ヨーイン
ヨーインは公爵令息で財務大臣の息子だ。緑の髪と赤茶の瞳を持っていた。異母や異父の弟や妹がいるらしいが会ったことがなく、何人いるのかも知らない。
ヨーインには父と呼ばれる男性がいて、母と呼ばれる女性がいた。その二人はヨーインに用があるときにしか会わなかった。だから、父だ、母よと言われても何のことか分からない。ヨーインの側には乳母と呼ばれる女性がいて、祖母と呼ばれる年老いた女性が度々会いに来た。
乳母はヨーインの側にいるだけだった。ヨーインの食事を用意し、衣服を着替えさせ、入浴を手伝い、就寝させる。必要以上喋らず、関わってくることもない。ただ、側でヨーインの世話をするだけだった。
祖母と呼ばれる女性は毎年ある時期になると王都の西に広がる森にヨーインを連れて出掛けた。そこにはいつも誰かがいた。よく会うのは同じ年の三人の男の子、小さな女の子、その親たち。ヨーインがその子たちが誰か分かるのはケルン王子の遊び相手として城に上がった時だった。
ケルン王子は我が儘だった。好き嫌いがはっきりしているけど、それがコロコロ変わる。さっきまで嫌いと言っていたのに今は好きだと言い出す。振り回されるのはいつもヨーインたちだった。
国務大臣の息子ヘークタは真面目。言われたことはキチッとこなす。ケルンの気紛れにいつも真面目に付き合っていた。
外務大臣の息子ヌクサは大人しい。何を言われても嫌な顔をせずに聞いている。誰に何も言われなくても黙ってヘークタを手伝い、居なくなったリスマを探し出して連れて来る。
騎士団長の甥リスマはウロチョロしている。木に上ったり、池に飛び込んだり少しもじっとしていない。だから、何処かに入り込んで肋骨を折る大怪我をした。怪我をしてからは少し大人しくなった。
ヨーインは彼らと遊ぶのが楽しかった。今までヨーインには乳母と祖母しかいない世界しかなかった。その世界が彼らと会って広がった。
その集まりに一人の女の子が時々参加していた。ケルンの婚約者、ヘークタの妹のハーマだ。
ヨーインは首を傾げた。西の森であったハーマは人見知りはしたけれど、明るい元気な女の子だった。けれど、城で会うハーマの光のない目は不気味で笑顔も薄寒い感じがした。ケルン王子もハーマを早々に厭うようになり、兄妹仲が良かったはずのヘークタもハーマに近づかなかった。ハーマは顔を出しても挨拶だけでただ居るだけの存在となった。
ヨーインは学園で運命に出会った。彼女は人との関わり方が分からないヨーインに寄り添ってくれた。彼女が側にいるとヨーインの何処か欠けている場所が満たされる感じがした。だから、ヨーインは許せない。彼女を悪く言う者たちが、彼女を虐げる者が。
彼女に癒されるのはケルンたちも同じみたいで、彼女は彼らと一緒にいるのが当たり前になった。
ヨーインはケルンの気持ちに気が付いていた。父王に倣い自分が選んだ者を妃に就けようとしていることを。けれど、それが今のままでは無理だとヨーインには分かっていた。
ケルンの母、王妃ジュリは元平民だった。平民だからと悪いわけではない。平民でも努力をしたら立派な王妃に成る者もきっといるだろう。だが、ジュリは無理だった。元平民のジュリは王妃に相応しくなかった、身分も教養も。力のある貴族や平民でも豪商ならば王家の後楯になれた。教養があったなら、いや教養が無いなら無いで大人しくお飾りでいる分別があったなら、無用なトラブルを起こすこともなかった。二代続けて王妃に相応しくない者を据えるわけにもいかず、国の継続のためにも次期国王であるケルンの妃は身分・教養どちらかは備わった者にしなければならなかった。
ソファタはジュリと同じだった。身分・教養、どちらも持っていなかった。一応ソファタは子爵令嬢となるが、五年前に引き取られた庶子であった。その子爵家だが借金こそなかったが財産といえるものはほとんどなく、人望も人脈も持ち合わせていなかった。教養のほうも五年も前に貴族となっているのに礼儀作法は最低レベル、成績も後ろから数えた方が早かった。ケルンたちと勉強会と称した集まりを開催しているにも関わらず成績が上がったことがない。そして、ソファタは関わらなければよいのに令嬢たちと無意味なトラブルを起こしていた。
これではいくらケルンが望もうともソファタは愛妾にしか出来なかった。この国では側妃を認めていない。愛妾も誰かの妻である者しかなれない。愛妾が生んだ子供は例え王の子でも夫の実子とされる。妃の地位を守るためでもあり、無用な後継者争いを避けるための取り決めだ。
ケルンは不服だろうがソファタを望むならハーマを妃とし子を生ませ、後で愛妾にと迎え入れるしか道はなかった。
何故、ハーマがケルンの婚約者に選ばれたのかヨーインは知らない。けれども、侯爵家令嬢、国務大臣の娘、身分は申し分なく、教養は幼少の頃から城で教育を受け身に付いている。身分と教養、二つを備えたハーマがケルンの妃となるのは国の決定事項であり、少々のことでは覆せない。ソファタを虐めたくらいでは。
それでもソファタがケルンの妃を望むなら、ヨーインは協力するつもりだった。ソファタの願いはなんとしてでも叶えたかった。あの時までは。
ヨーインにとって、記録の魔具なんかどうでもよかった。ソファタは凄く気にしているが、それが真実だろうが捏造だろうがもう関係ない。いや、あの帝国相手に捏造だと騒ぐことは出来ない。ソファタの罪はもう決まったようなものだった。
なら、ソファタは罪人となる。もうケルンの妃にも愛妾にもなれない。ヨーインはもう隠さなくていい。ケルンに譲らなくていい。
ヨーインがソファタを救い囲おう。罪がどれだけ重いものになるか分からないが、必ず救い出し何処か遠い場所で添い遂げよう。
ヨーインは愛しいソファタを慰めながらそう決意した。
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