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クズ野郎異世界紀行  作者: 伊野 乙通
ep.4 クルーエル・ドクトリン
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#31 カタコンベ

 王城地下礼拝堂。この王城が建築された当初は、ここがメインの礼拝堂として使用されていた。紆余曲折を経て、王城の敷地内に独立した聖堂が建築されてからはお役御免となり、現在ではただの地下倉庫のような扱いだった。


 そんな地下礼拝堂は現在、託児所のような状態になっている。大勢の赤子たちがここに集まっていた。


 所狭しと並べられている揺籠の中で、のんびりと揺れている子もいたり、母親らしき女性に抱かれている子もいる。大泣きしている子もいれば、この状況下でふてぶてしくも、ぐっすり眠っている子もいる。

 これから自分たちがどうなるかも知らずに、赤子たちは思い思いに過ごしているようだ。


 そんな礼拝堂の扉が、突如、乱暴に開かれた。


「オ、オルレア卿……やはり、そのような指示は受けていません。上に確認してからでなければ、卿といえど――」


「黙れ。事態は急を要するのだ。そのような暇はない」


 この場を守る兵士と言い争いながら入ってきたのは、騎士オルレアだ。


 王室霊廟に安置されていた第一の儀式用の燭台が破壊されたことを理由に、この場にある第三の儀式用の燭台を一時的に移動する。そういう建前をでっち上げて、オルレアはこの場の燭台を回収しようとしていた。


 『星の涙』は三つの燭台からなるアーティファクトだ。条件を満たした生贄の命を吸う機能があり、それにより燭台に火が灯る。火が灯った状態となると、巨大な光の柱が天に昇ることになる。時間経過により、燭台の火は消え、光柱も消失する。そうなってから、次の儀式に移行するというのが本来の手順である。


 しかし、今回は光柱がまだ消失していない状態で第一の燭台は破壊された。いささか時間は足りていなかったということだが、すぐさま第二の儀式は執り行われたらしい。


 どうやら王国上層部は、儀式の進行に多少の狂いが生じたとしても、アーティファクトの起動を強行するつもりのようだ。

 もし第二の燭台が破壊されれば、すぐさまこの場の赤子たちは生贄とされてしまうだろう。


 騎士に向かって意見をしてくる兵士を適当にいなしながら、オルレアは燭台を探した。


 アーティファクトは……あれか!


