ケルン
ケルンは父である国王の私室で従兄弟、帝国の第二皇子が留学してくることを聞いていた。
ケルンはこの国エウテスの第一王子として生まれた。父ジョージから王族の印である金の瞳と母ジュリから鮮やかな金髪を譲り受け、幼い頃から天使と間違えられたほどの美貌を持つ。今年十八となり王立学園の最高学年に在席している。
「来週から学園に通うこととなる」
そう言ってジョージ国王はケルンの前に大まかな計画表を見せた。チラホラと白いものが混じる明るい栗色の髪にケルンと同じ金の瞳のジョージ国王は、若い頃はケルンに負けないほどの美丈夫だったらしい。よく見ればその面影が確かに残っているが、深く刻まれた皺たちが年以上の老いを感じさせていた。
「ハーマを付けるのですか?」
ケルンは従兄弟に付くのが自分ではないことにホッとしながらも婚約者であるハーマが付くのに違和感を感じた。
学園で従兄弟の世話に時間を取られることなく自分のために時間が使えることは嬉しいが、何故異性のハーマを付けるのかその理由が分からない。
「姉上の要請だ」
ケルンは納得した。ジョージは帝国に嫁いで皇妃となった姉のエリタの要請を断ることは出来ない。今のエウテス国は帝国の皇妃の母国だからと存続しているようなものだった。
「して、ケルン。ハーマ嬢とはどうだ?」
ケルンは言葉に詰まった。婚約者のハーマは水色の髪に翡翠の目のどちらかというと冷たい感じのする美人だ。ケルンの母、王妃ジュリはその整い過ぎた容姿を毛嫌いしている。まあ、ジュリは自分以外で美人と言われる者は全て嫌っているが。
「どうとは? いつも通りですが?」
事実を言えない分、問い返すしかなかった。うまく誤魔化しているはずだった。ケルンに付けられている影にもジョージへの報告内容は無難なものにするよう命じてある。
「いや…、お前には苦労させたくない」
ケルンの言葉にホッと息を吐くジョージを見て、ケルンは失笑を噛み殺した。自分たちは自由恋愛を貫き幼き頃からの婚約者を排除してまで結ばれたのに子供には政略を命じる。ケルンはそれに矛盾と怒りと軽蔑と憐れみ、そしてほんの少しの罪悪感を感じていた。
けれど、ケルンはその政略に納得も出来ていた。母ジュリは王妃に相応しくないからだ。王妃としてのプライドはありすぎるのに王妃として相応しい振る舞いがほとんど出来ていない。そのため、無用なトラブルばかり起こして他国との関係を悪化させていた。帝国という後ろ楯がなければ、いつどの国と戦争となってもおかしくない状態だった。
ジュリは平民だった。そのため、高位貴族なら幼少の時に習得している礼儀作法や教養の基礎が出来ておらず、王妃教育が思うように進まなかった。まだまだ覚えることが山積みの間に王妃となってしまった。
ジョージはそう考え、自分の二の舞にならないようにとケルンには貴族の婚約者を決め仲良くするように助言してくる。ケルンはジュリのような者を選ばなければ良いだけだとそう思っていた。短い教育期間でも立派な王妃と成れる者さえ選べば良いのだと。そして、自分が選んだ者はそう成る者だと信じていた。
従兄弟が留学してきて、ケルンは苛立ちを感じていた。
完璧な淑女として作り物のような笑みしか浮かべていなかったハーマが従兄弟の前だと淑女の仮面が剥がれ落ちている。
あんな表情のハーマをケルンは見たことがなかった。顔を真っ赤にして照れたり怒ったり、吹き出すように笑ったり、目を真ん丸にして驚いたり。自分の見たことがないハーマに驚きと怒りを感じ憎しみさえ抱くようになった。
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