#30 殺戮人形、再び
王城を囲むように存在する城壁には大きい正門が一つと、小さめの門が二つある。現在その三つともが、城内に侵入した暗黒騎士の分隊により破られ、王城の守りはもはや丸裸同然だった。市街地で応戦を続ける守備隊もすでに敗走寸前で、王城に帝国兵が雪崩こむのもそう遠くない話だろう。
そんな絶望的な戦況のなか、王城のエントランスでオルレアは暗黒騎士の分隊と対峙していた。王城に侵入した分隊のうち、アーティファクト破壊の任を担っている精鋭部隊だ。
「王国に、もはや戦う力は残されていない」
戦闘行動に入ろうとする暗黒騎士たちを手で制して、オルレアは対話を試みる。
「卿たちの狙うアーティファクト。その起動には、三つの儀式が必要となる。第一の儀式、そのための生贄はすでに捧げられた。立ち昇るあの光は、その証だ。第二の生贄はアルブレヒト様で第三の生贄は赤子たち。こちらはまだ捧げられてはいない」
オルレアが語る、アーティファクトを取り巻く状況を、暗黒騎士たちは黙って聞いている。顔を覆う漆黒の兜により、その表情は窺えない。しかし、オルレアの言葉をまるで信用していないのは、すぐにわかる。
暗黒騎士たちは敵意に満ちた魔力を迸らせながら、攻撃陣形を整えていた。
「これ以上の犠牲を、私は望まない。卿たちが『星の涙』を破壊するというのなら、協力してもいい。その代わり、この国を――」
甲高い音がエントランスに響き、オルレアの提案は中断された。
一人の暗黒騎士がその手の剣で魔力の斬撃を飛ばし、それをオルレアが手に持つ大剣で打ち払った。
「……隊長」
「耳を傾けるな。我々で破壊すれば、それで済む。全ては予定通りに進めることだ」
先程の斬撃を放った暗黒騎士、隊長と思わしき人物の言葉に、他の暗黒騎士たちも武器を構えた。
「聞く耳持たずか。……まあ、そうなるだろうな」
オルレアが呟く。諦観に満ちたその言葉を皮切りに、暗黒騎士たちが斬りかかってきた。
敵の精鋭である、騎士級戦力が五人。対してオルレアはたったの一人だ。独断で敵と交渉するため、オルレアはあえて味方の兵を遠ざけていた。
もっとも、味方の雑兵がいくらいようが、このエントランスでの戦いにはなんら寄与しなかっただろう。
オルレアの持つ二つの剣は、ここが王城であろうとお構いなしに暴威を振るった。剣が振るわれるたび、王城の壁が打ち抜かれ、柱は簡単に切断されていく。
暗黒騎士たちも負けてはいない。かつての雪辱、ビルケナウ市郊外での借りを返すべく、死闘を演じる。
以前の戦いよりも、動きがいい。五対一は、さすがにキツいか……!
オルレアの顔が苦渋に歪む。
以前の戦いでも、オルレアは暗黒騎士五人を相手に大立ち回りを演じたが、今回ほどは苦戦していない。
暗黒騎士たちの装いは統一されており、個人の判別は難しい。しかし、現在相対する五人のうち数名は、あの時の暗黒騎士であることがオルレアにはわかった。戦いの癖や魔力の質、そういったものを勘案しての判断だ。
どうやらあの時の戦闘経験をもとにして、しっかり対策を練ってきたらしい。
とはいえ、オルレアが完全に劣勢というわけでもない。幾重もの斬撃がオルレアに向けられてきたが、その全てを捌ききっている。互いに決定打には欠けている状況だ。
どうする? ここでこいつらを討ち果たすことに、意味などない。このまま素通りさせて、アーティファクトを破壊してもらうか……?
