#7 青空ピクニック
「――という感じでさ、あの小僧を教団に殴り込ませる」
『……ちょっとかわいそうじゃない? 単身乗り込ませるとか、危なくね?」
キミヒコの考案した作戦に対する、シモンの感想がこれだった。
今現在、キミヒコはホワイトと共に、市内の公園にいる。芝生の上にシートを広げてのランチタイム中である。
シートに置かれたバスケットには、サンドイッチが入っていた。いつもの喫茶店でテイクアウトした、アミアお手製のものだ。
「へーきへーき。あいつを追うという形で、ホワイトも突っ込ませるから。事が済んだら、教会に保護させるよ。それより、ホワイトを使うから、その間はお前とコロちゃんで俺を護衛しろよ」
サンドイッチを頬張りながら、キミヒコが言う。
言葉を向ける先は、隣に正座しているホワイト。その手にある、小さなクローバーだ。
『そのネオっての、会ったことないけど、こんな話にすんなり乗るか?』
クローバーが震え、シモンの声がする。
「あの小僧の天使学派への恨みはかなりのものだ。きちんと報酬も用意してある。……それで駄目なら、無理やりだ」
『無理やり?』
「ホワイトに脅迫させる。……あのカルトに恨みを持った人物が、施設に侵入した。欲しいのはその事実だけだ。適当に放り込みさえすれば、大義名分を得られる。あとはホワイトが全て済ませる」
青空の下、気持ちいのいいピクニックをしながら、キミヒコは物騒な会話を続ける。
キミヒコが画策する、アーティファクトの捜索。そのために、つい先日知り合ったあの少年、ネオを利用しようという話だ。
まず、天使学派の施設にネオを侵入させる。そしてそれを排除するため、シモンの工作で天使学派から要請があったということにして、ホワイトを殴り込ませる。あとはネオを相手にするという名目で、施設内で暴れさせ、内部を洗う。そういう算段だ。
目標の施設は、組織内で実験棟と呼ばれる場所となる。
言語教会は表向きは宗教組織として存在するが、その実態は研究機関というのが正しい。その研究というのも碌でもないものが大半である。
天使学派も言語教会の分派であるため、こういった研究施設を有していることは不思議ではない。そしてそこの警備が厳重であることも普通のことだ。
お目当てのアーティファクトがあるとするなら、警備が厳重なここかもしれないとキミヒコはあたりをつけていた。
『てかさあ、例の新種、もしかして実験棟で造られたってことは……』
「連中が造って、ついお漏らししちゃったってのはありそうな話だ。だが、んなことはどうでもいい。仮にそうだったとしても、口外無用だ。目的はアーティファクトだけ。他は知らん」
『……まあ、そうか。今のところ、連中は教会の内部組織だからな。そのせいでリシテア市の危機とか、教会は認めないよな』
シモンの雇い主はキミヒコだが、その上には言語教会がいる。要するに下請けだ。
真のクライアントである教会の不興を買うようなことは、彼もやろうとはしない。
「それと念の為言っておくが、これが最後の捜索だ。終わったら、結果がどうあれ即座にこの都市から出る。準備しとけよ」
『準備は終わってるよ。いつでもオーケーだ。というかさっさと逃げたいよ、もう』
うんざりしたようなシモンの口調に、キミヒコも苦笑いだ。
シモンはシモンで、ギルドから羽根蟲の依頼が回ってきたらしい。キミヒコが説明するまでもなくこの情報を知っていた。ギルドは完全に切羽詰まっているようで、ハンターならどんな人間でも手当たり次第に声をかけている。
だが、シモンという男は危機には敏感で、依頼を固辞していた。今やっている仕事も、事前に羽根蟲の話を知っていれば、受けてはいないだろう。
「……なんか他に情報ない? 天使学派の連中、逃げる様子とかないの?」
『ないな。羽根蟲のこと、上の連中は知ってるはずだけど、逃げる様子とかはないし……活動も普段どおりだ』
「活動……ね」
『ああ。集会を開いたり、信者向けの詐欺をやったり、あとは言語教会の基礎業務かな。神聖言語を授ける奇跡の行使も通常どおりやってる』
天使学派の動きに、変化はないらしい。
だが、それらの活動の中で、ふと、気に留まるものがあった。
「普段の活動といえば、養子の斡旋とかもやってるんだっけか」
『いや……それは最近やってないみたいだな。少なくとも俺が来てからは見てない。二年か三年くらい前までは盛んにやってたらしいけど』
