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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#17 姉弟と兄弟

 キミヒコたちが拠点にしている喫茶店。

 いつものテーブルに腰掛けるキミヒコだったが、その顔は不機嫌そのものだった。対面にはネオが縮こまるようにして座っている。


「で、姉貴に出ていかれたと」


「はい……」


 気まずそうなネオの様子に、キミヒコは大きなため息をついた。


 今、この喫茶店にアミアはいない。キミヒコたちが留守にしている間に、出ていってしまった。


 経緯はこうだ。


 キミヒコたちが対策本部へと出かけてから少しして、ここに来客があった。

 来たのはネオとアミアの父親である。彼は言った。


 ――アミア、ネオ。今まですまなかったな。私は親でありながら、お前たちを顧みることがなかった。罪滅ぼしをさせてくれ。


 そんなセリフから始まり、彼は二人をどこかに連れ出そうとした。安全な場所で、二人を守ると言うのだ。

 殊勝なことを言う父親をしかし、ネオは信用しなかった。


 単純に父親に信を置いていないというのもあるが、それ以外の要因もある。

 安全な場所に連れ出すと言った父は、手勢を連れていた。安全な場所とやらに向かうための戦力であることはわかる。だが、彼らはハンターや官憲というような類ではなさそうだった。

 おそらく、天使学派の手の者だ。


 父があのカルト集団と手を切ってはいないと感じたネオは、彼の胸ぐらを掴んで詰問した。


 いったい何が目的なのか。自分たちをどこへ連れていこうというのか。


 殴りつけてやろうかという勢いで問い詰めていると、それに待ったをかける人物がいた。アミアである。

 父親を庇う姿勢を見せたアミアに、ネオはつい頭に血が上り、そのまま姉とも口論になる。


 結果、喧嘩別れのような形で、アミアは父親と一緒に出ていってしまった。


「あのさぁ……。天使学派にこれから喧嘩売るって、俺言ったよね? 親が来たからって、そこに連れていかれるとか……」


「いや、僕は止めましたよ。でも姉さんが……」


 煮え切らない様子で、ネオが言う。

 ネオとアミアとの間に、両親へのスタンスで溝があるのはキミヒコも知っていた。ネオは両親を憎んでいるが、アミアはそうではない。


「本人の意思か。じゃあそれで、アミアが死んでも文句はないな?」


 底冷えするようなキミヒコの言葉に、ネオは答えない。


 一時期は姉のことなど忘れて、娼館の用心棒などをしていたというのに、ここ数日で情を思い出したらしい。


「ネオ。お前、自分の姉さんについてどれくらい知ってる?」


「え? なんです急に」


「いいから、言えよ」


 唐突にキミヒコに話を振られ、ネオはとつとつと話し始めた。

 年齢、誕生日、好きな食べ物、趣味等々。アミアについての事柄を、一つ一つゆっくりと語っていく。


 だがその中に、キミヒコが確認したい事柄はなかった。アミアが養子であるという事柄だ。


「それだけか?」


「それだけって。他に、なにかあるんですか? なにを聞きたいんです?」


 ネオはキミヒコの質問の意図がわからないようだ。困惑して聞き返してくる。

 どうやら、アミアとは実の姉弟でないことを、ネオは知らないらしい。


 教えてやるかどうか、キミヒコは一瞬悩んだが、話すことにした。特に隠し立てすることでもない。


「アミアは養子だ。お前と血のつながりはない。それについては?」


「……初耳です。本当なんですか、それ」


「天使学派の養子斡旋事業で、お前の親が引き取ったんだ。実験棟では、『S35』なんて呼ばれていたらしいな。……あ、心配しなくてもお前は実子だぞ」


 キミヒコの言葉にネオは呆けている。想定外のことに理解が追いついていないらしい。


「じ、実験棟が、どうしてこの話に出てくるんですか!?」


「どうしてもなにも、養子斡旋事業は実験棟が主導してたらしいし。なんかの研究とか実験の一環なんじゃねーの」


「研究って、いったい……」


「さあ? でも羽根蟲とかを造った奴らだからな。もしかしたらあいつ、人間じゃなかったりして。心当たりとかない?」


 キミヒコが聞くが、ネオは力なく首を振るだけだ。

 そんなネオを横目に、キミヒコは葉巻を一服するため、懐から一本取り出した。隣に座るホワイトが、マッチで火を着けてくれる。


 ま、もうどうでもいいか。アミアの正体がどうあれ、俺たちには関係ないし。デルヘッジを探して、結界を解除してからあのジジイをブチ殺すのが優先だな。


 煙をふかしながら、今後の予定について思いを巡らす。

 そんなキミヒコに、今まで黙って成り行きを見守っていたシモンが声をかけた。


「で、どーすんの? アミアちゃん、探しにいくのか?」


「どこにいるかもわからんのに、探しになんて行けるかよ。デルヘッジのジジイを血祭りにあげるのが先だ」


 キミヒコとしては、アミアのことは優先度は低い。彼女はどこに行ったかもわからないうえ、本人の意思で出ていったのだ。この姉弟についてはそれなりに気をかけてはいるものの、それは余裕があればの話である。

