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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.4 クルーエル・ドクトリン
114/185

#33 クラウゼヴィッツの実証実験

 ヴィアゴル王国の王都。この都市は帝国軍に占領されてしばらく経つが、戦禍の傷跡はまだそこかしこに残っている。

 中心に位置する王城も、その例外ではない。割れている窓ガラスはそのままだし、天井に穴が空いている箇所もある。あの晩の戦闘の痕跡は、まだ生々しく残されていた。


 そんな王城のとある一室。

 元々は、要人を接遇するための、貴賓室か何かだったのだろう。その部屋は戦禍を免れたため、豪奢な装いのままだった。


 現在そこで、二人の人間が食事をとっている。

 帝国軍の将軍、ウォーターマンと、同軍に雇われていた傭兵、キミヒコだ。


 キミヒコは慰労の名目でここに呼ばれ、ウォーターマンと会食していた。部屋にはこの二人の他は、ホワイトだけ。その顔は包帯でぐるぐる巻きにされており、まるでミイラのようになっていた。


「疲れた顔をしているね、キミヒコ君」


「ええ。もう、本当に疲れました。でも、そう言う将軍もやつれてますよ……」


「そうか。部下の前では、見せられんな……」


 二人して疲れた顔をしながら、そんな会話をする。


 この会食の料理は絶品だった。どうやらウォーターマンが、本国からお抱えの料理人を呼んでくれたらしい。

 だがそんな美味しい料理も、ここ数日の気疲れのせいで、キミヒコは十分に堪能できずにいた。


 命の危機など、万に一つもあり得ない。そういう予定だったのだが、心胆を寒からしめる状況に陥ってしまった。結局、その危機は脱することはできたものの、キミヒコはすっかり気疲れしていた。


 それに、ホワイトのこともある。


 隕石落下の危機が去って、ホッとするのも束の間。ホワイトが顔面をかち割られた状態で帰還した際、キミヒコは絶叫した。

 泣きながら包帯を巻いてやったのは、記憶に新しい。


 この人形が死ぬことはない。理性でそれはわかっていても、心は凍えた。


「私も、今回ばかりは肝が冷えた……。君にはつくづく、迷惑をかけたな……」


 ウォーターマンがしみじみと言う。


 いつもの、いかにも軍人といった威圧的な雰囲気は、微塵も感じられない。

 軍務中は部下の目もある。気を張って、毅然とした態度や口調を作っていたようだ。軍が全滅の機に瀕しようがそれを続けていたが、今は軍務から離れて、気が抜けているらしい。


 この男は戦争マシンか何かのようだとキミヒコは思っていたが、こうして話をしていると、なかなかどうして普通の人間だった。


「ところで、明細の方は見てくれたかね? 問題があれば、私に直接言ってくれ。君の望み通りになるよう、対処しよう」


「ええ、拝見させていただきました。不満はないのですが、騎士クラインと騎士アンビエントの報酬も入っているようでしたが……」


 キミヒコの今回の仕事は、騎士オルレアを討ったことで契約満了となった。


 他の騎士を討ち、隕石攻撃阻止のための強襲作戦に尽力したこともあり、追加報酬の項目には、それはそれは豪華な数字が並んでいた。

 だがその中には、本来もらえるはずのない報酬も、どういうわけか入っている。


 騎士クライン討伐の報酬は、彼の騎士武装が報酬手形となっていた。あの両刃剣は破壊してしまったので、報酬はなくなるはずだ。

 それに、騎士アンビエントは今現在も消息不明である。こちらも、どういうわけか殺害したものと同等の報酬が入っていた。


「無理な仕事をやってもらったからな。その分、私の方で手を回しておいた」


「それは……どうもありがとうございます」


 ウォーターマンの配慮に、キミヒコは素直に礼を言った。


 騎士一人の殺害報酬で、普通の人間なら一生働かなくても大丈夫なくらいの額となっている。それが、五人分。しかも、騎士オルレアの分は、他よりも遥かに高い報酬額だ。

 すでに受け取っている前金と合わせて、一生遊んで暮らしても使いきれないくらいの金を、キミヒコは手にすることができた。


 終わり良ければなんとやら、か。とりあえず、うまくいったな。とはいえ、資金はあちこち分散させて、うまく管理しないと。また夜逃げでもして、全財産を失うなんて勘弁だぜ……。


