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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#18 邪眼三つ

 リシテア市にある住宅街。もう一週間以上も続くこの夜だが、明かりが灯った家は少ない。

 単純に家主が死んで空き家になっている家も多いし、生き残りがいても明かりもつけずに閉じこもる人間は多かった。


 そんな住宅街にあって、窓から微かに明かりが漏れている家が一軒ある。

 その家のリビング、玄関からすぐの場所にあるその部屋に二人の男がいた。いかにもチンピラといった風貌の二人組だ。


「いったい、いつまでこうしてんだろうな……。腹減った……」


「おい、ポーリー。静かにしてろよ。また怒られるぞ」


 ポーリーと呼ばれた男は相方の言葉に「へいへい」と返して、机に突っ伏す。


 ここのところ、この二人は一日一食という状況が続いていた。

 だがそれでも、他の一般市民に比べればだいぶマシだ。とある偉い人に雇われ、こうして用心棒のようなことをやっているおかげで、最低限の食事にはありつけている。

 とはいえ、ひもじいものはひもじい。


 いったいいつになったら、この状況から脱することができるのか。対策本部のハンターたちがどうにかしてくれるのか。あるいは、あの怪しい集団、天使学派でもいい。どこの誰でもいいから、事態を解決してくれないものか。


 空腹を紛らわせるように、そんなことをポーリーが考えていると、それは聞こえた。

 玄関の方からだ。呼び鈴が鳴っている。


 相方に目を向ければ、彼は人差し指を口に当てるジェスチャーをしてくる。静かにしろということだ。居留守で様子を見るらしい。


「……あれ? 聞こえてないのかな? おーい留守ですかー? いたら返事してください、市役所の者でーす!」


 呼び鈴に対して反応をせず、静かにしていると今度はそんな声が聞こえた。若い男の声だ。


 市役所から来たというが、怪しいものである。現在のリシテア市では、強盗が入るなど日常茶飯事だ。というか、ポーリーたちもつい先日まで強盗だった。


「ポーリー、追い払え」


 声を潜めて、相方が指示を出してくる。

 黙って頷き、ポーリーは玄関へ向かった。


 ドアを少しだけ開け来訪者を見る。


 声のとおり、若い男だ。つばのついた帽子を目深に被っている。外は相変わらず暗いため、表情はよく見えない。


「……なんの用だ?」


「あ、良かった。誰もいないのかと……。パルマスさんのお宅でよろしいでしょうか?」


 用件を尋ねれば、そんな答えが返ってきた。


 いや誰だよ、パルマスって……。


 ポーリーには聞き覚えのない名前だった。

 自分たちの名前でもないし、雇い主の名前でもない。勝手に居座っているこの家の、本来の主人の名前でもない。


「違う。そんな奴、ここにはいない。住所が間違ってるよ」


「ええっ。いや、そんなはずは……」


「もういいな? 帰ってくれ」


 そう言って、話は終わりとばかりに、ポーリーはドアを閉めようとする。

 それに対して、自称役人の男は慌てたようにまくし立て始めた。


「ちょ、待ってくださいよ! 食料配給に来たんですけど、本当にパルマスさんはいらっしゃらないんですか?」


「なんだって? 食料配給……?」


「ええそうです。この度、市の貯蔵庫の一部が市民への配給に回されまして。もう何軒か回ってまして、ここが最後です。これを渡して役場に帰るのが私の仕事です」


 そう言って、男は足元を指差す。そこにはカバンが一つ置かれていた。

 彼の言葉どおりなら、中身は食料だ。


「……ちょっと待ってろ」


 想定外のことに、ポーリーは話を保留にしてドアを閉めた。


 なにしろ空きっ腹である。食料が配給されると聞けば、どうしても期待してしまう。

 そうした次第で相方の下へと戻ったポーリーだったが、相方の男は用心深かった。


「おいポーリー。絶対に中に入れるなよ」


「いやでも、俺たちの備蓄もそろそろ怪しいぜ」


 食い下がるポーリーだったが、相方の男はギロリと睨む。


 いくらなんでも警戒しすぎじゃないかと、ポーリーはため息をついた。

 とはいえ、自分が楽観的な方だという認識はある。こういう場合は相棒の判断に任せた方が間違いがない。


 それに、自分たちのようなチンピラを雇っているのは、あの男だ。

 あの雇い主は、ずっと引きこもっている。偉い人のはずだが、誰かに狙われるようなことでもやったのかもしれない。彼もまた、この家に部外者は絶対に入れるなと言うだろう。


 食料は欲しいが仕方ない。ポーリーはそう自分を納得させて、再び玄関のドアの前に立った。


「待たせたな」


「いえいえ。それで、このカバンを受け取って――」


「役所の手違いだろ。ここのものじゃない」


 カバンを渡そうとしてくる男に、ポーリーはにべもなく言い放つ。


「……まあ、市役所の方もゴタゴタしてますからね。手違いがあったのかもしれません。それで、どうです? カバンだけ置いてくんで、食料いりませんか?」


 ポーリーは冷たく断ったはずなのだが、自称役人の男は不可解なことを言う。


「はあ? それ、パルマスさんとやらの分の配給じゃないのかよ?」


「まあそれはそうなんですけど、持って帰るのも一苦労ですし、配給してこれなかったとなると、私が怒られるんですよね。上がピリピリしてまして」


 男は呆れたことを言い始めた。


 配給先が決まっている物資を、違う相手とわかっていながら渡そうとしているのだ。それも、上司に怒られるのが嫌だという理由である。とんだ不良役人だ。


「……この状況だぜ? あんたがネコババしようとか、考えないのか?」


