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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.5 天使たちのノスタルジア
123/186

#5 カルト二世

 夕暮れ時、いつもの喫茶店。

 そこでキミヒコは、いつものようにダラダラしていた。今日は誰と待ち合わせているわけでもないので、ホワイトは対面に座っている。


「……貴方」


 ぼんやりしているキミヒコに、ホワイトが声をかけてきた。


「どうした?」


「この都市に来て、もうずいぶん経ちますが。……この調子で大丈夫なので?」


「大丈夫じゃないな。あんまり」


 仕事の進捗を尋ねられて、キミヒコは正直に答える。


 ギルドの依頼はもう受けるつもりがない。やるべき仕事は教会の依頼だけだ。

 さっさと終わらせて、この危ない都市から出ていきたい。そう思っているキミヒコだったが、まだそういうわけにもいかなかった。


「アーティファクト、全然見つからんし……。ないかもしれんな、これは」


「今日も空き巣を何回もやらされましたが、収穫ありませんでしたものね」


 ホワイトの発言のとおり、このところキミヒコは天使学派の幹部の自宅にお邪魔していた。教団内部に潜り込ませたシモンからの情報で、留守の隙をついての訪問だ。

 家族がいることもあるのだが、その場合はホワイトの糸を使っていた。本職の聖職者である教団幹部は魔力の使い手なので糸に気付かれてしまうが、その家族までは魔力の扱いに通じていないことが多い。糸だけだと、多少、時間はかかるものの、十分な家探しはできた。


 そういうやり口で、文書やら何やらを漁ったキミヒコたちだったが、いまだに行方知れずのアーティファクトに関する情報は得られていない。


「敵の本拠地を、直接襲撃するわけにはいかないんですか?」


「今のところ、天使学派は推定無罪だ。アーティファクトの件については、だが」


「面倒なことです。もういっそ、皆殺しにしてしまえばどうでしょう? その後に、施設内部を検分すれば済むことです」


「皆殺しとか、駄目に決まってんだろ。ただ、連中の悪事の証拠は、レポートにして送ってあるから、多少手荒にやるのは……まあ、いいかもしれんが……」


 ホワイトの苛烈な提案に、キミヒコは迷う。


 天使学派のカルト宗教ぶりはなかなかのもので、社会悪であるのは疑いようがない。それについての証拠はいくつも押さえてある。

 皆殺しは論外として、手荒な手段をとった場合でも後からどうにでもできるだろう。キミヒコのバックには教会がついている。


「……いや、危ない橋を渡ることはない。調査結果をまとめて、引き上げの準備にかかるか。そろそろ、ここもキナ臭くなってきた」


 だが結局、キミヒコは強硬策はとらないことにした。


 元々、この仕事も教会への義理を果たすためにやっていることだ。リシテア市が危ない状況にもかかわらず、一生懸命にアーティファクトの捜索をした。その事実さえあれば、最低限の義理は果たしたといえなくもない。