オルレアの心中では迷いが生じていた。
ここで捨て身の攻撃に出れば、大きなダメージを負うだろうが、暗黒騎士の二、三人は倒すことができるだろう。その先で勝者がどちらになるかはわからないが、決着はつけられる。
しかし、オルレアとしてもアーティファクトの起動は阻止したい。どうにか帝国軍に対して恩を売れる形でそれを成し遂げ、降伏交渉の席を用意させたいと考えている。
虫のいい話のうえ、裏切りそのものな行動だ。こんなことなどやりたくはないが、それでもあのアーティファクトが起動するよりはいい。生まれたての赤ん坊を生贄にするなど、悪魔の所業だ。そんなことは認められない。
エゴだ偽善だと言われようとも、オルレアは決意を固めていた。自身の良心を守るため、立場や命をかえりみずにメリエスを逃してくれた、あの青年のように。
激しい応酬のさなかにそんなことを考えていたオルレアだったが、唐突に違和感を覚える。暗黒騎士たちの攻勢が、いつの間にか緩くなっている。その違和感を覚えてすぐに、その理由をオルレアは察した。
糸が、あのおぞましい糸が、この激戦の地に伸びていた。誰が来たのか、考えるまでもない。
「邪気を感じる……。あの人形、他者へ悪意を向けることを覚えたか……」
オルレアが独りごちると同時、それは現れた。
相まみえるのは、これで四度目。白い自動人形が、エントランス入り口に立っている。
その姿を認めるや否や、暗黒騎士たちはオルレアから距離をとった。
「手を出すな。化け物同士でやらせておけばいい。あれがここに来たということは、事は済んだ。……引き上げるぞ」
隊長の言葉に従い、暗黒騎士たちが退却していく。オルレアはそれを黙って見送った。
「事は済んだ、か。まだ終わってはいないのだが……彼らに言っても詮なきことだな。どうせ、すぐに気が付く」
白い人形と相対しながら、オルレアは独りごちる。
破壊され開いた穴から外を見れば、そこにあるはずの光の柱は無くなっていた。おそらく、この人形が発光源であるアーティファクトを破壊したのだろう。
第一の儀式のアーティファクトが破壊されたということだ。
「人形遣いには借りがある。……だが、ここで無為には死ねないな」
オルレアの言葉が発せられるや否や、人形はその手の両刃剣を前にして突貫した。
◇
王城中庭。今まで王城内部に侵入し、好き放題に荒らして回っていた暗黒騎士たちがここに集結していた。
すでにアーティファクトは破壊され、王国軍の防空部隊も殺し尽くされている。本来の予定であれば、ここから脱するためにここに待機することになっていた。もう少しで、竜騎兵が迎えに来る手筈となっている。
「これが、アーティファクトの残骸か」
「はい。王室霊廟に安置されていたものです。あの人形が単身乗り込み、破壊しました。それと同時にあの発光も消失しました」
猟兵隊の隊長に手渡されたそれは、燭台のようだった。生贄が捧げられるとこれに火が灯り、先程までの光の柱が発生していたらしい。
当初の予定どおり、あの人形が光の柱付近に投下され、そのまま燭台を破壊。この燭台が破壊されたことで、儀式は中断される。そのはずだった。
「……で、さっきまでの光が消失すると同時に、今度はあれか」
猟兵隊の隊長がそう言って、空を見上げる。
さっきとは別の場所から、光の柱が立ち昇っているのが見える。その光のすぐ横、夜空に浮かぶ下弦の月に映る影が一つ。アーティファクト『星の涙』によって呼ばれた隕石が、月に影を落としていた。
かつて落着した隕石は、直径約五十メートル……。ここから見えるということは、あの隕石はそれより遥かに大きいか。あのままの大きさで、落ちてくるわけではないだろうが……。
厳しい表情のまま、猟兵隊の隊長はそんな推察をする。
このままではあれが、複数に分割され、降り注いでくるのだろう。
敵のアーティファクトの起動を阻止できたかと思えば、これである。まだ危機は継続していることに、部隊には暗澹たる空気が流れていた。
「騎士オルレアは、三つの儀式からアーティファクトの発動は成立すると言っていたな。それぞれ、別の場所で儀式を執り行うと、そういうことか。この燭台も数は三つあるのだろう」
あらかじめ、生贄の儀式に三つの段取りがあることを帝国軍は掴んでいた。さらにオルレアから聞かされたことを鵜呑みにするのであれば、次の生贄がアルブレヒトでその次の生贄が赤子たちである。残り二つの燭台は彼らの下にあると考えられる。
とはいえ、欺瞞情報である可能性を考慮すれば、それを基にしての行動は避けたい。隊長はそう考えていた。
「いかがなされますか?」
「第一の儀式、そのための燭台は破壊した。しかし、あの光を見れば、儀式は継続されていると見るべきだろう。……破壊しに行くほかあるまい」
立ち上る光を見つめ、隊長が言う。
光源は王城の離れの塔。そこには当然、敵が待ち構えていることだろう。人形は騎士オルレアとやりあっているため、当てにできない。
この場の部隊で行くしかない。
「三つ目の燭台の所在は不明だ。まずはあの、二つ目の光の下へ行く。おそらく、前国王の命を吸ったであろう燭台を破壊するのだ」
急いで、あの離れの塔を強襲するための人員の選定と段取りを整える。並行して、第三の燭台の捜索と退路の確保のための人員配置も忘れない。
即座に態勢を整えた暗黒騎士たちは、再び動きだした。
◇
「もう時間がないというのに、貴様は!!」
人形の繰り出す両刃剣を打ち払いながら、オルレアが悪態をつく。
王城の屋根の上で、オルレアと人形の死闘は続いていた。会敵したエントランスからこっち、人形の執念は凄まじく、屋根の上まで追いかけてきて執拗に攻撃を仕掛けてくる。
アーティファクト起動の阻止。その目的は同じはずなのに、こうして争い合っている状況にオルレアは苛立つ。
「怒っているのか? お前の主人の顔に、私が泥を塗ったから……!」
苛立ちとともにそんな言葉が口をついて出る。
一見して感情などないようなこの人形だが、オルレアは知っている。その内側には、主人に向けた激情が潜んでいることを。
アンビエントには否定された考えだが、オルレアはいまだにそう思っていた。
人形はオルレアの言葉など意にも介さずに、ただひたすらに攻撃を仕掛けてくる。
その手の両刃剣を振り回し、オルレアの剣と打ち付け合うたびに、鈍い重低音が辺りに響き渡った。
この人形との戦闘において警戒を要するのは、振るわれる剣戟だけではない。
人形はその全身が凶器のようで、時折放たれる手刀や貫手も、一撃もらってしまえば致命傷になりかねない。おまけにそれらを分離させて飛ばしてくるので始末が悪い。手や足だけでなく、オルレアの体を絡め取ろうと衣服まで飛ばしてくる。
それでいて、こちらの攻撃は硬すぎてなかなか通らない。
以前やったように、魔力を練った騎士武装による渾身の一撃ならばダメージを与えられるのだが、そんな攻撃に易々と当たってくれる相手ではない。
一進一退の攻防を続けるオルレアの目の端に、野外の庭園を駆けてくる従騎士レナードの姿が映った。向こうも屋根の上のオルレアに気が付いたようだ。こちらに向かってくる。
儀式の場所を掴んだのか……!?
