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神が、生け贄として捧げられた人間を喰っていた、と暴露するシーンがあります。
グロい描写はありませんが、一応ご留意ください。
「うわっ!!」
地面からなにか白いものが生えてきたと思ったら、それはどうやら狐だったらしい。
私の身長の1.5倍ほどはありそうな白狐の顔には赤いラインが入っており、何処と無く普通の狐とは違うことが雰囲気から察せられる。汚れ1つ見当たらない白銀の毛並みはそれはもう美しく、神々しささえ感じられた。この御方、もしやどこかの神とかそういうオチでは……?
「こやつはワシの式神、雷祊じゃ。
かれこれ50年ほどの付き合いになるかの?」
『52年と3ヶ月だ、主。』
「お主は相変わらず細かいわ。」
し、喋った……!
これは、安倍先生の話を信じざるを得ないような状況になってきているな。いや、学園長が年齢不詳とか、巨大な狐が人間の言葉を話すってのは確かに鉄板ではあるけど……。
『ところで、この小娘は覚醒型か?
今年までに意見を通すと息巻いていたじゃないか、結局駄目だったのか。』
「分かり切ったことを聞くでない。」
ツン、と横を向いた安倍先生を見ながら、雷祊さんはくつくつと笑った。相棒と言うだけあって、お互いすごく信頼し合っているのがひしひしと感じられる。
話は変わるが、実は私、少し潔癖のきらいがある。動物ってすごく好きなんだけど、大抵毛の生えた動物って汚かったり下手すると病気を持っていたりするので、それが怖くて他の家のペットだとか人の手である程度清潔に保たれていたであろう個体でさえも触れなかった。要するに、私にとって動物とは鑑賞対象であるわけだ。
しかし、目の前のお狐様に対しては嫌悪感をまるで感じない。ちょっと触らせてもらえないだろうかという欲が頭をもたげるが、人間と変わりない思考を持つ彼にそれを頼むのはどうにも失礼なように思えて、大人しく安倍先生の話を聞く姿勢を取る。
しかし、私がソワソワしているのには双方気付いた様で、顔を見合わせていた。
「玲明。」
「お主の好きにせい。」
「承知した。
小娘、そのうるさい視線を注がれるのは煩わしくて敵わん。気になるのならさっさと触って大人しく話を聞け。お主程度であるのなら、そう困ったことにはなるまい。」
思ったより口悪いな。
とは言え、確かに嬉しい提案ではあったので大人しく近付いた。
「あの、私は清い心、とか、そういうのは全く持ち合わせていませんよ?
私程度、とおっしゃいましたが、他者が触れることでなにか不都合が生じる可能性があるのなら、どうしてもという事ではないのでお気乗りしなければ断っていただいても……」
『謙虚も度が過ぎると嫌味と捉えられるぞ、小娘。
それに、私が判断の材料として使ったのは心の清らかさなぞという抽象的なものでは無い。そもそも、私と貴方方人間との道徳観は根本的に違う。玲明と出会う前は贄として差し出される人間の女で食い繋いでいた時期もあったくらいだ。そんな私が今更人間の魂の濁りなど気にすると思うか。』
…中々衝撃的な話を聞いてしまったな、やっぱり神様だったんですね。
なるほど、悪しき風習と言われて来た生贄という制度も、あながち間違っていたわけではなかったのか。まあ、確かに捕食対象が違うんじゃ倫理観だって違うに決まってる。
「そうですか。」
私は素直に頷いた。すると、雷祊さんは広角を上げた。ひょっとして、笑ってるんだろうか。だとしたら随分と人間的な感情表現のしかただな。
『私が人間に求めるのはただ一つ。慢心せず、身の程を知ることだ。
私が安倍家の末裔とは言えど、一人間の下僕として収まっているのは一重に主のそういった部分を買っているからだ。それに、魂に濁りのない人間は、総じて詰まらないからな。
その点、お主も私にとって不快な人間ではないと視えた。だから触れるのを許可する。
これで良いか。全く、難儀な童よ。敬意を持たれて悪い気はせぬが、些か億劫だなり』
安倍家って、もしかしてご先祖様に酒呑童子倒した系の強キャラいらっしゃったりします………?まあ、今はとりあえず許されたことを実行しよう。億劫って言われちゃったし。
「あ、ありがとうございます。
では、ちょっと失礼して……」
恐る恐る、私は雷祊さんの背に触れた。
