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変則のリリア  作者: 源 蛍
リリアの望み
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五話『罪』

 ハカセは口を綻ばせ、煙草の火をじっと見つめる。その顔は罪悪感に満ちた訳でも狂気な笑みでもなく、何つーか死んだ様な生気の薄いものだ。


「お前が月海達を不幸にした人間……って訳でいいんだな」


「間違ってはないね。それでも一応、言い訳くらいは聞いてくれるかい?」


「……勝手に言え」


 ハカセは不器用に笑うと、煙草を床に落として左脚で踏みつけた。右足首から下がないから、当然な。

 何故そんな大怪我負ってんだかは知らねぇが。


「ある日、病院で医者見習いをしていた僕の元に、彼らはやって来た。白衣姿の、やけに自信に満ちた表情を浮かべた三人組だったよ」


「彼らって、それが組織の奴らってことか……」


 組織って何の組織なんだかな。ウィルスを作った限りなく悪と呼べる団体なのに違いはねぇが。

 ハカセは俺の確認をバカにした様に笑って肯定した。多分コイツは素でこれなんだろうな。顔に出過ぎなんだいちいち。


「そういうことだ。ここで問題。彼らは、僕にどう接したと思う? この後、僕は組織の一員となったのだけれど」


「急にクイズかよ。……そうだな、んと、媚びた態度だな。それでお前もいい気分になってついて行った……ってとこだろ」


「残念、不正解だ」


「少しくらい溜めろよ」


 言い終わって一秒も経たない即答かよ。俺が言い始めた頃には否定する準備してやがったなコイツ。

 だが、媚びるのが違うか。だとしたら何だ? ウィルスを疑われることなく作らせるとしたら、なるべく下手に出た方がやり易い筈なんだが。

 俺の思考をお見通しだとでも言う様に首を振ったハカセは、薄ら笑いをして答えた。


「『世界を救うために、有能な貴方の力を借りたい』……彼らはそう言って近づいて来たんだ」


「胡散臭過ぎるだろ」


「そうなんだよ、胡散臭い。勿論僕は、変な宗教だと勘繰って拒否したさ。──だが彼らは諦めない。やがて僕の観察までする様になった」


「観察……?」


「ずっと傍に居て、僕の技術や知識を盗もうとしてたんだよ」


 ハカセは細い目を大きく開いた。まるで感情の制御をしない様な、気分の悪い笑みだ。

 そんな俺の心境も無視して、ハカセは続ける。


「僕だけの知識なんてものは無いが、医学をそんな訳の分からない人間達に与えるなんて馬鹿げてるだろ? だから当然、僕は彼らを徹底排除するために、裁判という言葉を出した」


 ハカセは神妙な顔で「だが……」と零した。


「彼らにとってはそれが待ち望んでいた言葉だったのかも知れない。僕が、『全世界の子供達を見捨てた』なんてことを一夜にして国中に広めたんだ。恐ろしいものだよ」


「一夜にして、か。そんなもん、信憑性が有っても無くても、ネットが普及した今の時代じゃ普通のことだ。SNSで少し、『〇〇が何かをやらかした』と言った呟きをするだけで、瞬く間に拡散するからな」


「そう、正にその通りだ。僕の悪評は何処までも広がってついには院長にまで届いた。僕は、それから居場所を失ったのさ」


 それで組織に入らざるを得なくなった、つー訳か。……だとしても、何故誰もその団体に対して何も言わない? 変に思わないのか?

 世界中の子供達を見捨てたなんて、そもそも世界中の人間を助けるなんて不可能なのにな。そこまで脳が働かなかったのか?


「集団心理……って、分かるか?」


 ハカセは俺を品定めする様に見る。集団心理って要するに……


「感情の感染みたいなもんだろ。例えば誰かが正当な発言をしたとして、それに乗っかる人間も出て来る。そして更に増えて行き、最終的には大抵の人間の意見が一致する──とか。そんな感じだろ?」


