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どうやら私がいつ起きてもいいように作り置きをしてくれていたらしく、料理は直ぐに運ばれてきた。
多少冷えてはいたが美味しかったし、それに私の今の精神状態を顧みるとこの位の温度で丁度良い気もする。
ちらっと前に座る鬼の面をつける男性の様子を伺ってみても、彼は綺麗な姿勢のまま微動だにしなかった。お食事中の私語は厳禁、とかそういうことなんだろうか。何となく、うちの高校にいた何とか流のマナーの先生を連想させられる。
朝食なのか昼食なのかようわからん食事を済ませたあと、傍に控えてくれていた女中さんらしき人がお膳を下げてくれた。
部屋でまた私と面をつけた男とで二人きりになる。じっと私が彼を見つめると、ようやく彼は姿勢を崩し、立ち上がる。
「どうせならこの庭でも歩きながら説明しようかの。お主、随分興味があるように見受けられる。
くすりと笑われて、何となくいたたまれなくなりつつも、私は頷いた。
「…一応、確認したいのですが。
私を呼んだのは何かしらの理由があって、その目的を達成しなければ私は帰れない、という認識で合っていますか?」
「本当に申し訳ないが、そういうことになる。
それも含めて、今から話そうか。」
目覚めてから初めて障子の外に出たわたしの感想としてまず
この家アホみたいに広すぎでは……?
どこかのお武家のお屋敷みたいな、いやむしろ昔はそういう用途で使われていたのかもしれないが、とにかく時代劇でしか見た事のないような見事な木造建築に、私は一瞬動きを止めた。
「ふぉっふぉ、ここに初めて来る生徒の大半は君と同じ反応をする。
それだけ街はコンクリートの塊で溢れているという事じゃ、嗚呼、なんと嘆かわしい。」
…なるほど、この人はよく居る『昔は良かった~』派閥の人間か。
この手の人が語り始めると長いことを私は知っているので、私は先を促した。
「…説明を」
思わず真顔になってしまった私を見て、それでも彼は穏やかに笑い(顔が面で隠れているため分かりずらいけど)、話し始めた。
「相分かった。
まぁまずは、自己紹介を済ませておくことにしようかの。
儂は安倍玲明。君が今から通うことになる学園の、学園長をしている者じゃ。」
「……九条桜子です。
学園、とは?私はそこで、生徒をやらなければいけないんですか?」
「良い名だ、君はきっと御両親に待ち望まれて生まれてきたんだろう。
自分の名は、陰陽道においてとても重要なものじゃ。大切にしなさい。
君には今年の春から2年間、明浄学院、端的に言えば陰陽師養成学校に通ってもらうこととなる。」
「………うん?お、陰陽師??」
あまりにも情報量が多くて色々と突っ込みたいところはあったが、何よりも聞き流せない単語がでてきたところで私はストップをかけた。
「まあ、いきなり信じろと言われても無理な話じゃ。
では、ここで証拠をひとつ。」
そう言って、安倍先生は自身の左手を差し出した。それを黙って見つめると、陽炎のように空気が揺れたと思ったら次の瞬間炎が灯っていた。
「………え。」
一瞬たしかに驚いた、が。手品とかでもありそうだなって考える私の思考回路は正常なはずだ。
別に、安倍先生が嘘ついてるとかそんな話じゃなくて、この18年間培ってきた自分の中の常識を捨てるってのは、そんなに簡単なことではない。
…………いや、嘘だ。正直彼が嘘を付いてるって可能性の方が高いと私は思ってる。
イマイチ信じきれていない私の様子に気付いたのか、先生は続けた。
「では、次はワシの相棒を見せようかの。」
そう言って、今度は手のひらを地面に向け、何かを唱え出した。
聞く限りで、日本語として意味が認識できない言葉で、どうしてか鳥肌が立つ。
いつの間にか地面には魔法陣のようなものが浮かび上がっており、耳が生えている。
…うん、耳?