リスマ
リスマは六人兄妹の第四子、次男として生まれた。赤みがかった茶色の髪に茶色の瞳をしている。家は騎士の家系で幼い頃から騎士になるべく体を鍛えていた。
騎士団長の甥であるリスマはまどろっこしいことは苦手で嫌いだ。今回のことも早くはっきりさせてすっきりしたかった。それにリスマはハーマに対して他の者ほど悪感情を持っていない。ハーマが幼少の頃からケルンの婚約者として辛く厳しい教育を受けていたのをリスマは知っている。それを無にするような女性を今ケルンは側に置いている。怒っても仕方がないだろうとも思えるからだ。だからといってハーマのやっていることを容認はしていなかった。
リスマは幼少の時は遊び友達として成長すれば側近として王子ケルンの元に通っていた。そこには同じ年の国務大臣の息子ヘークタ、外務大臣の息子ヌクサ、財務大臣の息子ヨーインが集められていた。リスマはその三人とヘークタの妹ハーマとは毎年ある時期になると花を捧げにいく両親に連れられて王都の西に広がる森で逢っていた。顔見知りの三人とはすぐに仲良くなった。
ケルンの婚約者となったハーマが時折交流のためと加わることがあった。毎日通っているのにその回数はとても少なく、そして現れるハーマはいつも顔色が悪かった。西の森では兄妹仲良くしていたヘークタもハーマを睨み付け、話しかけもしない。
リスマはハーマが城でどう過ごしているか気になって見に行くことにした。ハーマがいる場所は立ち入ることは禁止と言われていたが、駄目と言われたものほど破りたくなる。こっそりケルンたちから離れ、ハーマが教育を受けている部屋に忍び込んだ。
リスマはそこで目にしたものが信じられなかった。ハーマへの教育は厳しかった。教師は鞭を持ち、ハーマが少しでも間違えたらそれを振るっていた。リスマがそれくらいと思うことでも風を切る音が鳴る。年上のリスマがまだ解けない問題を出された時も、リスマの姉たちより綺麗な姿勢を幼いハーマがしていても、だ。
一番驚いたことはハーマについていた侍女が粗相をした時だった。気が付いたハーマが優しく諌めようとしたが、ビクついた侍女を見て部屋にいたリスマの伯父である騎士団長がハーマに激しく怒声を浴びせていた。下位の者に優しく出来ていない、と。怒鳴られ恐怖で体を小さくしているハーマを見ながら、粗相した侍女がニタリと笑っているのも。
父から女性には優しくと教えられているリスマは勇気を振り絞って、伯父に言った。
侍女がわざと粗相をして、それを注意しようとしたハーマに怯えたふりをしていた、と。
その後の記憶はリスマにはない。気がついたら、自分の部屋のベッドの上だった。肋骨が折れていてしばらく起き上がることが出来ず、ハーマの教育を邪魔したリスマは伯父に罰を受けたことになっていた。
両親に見たことを話したら、父は激怒し母は涙を流していた。そして、二人はリスマの勇気を誉めてくれたがもう二度としてはいけないとも言われた。ハーマがリスマを唆したことになっていてハーマも罰せられた、と。リスマがハーマを助けたら、ハーマがもっと酷い目に遭うからと言われた。リスマはそれが納得出来なかった。
けれど、ハーマが父親の国務大臣と一緒に見舞いに来たときリスマは自分が無力な子供だということにやっと気付いた。国務大臣は冷たい目でハーマを見ていて、瞳の色が同じだけでとても親子のように見えなかった。小さな体で震えながら謝罪しようとするハーマ。その態度が気に入らなかったのか、国務大臣はハーマの頭を掴むと床に着きそうなくらいに下げさせた。そのせいでハーマがバランスを崩し床に小さな体を打ち受ける。透かさず醜態を晒すな、謝罪も満足にできないのかと罵声が飛ぶ。
部屋にいた母が慌てて止めさせたが、国務大臣は当たり前だと鼻を鳴らしていた。
ハーマと国務大臣が帰ったあと、リスマは母から聞かされた。母に助け起こされたハーマは小さな声で母に言ったそうだ。
『ごめんなさい、ありがとう』
自分より小さな女の子の言葉にリスマは声をあげて泣いた。それから、ハーマとは極力関わらないようにした。ハーマのために。
怪我が治り城に通えるようになった。ヘークタがハーマのせいで、とリスマに頭を下げてきた。親に口止めをされていたが兄のヘークタだけでもとハーマのことを伝えたが、ヘークタは父親の国務大臣と同じ目をして聞いていた。リスマがハーマを庇ってそう言っていると。他の者たちに聞いてみてもハーマが悪く語られていた。
リスマはやるせない思いをしたが、どうにもすることが出来なかった。
「なあ、記録の魔具。見てみようぜ」
学園にある王室用のサロンでリスマはそう声をかけた。記録の魔具の存在でソファタが授業に出られる状態ではなく皆でサロンに移動していた。
「見るって、どうやって?」
聞いてきたのはヌクサだ。取り乱すソファタを宥めるケルンとヨーインを戸惑った目で見ている。
「管理している者がいるはずだ。その者に聞けばどうにかなるのでは?」
壁に凭れていたヘークタは片足で壁を蹴るように体を起こすと入り口に足を向けた。妹が関わっている。はっきりさせたいのだろう。
「ね、ねつぞう、です。わ、わたし、そんなこと、してません」
涙声でソファタが叫ぶ。捏造と言われてもそんなことが出来るのかどうかさえリスマたちには分からない。まずはそんな物があるのかどうかからの確認だ。
「じゃあ、行くけどどうする?」
ソファタは体を大きく揺らし、両手で顔を覆って泣き出した。ケルンとヨーインが我先にと慰めている。
リスマはこれでハーマを解放できるかもしれないと期待を胸にヘークタとヌクサと共にサロンを後にした。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
誤字脱字報告、ありがとうございます。
『けれど、ハーマが父親の国務大臣と一緒に見舞いに来たときリスマは自分が無力な子供だということにやっと気付いた。国務大臣は冷たい目でハーマを見ていて、髪の色が同じだけでとても親子のように見えなかった。』
『髪』を『瞳』に変更しましたm(__)m