 頭の中で算盤を弾くキミヒコに、ウォーターマンはさらに話を続ける。


「それと、内定していた役職の件だが……本当に良いのかね?」


「ええ。なにしろ、ここはこの有様ですからね。役人の方々には、引き止められましたが……」


 今回の仕事には金銭以外の報酬があった。この占領地での特権的地位の約束だ。

 しかし、キミヒコはそれについてはもう辞退している。


 帝国軍は、この地で蛮行を重ねすぎた。


 略奪くらいなら軍事上の常識の範囲内でしかやっていないが、大都市を焼き払ったり、首都をさんざんに破壊してしまった。民間人からの印象は最悪である。


 なお、国民を生贄に捧げた旧王国政府の評判も大概なのだが、彼らは完全に消滅してしまった。このため、怒りの矛先は全部帝国に向けられてしまっている。

 おまけに、王国の政権が消えてしまったことで、正式に降伏をさせることが不可能になった。負けを認めず、地下に潜った王国軍残党はかなりいるらしい。


 ゲリラ活動の下地は、バッチリ整っている状況である。


 そんな状況なのに、侵攻軍はすぐさま次の戦場に向かうための再編成をしている。ここを足ががりにして、カイラリィにでも攻め込むつもりなのだろう。


 哀れにも、本国からこんな場所に送られてしまった役人たちからは、「一緒に頑張りましょうよ」だとか「頼むからここに居てくれ」みたいなことを言われたのだが、知ったことではない。

 駐留軍も碌に居ないのに、テロの危険満載のこんな場所になど居られない。ゲリラ掃討の仕事など、まっぴらだった。


「そうか……。では、代わりと言ってはなんだが、名誉大佐の授与を推薦しておこう」


「名誉大佐?」


「大佐、と言っても名誉称号だよ。実権は何もないし、軍人になるわけでもない。しかし、帝国においては、その肩書きがあれば色々と動きやすかろう」


 ウォーターマンのその提案は、キミヒコにとってはメリットのあるものだ。


 帝国という国は、とにかく軍隊が幅を利かせている。みんなの憧れ、花形の職業第一位が軍人という国だ。

 名誉職とはいえ、大佐という肩書きは便利に使えるだろう。ありがたくもらっておくことにした。


「ふふ……大佐、か……」


 キミヒコには、権力欲というものはあまりない。

 だが突然、降って湧いた偉そうな肩書きに、つい笑ってしまう。


「君、軍に興味があるのかね?」


「いえ、そういうわけでは……。軍といえば、まあ……今後の情勢は気にはなりますが」


「今後の情勢か。……我々はこの後、カイラリィに攻め込む予定だ。この国を通り道にすることで、敵の防衛線を迂回できる。カイラリィの命運は尽きただろう。試験運用した航空隊も、本格的に投入されるだろうしな。あれは、我々の想定以上の威力を発揮した」