 現在の状況で、アミアについてどうこうするような時間があるのなら、デルヘッジやアーティファクトの捜索の方に時間をかけるのが正着だろう。


「おら、ネオ! これからカチコミに出かけるぞ。腑抜けてないで準備しろ」


「あ、ネオ君を連れてくんだ。俺は留守番?」


「ああ、ここは頼む。コロちゃんは目立ちすぎるからな。察知されて逃げられると、全部パーだ」


 シモンとそんな会話を交わすキミヒコに、ネオは訝しげな視線を向ける。


「カチコミ……?」


「ああそうだ。デルヘッジの居所を知ってるかもしれない奴だ。生け捕りにして、聞き出す。……なんなら、天使学派の信者どもの避難所……アミアの居場所もわかるかもしれん。気合いを入れろよ」


 待ちに待った、憎き天使学派への襲撃。ネオの纏う空気が一瞬にして変質するのが、キミヒコにはわかった。


 姉のことでウジウジしてたのに、相変わらず切り替え早いな、こいつ……。


 若干、気味悪く思うも、この少年のこの割り切りの良さは今は頼もしい。

 この後、どこの誰を襲撃するのか、キミヒコは説明を始めた。



「キミヒコさんって……」


「あん?」


 襲撃先に向かって、キミヒコたちがリシテア市の大通りを歩いていると、おずおずとネオが話しかけてきた。


「てっきり、自分は安全な場所で留まって、人形とか他の人に指示を出すだけだと思ってたんですけど」


「合ってるよ、その認識で。だけど現状、一番安全な場所ってのはこいつの隣だからな」


 そう言って、キミヒコは隣を歩くホワイトの頭を小突く。人形の頭がカクンと揺れて、白い髪がたなびいた。


「……その、すみませんでした」


「急にどうしたよ」


「姉さんのことです。ずいぶん、気を使ってもらったみたいなのに……」


 殊勝なことを言うネオに、キミヒコは笑った。


「はは、ずいぶんしおらしいな。まあ、アミアのやつも、まだ死んだわけじゃない。お互い生きてりゃまた会うこともあるだろう。再会したら仲直りしろよ」


「姉さんは……僕が気にかけても仕方ないですよ。いつも歳上風を吹かせて、あんな状態になっていても、僕を頼ることはなかったです」


 ネオはネオで、一応、あの状態の姉との対話を試みたらしい。結果はあの有様ではあるが。


「……姉とか兄とかはな、プライドがあんだよ。だから素直に泣きつけないの。優しくしてやれば、喜ぶはずだよ」


「なんです、それ。キミヒコさんの実体験ですか?」


「あいにく、俺は一人っ子だ」


 嘘で誤魔化すものの、ネオの指摘は図星だった。


 かつて、ここでない世界で。キミヒコは弟を頼ろうとして、結局できなかった。


 苦い記憶が、キミヒコの脳内を巡る。


 懲戒解雇で職を失い、失業手当は下りない。役所の福祉課に行けば、父母が裕福なのだからまずそちらを頼れと門前払い。

 通院していた病院にも通えない。安定剤がなくなり、精神の平衡が保てなくなる。

 にっちもさっちもいかなくなって、追い詰められたあの時。キミヒコはスマートフォンに手を伸ばした。助けを求めるためだ。


 電話をかける先について、キミヒコは悩んだ。父か母か、弟か。

 結構、電話したのは、仲の良かった弟ではなく、父だった。


 ――自業自得だ。馬鹿めが。


 事情を説明して、言われたのがこの言葉だった。

 それを聞いて本当に馬鹿だと思った。こんな男を頼るとは、馬鹿丸出しだ。


 父は続けて何か言おうとしていたが、キミヒコはそのまま通話を切った。

 それで、その後は――。


「どうしました? すごい怖い顔してますよ」


「……なんでもない。さっさと行くぞ」


 それきり黙って、キミヒコは歩いた。ネオもそれ以上追及はしない。


 会話が途絶え、静かに歩くキミヒコの隣を、ホワイトが寄り添うようにして付き従っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  面白いです。 [気になる点]  面白いですが嫌な予感もします。 [一言]  悲しき搾取子……
[一言] そうか、キミヒコお兄ちゃんだったんですよね。 アクアとネオをキミヒコなりに構ってたのはそういう理由があったのかな。 こうなるとキミヒコのためにも姉弟が何とか無事に生還できて欲しいですねぇ。
[一言] アミアはデモデモダッテの気配が濃くなってきたなぁ…家族の情と言えば聞こえは良いが実際は美徳でも何でもないむしろ悪しき温情主義、ネオが冷たいというよりはアミアが甘い(≠優しい)だけという印象 …
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