に縛られた縄を解き、白湯を用意して気を落ち着かせてやる。


 当然、気遣っているのはただのポーズなのだが、副市長は気が付いていないらしい。嗚咽を漏らしながら「ありがとう。ありがとう」と繰り返している。

 このまま放っておけば、必要なことは彼らが聞き出してくれるだろう。


「君ねぇ、人の命をなんだと思ってるんだい?」


 ホワイトを小突きながら、呆れたような口調でキミヒコが言う。


 この人形にとっては他人の命など虫ケラ同然。踏み躙ることになんの躊躇もない。

 そんなことは十分に承知しているキミヒコだったが、あえて聞いてみた。


「人の命? それがなんだと言われましても。仮にそれが失われたとして、世の中のどうでもいい動物の一匹が、永遠に動かなくなるだけでしょう?」


「やれやれ。相変わらず、可愛いことしか言えない人形だな」


 案の定の返事に、キミヒコはそう言って笑うだけだった。

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― 新着の感想 ―
最近ちょっとホワイトの残酷シーンが少なくて悲しい。見たかった
末永く幸せでいて欲しいこの2人
[良い点] 〉やれやれ。相変わらず、可愛いことしか言えない人形だ ホワイトの人と思わない台詞にたいして反応がこれである キミヒコがデレデレなんだよなあ ほんとこのコンビ好き
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