 ちょっとした世間話のつもりで話を振ったキミヒコだったが、想定以上に詳細な説明があり、面食らう。


「……機密ではないのですか?」


「公然の秘密というやつだ。カイラリィとて、察知しているだろうよ。いまさら、もうどうにもできないだろうがな」


 公然の秘密などと言い訳しているが、この将軍は口の軽い人間ではない。

 キミヒコが今後の情勢について、知りたがっているのを察して、教えてくれているらしい。


 そういうことならと、この機会にキミヒコは気になっていたことを質問することにした。


「小耳に挟んだのですが……パックスインペリアーナ構想とやら、本気なのですか?」


 キミヒコが聞いたのは、連合王国の諜報員、パーカーが話していたことだ。

 参謀本部が怪しげな構想を基にして、この戦争に関与している。その真偽について、確かめたかった。


「……参謀本部は本気らしい。私はあまり、感心しないが」


 キミヒコの問いに、ウォーターマンは眉を上げたものの、どこで聞いたかの追及はしてこなかった。

 苦虫を噛み潰したような顔をして、肯定するだけだ。


「ロマンチストな方が多いんですね、参謀本部は。でもそんな調子で、軍全体が納得しているんですか?」


「戦争がなければ、功績を稼ぐ機会がないし、ポストも空かない。軍で非戦派など皆無だよ」


 上は馬鹿みたいな夢を追うため。下は功績とポストが目当ての出世欲のため。

 戦後の明確なビジョンはなく、勝てそうだからとか、そんな勢いまかせの理由で戦争をやっている。


 今までの話を聞いて、キミヒコにはそう思えた。


 ヤベーだろこの国。ブレーキを踏む人間とか、いないのかよ。どっかで破滅しないか、これ……。


 行き過ぎた軍国主義の末路。故郷の歴史で、キミヒコはその一例を知っていた。


「なるほど。……ですが、将軍はあまり乗り気じゃなさそうですね」


「老いたせいかもしれん。倅などには、よくそう言われる。私は守勢に入ったのだと。……君はどう思う? このシュバーデン帝国の状況を」


 唐突に話を振られる。

 キミヒコとしては、正直には答えづらいものだ。あまり、帝国の現状が良いとは思えない。


「忌憚ない意見で構わないよ」


 どう答えてやり過ごそうかと考えているキミヒコに、ウォーターマンがそう言った。

 その言葉は以前、キミヒコが彼に意見を求めた際にも使ったセリフだ。あの時、ウォーターマンは正直に答えてくれた。


 キミヒコはフッと笑って、それに倣うことにした。


「正直に言いますが、馬鹿馬鹿しいですね。戦争なんて、外交の一手段に過ぎないでしょう。帝国は……いえ、帝国軍は、戦争それ自体が、目的になりかけているように感じます」


「ふふ……はっきり言う。気に入らんな……」


「それはどうも」


 キミヒコの正直な答えは、ウォーターマンのお気に召したらしい。

 気に入らんなどと言いつつ、彼は楽しげに笑っていた。


「さて、他には何かあるかね? 今の私は、口が軽いよ」


「そうですね……では、教会についてはどうでしょう?」


 気軽にそんなことを言うウォーターマンに、キミヒコもまた軽い調子で質問を重ねた。その場の軽い雰囲気と異なり、重い内容の、かなり危うい質問だ。


 言語教会は危険な組織である。キミヒコに今回の仕事を持ってきたことからも、今次戦争に絡んでいることに疑いはない。

 それに、帝国軍が異様なまでに近代化しているということもある。真世界の軍隊に近い組織構造をしている帝国軍には、教会の陰がチラついて見えた。


 この話題については、ウォーターマンもすぐには答えなかった。瞼を閉じて黙考している。話すべきか、逡巡しているらしい。


 やっぱり、ヤバイか? 藪蛇だったか? だが、教会の動向は怪しすぎる……。知らないままでいるってのは、よくないことだ。今回みたいなピンチは、もうごめんだ……。


 ウォーターマンの様子に、キミヒコは内心では冷や汗をかいていた。


 本来キミヒコは、こんな危険なことに首を突っ込む性質(たち )ではない。だが今回の仕事で、命の危険を感じた経験がキミヒコにそうさせた。

 また、何も知らないまま、こんな危ない仕事を持ってこられてはたまらない。


「言語教会か。……そうか、君はあそこと縁が深かったな。この仕事も、教会の仲介だったか。だがそうすると、このあたりの話は、君の方が詳しいのではないか?」


「いえ、本当にただ頼まれただけなんですよ、私は。……彼らが、何に、どこまで関与しているか。皆目見当がつかないというわけです」


 キミヒコのその言葉に、ウォーターマンはまた押し黙る。

 しばらくそうしていたが、やがてその重い口が開かれた。


「……クラウゼヴィッツの実証実験。そう呼ばれている、教会主導の巨大プロジェクトがある。それが、今次戦争における、連中の目的だろうな」


 どことなく、所在なさげに、ウォーターマンはそう言った。


 クラウゼヴィッツ? 実証実験……? それが目的だとか言われても、全然わかんないんだけど……。


 訝しげな顔をしているキミヒコに、ウォーターマンはさらに話を続ける。


「クラウゼヴィッツという人物を、知っているかね? アマルテアではない、どこか、遠くの国の軍人だったらしい」


「……寡聞にして存じませんが」


 知らないと言いつつ、キミヒコにはその名前はどこかで引っかかった。

 昔、どこかで聞いた記憶がある。そんな気がした。


「ふむ。では、ナポレオンは?」


 ウォーターマンの言葉に、キミヒコはギョッとする。


 ナポレオンだと? フランスの、大陸軍(グランダルメ)の、あの、ナポレオンか? じゃあ、クラウゼヴィッツも、真世界の……。


 キミヒコの高校時代。世界史の勉強で、ナポレオンのことは嫌ほど覚えた。

 そしてそのナポレオンほどしっかり覚えてはいないが、クラウゼヴィッツという名前にも聞き覚えはあった。確か、プロイセンだか帝政ドイツだかの軍人だったような記憶がある。