己の従騎士に頼んでいたこと。赤子たちの捜索に進展があったのかと、オルレアは期待した。戦いの最中にあって、彼女はそれに気を取られた。
そしてその一瞬の隙を見逃すほど、人形は甘くない。
しまったと思った時には、人形が懐に入り込んでいた。両刃剣を持つ方の腕を肩から外して、剣の間合いの内側で格闘戦に持ち込む姿勢だ。
格闘戦に持ち込まれれば、片腕だろうがオルレアに勝ち目はない。
咄嗟の判断だった。オルレアは下に向けていた曲剣を足下に突き立て、そのまま魔力を炸裂させる。
足元が崩れて屋根に穴が開き、人形の体は宙に投げ出され、その手刀が空を切った。間髪容れずに両刃剣が人形の腕ごと飛んでくるが、オルレアはそれを大剣で弾き飛ばす。そのままお返しとばかりに、人形の体を下へと蹴り飛ばした。
開けられた屋根の穴から、人形は階下へと落ちていく。
ヒヤリとしたものを感じながら、窮地を切り抜けたことにオルレアは息をついた。
「閣下! 場所がわかりました!! 地下礼拝堂です!」
第三の儀式の場所を叫んで伝えるレナードの下へ、オルレアは跳んだ。
そうして従騎士のすぐ傍に降り立つと同時、状況を問いただす。
「レイは? 戦況はどうなっている?」
矢継ぎ早に問いかける。今の今まで、オルレアは人形の相手で手一杯で、情報が不足していた。戦闘は継続しているらしかったが、この周辺には敵の兵も味方の兵もおらず、戦況がどうなっているかわからなかった。
「レイは礼拝堂にいます。戦況ですが、市街は帝国軍に掌握されました。現在、正門と離れの塔付近で激しい戦闘が継続中です。私も――」
会話の最中、轟音が鳴り響いた。
屋内に落ちた人形が、壁を破壊したらしい。そのまま外に出て一直線に向かってくる。
「ええい、しつこい奴め……!」
吐き捨てるようにそう言って、オルレアは剣を構える。
従騎士を下がらせて、迎撃しようと身構えていると、不意に人形の動きに変化が生じた。唐突に足を止め、出てきた屋内の方へと体を向ける。
人形が破壊した壁から、飛び出してくる影が一つ。大斧を構えた男が、人形に向かって果敢に向かっていく。
「オルレア卿、行ってくれ! この人形は、私がやる!!」
「トラファルガー卿!?」
唐突な援軍は、騎士トラファルガーだった。彼は人形と切り結びながら、オルレアに先に行けと言う。
オルレアとしてもありがたいことで、この場は彼に任せて地下礼拝堂へ、このままでは生贄にされてしまう赤子たちの下へと行きたかった。
しかし、それをした場合、騎士トラファルガーは死ぬだろう。彼の実力を侮ったことはないが、あの人形は規格外だ。一騎討ちをやれば命はない。
それに、これからオルレアが成そうとすることは、王国への裏切り行為だ。オルレアは正しいことと信じてそれを行なうが、それが自身のエゴであることも自覚はしていた。
自らのエゴに、トラファルガーの命を懸けさせていいのか。
そんなオルレアの逡巡を見てとったのか、トラファルガーが声を張り上げる。
「いいんだ、行ってくれ! 何が正しいかなんて、終わってみるまで、誰にもわかりはしないんだ!」
トラファルガーには、オルレアのやろうとしていることがわかっているらしい。それでなお、オルレアに行ってくれと、そう言っている。
「……すまない」
オルレアはそれだけ言って、従騎士を連れてこの場を離れた。