「……ふぅん」
『含みがあるな。なにか気になるのか?』
シモンに聞かれるが、返答に窮する。
天使学派の養子斡旋事業について、キミヒコはなにか違和感を覚えてはいるものの、それは理屈に基づいたものではなかった。ただの勘である。
「……そろそろ時間か。デルヘッジ司教の情報は確かだな?」
『確度は高いよ。予定変更とかがなければ、教えたとおりの場所にいるはず』
「ん……。じゃ、行ってくるわ」
『おーっす。それじゃあ、また後でな』
シモンのその言葉と同時に、クローバーの葉は静止した。
「通信、切れました」
「そうか。じゃ、俺らも行くか」
そう言って、サンドイッチの最後の一切れを口に放り込み、立ち上がる。
ホワイトがシートやらバスケットの片付けをしているのを尻目に、軽く伸びをしていると、ズボンにパンくずがついているのが目に映る。キミヒコがそれを払うと、それ目当てに鳥たちが寄ってきた。
この公園では、野鳥に餌をやる人間が結構いる。キミヒコも餌をくれるのではないかと、この鳥たちは待っていたようだ。
警戒心のない鳥だななどと思っていると、寄ってきた鳥のうち一羽が、唐突に弾けた。羽毛と血と肉片とが、周囲に飛び散る。
それを受けて、他の鳥たちは一目散に飛び去ってしまった。
「ちょ、ちょ……なにしてんのお前!?」
たまらずキミヒコが声をあげる。
鳥に無惨な仕打ちをしたのは、ホワイトだ。目にも留まらぬ速さで手刀を放ち、鳥を肉塊に変えてしまった。
「なにって、ほら、例の新種ですよ」
そう言って、ホワイトは血で染まった指先を鳥だったものに向ける。
小さい肉片のうちの一つ。そこで蠢く、何かがあった。白い管状で綿毛のようなものが生えている。一見して羽のようなそれが、モゾモゾと蠢いていた。
羽根蟲だ。
キミヒコがそれを確認し、顔をしかめると同時、人形の足が羽根蟲を踏み潰した。
鳥の死体がグチャグチャになり、血が跳ね、人形の足を汚す。だが、人形は足の汚れなど気にすることはなく、何度も何度も踏みつける。それに合わせて、ミシミシと鳥の骨や羽がへし折れる音が、キミヒコの耳に聞こえた。
「クソが……。さっさと逃げないと、マジでやばいな」
執拗に死体を蹴り続ける人形の横で、キミヒコが呟く。
市内で羽根蟲を見つけたのは、初めてのことではない。宿主がホワイトの糸に引っ掛かれば、羽根蟲の存在は検知できる。ネズミや小鳥に寄生している羽根蟲を、何度か見つけたことはある。
だが、ホワイトの糸も万能ではない。
羽根蟲の魔力は微細なもので、この都市の小動物全てから検知するのは不可能だ。それに魔力を持った存在、ハンターなどの人間や魔獣相手だと宿主の魔力が邪魔をして、羽根蟲を検知するのが難しいらしい。
「……その辺にしておけ。もう大丈夫だ」
いまだに死骸を踏みつけ続けているホワイトに、キミヒコが声をかけた。
それを受けてようやく、人形は陰惨な死体蹴りをやめた。
「他にはいないな? さっきの鳥たちは?」
「いません。寄生されていたのはこの鳥だけです」
人形のその言葉に、キミヒコは息をついた。
宿主が小動物とはいえ、油断はできない。あの口裂け天使に唐突に変異して、襲いかかってくる可能性がある。
羽根蟲の変異は巨大化を伴う。限度はあるものの、元の大きさがハトくらいのこの鳥でも、一メートルにはなるだろう。
魔力によるものなのか、このファンタジー世界には質量保存の法則が通用しないことが往々にしてあった。
「もう市内まで平然と侵入してるが……いまだに、変異体は出てこないな。なんでだろうな?」
キミヒコは一つ、疑問を口にした。
羽根蟲は宿主を口裂け天使に変異させてから、感染者を増やしていく生態だ。
どこかで小動物にばら撒いている変異体がいるはずだが、その姿はまるで確認されていない。
「羽根蟲は群体型の魔獣なのでしょう? 全部の羽根蟲が、統一的な目的のため、協調している可能性もあります。一部の変異体が都市の内外に潜伏して数を増やし、時がくれば示し合わせて一斉に変異する。という作戦かもしれませんね」
「恐ろしいことを言いやがる……。仮にそうなったとして、お前は俺を守り切れるか?」
「まったく問題ありません。貴方は私が守ります。いついかなる時もね」
ホワイトの頼もしい言葉に、キミヒコは気が楽になる。それまでの緊迫した表情を緩め、「頼りにしている」とだけ言って人形の頭を撫でた。




