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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#11 赤方偏移の結界都市

 市内大通り。そこかしこで絶叫やら、獣の唸り声のようなものが響くその通りを進む一団があった。

 キミヒコとシモン、そして彼らの使役魔獣たちだ。


 先頭を歩くホワイトは、すでに体を赤く染めている。すでに何匹もの口裂け天使を始末した名残だ。


 ホワイトの後ろをキミヒコとシモンが歩き、最後尾を巨大な蜘蛛の魔獣が歩く。


「こういうとき、コロちゃんのその凶悪ヅラは便利だよな」


 キミヒコが歩きながらぼやく。


 コロちゃんと呼ばれているのは、シモンの使役魔獣のことだ。この魔獣はキミヒコたちの後ろをついてきているだけだが、それだけで役に立っていた。

 市内はすでにパニック状態。そんな状況の中、邪魔な群衆が寄ってこないどころか、こちらを勝手に避けてくれている。


 シモンの魔獣は艶やかな色彩の巨大蜘蛛で、その巨体といい牙といい、とにかく恐ろしい見た目をしている。おまけに、電気の魔力を纏う性質を持っているらしく、動くたびにバチバチという音が鳴り響き、それもまた周囲への威嚇となった。


「凶悪ヅラとか言うな。可愛いだろうが!」


「ははっ。これが可愛いとか、笑えるな」


「その人形を連れてるお前にだけは言われたくない。お前にだけは……!」


 シモンと軽口を叩き合いながら、都市の外を目指して歩く。


 足早ではあるが、走ったりはしない。ホワイトという戦力がいれば余裕はあるし、周囲の警戒を怠らないためだ。


 焦れてくるな……。だが、まあ、急いては事を仕損じるともいうし、落ち着いていくか。ホワイトがいれば、道中に不安はない……。


 左目の魔眼で周囲の索敵を継続しながら、駆け出したい気持ちを抑えて、キミヒコは歩く。

 襲ってくる口裂け天使をホワイトが八つ裂きにしたり、狂乱する市民をシモンの魔獣が威嚇して追い払ったり。障害を排除しながら、キミヒコたちは進んだ。


 都市の外まであと少し。都市を囲む城壁のすぐ傍というところまで来て、一行は歩みを止めた。


「……なんだろうな、あれ」


「赤い……オーロラか? さっきまでは見えなかったが……。ていうか、月もおかしいな。あんなに赤くなることある?」


 キミヒコがそう口にしたように、都市の外側、城壁の上の空に、何かが見えた。


 赤いカーテンのような何かが、満月の下で揺らめいている。

 そして月もおかしい。どういうわけか、夜空に浮かぶ満月は真っ赤に染まっていた。


「ホワイト、あれが何かわかるか?」


「何か、と言われましても。私の糸の感知圏外ですので」


 ホワイトの意見を仰ぐが、この人形には視力がないため、魔力糸の届かぬ範囲のことは把握できない。あの赤い光は、糸の届かぬ上空に位置しているようだ。


「ですが……都市の外側に何か結界のようなものがあるのは検知できました」


 人形が不吉なことを言う。

 あの空にかかっている赤い光の詳細は不明であるが、ホワイトの言う結界とやらが関係はしていそうだ。


「……シモン、馬車の調達を頼む。俺はこいつと、都市の外の状況を調べるから」


「構わんが……調達方法は強引でもいいよな?」


「ああ。後始末は教会にやらせるから、気兼ねなくやってくれ。御者はお前に任せるからな」


 多くの場合、馬泥棒は死罪かそれに準ずる罪状となる。このリシテア市でもそうだ。

 だが今は、司法が機能するかも怪しいパニック状況である。それに、いざとなれば、教会がどんな罪状も揉み消してくれる。


 キミヒコからゴーサインが出たことで、シモンは「了解」とだけ言って、魔獣を引き連れ駆けていった。向かう先は、城壁入り口近くの駅馬車置き場だ。近くには馬小屋も併設されている。


 シモンを見送り、十分に離れたのを確認してから、キミヒコは口を開いた。


「ホワイト、俺の目を使え。あの赤い光について、お前の知見を聞きたい」


 その言葉に、人形は「畏まりました」と言って、糸を蠢かせた。


 糸がキミヒコの魔眼に群がり、その視界を人形と共有する。

 これにより、キミヒコが見ているあの赤いオーロラを、ホワイトも視認することができただろう。


「ん……見えました。あの赤い光はどうやら、この都市を覆う結界による、時間の流れの異常が原因らしいですね」


 都市を覆う結界に、時間の流れの異常。キミヒコにとっては意味がわからない二つの事象だが、それがよくないものだということはわかる。


「まず結界ってなに? そんなもん今日の昼にはなかったよな? 誰が、いつ、どんな目的でそんなものを張ったんだよ。都市の防備のためか? それとも都市から人の流出を防ぐ目的?」


