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変則のリリア  作者: 源 蛍
リリアの望み
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七話『太刀脇 好羽』

 ハカセに相談……というと何か納得いかねぇが、兎に角話し合って確認したいことがあった。


「なぁ、もし月海の能力が他の人間にバレたなら、その時はどうする? 誤魔化しゃいいって訳にはいかねぇような、ハッキリ目撃された時とかな」


「そうだね……」


 亀裂の入った今にも壊れそうなティーカップにエナジードリンクを注いだハカセは、二つのカップの内よりボロい方を差し出して来た。わざわざダメな方を渡すってのは凄い精神してんな、飲むけどよ。

 だが何故エナジードリンクだ。茶じゃねぇのかよ。


「まぁその場合は全て投げ出して構わない。リリアに託すしかないだろうね」


「庇ってやらなくていいのかよ?」


「庇えるもんなら庇ってやりたいが、その場合そうもいかないだろ。リリアは人付き合いが嘆かわしい程に苦手だけど、何でも人に頼っていては前に進めない。君も分かる筈だ」


「ま、そりゃ分かるわな。要するにアイツの意思を尊重して行動しろってことなんだろ?」


「話が分かるようになって来たじゃないか、僕は嬉しいね」


 ハカセは軽く笑い、無い右脚首に注意しながら椅子に腰掛けた。何でそう上からしか物が言えねぇんだかな。今まで話が全く理解出来てなかったみたいに言うんじゃねぇよ。

 とにかく、陽野風にバレた場合最悪だな。アイツ相手じゃ庇うことも難しい上、相性が悪過ぎる。

 最悪、月海が追い出される可能性も無くはない。


「ところで今日は一緒じゃないのかい? リリアと」


 ティーカップを小さな台車に乗せたハカセはそれを強く押した。壁にぶつかった衝撃でカップ割れたぞおい。

 つぅか、俺は教室に入ってから今日は会ってないんだよ。


「むしろ、何で俺とアイツがセットみたいに言ってやがんだ」


「もうパートナーとも言える間柄だろ? 高校の敷地内でリリアを守れるのは君だけだ。リリアが自分から離れない限り、出来るだけ側にいてくれ。出来ないことはないだろう?」


「そうだな。じゃあ現状はこれでいい訳だ。月海は自分から何処かに消えたんだかんな」


「それはよくない。今のリリアを放って置くのは、かなり危険とも言える。彼女の能力は人目につきやすいからね」


「……そうか、要するに捜して来いってことなんだろ? ハッキリ言いやがれ」


 わざわざ遠回しに言われるのは腹立つんだよ。ハッキリしろハッキリ。

 よく分かんねぇ月海の行動だが、俺は居そうな場所を捜してみることにした。アイツの趣味や部活などから考えれば、幾つか心当たりがある。

 まずは弓道道場だ。この町には一ヶ所だけだがそれがある。弓道部員の月海なら通っている可能性もあるだろ。



「……いねぇな。コミュニケーション能力が欠けてるなら、こんな人が集まる場所に行く訳ねぇか。大抵、何処かで練習か部活でしかやらねぇんだろう」


 道場には居なかった。これで月海の部活を軸にした捜索は終了。次は趣味から探し出す。


「運動が趣味だったな。この町には幸い、色んな種類のジムがある。片っ端から当たってみるか」


 ──暫く歩き回って、計六ヶ所は覗いて来た。が、何処にもいない。

 居るわけねぇとは思ったが、ボクシングジム。何て言やいいんだ? 何か鍛えるためのジムとかまぁ、そんな感じの場所を探した。他にもバッティングセンターだとかスポーツ用品店だとか……何処にも居なかったし来たなんて情報も無かったが。


「あの野郎、何処ほっつき歩いてやがる……」


 月海が好きだと言っていた冷やし中華が食える店を回っている最中、段々腹が立って来た。

 手前のスーパーで、子供が駄々をこねて泣いてやがる。おもちゃが欲しいっぽいな。我慢しろチビ、いつか買って貰える──多分な。


「……まさかゼウスの奴らに連れて行かれたとかねぇよな」


 母親に連行される子供を見て、連れ去られる月海の姿が思い浮かんだ。……俺が想像したのは縄で縛られて目隠しされて口をガムテープで塞がれた状態だから、あんま現実味はねぇ上にクソ目立つ。