「クラウゼヴィッツという人物の著作に、『戦争論』というものがある。これの執筆にあたり、多大な影響を与えたのがナポレオンという人物らしい。もっとも、この二人はそれぞれ、敵方の陣営だったようだがね」


 黙っているキミヒコに答えを促すことはなく、ウォーターマンは話を続けた。


「その著作に、教会が何か?」


「教会は参謀本部に、こういった奇書を提供している。『戦争論』の他にも、ジョミニの『戦争概論』やドゥーエの『制空』などがあるな。いずれも、荒唐無稽な内容なのだが……妙な現実味がある。実際、これらの書籍を基に研究を進め、帝国軍は実績を上げている」


 ウォーターマンの話の中の書籍は、いずれもキミヒコのいた世界、真世界のものなのだろう。


 高校教育の世界史の範囲内くらいでしか、キミヒコは軍事の歴史については知らない。だから、これまでの話に出てきた人物も、その著作の内容もわからない。

 だが、帝国軍の近代化が、これらの書籍を参考に行われていることは理解できた。


「教会がいったいどこから、これらの書籍を手に入れたのかはわからない。だが、これらの書籍を基にした、軍事思想の実践と検証を教会は行なっている。帝国軍の……いや、帝国という国家そのものと、帝国を取り巻く状況の変遷を観察しているということだ」


「それらの、軍事的アプローチによる社会実験の総称が、クラウゼヴィッツの実証実験というわけですか」


 名称の割に、別にクラウゼヴィッツに絞った話ではないらしい。

 教会が帝国に真世界の軍事技術や思想を提供し、それによる社会への影響を観察しているようだ。周辺国からすれば、とんでもなく迷惑な実験である。


「そのとおり。連中のお膝元、カリストではなく、ここアマルテアでやるのは、この実験の社会的影響が未知数だからだろう。……こうした途方もない社会実験を、教会は他にも並行して行なっていると聞く」


 ここまで語ってから、ウォーターマンは息をついた。そして、その視線がこの部屋の扉にそれとなく向けられる。


 この話題になってからそうなのだが、ウォーターマンの視線はこの部屋の扉付近によく向けられていた。盗み聞きの類や、誰かが急に入室してこないか、気にかけているらしい。

 やはり、教会については、あまり大きな声では話せないようだ。


「私が知っているのは、このくらいだよ。この実験の先、教会が何を求めているのか、私にはわからない。……君も、何か知ってることがあるのではないかね?」


 今度は逆に、キミヒコが知っていることはないか尋ねられる。


「そうですね……。昔、とある大司教が、私に教えてくれたことがあります」


 ウォーターマンにはここまで色々と聞かせてもらった。それほど多くを知っているわけではないが、キミヒコも軽く話をすることにした。


「言語教会は、神様に会いたいんだそうですよ。世界平和が目的なんだとか」


「世界平和……? まったく、お笑いぐさだな。こうしてアマルテアで起きている戦乱の原因は、我々帝国軍と教会によるところが大きいだろうに」


 キミヒコの話に、ウォーターマンは呆れたようにそう言った。


 言語教会の語る世界平和など、お笑いぐさであるというのは、キミヒコも同意するところだ。どうせ、教会の見識が多分に含まれた平和である。それが、一般人の想像する平和とは乖離しているだろうことは、想像に難くない。