「結界の術者及び張られた時間は不明です。目的についても正確なところもわかりませんが、結界の内外の移動は阻害されています。都市外の脅威からの防備、市民の都市脱出の阻害、どちらの線もありえます」


「時間の流れの異常、というのは?」


「この結界は、時間の流れに作用するタイプです。あのオーロラは、月光が結界を透過する際に発生しています。我々が結界そのものに近づくことで、視認できるようになったのでしょう。それと、赤いのは時間が歪んでいるからですね」


 質疑応答をしながら歩き続け、二人は都市外壁まで到達する。


 この時間であれば通常閉じられているはずの正門が開かれていた。そしてその周囲には市民が群がっている。

 リシテア市から逃げ出そうとしているが、正門を通過できない。そういう状況らしい。


 正門の先には街道が走っているのだが、今は見えない。赤いカーテンのような光が、視界を遮っている。

 ホワイトの言う結界は、都市外壁に沿って展開しているようだ。


「近くで見ると、本当に赤いな。時間がどうとか、お前は言ってたが……」


「結界の外側の時間の流れが遅くて、こちら側の時間の流れが早いですから。光の波長が伸びて、赤く見えるんですよ。逆に、向こうからは青く見えることでしょう」


 光の波長についてホワイトが語るが、キミヒコが聞きたいのはそういうことではない。


「……まあ、あれが赤でも青でもどうでもいい。あちらとこちらで、時間の速さが違う? なんだそれは」


「文字どおり、時の流れが違うんですよ。こちら側で一日経過しても、向こうでは一秒も経過しないでしょう」


「確かか」


「私の糸があの結界を通過して、時の流れを観測しています」


 ホワイトの言葉に、キミヒコは頭が痛くなった。


 なんだそれ、意味がわからんぞ。相対性理論とかだと、重力とか物体のスピードとかで、時間の流れが歪むことはあるらしいが……。


 時間の歪みと聞いて、キミヒコは真世界における物理学の仮説を思い浮かべる。

 それによれば、物体が光速に近づいたり、強い重力の下では、時間の進みが変わるらしい。だが今はどう考えても、そういった条件が当てはまる状態ではない。


 そしてファンタジー溢れるこの世界の常識でも、これは明らかに異常な状態だ。ホワイトは、この状態は結界によるものだなどと軽く言うが、時間に干渉する魔術など、キミヒコは聞いたこともない。


 だが、時間へ干渉する手段について、キミヒコには一つ心当たりがあった。


「……そういやさ、俺たちが探してたアーティファクト、ディアボロスとかいうの。時間の流れに干渉する力があるんだっけか。もしかして、それのせい?」


「さあ? 断定はできません。他の要因……例えば、魔術によるものという可能性も排除はできません」


 キミヒコの心当たりに、ホワイトは煮え切らない返答をする。


「ただ……時空に干渉する魔術、それもこの都市を覆う規模のものなど、非現実的と考えてよろしいかと。ディアボロスというアーティファクトによる現象というのが、最も可能性は大きいでしょうね」