 礼拝堂の中央に置かれた、黒い球体。元々は完全な球体であったろうそれは半ば崩れており、その中に燭台が置かれているのが見える。

 制止しようとする兵士を無視して、オルレアはそれに近づいていく。


「オルレア卿……? ああ、騎士様……私たちを、この子をどうかお救いください……」


 兵士との言い合いで、この場に来たのが、かの有名な王国騎士であることを察したらしい。母親の一人がオルレアに嘆願する。


 彼女たちは、自らの赤子が生贄にされる予定であることなどつゆ知らず、この場に避難していた。赤子を守るためという、国の説明した欺瞞を信じていた。


「任せてくれ。この子たちを、死なせなどするものか」


 オルレアの言葉に、彼女たちは安堵したようだ。ホッとした表情を浮かべ、オルレアに何度も頭を下げている。

 その様子を見て、この場の兵士たちは、なんともいえない顔をする。自分たちが、彼女たちの大切な赤子をどうしようとしているのか。それについて、葛藤を覚えているらしい。


 そんな彼らを尻目に、オルレアはアーティファクトへと近づく。

 黒い球体の中、素朴な燭台をその手に掴んだ時に、それは来た。


「閣下ッ! あの人形がこちらに……!」


 レナードと共に、入り口で兵士たちと押し問答を続けていたはずのレイが、礼拝堂の中へと駆け込んできた。


「全員、手を出すな! 私が……私が、相手をする」


 この地下礼拝堂はかなりの広さだが、今は赤子たちとその母親がいる。彼女らを傷つけずに、あの人形と戦闘するのは至難の業だ。

 戦うのなら、ここから離れてからでなければならない。


 そんな思いで、礼拝堂を出ようとするオルレアだったが、この場から離れる前にあの人形はやってきた。


 血まみれで、片手にはいつもの両刃剣。もう一方の手には、人間の首がぶら下げられている。騎士トラファルガーの首だった。

 こうなることは予想できていたものの、いざ戦友の死を目の当たりにすれば、怒りの感情は抑えられるものではない。


「よくも……よくもやってくれたな、白い奴!」


 オルレアは言葉に怒りを乗せて発するが、人形に気にした様子はない。ただ、ゆったりとその足を進めて、礼拝堂の中へと入ってくる。

 血まみれの来訪者に、母親たちは悲鳴をあげ、我が子を連れて人形から距離をとる。兵士たちも、この場は騎士の言葉に従い、素直に道を空けた。

 人形はそのまま、オルレアの下へとやってくると思いきや、唐突にその足を止める。


 いったい何かとオルレアが思っていると、人形は別方向へと歩き出した。そうして一つの揺籠の前で足を止める。そのまま、その手の両刃剣を振り上げた。 


「やめろ!!」


 オルレアはそう叫ぶと同時に、その手の燭台を床に叩きつけた。そして床に転がる燭台に、剣を打ち下ろして、破壊する。

 アーティファクトが砕かれる、甲高い衝撃音が、礼拝堂の中で響き渡った。


「これで満足だろう? アーティファクトは破壊された。お前の主人の安全は、確保されたんだ。赤子を殺す必要なんて、もうどこにもありはしない」


 オルレアの言葉を聞いているのかいないのか。人形は剣を振り上げた体勢のまま、ピタリと止まって動かない。

 ただ、人形の触角であろうあの魔力の糸が、揺籠の中の赤ん坊に触れ、その存在を確かめている。赤子に興味を引かれているらしい。


「妬ましいのか? ……わかるよ、私もそうだった。望んでも得られない、渇望しても満たされない。お前の中の、女の情念を私も理解できる」


 オルレアが諭すように、そんなことを言う。

 人形は相変わらず、オルレアの言葉になど反応を示さない。ただ止まって、赤子に意識を向けている。


「いい加減、お前との腐れ縁も切らないとな。……決着をつけようか」


 オルレアはそう言って、二つの剣を構えた。

 それを受け、人形はその手にあった騎士の首級を放り捨て、ゆっくりとオルレアへと向き直った。



「灯りが消えた……終わったか」


 離れの塔、暗黒騎士たちに攻め立てられているその場所で、レオーネは独りごちた。


 その言葉のとおり、先程まで火が灯り天に向けて光を放っていた燭台が、今は完全に沈黙している。

 アーティファクトの起動は完全に頓挫した。


「陛下、もはやこれまでです。降伏を……」


 レオーネと共にこの場にいたストラングが、そう言った。


 前国王アルブレヒトを犠牲にする、第二の儀式。この儀式の遂行を、レオーネは自らの手で行なうことに拘った。そんなレオーネに付き添う形で、ストラングはこの離れの塔まで足を運んでいた。


 そして、いざ儀式を始めると、すぐさま帝国軍はこの離れの塔に押し寄せてきた。暗黒騎士の群れを相手に、ストラング一人ではどうにもならない。わずかな手勢と共に、こうして塔に立てこもっている。


「いまさら、降伏などできるものかよ。民を殺し、父を殺し、それでも国を守ることもできない。暗君とは、私のためにあるような言葉だな……」


 言いながら、レオーネは窓の外を見る。

 アーティファクトにより呼び寄せられた隕石が、遥か上空で粉々に四散したらしい。隕石の欠片が、無数の流れ星となって夜空を彩っている。


「ストラング。卿はこれを手土産に、残った兵を連れて投降しろ」


 そう言って、レオーネは灯りを失った燭台を投げ渡す。

 それを受け取りながら、ストラングはわかりきった問いかけをする。


「陛下はどうされるおつもりで?」


「いちいち聞くな。わかってるだろうが」


 ストラングの問いに、レオーネは不機嫌そうにそう言うだけだ。

 それを受けて、ストラングはやれやれといった具合に肩をすくめた。


「そうですか。そういうことなら、最後までお付き合いしますよ」


「……お前に、自殺願望があるとはな。恐れる心はないのか?」


「このところ、死ぬような目には何度もあいましたからね。……今の状況より、オルレア卿に殺されかけた時の方が恐ろしかった」


 ストラングの軽口に、レオーネは呆れ顔だ。


 そういえばこいつ、本当に殺されかけてたな……。


 ビルケナウ市からの避難民の末路をオルレアが知った時、激昂した彼女をなだめにかかったのがストラングである。その際、彼はオルレアにさんざんに殴られる羽目になった。

 その有様を思い返して、レオーネは軽く笑う。


「ふん……死に損ないめ。好きにするがいいさ……」


 レオーネは夜空に次々と降り注ぐ流れ星を眺めながら、どこか安堵したような表情を浮かべてそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すさんだ心に武器は危険なんですオルレアさん [一言] 4章は情の章だと思います 今まで利と理と情の天秤になると情はこぼれ落としてきたキミヒコとホワイトにとって情がメインで進む章は味わい深い…
[一言]  オルレアさん・・・多分それチャンスじゃない。
[一言] この回は前置きかもしれませんがとても印象的でした 燭台を軸にして重く儚い2篇の綴りが対比的でよかったです
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