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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
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#7 青空ピクニック

「――という感じでさ、あの小僧を教団に殴り込ませる」


『……ちょっとかわいそうじゃない? 単身乗り込ませるとか、危なくね?」


 キミヒコの考案した作戦に対する、シモンの感想がこれだった。


 今現在、キミヒコはホワイトと共に、市内の公園にいる。芝生の上にシートを広げてのランチタイム中である。

 シートに置かれたバスケットには、サンドイッチが入っていた。いつもの喫茶店でテイクアウトした、アミアお手製のものだ。


「へーきへーき。あいつを追うという形で、ホワイトも突っ込ませるから。事が済んだら、教会に保護させるよ。それより、ホワイトを使うから、その間はお前とコロちゃんで俺を護衛しろよ」


 サンドイッチを頬張りながら、キミヒコが言う。

 言葉を向ける先は、隣に正座しているホワイト。その手にある、小さなクローバーだ。


『そのネオっての、会ったことないけど、こんな話にすんなり乗るか?』


 クローバーが震え、シモンの声がする。


「あの小僧の天使学派への恨みはかなりのものだ。きちんと報酬も用意してある。……それで駄目なら、無理やりだ」


『無理やり?』


「ホワイトに脅迫させる。……あのカルトに恨みを持った人物が、施設に侵入した。欲しいのはその事実だけだ。適当に放り込みさえすれば、大義名分を得られる。あとはホワイトが全て済ませる」


 青空の下、気持ちいのいいピクニックをしながら、キミヒコは物騒な会話を続ける。


 キミヒコが画策する、アーティファクトの捜索。そのために、つい先日知り合ったあの少年、ネオを利用しようという話だ。


 まず、天使学派の施設にネオを侵入させる。そしてそれを排除するため、シモンの工作で天使学派から要請があったということにして、ホワイトを殴り込ませる。あとはネオを相手にするという名目で、施設内で暴れさせ、内部を洗う。そういう算段だ。

 目標の施設は、組織内で実験棟と呼ばれる場所となる。


 言語教会は表向きは宗教組織として存在するが、その実態は研究機関というのが正しい。その研究というのも碌でもないものが大半である。

 天使学派も言語教会の分派であるため、こういった研究施設を有していることは不思議ではない。そしてそこの警備が厳重であることも普通のことだ。


 お目当てのアーティファクトがあるとするなら、警備が厳重なここかもしれないとキミヒコはあたりをつけていた。


『てかさあ、例の新種、もしかして実験棟で造られたってことは……』


「連中が造って、ついお漏らししちゃったってのはありそうな話だ。だが、んなことはどうでもいい。仮にそうだったとしても、口外無用だ。目的はアーティファクトだけ。他は知らん」


『……まあ、そうか。今のところ、連中は教会の内部組織だからな。そのせいでリシテア市の危機とか、教会は認めないよな』


 シモンの雇い主はキミヒコだが、その上には言語教会がいる。要するに下請けだ。

 真のクライアントである教会の不興を買うようなことは、彼もやろうとはしない。


「それと念の為言っておくが、これが最後の捜索だ。終わったら、結果がどうあれ即座にこの都市から出る。準備しとけよ」


『準備は終わってるよ。いつでもオーケーだ。というかさっさと逃げたいよ、もう』


 うんざりしたようなシモンの口調に、キミヒコも苦笑いだ。


 シモンはシモンで、ギルドから羽根蟲の依頼が回ってきたらしい。キミヒコが説明するまでもなくこの情報を知っていた。ギルドは完全に切羽詰まっているようで、ハンターならどんな人間でも手当たり次第に声をかけている。

 だが、シモンという男は危機には敏感で、依頼を固辞していた。今やっている仕事も、事前に羽根蟲の話を知っていれば、受けてはいないだろう。


「……なんか他に情報ない? 天使学派の連中、逃げる様子とかないの?」


『ないな。羽根蟲のこと、上の連中は知ってるはずだけど、逃げる様子とかはないし……活動も普段どおりだ』


「活動……ね」


『ああ。集会を開いたり、信者向けの詐欺をやったり、あとは言語教会の基礎業務かな。神聖言語を授ける奇跡の行使も通常どおりやってる』


 天使学派の動きに、変化はないらしい。

 だが、それらの活動の中で、ふと、気に留まるものがあった。


「普段の活動といえば、養子の斡旋とかもやってるんだっけか」


『いや……それは最近やってないみたいだな。少なくとも俺が来てからは見てない。二年か三年くらい前までは盛んにやってたらしいけど』


「……ふぅん」


『含みがあるな。なにか気になるのか?』


 シモンに聞かれるが、返答に窮する。

 天使学派の養子斡旋事業について、キミヒコはなにか違和感を覚えてはいるものの、それは理屈に基づいたものではなかった。ただの勘である。


「……そろそろ時間か。デルヘッジ司教の情報は確かだな?」


『確度は高いよ。予定変更とかがなければ、教えたとおりの場所にいるはず』


「ん……。じゃ、行ってくるわ」


『おーっす。それじゃあ、また後でな』


 シモンのその言葉と同時に、クローバーの葉は静止した。


「通信、切れました」


「そうか。じゃ、俺らも行くか」


 そう言って、サンドイッチの最後の一切れを口に放り込み、立ち上がる。


 ホワイトがシートやらバスケットの片付けをしているのを尻目に、軽く伸びをしていると、ズボンにパンくずがついているのが目に映る。キミヒコがそれを払うと、それ目当てに鳥たちが寄ってきた。