太陽の光を反射して銀色にも見えるその毛並みは、硬質な印象とは裏腹に、意外と柔らかかった。
「……私、狐の身体を触るのって初めてです。
っあ、も、もしかして狐って言われるの嫌ですか?!すみません!!」
『くどいぞ、小娘。人間の物差しで私の心情を推し量ろうとするな。
長生きした猫が、猫又という妖怪になるという話は聞いたことがあるか。不本意だが、その類だと考えてくれて構わない。
私も、玲明以外にこの身体を触らせるのは久しぶりだ。最後はいつだったかな。……嗚呼そうだ、確か6年ほど前、貴女と同じ覚醒型の「雷祊」
それまで黙って見守ってくれていた安倍先生が、急に鋭い声をあげて雷祊さんを静止した。
『……すまない、主。思っていた以上に彼女のことを気に入ってしまったらしい。
少し話し過ぎた。』
しゅん、と心なしか耳が垂れている。か、可愛いと思ってしまうのは仕方ないことなのでは……?!と言うか、気に入ってくれたんですか。いやまあ、辛辣なこと言われ続けてはいたけどコミュニケーションは続けてくれていたし、そういう事なんだろう。
「いえ、こちらこそ質問攻めにしてしまいました。
私が聞いて不都合な事であるのなら、私は聞きません。」
「ああ、そうしてくれると有難い。その話題に触れるのはワシらにとってタブーなのじゃ。名前を呼んで、この場に移転でもされたらたまったものではないからの。
とは言え、おそらく学園生活を通して嫌でも知ることになるじゃろう。特に、君の適性によっては、更に面倒なことになる可能性もあるしの……。」
そこで私は首をかしげた。
「適性、ですか。
覚醒型、とやらとはまた違うのですか?」
そこで安倍先生は頷いた。
「陰陽師には、出現のパターンが2つある。1つは九條君がそれに当たる『覚醒型』と、今は学園内のワシと九条君以外全員が当てはまる『運命型』じゃ。」
なるほど。
「この辺りは、常識として捉えられておるから授業でも扱われぬし、軽く説明をしておこうかの。
『覚醒型』とは、先祖返りの術師に多く見られる型である。君のご両親は陰陽師ではないじゃろう?」
「はい、少なくとも私が知る限りでは違うと思います。」
「君の先祖のなかに、恐らく強い力を持った陰陽師が居たのじゃろうな。もしかしたらお主とワシは遠い親戚かも知れんよ?」
ふぉっふぉっふぉと安倍先生は笑った。
………いまだに見た目と口調のギャップに慣れない。
「一方で運命型は、ご両親どちらか、または両方が陰陽師である者によく見られる型じゃ。まぁ、ご両親が陰陽師だからと言って、代を重ねるうちに嫌でも血は薄くなる。全員が能力を出現させるとも限らぬが。」
「覚醒型と運命型には、それぞれ長所と短所がある。
先ず運命型について。これは、さっきも述べたようにご両親も陰陽師であるパターンじゃの。生まれながらにして能力を持つ彼らは、ご両親に力の制御の方法を教えられながら育つ。そうしなければ人間社会で上手くやれないからじゃ。先天的な能力が覚醒型に劣る彼らじゃが、生まれたその日から近くに師がいるという利点は大きい。運命型であるが、努力で自身の力を高め、覚醒型に勝る力を発揮した者だってワシは多く見てきた。要するに、努力次第という話じゃな。」
なるほど。スポーツや勉強とそこら辺は変わらないのか。
「ということは、私は普通の人よりも先天的に備わる力は強いという事ですか?」
私の言葉に、安部先生は頷いた。
「ああ、運命型とて個人差はあるが。
ワシの家系はちと特殊であるからしてその限りではないのじゃが、基本運命型の者には身近に師は存在しない。それはとても厄介なことでな、言わば探知できない時限爆弾のようなものなのじゃ。力が解放されなければワシらは探知が出来ない上に、強力すぎるが故に暴走したら手に負えない。
だからこうして能力が目覚めた者は、こちらの準備が出来たら即移転させられる。今回の君のようにな。」
確かに、身近な人を自分が傷つけることを考えるとゾッとする。そこで私はふと思った。
「え、えーっと、今は暴走することって無いんですか。」
思わず私は先生から一歩後ずさる。
「感情が高ぶらなければ大丈夫じゃ。
それに、ワシが居ればどうにでもなる。
昨日、森に移転させられた時、雨が降っとったじゃろ。あれは君の感情の起伏が原因だった。水と相性が良いのじゃろうな。」
「なるほど……」