 だが以前、ハカセから聞いた。月海は中学時代、ゼウスの連中に追い回されて偶然ハカセと出逢ったってな。

 だから『もしかしたら』ってな可能性を否定してはならない。


「少しだけ走り回ってみるか。月海なら俺を見つけ次第寄って来るだろうし」


 一旦水分補給用に自販機でコーラを購入し、大通りから離れて路地などをひたすら駆け回った。結果、月海や怪しい人間は見当たらなかったが。


「お、こここんなとこに在りやがったのか。やっぱり一直線の道じゃねぇな、ゲーセンからはかなり複雑な道を通る筈だ」


 暫くして、初めて月海の能力を目撃した日に連れて行かれた公園の前に出て来た。周囲の木が邪魔で中を確認するのが困難だからか、人っ子一人遊んでいる様子はねぇ。

 以前はここまでデタラメに、寧ろ真っ直ぐに走った様に感じてたが……全て月海の能力なのは間違いねぇな。


「どんな原理なんだか。幾ら法則を無視するからと言って、道のりまで無視すんじゃねぇよ。行きたいとこでも考えてりゃいつの間にか辿り着けるのかってんだよ」


 休憩も兼ねて公園のベンチに腰をかけた。月海が自身に火をつけようとした時座っていたベンチに。

 あの時は焦ったし腹が立ったという感想と同時に、道理で逃げ切れた訳だ──と先程の答えも掘り出せた。


 逃げたいとこを想像してりゃいつか辿り着く。もしそれが正解だとするなら、月海はきっと『救世主の元へ』とでも願ったんだ。そうしてハカセと出逢った。


「ま、んな訳ねぇか。都合が良すぎるもんな。それにそうだとしたら、月海の奴はまだ囚われてはねぇ筈だ。こんな目立つ町で、追い回す余裕はねぇだろ」


 ……いや違うか、寧ろ捕まえ易いのか。

 ゼウスの連中は警察を恐れる必要が無い。ボスが特殊なちからを持っているらしいからな。まぁ月海達が能力を得た方法で自身もってとこだろうが。

 だがその為、臆することなく犯行を進められるって訳だ。


「世話かけやがってあのバカ……何処が優秀なんだか教えてほしいぜ。一人で出歩くなっつーんだよ」


「誰がバカなの? もしかして、私のこと言ってるんじゃないわよね?」


「テメェ……いつからいやがった」


「ちょっと前ね。話しかけているのに返事がないから、髪の毛毟り取ってやろうかと思ったわ」


 しれっと言う月海はいつも通りだ。特に疲弊した様子もないし、考え過ぎだったらしい。突如吹いた強めの涼しい風で靡く髪を押さえた月海の手には、紙袋が持たれている。


「何買って来たんだ? それ買う為だけにわざわざ遠出したのかよ」


 俺が溜め息を零しても、月海は怪訝そうな顔で小首を傾げた。それから自分の手に眼を向ける。気づいたみたいだな。


「ああ、これ新しいカップよ。ついさっきハカセに頼まれたの。壊れちゃったらしくて」


「眼の前でやったわ、アイツ」


「私は映画を観に行っていただけよ。少しというかかなり、気になってる映画の公開日が今日だったの」


「何だよどいつもこいつも」


「……もしかして、心配してくれたのかしら?」


 顔を覗き込まれて、何かむず痒い感じがした。俺が月海の心配? 似合わねぇ。

 否定のつもりで眼を逸らしたが、月海は鋭い目つきから一変して、これまでに見たこともない自然な笑顔を向けて来た。


「ありがとう、嬉しいわ。これまで、誰かに心配されたことなんて無いから」


 月海の笑顔は、少し恥ずかしい気もするが綺麗だった。元が美少女と言われるくらいなんだし、当然とも言えるんだろうが。それを省いてでも、そう思えた。

 コイツも笑えんだな、自然に。自覚はしてなさそうだがよ。


「心配なんてしてねぇよ。ただ、ハカセの奴が捜してこいって言うからわざわざ出て来ただけだ」


 照れ隠しにもなるのかもしんねぇが、そう返した。俺が「心配した」なんて言ってもキモイだろうしな。

 月海は首を傾げると、更に覗き込んで来た。意外と近くねぇ。


「確かに、わざわざね。心配もしていないのに汗かく程捜し回ってくれたのよね。心配していなくても、わざわざ出て来てくれたのだとしても、本当に嬉しいわ」


「お前おちょくってんのか」


「さぁ? どうでしょうね」


 月海が笑って──直後険しい表情に変わった。俺も()()を感じて、月海と顔を見合わせる。殺意染みたもんを何処からか感じる。


「大通りから少し離れただけの歩道の中心で仲良く笑い合う。まさかそんな余裕があるなんて、驚愕した」


 月海よりも酷く冷淡な声は、頭上の方から聞こえた。俺と月海は同時に反応して、直ぐ横に塀で隔てられた家を見上げる。そこからマントの様に長いコートの裾がはためいて見えた。