「それは行動だね。心理からなる動きに値することだ」


「似た様なもんだからいいだろ。とにかく、大多数の人間の意見が一致したってことでいいんだろ?」


「まぁそうだ。そこまで分かったなら、組織が何も言われなかった理由が発覚する筈だ」


 右脚に何か違和感のあるブーツを履いたハカセは、何に手をつくこともなく何処かへ歩いて行く。冷蔵庫だった。冷蔵庫からアイスティー出しやがった。

 ……組織が何も口出しされなかった理由。つまり、組織について『いい奴』という集団心理が働いたってことか。疑うことなんて自然と頭から抜けてく。

 俺みてぇな、月海みてぇな他人を深く考えない人間くらいがそこに違和感を感じるが、そんなもん少数。数に押し切られて終わりだな。


「……それはそうとして、組織に入ることになったのはまだ分かる。だがよ、何で馬鹿正直に言うこと聞いてんだ?」


 アイスティーを冷蔵庫に戻したハカセは口を手で拭うと、少し斜め上に顔を向け、俺を指差した。


「僕は組織に入って、まず最初に何をしたらいいのか? そして何の為にそれを作るのかを問い詰めた」


「だったら尚更何で大人しく従ってたんだよ」


「組織は、上手く言いくるめて来たよ。『不治の病を治す薬を科学者達で考えた』『この実験が成功すれば、治せない病気なんてなくなる』ってね。流石に嘘だとは思ったけど、僕は科学には疎いのでね、出鱈目な数式でも信じ込んじゃったんだよ」


 出鱈目な数式だって分かったのは、恐らく抜けた後のことだろうな。つか、どうやって抜けたのかは知らねぇけど。

 多分コイツは医者として、病を治すという言葉に心を動かされちまったんだろう。……今は、どうかしてるけどよ。

 ハカセは再び椅子に座ると、ブーツを脚から外した。一瞬見えたその中には、硬そうな板が隙間なく詰められていた。


「言う通りに手を動かすだけで、薬は完成する。そう信じて無心なで、作り続けたさ。──ま、それが十年程前の話。僕はその約三年後、違和感にようやく気がついたんだ」


「違和感?」


「薬と言ったらどんな物が思い浮かぶ? 形状で構わない」


「風邪薬みてぇな、タブレットタイプ。粉末タイプ。チューブに入った液体、塗り薬。飲むタイプの液体……とかそんなとこだな」


「だろうね。だが僕が見たその薬の完成系は初めて眼にする物だった。医者なのにだよ。薬は──」


 ──気体だった。


 ハカセは俺の相槌を見るまでもなく、自分にとっての違和感を打ち明けていく。


「僕らは注射器に入れて使用する様な、液状の薬を作っていた筈だ。だが偶然眼にしたそれは、明らかに気体だったんだ。詳しくは、水蒸気に似てるもの。おかしいだろ?」


「そういった技術は、珍しくねぇだろ。俺もテレビでだが、何度か見たことがある」


 ハカセはうんうんと頷く。それがやっぱり無性に腹が立つ。だけど今この場では、コイツの話を聞いておくのが得策だ。

 能力を消すためのヒントがいずれ飛び出す可能性もある。


「僕も、院長が使っていたのを見たことがある。でも、それでどうやって病気を治すのかは、疑問だった。──だから誰にも見られない様にそれが収納された部屋に忍び込んだんだ」


 ハカセはそこから一つ、箱を取り出して独自に調べたという。そこで、更に疑問が浮かび上がったらしい。


「その気体に含まれた成分は、人間にとって有害だった筈だ。もしかしたら毒を作らされてるのかも知れない……と、当初彼らを不気味に感じていたことを思い出させられた。一人での分析はいずれ見破られて、組織から追われる羽目になったけどね」


「お前の脚はいつから無い? その当時既に無いのなら、逃げ切ることは不可能だろ」


「この右脚は脱走中に、誤って切断した為に失くなった。何だったっけ、近道しようとして、外に荷物を送るためのベルトコンベヤーに入った時に落ちたんだよなぁ……」


「マジかよ……」


 ベルトコンベヤーの中で切断されたはまず無いな。そうだとしたら荷物がダメになるに決まっているし、生物かどうかで判断する物であったとしたら、ハカセはもう生きていないだろうし。

 つまりアレだ。ギリギリ足首が出ていた時に、思い切りぶった切られたってとこだろ。恐ろしい話だな。


「つーか、お前、足首失った状態でここまで逃げて来たのかよ」


 ハカセは首を振る。


「ここから二つ程横に移動した町さ。そこがバレそうになったから、今ここに隠れてる」


「なるほどな、生命力化け物か。脚の傷はどうしたんだよ」


「ミシンで縫った」


「嘘つけ」


「嘘に決まってる」


 この野郎、高笑いしてやがる。人をどれだけバカにしたら気が済むんだクソオヤジ。

 ただ、病院には一度も行ってないらしいな。脚首にはボロボロになった包帯が巻きつけてある。それがもう、茶色っぽい血で汚れているし。

 出血多量とかお前には通じないのかよ?