 なら、あとどれくらい、いつまで頑張ろうか。


 そんな日程について思いを巡らせていると、目の端で、ホワイトの糸が跳ねるのが見える。内密な話を終わらせる合図だ。

 誰かがこちらに向かってきている。


「はい、お待ちどうさま。注文のコーヒーと、サンドイッチね」


 誰がきたのかと思えば、なんのことはない。注文の品を配膳にきた、ここの店主であるアミアだった。

 彼女はその手のトレーに乗っているものを、テーブルに並べ始める。


 サンドイッチって確か、サンドウィッチ伯爵が由来だったな。この世界でもサンドイッチなんだな……。


 もう慣れたことではあるが、相変わらずこの世界の妙な部分に苦笑してしまう。


「うん? どうしたの? 苦手な具でも入ってた?」


 サンドイッチを見つめるキミヒコを怪訝に思ったのだろう。アミアからそんなことを聞かれた。


「いや違うよ。相変わらず、うまそうだなって」


「ふふ。お世辞でも嬉しいよ、ありがと。……コーヒーの二つ目は、ホワイトちゃんに、でいいんだよね?」


「そう。こいつの前に置いといて」


「りょーかい」


 そう言って、ホワイトの目の前にコーヒーカップが置かれる。

 どうせホワイトは飲まない。アミアもそれはわかっているが、慣れたものだった。最後には結局、キミヒコが飲む。


 コーヒーに口をつけて、息をつく。キミヒコがそうして、コーヒーの香りを楽しんでいると、アミアがなにか言いたげにしているのに気が付く。


「なにかあるのか?」


「……今さらなこと聞くけどさ、キミヒコさんって、ハンターやってるんだよね?」


「一応、肩書きはそうかな。最近サボりがちだけど」


「じゃあ……さ。ギルドの方から、なにか話とか、ないの?」


 アミアの話に、キミヒコの目に探るような色が宿る。


 ギルドの方からの話。アミアがどこまで知っているのかは不明だが、見当はつく。羽根蟲に関連する、この都市の危機についてだろう。


「話って、どんな?」


「う、うぅん……。なんか、怖い話というか、その……この都市が危険だとか、そんな話」


「ほぉ……。それはまた、大ごとだな。そんなの、どこで聞いたんだよ」


「最近、弟が帰ってきてね。それで……」


 どうやら弟から話を聞いたらしい。


 先日にアミアの弟、ネオがギルドにきていたのをキミヒコは思い出した。カージナルが案内をしていたが、どうやら羽根蟲の案件についてだったようだ。

 守秘義務があるので、詳細は話していないのだろう。だがそれとなく、姉にこの都市の危機について伝えたらしい。


「仲良いんだな。いいことだ。……弟とか妹は、大事にしないとな」


 キミヒコが言う。


 その言葉は、アミアに向けたものというよりは、独白に近い。


「うん。私の家、ちょっと事情があって……弟とは疎遠だったんだけど……って、違うでしょ。そういう話じゃなかったでしょ。私が聞きたいのは――」


「最近、ちょっとした用事でギルドに行ったんだけど、そのとき会ったよ。その弟くんに。確か、ネオって名前だったよな」


「あ、うん、そうだよ。……あれ? なんでそんなこと知ってるの?」


「いや、前に自分で話してたじゃん。忘れたのか?」


「え……? そうだっけ……そうだったかも」


 さも当然のごとく嘘をついたり、話題を逸らしたりして、アミアの当初の質問をぼかしていく。

 そんな適当な会話を続けるキミヒコだったが、心中にあるのは、また別のことだった。


 弟……か。あいつ、どうしてるかな……。


 キミヒコには弟がいた。両親との関係は険悪だったが、弟との仲は悪くなかった。両親のスパルタ教育について、よく愚痴を言い合ったものだ。

 弟は非常に優秀で、それがキミヒコにとっては自慢でもあり、コンプレックスでもあった。


「で、そのネオ君だけど、パッと見た感じ、優秀そうだな。おまけに両手に花で、うらやましいね」


 心中のことなど、おくびにも出さずにキミヒコは話を続ける。


「花……?」


「ん? 知らないのか。ネオ君、女の子二人とパーティ組んでたよ。どっちかと付き合ってんのかな。それか、二股か」


「あ、あの子はそんなことしないよ。真面目なんです。誰かさんと違って」


 ネオを庇うアミアを、キミヒコはからかって遊ぶ。

 アミアは当初の質問のことなど、すっかり忘れてしまったらしい。そんな彼女と、たわいのない雑談を続けるキミヒコだったが、それは唐突に耳に聞こえた。


『貴方。ハンターが三人、こちらに近づいています。明確に、貴方と私を意識しています』