 ホワイトは断定しなかったものの、キミヒコの中では三つの事項が確定した。


 この結界はアーティファクト『ディアボロス』によるものであること。


 結界の術者は、天使学派であること。


 そして、この羽根蟲による騒動は天使学派が引き起こしたこと。それも、意図的にやった可能性が大きい。

 結界が張られたタイミングと羽根蟲が一斉に変異したタイミングが一致しすぎている。その目的は皆目見当もつかないが、天使学派が全ての黒幕と考えていいだろう。


「こうなると、取れる手段は二つ。強行突破するか、アーティファクトを見つけ出して結界を解除するか……。ホワイト、どう思う?」


 天使学派、とりわけ、その首魁であるデルヘッジへの殺意が溢れそうになる。だがそれを抑えて、キミヒコは今後の方針の相談を始めた。


「後者を支持します。アーティファクトの破壊ないしは術者の殺害が無難かと」


「強行突破はダメか? 俺たちに、結界や魔術拘束の(たぐい)は効かないんだろう?」


 キミヒコは異世界から来た人間である。ホワイトは、願いの神あるいは大いなる意志と呼称される高次元存在が誕生させた人形だ。

 二人揃って、この世界の外部から来た存在であるため、時空の位相のズレという特性を持っている。この特性は結界や魔術による拘束を無効にしてくれる。

 それゆえ、他の人間は通過できないこの結界も、キミヒコたちならば問題なく潜り抜けられるはずだ。


 なおこの場合、シモンは置き去りとなる。しかし、それは致し方ないこととキミヒコは割り切っていた。自らの保身には代えられない。


「確かに、貴方と私は時間や空間による干渉を受け付けません。あの境界面も通過できるでしょう。しかし、その境界面を見てください」


「……赤いオーロラと、それに群がってる市民どもが見えるだけだが?」


「その左目の機能を使えば、あの赤い光を無視することができるはずです。ついでに魔術による欺瞞効果も無視できます」


 キミヒコの左目。そこに埋め込まれた、教会謹製の瞳には、様々な機能が内蔵されている。

 そんな左目ではあるが、普段からフルスペックでは使用していない。索敵等はホワイトの糸で事足りることが多いうえ、機能をフルで使うと魔力を消耗するのか妙に疲れるためだ。


 ホワイトの言うとおりに、魔眼の機能を使ってみると、結界の境界面がくっきりと見えた。


「……なんか、バチバチなってる? なにあれ」


 キミヒコのその言葉どおり、結界の境界面、その少し向こう側には稲妻のようなものが見えた。


「あちら側とこちら側で時間の流れが違うせいで、時の摩擦が発生しています。それにより、地面や空気がプラズマ化しているようです」


「いや、おかしくね? こっち側は全然熱くなさそうだぞ。市民どもは結界に触れても平気そうだが」


 キミヒコの疑問ももっともで、市民たちは結界に触れても平気そうにしている。彼らは都市から逃げ出そうと、結界を叩いたり体当たりしたりしている。


「だから、時間の進みが違うんですって。結界の向こうは全然時間が進んでないですから、摩擦熱の拡散が追いつかないんですよ。逆にこちら側は、熱がこもる前に散ってしまいます」


「つまり、俺はあの結界を通過できるが、通過した途端に灼熱地獄に襲われると」


「そういうことですね。私は平気ですけど」


 あっけらかんとそう言うホワイトに、キミヒコは頭が痛くなる思いだ。


 俺が突破するのは無理か。危険すぎる。ホワイトだけ脱出させて教会の助けを……いや、駄目だ。こっちの一日が向こうの一秒にも満たないなら、助けが来るのに何百年もかかる。


 あれこれ考えるキミヒコだが、どうやらすぐさま脱出とはいきそうにない。理不尽な状況に、めまいがしてくる。


「なんかさぁ、色々とさぁ……。理不尽すぎて、意味不明なんですけど」


「確かに、腑に落ちない点は多いです。時間の流れがこの宇宙から切り離されているのであれば、惑星の自転の遠心力、その慣性で我々は宇宙空間に放り出されているはず……」


「そういうエセ科学考証はやめろ。こんなファンタジックな環境で物理学を語るんじゃない」


 市民の怒号や悲鳴、そして時折聞こえる、怪鳥を思わせるような鳴き声。キミヒコはそれらを聞きながら立ち尽くし、ホワイトとの会話を続ける。


「ふう、やれやれ……まいったねこりゃ。はっはっは」


 現実逃避気味に、キミヒコは笑い出した。


「さっさと脱出していれば、巻き込まれなかったでしょうに。いつもいつも、悠長に構えてるからこんなことになるのです。判断が遅いんですよ」


「はっはっは。こやつめ、抜かしよるわ」


 高笑いを続けながら、キミヒコは生意気なことを言う人形の頭を叩く。

 ポコポコと叩かれるたび、人形の頭がカクカクと揺れた。


「はっはっは……はあ…………ああああああッ! ど畜生が! もう、ざっけんなよデルヘッジのジジイ! 絶対にブチ殺してやるッ!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 何しれっとシモン見捨てようとしてんだ馬鹿キミヒコ!! 誰かキミヒコにお灸を…お灸を…ホワイトいる限り無理かぁ…
[良い点]  いやーシモンさん、見た目だけならホワイトさんは可愛いというか可憐ですよ。  あ、今血塗れだった! [一言]  みんな逃げてー!(逃げられない)
[一言] いつでも逃げられると思った? 残念でした! 今回は残る必要性を全然感じなかったので余計に間抜けに感じますね 時間制御系の空間摩擦は面白いなと思いました
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