タブー - 第20話
実はね、マスター。あの日のあのメンバーの中で、僕にだけ起きた変化があるんです。いや、この言い方は正確じゃないな。呪い、罰……そういうものと考えるべきでしょう。思い出してください。僕は、ウエンさんの呪文を聞いてしまっているんです。あの日、彼が「耳を塞げ」と言ったのに、僕は塞がなかった。そのタブーを、僕は破った。だから……僕はね、あの日から『視える』ようになった。
何が、って? 普通の人が視えてはいけないものですよ。もうこの世に存在していない筈のもの――境講の方々に祓われるべきものです。そういうものはね、どうも、視える人間に近づいてくる傾向があるようで。僕もこの歳になるまで、何度か危ない目に遭って、ほうほうの体で逃げ出したことがあります。きっとこれも、一生続くでしょう。茉莉には言っていません。彼女の十字架が、更に重くなるだけだから。
それはともかく。……そういう訳で。
実はずっと、僕には視えていたんです。何を、ですか? マスター、あなたの肩の後ろにぴたりとついている、十五歳くらいの女の子の姿が、ですよ。
……顔が青くなりましたね。でも、安心してください。僕の視る限り、その人はあなたに敵意を持っていない。むしろ、どこか物悲しそうな、そんな表情をしている。マスターの様子からすると、何か思い当たる節があるのでしょう。
でもね、マスター。あなたの過去に何があったかは分からないけれど――どんな人間でも、何かしら抱えて生きているものだと僕は思う。茉莉が幼いころの過ちで二人の人間を死に追いやったように――誰だって、人には話したくないような失敗や、過ちや、罪を持っているものだと思いますよ。月並みな台詞かも知れませんけど、僕は心からそう思う。色んなものを視てきたせいもあってね。
少なくとも。
マスターの後ろにいるその人は、きっとあなたの幸せを願っているんだと思います。心配している様子だから。だけど、あなたはどこか自罰的だ。分かりますよ。あなたはこうして、僕のホラ話をここまでずっと聞いてくれたし――それに、雰囲気がとても茉莉に似ている。だから、僕はあなたに伝えたかった。
たまには、気を楽にしてもいいんですよ。言ったでしょう? 茉莉だって、結婚式の日は笑っていた。喜んだり、苦しんだり……その積み重ねの中で、それでも忘れずに生きていく。いつかの過ちや失敗を、罪を。
それが背負っていくということだと、僕は思います。
……やぁ、本当に話し過ぎましたね。もしかしたら、なんだかんだ言って、僕も少し酔っているのかも知れない。だとしたら、それだけマスターのお酒が美味しかったってことなんでしょうね。
それじゃあ、お会計を――いや、こういうお店ではチェック、っていうんでしたっけ。はい。今日はありがとうございました。
また機会があれば、寄らせてもらいますね。……その時には、マスターの表情が、少しでも明るくなっていればいいのですが。
それでは。ご馳走様でした。――どうか、今日は良い夢を。
【タブー 完】