 ホワイトの糸電話だ。人形の糸がキミヒコの耳に触れ、警告を発してくれている。

 それを受けて、キミヒコは手元のコーヒーを一気に飲み干した。


「アミア。コーヒーおかわり」


「ええっ。まだホワイトちゃんのもあるよ?」


「急にがぶ飲みしたくなってな」


 そう言って、ホワイトのコーヒーも一気に飲み干してみせる。

 そのキミヒコの様子に、アミアは肩をすくませる。


「あーはいはい。わかりましたよ。一つでいいね?」


「ああ。頼む」


 アミアが空になったカップを回収し厨房へと向かうのを確認してから、キミヒコは視線をホワイトへ向ける。


「その三人組、誰か知ってるやつか?」


「先日、ギルドにいた若い男一人と女二人です」


「ふぅん……。噂をすれば影がさす、というやつだな」


 キミヒコがそう言ってから少しして、店の入り口のドアが開く。


 入ってきたのは、ギルドでも見かけた三人組。ネオという少年と、彼の仲間の二人の少女だった。

 ネオはゆっくりとこちらに向けて、歩みを進めてきた。その後ろを少女二人も続く。


 三人揃って、ホワイトに怯えているらしい。完全に腰が引けているし、魔力が澱んで乱れている。


 店内に蠢く糸から極力距離をとりながらも、どうにかキミヒコのテーブルまで辿り着く。

 とはいえ、来たのはネオ一人だけ。他二人は彼の背中を押すようにして送り出した後に、離れたテーブルに座り、こちらを眺めている。


「……どうも」


「どーも。ネオ君だよね? なんか俺に用事らしいけど、まあ座りなよ。……ホワイト」


 そう言われると、ホワイトは席をキミヒコの隣に移した。

 対面に空いた席に、ネオは嫌々と、本当に渋々といった具合に腰を落ち着けた。


「知ってると思うけど、俺はキミヒコ。こっちはホワイト。まあよろしく」


 そう言って差し出された手に、ネオも素直に自身の手を差し出す。


「ええ。よろしくお願いします」


「で、用件は?」


 握手をしてからすぐに、キミヒコは用件を尋ねる。


「その、単刀直入にお願いしますが、例のギルドの案件、受けてくれませんか?」


「無理」


 頼みとやらを即座に断ったキミヒコだったが、ネオは「まあそうですよね」と言うだけだ。

 駄目で元々というよりは、頼むこと自体が目的のような雰囲気である。


「俺にそんな頼み事、誰にやれって言われた? ギルドの受付嬢にでも誑し込まれたか?」


 キミヒコの言葉に、ネオは目を泳がせる。

 その視線が一瞬、彼のパーティメンバーの二人の少女の方へと向かったのを、キミヒコは見逃さなかった。


 女二人にいいところを見せたい……いや、違うか。嫌な役目を押し付けられたか? リーダーだからとか、男だからとか、そんな感じかな……。


 ネオの態度と、近づいてこない少女二人の様子から、そんな推察をする。彼らのパーティは歪な実力構成だが、政治力学も歪らしい。


「てか、俺にそんなことを頼むくらいだから、君らは引き受けたわけ?」


「いえ、僕らも意見が分かれてまして……」


「君はどっちだ?」


「……報酬は魅力的ですが、少々、いやかなり危ういのではないかと……」


 意見が分かれるというよりは、ネオが一人で反対している状況らしい。


 改めて、彼のパーティメンバー二人を観察してみる。左目の魔眼を使って、視線を向けないようこっそりとだ。

 顔はいい。美少女、とまではいかないかもしれないが、普通に可愛い感じの女の子だ。だが、こちらに向ける探るような視線はバレバレで、やはり大した実力はなさそうである。


「なんであんなザコどもに使われてんの? 君、結構実力あると思うけど」


「な、ザコって……。仲間をそういうふうに――」


「どっちと付き合ってる? もうヤった?」


 続くキミヒコの不躾な質問に、ネオは口をパクパクさせて絶句している。あまりに初心なその反応に、彼の状況をおおよそ察した。

 押しが弱く、それにつけ込まれていいようにされている。そういうことだろう。身体スペックや技術的な部分はさておき、あまりハンターに向いた性格ではなさそうだ。


 俺らのことを探ってるとかじゃないのか。どうしてくれようか。面倒臭いな……。


 当初、キミヒコは彼らがこちらの動向を探りにきたのかと警戒していた。

 シモンとはこの喫茶店で何度も会っているし、ネオはここの店主の弟だ。そういった線から、シモンとのつながり、ひいては天使学派について調査していることがバレることを危惧していた。