「一緒に来たハンターの方、頭が固いんですよねぇ。横領しようとすると、たぶん上に報告されます」


「あんた、一人じゃないのか」


 ハンターという単語を聞いて、楽観的なポーリーにもさすがに警戒心が芽生えた。


「そりゃもちろん。こんな場所まで、ハンターに護衛してもらわなければ来れませんよ。近くの公園まで送ってもらって、あとは他の職員たちと物資を配って回ってます」


 さも当然のように役人の男は言った。


 それは……そうだろうな。こんなやつが、一人で出歩けるはずもねえ。ギルドは役所に協力しているらしいし、ハンターがいるのも当然の話か……。


 男の言葉に不自然な点はないと、ポーリーは警戒心を引っ込めた。この役人が帰ってくれれば、ハンターも帰るだろう。


「私も正直、さっさと帰りたいんですよね。あなたがパルマスさんってことで、受け取ってもらえません?」


 男にそう言われ、ポーリーは室内へ視線をやる。


 タダで食料をくれて、しかもそれで帰ってくれるというのなら、受け取ってもいいのではないか。

 そういう意味を込めて視線をやるが、相方の男は手を大きく横に振って拒否の意を示す。


 頭の固い相方に、ポーリーは諦めた。


 後ろ髪を引かれる思いのまま、ポーリーは玄関の男へと向き直る。


「断る。何度も言うが、ここにはパルマスなんてやつ、いないんだよ」


「どうしても?」


「だから、いらん! 持って帰れ!」


「そうですかー。では、公務執行妨害で死刑ですねー」


 役人を自称する男からそう言われ、ポーリーは固まった。

 公務執行妨害で死刑。ふざけたセリフだ。


 いい加減に頭にきて、ポーリーは怒鳴り散らしてやろうと口を開けるが、そこから出たのは怒声ではなかった。


 口に手をやると、その手は真っ赤に染まっている。

 さらに下に視線をやれば、自分の腹に、何かが突き刺さっている。

 白い棒状の何かだ。


 それは男の足元のカバンから飛び出してきたらしい。カバンの口は開いており、中から金色の瞳が二つ、不気味に光っているのが見えた。


 冗談みたいな状況に、ポーリーは一歩二歩と後ずさる。

 そうしながら、視線を正面に向けると、眼前の男が帽子を取っていた。男の片目は、カバンの中の瞳と同じ、金色。


 それを認識すると同時、ポーリーは自身の体の中からぐしゃりと何かが潰れるような音が聞こえて、意識を失った。



「……ネオ、聞こえるか? こっちはターゲットがいない。そっちはどうだ?」


『たった今、確保しました。もう一人、護衛っぽい方がいましたが、そっちは殺っちゃいましたけど……』


「上出来だ。ターゲットだけ生きてればいい。すぐに行く」


 血溜まりができた部屋で、キミヒコが糸電話の通信を終える。


 部屋には死体が二つ。

 ここの用心棒をやっていたらしい、チンピラたちだ。


「ホワイト、どうだ? 俺たち以外の人間は」


「生きてる人間は二人。死体は六つですね」


 生きてる二人は、ターゲットとネオのことだろう。この人形の感性で「俺たち」という括りの中には、キミヒコとホワイト以外は入らない。


 だが死体の六つはどういうことだろう。

 ここで死んでいるチンピラは二人。ネオが殺したらしい護衛の人間は一人。数が合わない。


「六つの死体ってのはどこにある?」


「ここに二つ。裏口に一つ。その近くの裏庭に埋まっているのが三つです」


 どうやら庭に死体が埋まっているらしい。口裂け天使はそんなことはやらないので、人為的なものだ。おそらく、この家の住人だろう。


「ふーん。ここの家主をこいつらが殺したのかな。どういう経緯で、こんなチンピラを雇ったか知らないが……まあいい。会いに行くとしますか」


 言って、ネオと合流するため、キミヒコは裏口に向かっていく。


 馬鹿みたいな小芝居をやって注意を引きつけ、ネオに裏口を張らせる。

 そういう単純な作戦だったが、結果は上々だったようだ。


 成果を確かめるべく、キミヒコは家の中を歩き裏口へと向かった。


 キミヒコが裏口へと到着し、開け放たれた扉ををくぐった先。ネオと死体、そして今回の襲撃のターゲットの男がいた。

 ネオの足元に転がる死体は、袈裟斬りの一刀を浴びたらしい。肩から腰にかけてが切り裂かれている。


「意外だな。お前も殺るときは、あっさり殺るんだな」


「いえ、完全な素人相手なら手加減しましたけど……。この人たぶん、ハンター崩れですよ。手を抜いたらこっちが危ないんで」


「ほぉ……。こっちは完全な素人二人組だったけど、まともなのも雇ってたか」


 どうやらホワイトが殺した二人に比べて、まともな戦力ではあったらしい。

 だが、ネオはかすり傷ひとつ負った様子もない。人間が相手でも、即座に殺害の判断を下したのだろう。相変わらず、決断が早い。


「で、こいつがそうなんだな」


「はい。護衛を斬ってからはおとなしくて助かります」


 体育座りで意気消沈している男を見下ろし、ネオとそんな会話を交わす。

 この男はキミヒコも見たことはある。相手もこちらを知っているだろう。


「ハロー、副市長。お元気そうでなによりです」


 キミヒコが朗らかに話しかける。

 今回の襲撃のターゲット。このリシテア市の副市長は、キミヒコの声に反応して顔を上げた。そしてこちらの顔を見るなり、目を丸くする。


「に、人形遣い……! こんなことをして、タダで済むと思っているのか!?」


「ふふ……心配には及びませんよ。……副市長、そんな不安な顔をしないでください。私が、なんの不安もない場所へお連れしましょう」


 キミヒコの言葉に、副市長は恐怖で顔を引き攣らせた。

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