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真似をしただけ  作者: はるあき/東西
第二 マリスク
10/14

留学前1

「留学しなさい」


 マリスクは部屋に入ってくるなりそう言った母エリクを凝視した。


「母上、いきなり何を?」


 マリスクは鍛練から戻ったばかりで今から汗と汚れを取るために浴室に向かうところだった。


「エウテスの王立学園に行って、あの子を拐って来なさい」


 また物騒なことを。

 マリスクはわざと大きなため息を吐いた。母は一度言い出したら聞かない。どういうことか話だけ聞いて皇帝である父に相談しなければ。


「あの子とは?」


 簡単に拐って(つれて)くることが出来る立場の者なら母もマリスクに言ってこない。厄介な相手であることは確定していた。


「ケルンの婚約者よ」


 はあ? 

 マリスクは母が何を言ったのか一瞬理解出来なかった。

 名前を聞いて頭に浮かぶ人物はたった一人。


「ケルン? 従兄でエウテスの王子の?」


 マリスクは恐る恐る問い返すが、満足そうに笑って頷く母の姿が目に入る。そのことだけで既に頭が痛い内容だ。


「詳しいことは後で話すわ。とっとと汗を流して来なさい」


 母は勝手に入って話し出した癖に汗臭いためか顔をしかめて、扇で追い払うようにマリスクを浴室に追い立てる。理不尽なと思いながらも口にすると何倍にもなって返って来るのが分かっているから、逃げるようにマリスクは浴室に向かった。


 マリスクはお湯を浴びながら、混乱する頭を整理する。


「誰を拐ってこいだって…」


 手にお湯を取り勢いよく顔を洗う。

 ケルンはマリスクより二歳上、その婚約者はマリスクと同じ年だと聞いている。そして、とても綺麗な娘だとも。


「ケルンの婚約者? 僕に間男になれとでも?」


 マリスクは鏡に映る己を見た。

 茶金の髪に()()の瞳。金色の瞳はエウテス国の王族の証、帝国の皇族は緑柱玉の瞳で生まれてくる。たとえ、母がエウテス国の王族であっても皇族に嫁いだのなら、緑柱玉の瞳の子供が生まれるはずなのに。マリスクはこの色で生まれた意味を考えないようにしている。


「話だけでも聞くか…」


 浴室にため息を響かせながら、マリスクは観念して浴室を後にした。戯れ言ですめばいい、と淡い期待を抱きながら。


 母は優雅にお茶を飲んでいた。一緒にお茶を飲んでいるのは、母がエウテス国から連れてきた母の腹心ともいえる侍女シータ。彼女が出てくるなら戯れ言ではすまないとマリスクは諦めた。あとは自分が出来るかどうかだ。


「さっぱりしたわね」


 にっこり笑い扇で真向いのソファーを指す母の指示に従い、大人しくマリスクは座った。生まれてからの付き合いでその笑みがすごく怖いことは分かっていた。


「あの馬鹿な弟の子供はやっぱり馬鹿だったようだわ」


 バキっと大きな音がしたのは、マリスクが茶請けの少し固めのクッキーを食べた音だと思いたい。マリスクは母の扇が湾曲していることは見えなかったことにする。


「弟と同じことをするみたいなの」


 フッフッフと笑う母の金色の瞳を見て、ゴクリとマリスクは唾を飲む。じわりとマリスクの背中に汗が滲む。決して部屋が暑いわけではない。むしろ寒いくらいだ。


「確かなのですか?」


 マリスクの声が震えたのは仕方がない。

 実際、マリスクは叔父のジョージが具体的に何をしたのかは知らない。昔母を激怒させしばらく絶縁状態だったとしか。だが、今聞ける雰囲気でもない。母と母の後ろに立つシータが纏う空気がマリスクには怖すぎた。


「ええ、確証もなく言うわけないでしょう」


 一段と冷たくなる空気にマリスクは思わず腕を擦る。服の上からでも肌が粟立っているのが分かる。


「まあ、レイファで情報が入りにくかったのですが…」


 マリスクはシータの言葉に眉を寄せる。レイファというのはエウテス国の騎士団長の名だ。そしてこのシータの婚約者でもあったと聞いている。


「あの子が学園に入学して、やっと手に入れることが出来たわ」


 母のホッとした姿に情報を必死に集めていたことが分かる。数年前の両親の成婚記念の式典にケルンの婚約者を連れてくるよう招待状を送ったが来なかった。逆に招待しなかったエウテス王妃が堂々と現れトラブルばかり起こした。むろん帝国としては抗議したが、意味の分からぬ理由を長々と述べ最後には来ていない婚約者の代理だと開き直られた。その後もエウテス国に抗議文を送っているが、エウテス国王からの参加出来たことの礼状は来ても詫び状は来ていない。あの国には常識が通じないが各国共通の認識になりつつある。