「さてと、ここにはもう五年くらい住んでる。諦めたのか僕が死んだと考えたのか……もう追っ手は来てない。二年前代わりに、リリアが侵入して来た時は焦ったけど」


「アイツ、お前のこと知ってたってことか?」


「とんでもない、ただの不法侵入……もとい、滑り込みセーフかな」


「意味が分からねぇよ」


 ハカセは楽しそうに笑う。ふざけてんのか真剣なのか全然判断出来ねぇこの会話で、この男は段々と心を開いて来ているのかも知れない。別にどっちだっていいがよ。


「リリアも、確か中学二年生の頃かな、追われてたらしい。だから僕は匿ったんだ。……同時に、あの実験が成功してしまったんだってのは理解したけど」


「待てよ、能力については何故納得出来た? お前その説明だと、能力を得るウィルスだってことは知らなかった筈だ。それと、月海がそれで狙われる理由も。組織の本当の目的さえもな」


「うん、知らなかったね。でも確信出来たんだよ。あのウィルスが大気中に飛ばされる予定日を、脱走中に見かけてね。丁度それから五年程のことだったから、そろそろ動き出すってのも予想出来てた。──ま、未だその能力をどうしたいのかは分からないけど」


 それに、自分達が能力を得た方が有利なんじゃないか。ハカセはそう続けた。

 少し悲しそうな眼をするハカセは、自分の掌を見つめてまるで、決心するかの様に喉に力を入れて声を出した。


「彼ら、組織の名前は『ゼウス』。自分達が全能だとでも宣う様な組織名だろう? これについては、君も聞いたことがある筈だ」


「……ああ、ねぇ奴は同時赤ん坊だった奴くらいのもんだろうな」


 ──謎の深い組織『ゼウス』は、五年前に近々テロを起こすと発表していた。長い期間ニュースで取り上げられていて、注意する様に学校でも警戒されていた。

 警察や自衛隊、機動隊などよりも優れた武装力を誇るとされ、その上ボスが神秘的な力を持っているらしく放置されている。初めは特撮か何かのCMかと思ってた。


 そいつらが、能力者を作った奴らで能力者を追う奴ら。そしてテロを起こすと……何がしてぇんだか理解不能だな。

 ゼウスについて思い起こしていると、ハカセは俺の名を呼んで注目を促す。


「僕の目的は能力者達を能力から解放してやること。未だ方法は分からず……なんだけどねぇ。それと、もう一つある。何だと思う?」


 ハカセはまたもクイズを出す。しかし、今の俺と同じ考えだと言いやがる。

 だからお前が人の心読めるとは思えねぇんだっつの。的外れな野郎がよ。


「本当に、同じなんだな?」


「確証は無いが、そのつもりさ」


 今のハカセの眼は腐っていない。だとしたら、本当に今の俺と同じ考えを持っているのかも知れねぇ。

 なら、茶番でも何でも付き合ってやりゃあいいんだ。


「ゼウスを潰す」


「その通り、おめでとう正解だ」


「拍手すんなうぜぇから」


 微笑したハカセは椅子から立ち上がると、俺に一歩一歩ゆっくり近づいて来る。警戒する必要はねぇ。コイツ右脚ねぇし。

 それに、さっきまでの会話の中でようやくコイツの意図が読めたしな。


 コイツは自分との共通意識を高めたかっただけだ。テメェら人を疑い過ぎだっつぅんだよ。気持ちは分かるが。


「僕はこれから罪滅ぼしの為に生きて行く。例えこの脚が本当に腐れ果てても、彼女達を、救えればそれでいい」


 ハカセはゆっくりと右手を差し出した。


「それだけで終わんじゃねぇぞ? テメェには、組織をぶっ潰すって仕事も残ってんだからな」


 やたら身長の高い、ハカセの右手を握る。今度は直ぐには放さない。一応、これからは味方だからな。

 人を殺すのは絶対に許さねぇけどな。


「そうだなぁ、君にも手伝ってもらうけどね。塔坂莉音君」


「当たり前だろ。俺はとことんテメェの脳味噌利用させてもらうから覚悟しろよな」


「じゃあ僕は君の身体を利用させてもらおうか」


「それでいい」


 コイツは足首がねぇからな、無駄に動いたら先にくたばっちまいそうだ。そんなことはさせねぇけどな。人殺した罪を一生償えまず。


「ねぇ、買い物終わったけど話は纏まったのかしら?」


 いつの間にか帰って来ていた月海の声を聞いて反射的にハカセから飛び退いた。び、ビビったわ流石に。

 首を傾げて返答を待つ月海に、本気なのが伝わる様に真剣な眼を向けた。


「ああ、俺も契約完了だ」


「何で睨むのよ」


「睨んだつもりはねぇんだがな」


 ……あと目つきの悪過ぎるお前には言われたくねぇから。

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