 セミロングの黒髪をした、冷めた瞳をした小さい女は俺達を見下した様に見下ろしている。


「おい、そこ二階建てだよな。人ん家に登ってんじゃねぇぞお前」


 何となく出したセリフはそれだった。そこじゃねぇだろ。初めの方のセリフを繋げなきゃなんねぇのに、小さい女の圧を感じて正解を口にし忘れた。

 月海は溜め息を零すと、明らかに警戒した猛獣の様な眼を小さい女に向けた。


「どうやってそこに登ったのか知らないけれど、通報される前に降りた方がいいわよ。……それともう一つ。あんたさっき、『そんな余裕かあるなんて』って言ったわよね。どういうことなの?」


 おぉ、悪ぃな月海、俺の疑問全部言ってくれてよ。強いて言えば後一つ。今は充分暑い時期だが、その長い長いコートは邪魔じゃねぇのか?

 小さい女は眼を閉じると、屋根から身体を浮かせた。動作は軽やかで、下手したらスローモーションに見えて、蝶が花に降り立つ姿を思わせるくらいふわりと着地した。無駄に音は響くことも無い。


 直感だった。こいつは普通じゃない。


「どういうことも何も、能力者が町を歩いていればどうなるかくらい、分かる筈ですよね。月海リリア、貴女は過去に()()()()()()()があるでしょう?」


「……お前、能力のこと知ってんのか。何者だよ。てか、誰だ」


 やけに小さいが。身長、百四十くらいかこりゃ。俺との身長差がかなりある。月海よりもずっと。

 能力のことを知られてるからか、月海が少々挙動不審になっちまってる。完全に怯えてるっつーか、警戒してるっつーか。

 俺達を交互に観察した小さい女は、コートの裾を少しだけ捲った。やっぱ邪魔なんじゃねぇか。


「そりゃ知ってる。私だって、何年間も逃げ延びているんだから」


 何故俺には敬語じゃない? とか何とか思ったが、気にしなくていいか。凄い気になるんだが。

 それより今こいつ、『逃げ延びている』って言ったな。考えられるとしたら……


「お前も能力者なのかよ……?」


 それだけだった。能力を知っていて逃げる側となれば、そうとしか考えられない。無理矢理ではあるが他に思いつくとして、能力を得た後にハカセの様に脱走したってくらいだ。だがコイツは俺より更に若い、それは無いだろう。


「どうなの? あんたも、何かしらの能力は持っているの?」


 中々返事が無い小さい女に対し、半ば苛立ちの籠った声で月海は尋ねた。小さい女は眼だけで俺達を見る。


「そうですね、能力者です。そっちのデカイ人は知らないけれど、貴女とは同じですよね……月海リリア。私は、『太刀脇(たちわき) 好羽(このは)』。不運にも、能力を得た現役jcです」


 現役jcって、どんな言い方だ。いや今の時世なら普通か? 普通なのか? たく、よく分かんねぇ。

 太刀脇好羽か。月海と同じく、ゼウスの実験によって能力を得た人間……だろうな。今更だが、ゼウスはどうやって能力者を作り上げたんだ? わざわざ誘拐するってことは、直接会ったって訳じゃねぇんだろうし。

 太刀脇は髪を後ろに流すと、塀に軽く寄りかかった。


「もう一度聞きますけど、貴女は何故こんなにも極自然に外出しようと考えられるんですか? 能力者は既に、約十名狩られています。もっと慎重に行動するべきでは?」


 月海が不満気な表情になると、太刀脇はまるでトドメを刺すかの様に強めの口調で続けた。


「また、二年程前までの様に追われ続ける状況に戻りたいんですか?」


「……っ!」


 月海が一瞬、息を詰まらせたのが見て分かった。その眼には恐怖の二文字が刻まれてる様に感じる。それだけ恐ろしい体験だったって訳だ。

 しかし、一つだけどうも納得いかねぇことがある。

 能力者なら、能力を持つ人間が他に居ることを追われる時点で知れる。だがどうして月海が能力者だって知ってんだ? 歳下なのに、名前とかも知ってやがる。

 何より──


「太刀脇、お前が何故月海が追われていたことを知ってんだ? お前は知り合いじゃねぇんだろ? 会話聞いた感じ」


 何処かで見てなきゃ『二年程前までの様に』なんて言えねぇ。太刀脇は思い出した様な反応をして見せ、コートのポケットに指先を差し込んだ。


「それでは、二年程前のお話をしましょうか」

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