「この子よ」


 母が机の上に魔具を置く。ポヤッと光って一人の女性が浮かび上がった。母が手を翳すとその姿が等身大に大きくなる。


「ハーマ・ホーラス。ケルンの婚約者よ」


 マリスクはその姿に見惚れた。

 水色の流れるような髪、少し吊目の翡翠の瞳、スッと通った鼻筋、小さな唇。メリハリのある均整のとれた身体(からだ)。マリスクの理想が目の前にいた。


「どう? 気に入ったでしょ」


 好みはわたくしと似ているから。

 マリスクはプイッと染まった顔を背けた。図星過ぎて反論も出来ない。


「で、愚弟とその取巻きの再現(まねっこ)


 見目麗しい男性が五人、女性に近づいてくる。先頭にいるのは会ったことのある従兄のケルンだ。

 女性の側に来ると何か話してすぐに去っていく。婚約者に対してすごくあっさりしていて義務的な感じがする。ケルンも女性の方も。聞いていた話と違う。二人には親愛も信頼もないように見える。それに…、魔具の画像だからか? 彼女の瞳には光がないように見える。


「確か…、その女性、ハーマ様がケルンに一目惚れをして…」

「それ、嘘よ」


 マリスクの言葉は瞬時に母に否定される。


「あのティマがハーマ様を王族に会わすわけがありません。しかも水色の髪の愛娘を」


 シータの言葉に母も大きく頷いている。

 シータが呼び捨てにしているということはティマという女性はシータと親しい間柄だったのだろう。


「西の森に出掛ける際も(ハーマ様に)鬘を被せて、髪を隠していたようです。ハーマ様が水色の髪であったことはケルン殿下の婚約者と発表されるまで会っていた者たちも知らなかったようです」


 マリスクの頭には疑問が溢れていた。シータが愛娘と言っていたからティマという名前がハーマの母親だということは分かる。西の森とは? 何故西の森に? 何故水色の髪を鬘で隠して? 何故嘘の発表を?


「ハーマの伯母フーラはハーマに劣らない美しい水色の髪をしていたわ」


 母が懐かしむように呟いた。またマリスクの知らない名前が出てきた。

 マリスクも皇族として周辺諸国の主要貴族の家族構成は頭に叩き込まれている。ハーマの父親、エウテス国の国務大臣ヒュータス・ホーラスには姉はいないと教わっている。ティマという母親の姉か?


「あなたはエウテス国の伝説を知っているわよね。今は偶然が重なっただけの迷信と言われているけど」


 母の問いにマリスクは頷く。


 昔、エウテス国が酷い干魃に見舞われた。水色の髪の乙女が涌き出る泉を見つけ国を救った。だから、エウテス国では水色の髪を持つ女性は水の乙女として神聖化されている、いや、されていた。


「水色の髪を持つフーラはジョージの婚約者だったわ。けれど、学園で今の愚妃を虐めたとして婚約を破棄し処罰された。迷信となっているとはいえ、水の乙女を王家がそんな扱いをしたと残すことが出来ず、フーラの存在自体が抹消されたわ。水の乙女はいなかった、とするために」


 母の言葉にマリスクは驚きを隠せない。エウテス国の王妃は元平民だと聞いている。それを虐めたから? それくらいで? 信じられない。婚約者の方が大変だ。常にその座を狙う者たちに命を狙われている。エウテス国の王族であった母も国内外から何度も命を狙われた、そして今も命を狙われている。皇族(王族)である限りそれは避けられない。


「ハーマ様が婚約者に選ばれたのは?」

「抹消されているとはいえフーラのことを払拭するため、でしょうね。水の乙女は王家に嫁ぐ、と国民に示したいのでしょう。それにフーラはわたくしのお気に入りでもありましたから、フーラの姪が次期王妃ならばわたくしの干渉も減ると考えているでしょうね」


 マリスクは無表情で去っていく婚約者を見つめているハーマを見上げた。愚かな王家の生贄にされた女性を。

お読みいただきありがとうございます。


緑柱玉=エメラルドです。緑柱石と使われる方が多いです。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

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