 が、彼の様子からそういった心配は杞憂だったらしい。とても腹芸ができるような人間には見えない。


「あ、ネオ。来てたのね。お客さんとして来たなら、ベルを鳴らしてくれればいいのに。……この人と知り合いなの?」


「ね、姉さん……」


 ネオと話していると、アミアがきた。

 その手のトレーには湯気を立てているコーヒーカップが置かれている。


「あ、俺はコーヒー飲んでるから。姉弟水入らずで話してていいよ」


 そう言って、配膳されたコーヒーに手をつけ、キミヒコは傍観を決め込む。


 アミアはそんなキミヒコに、遠慮がちに頭を下げてから、弟との対話を始めた。弟との関係は複雑で、あまり、こういう機会に恵まれないのだろう。


 この姉弟の仲は別に悪くない。悪いのは、弟とその両親の関係だ。


 今でこそ、姉はこの店を立ち上げ、弟はハンターとして自立することで、まともな生活を送れている。だがこの姉弟が経済的自立を果たす前、いったいどれほどの苦労をしただろうか。

 金目のものは全てカルト教団に注ぎ込まれ、生活は困窮。無理やり教団に忠誠を誓わされ、その教義に基づく価値観を強制される。

 だが二人はこのカルト、天使学派に取り込まれることはなかった。弟の方は真っ向から反抗するようになり、姉も距離を取るようになる。


 この姉弟は多感な子供時代を滅茶苦茶にされたことで、天使学派に対する嫌悪は共通している。だが、両親に対するスタンスはまた違うものだった。


「ねえ、ネオ。今日、お父さんとお母さん、家に帰ってくるみたい。ね、久しぶりに家族で――」


「あいつらの話はやめてくれ」


 ネオのその声は、感情が抜け落ちたかのように平坦だった。

 それまでの気弱な少年から一転。彼の瞳が憎悪で歪むのが、キミヒコには見えた。


 ……こいつ、使えるか? この都市から逃げ出す前に、最後のひと仕事をしていくのも悪くない……か。


 先程まで、このリシテア市からいつ脱出しようか考えていたキミヒコだったが、あることを思いついた。

 ネオという少年が両親に、そしてその向こうにいる天使学派へと向ける憎悪を利用して、最後の捜索を行なう。その結果がどうあれ、それが終わればこの都市から逃げ出す。そう決めた。


「アミア、あっちで客が待ってるぞ。注文取らなくていいのか?」


 気まずい空気が流れる姉弟に割って入るように、キミヒコが言う。

 キミヒコが視線で示した先は、ネオのパーティメンバーの少女二人の座るテーブルだ。急に水を向けられて、彼女たちはギョッとしている。


「あっ、しまった。……ネオ、またあとでね」


 後ろ髪を引かれる様子を見せながらも、アミアはこの場から離れていく。


 彼女のこちらへ向ける意識が途切れるのを見計らって、キミヒコは口を開いた。


「さて、ネオ君。姉さんがいるんじゃ、例の件、話しづらいだろ。場所を変えようぜ」


「えっ? ギルドの依頼は受けないのでは……?」


「まーそーだけど、ある程度の交渉はやりました、みたいな体裁が必要だろう? あっさり引き下がったら、君のガールフレンドたちがうるさいんじゃないのか?」


 テーブルにチップ代込みの飲食代を置いて、キミヒコは席を立つ。

 一瞬、ネオは逡巡する。だが結局、彼はキミヒコの後に続いて店を後にした。

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[一言] キミヒコも女性関係で大やけどしまくってますが、ネオくんも正直ダメだこりゃな感じですね(´ω`)
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