「……キミヒコ君、軍に入る気はないかね?」


 唐突にウォーターマンがそう言った。


 いきなりすぎて、キミヒコは瞠目する。そもそもキミヒコは、帝国軍に対して、それほど良い感情を持っていない。それは、ウォーターマンも承知しているはずである。


「……なぜ、そんなお誘いを? 私は、自分がそれほど軍人に向いているとは思えませんが」


「そうかな? その人形を抜きにしても、君が軍人に不向きとは思わんよ。私はね」


 予想外の評価に、キミヒコは二の句を継げなかった。

 眼前のこの男は、世辞でこんなことを言う人間ではない。


「ああ、軍学校には私の方から推薦しよう。君がその気なら、だが」


「軍学校……。私は、ザンネルクどころか、帝国出身ですらありませんよ?」


「出身閥のことなら、気にする必要はない。……帝国軍での栄達を望むのなら、君に孫娘をくれてやってもいい。我が家に婿入りしてくれたのなら、誰も後ろ指はさせんよ」


 婿入りなどと言われ、キミヒコは目を瞬かせた。


 おいおい、そこまでやるか? 俺を家に入れるとすれば、ホワイトとセットだぞ。将軍はこいつの有用性だけでなく、危険性も十分に承知しているはずだが……。


 そんなことを考えながら、すぐそこにいる人形に視線をやってから、再びウォーターマンを見る。その意味を彼は察したのだろうが、特に動じた様子は見られなかった。

 承知のうえ、ということだ。


「は、はぁ……。いやしかし、その孫娘さんとやら、文句は言いませんかね? こんな、どこの馬の骨ともわからない、流れ者をあてがわれるなんて」


「私が家長だ。家中の誰にも、文句は言わせない」


 ウォーターマンのその言葉に、前時代的だななどとも一瞬考えたが、ここが異世界だったことを思い出す。ここでは、結婚はお家のため、というのも普通のことだ。

 いまだに自分が故郷の価値観から抜け出せていないことを、キミヒコは自覚し、苦笑した。


「私のどこが、将軍のお気に召しましたかね? あまり自覚がないのですが」


 キミヒコが問う。


 実際、なぜこんなに気をかけられているのか、キミヒコにはわからない。ウォーターマンは、ホワイト抜きで自身を評価しているように見えた。

 ホワイトを引き入れるだけなら、婿養子にまでする必要はない。外聞を考えれば、あの人形を家に入れるのは、かなり危険だ。


「そうだな……色々あるが、この場で一つ挙げるのなら、先ほどの君の言葉かな」


 先ほどの言葉と言われても、キミヒコにはどれかピンとこない。

 思案顔のキミヒコに、ウォーターマンがさらに話を続ける。


「さっき言っていただろう。戦争など外交の……政治の一部にすぎないと。クラウゼヴィッツも『戦争論』の中で、戦争は政治の道具であると説いている」


「……なるほど。それは将軍の見解と一致すると、そういうことですか」


 どうやら、戦争というものの本質についてのキミヒコの見解が、お気に召していたらしい。


「ですが、その割に、帝国は政治を軽視しているように見受けられますが」


「そうだな。参謀本部は、クラウゼヴィッツの絶対戦争の理論だけを抽出して、優れた軍事思想家として評価している。持て囃されるのは、殲滅戦理論などの戦術論ばかりだ」


 キミヒコは軍事については素人だ。だから、ウォーターマンの言う戦術的な理論については理解が及ばない。

 だが、戦争の本質に関する部分で、この男と参謀本部の間で、意見の隔たりがあるらしいことはわかった。


 もっとも、この将軍は、たとえ自身の見解との相違があろうが、上からの命令とあればそれに従う。冷酷で非情な、戦争マシンになることに躊躇はない。

 そしてキミヒコは、そんな人間にはなれない。自分自身のためならば、感情を殺すことに抵抗はない。だが、所属する組織のために、それをやるのはストレスだった。


 一時的に雇われるくらいの関係が心地よい。キミヒコはそう思っている。


「まあ、駄目で元々の勧誘ではあるからね。気が変わることがあれば、いつでも言ってくれ」


 キミヒコの性格は、ウォーターマンも承知のうえだったようだ。

 彼はそれだけ言って、この話を終えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、一気に話が膨らんだと言いますかここに来てそんなワードがと驚いたと言いますか。 ますます続きが楽しみになりました。 面白い小説をありがとうございます。
[良い点] 結婚なんかしたら孫娘が怪死しそうだ あるいは本当に不思議なことに自然死しそう
[良い点]  重傷を負ったホワイトさんに、泣きながら包帯を巻くキミヒコさんが可愛い。  まあ可愛いとか言っていい状況じゃないけど。 [一言]  キミヒコの能力は高級軍人として得難いものだけど、精神面…
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