 この公園では、野鳥に餌をやる人間が結構いる。キミヒコも餌をくれるのではないかと、この鳥たちは待っていたようだ。


 警戒心のない鳥だななどと思っていると、寄ってきた鳥のうち一羽が、唐突に弾けた。羽毛と血と肉片とが、周囲に飛び散る。

 それを受けて、他の鳥たちは一目散に飛び去ってしまった。


「ちょ、ちょ……なにしてんのお前!?」


 たまらずキミヒコが声をあげる。


 鳥に無惨な仕打ちをしたのは、ホワイトだ。目にも留まらぬ速さで手刀を放ち、鳥を肉塊に変えてしまった。


「なにって、ほら、例の新種ですよ」


 そう言って、ホワイトは血で染まった指先を鳥だったものに向ける。

 小さい肉片のうちの一つ。そこで蠢く、何かがあった。白い管状で綿毛のようなものが生えている。一見して羽のようなそれが、モゾモゾと蠢いていた。


 羽根蟲だ。


 キミヒコがそれを確認し、顔をしかめると同時、人形の足が羽根蟲を踏み潰した。


 鳥の死体がグチャグチャになり、血が跳ね、人形の足を汚す。だが、人形は足の汚れなど気にすることはなく、何度も何度も踏みつける。それに合わせて、ミシミシと鳥の骨や羽がへし折れる音が、キミヒコの耳に聞こえた。


「クソが……。さっさと逃げないと、マジでやばいな」


 執拗に死体を蹴り続ける人形の横で、キミヒコが呟く。


 市内で羽根蟲を見つけたのは、初めてのことではない。宿主がホワイトの糸に引っ掛かれば、羽根蟲の存在は検知できる。ネズミや小鳥に寄生している羽根蟲を、何度か見つけたことはある。


 だが、ホワイトの糸も万能ではない。


 羽根蟲の魔力は微細なもので、この都市の小動物全てから検知するのは不可能だ。それに魔力を持った存在、ハンターなどの人間や魔獣相手だと宿主の魔力が邪魔をして、羽根蟲を検知するのが難しいらしい。


「……その辺にしておけ。もう大丈夫だ」


 いまだに死骸を踏みつけ続けているホワイトに、キミヒコが声をかけた。

 それを受けてようやく、人形は陰惨な死体蹴りをやめた。


「他にはいないな? さっきの鳥たちは?」


「いません。寄生されていたのはこの鳥だけです」


 人形のその言葉に、キミヒコは息をついた。


 宿主が小動物とはいえ、油断はできない。あの口裂け天使に唐突に変異して、襲いかかってくる可能性がある。

 羽根蟲の変異は巨大化を伴う。限度はあるものの、元の大きさがハトくらいのこの鳥でも、一メートルにはなるだろう。

 魔力によるものなのか、このファンタジー世界には質量保存の法則が通用しないことが往々にしてあった。


「もう市内まで平然と侵入してるが……いまだに、変異体は出てこないな。なんでだろうな?」


 キミヒコは一つ、疑問を口にした。


 羽根蟲は宿主を口裂け天使に変異させてから、感染者を増やしていく生態だ。

 どこかで小動物にばら撒いている変異体がいるはずだが、その姿はまるで確認されていない。


「羽根蟲は群体型の魔獣なのでしょう? 全部の羽根蟲が、統一的な目的のため、協調している可能性もあります。一部の変異体が都市の内外に潜伏して数を増やし、時がくれば示し合わせて一斉に変異する。という作戦かもしれませんね」


「恐ろしいことを言いやがる……。仮にそうなったとして、お前は俺を守り切れるか?」


「まったく問題ありません。貴方は私が守ります。いついかなる時もね」


 ホワイトの頼もしい言葉に、キミヒコは気が楽になる。それまでの緊迫した表情を緩め、「頼りにしている」とだけ言って人形の頭を撫でた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ホワイトさん安定の無差別攻撃かと思ったら事態の進行が早い深刻さがやばい。 キミヒコが何をやってもリシテア市どうにもならないのではという気がしますね。 天使学派が何を考えているのか全然予想でき…
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